一夏が可愛すぎて、生きるのが辛い人達
side 織斑 千冬
家に帰ると、いつも通りに一夏が出迎えてくれる。……今回は山猫か。
犬のように尾をブンブンと振られる事はないが、これはこれで私の脳髄を直撃してくる。
それは例えば食事中。猫系統の耳をつけている一夏はなぜか本当に猫舌になるらしい。しかしいつもは普通に食べているため、食べてから目を白黒させる。
そのすぐ後に涙目になって熱いスープにふーふーと息を吹き掛けて冷ましている一夏は、実に可愛らしい。
その他にも、例えば食事も洗い物も終わり、暇になった時間。一夏は大抵私の膝の上に頭を乗せて丸くなる。その際にしなやかな尻尾を私の腕に絡めてくることがある。
その尾を撫でてやればくすぐったそうに鳴き(これが一番正しい表現だろう)、頭を撫でる手に頬を擦り寄せる。
少し尾に爪を立ててみるなどの悪戯をしてやると、ぞわっと尻尾の毛を逆立ててから泣きそうな目で
「……ゃ……やぁ……」
と懇願してくるのだ。
この時の一夏はなんと言うか、守ってやりたいと思うと同時に、もっと苛めてやりたくなってしまう。
しかし、あまりやりすぎると拗ねて自分の部屋に閉じ籠ってしまうので注意が必要だ。その拗ねた姿もまた可愛いのだが。
猫一夏は何故か猫舌になると言ったが、それ以上に大きな違いがある。それは、猫一夏の舌は本物の猫のようにざらざらとしているのだ。
それに気がついたのはしばらく前のこと。白猫一夏を膝にのせて顎先を撫でていた時に、少し手元が狂って一夏の唇に触れてしまった事があった。
その時にぺろりと指先を舐められ、そして私は一夏の舌がざらついていることに気が付いた。
ちなみに犬の時の一夏の舌はざらつきが少ないが、妙に熱い。だが私はそれらに関係なく、一夏への愛情を滴らせるのだった。
……まったく、可愛い奴め。
side 鳳 鈴音
「これより、III《いっぱいいっぱい一夏》の月例会議を行うわ。欠席者は?」
「赤崎が一夏の寝顔写真(ぷちかと一緒)を秘密裏に所有していましたので粛清しましたが、他には」
「そう。わかったわ」
まったく。一夏の寝顔写真の不法所持ですって? そんなことをしたら粛清されるとわかりきっているのに、どうしてそんなことをするのかしらね?
「今回の議題は、新たに現れたぷちかについてよ」
周囲からざわざわとした声がした。それが止むまで無言を貫くけれど、それは数秒で必要なくなった。
「協力感謝するわ。それでぷちかの話だけど、今までに一夏が学校に連れてきた七種の他に、少なくとも三種が居ることが一夏の言葉から判明したわ」
『なっ!?』
流石のみんなもこの報告には驚いたらしく、十秒過ぎた今でもざわざわが収まらない。
「そんな馬鹿な!それでは我々の体が持たないぞ!?」
「いや、それ以前の問題だ!存在を知っているのにその姿も何も知ることができないと言うのは由々しき問題だろう!」
「静かになさい」
私が呟くと、一斉に静かになった。一夏と一緒にやった発声訓練はこういうときにも使える。
「種類とおよその生体については調べがついているわ――弾」
「おう」
ざわっ!と動揺が広がりかけるが、弾が持っている写真を見た途端に全員が鼻を押さえた。
「……見てわかると思うけど、垂れ耳わんこなぷちか達よ」
ちなみに私は直視はしていない。一夏の前だったらともかく、一夏のいないところでこれをみたらどうなるかわからないから。
その点、弾はすごいと思う。あの一夏を見てもその愛の全てを体の中に押し止めることができるなんて、あの千冬さんでも無理なことをやってみせる。
……最近はなんとなく一夏の父親になった気分だからと言っていたけれど、それでも可愛さに発狂しかけることもあるそうだ。
魔性の男ね。一夏。
さよなら、またいつか
……さて、今日は残念なお知らせがあるぞ、俺。
なんと、ベスト抱き枕トップスリーの一角、鈴が中国に行ってしまうらしい。実に悲しい。
ちなみに一位はちー姉さん、三位は弾。それ以降は秘密だ。
秘密にした理由? それも秘密。
とりあえずその事を聞いてすぐにお別れ会を開いてみた。ちなみに主催は俺。会場は俺の家。メンバーはバンド仲間と蘭ちゃん。鈴と仲の良いやつばかりを集めたつもりなんだが、実際のところもう少し居てもよかったのかもしれない。
鈴は中国まで行かなければいけない理由を話したがらないので、俺は聞かない。
それは面倒だからって事もあるが、聞いたところでなにも変わらないし、それ以前に一応知っているから。原作は七巻までしっかり読んでたからな。アニメは見てないけど。
しばらく会えなくなるわけだし、無理矢理でも涙よりも笑顔の方が良いだろ。
「……ありがとね。一夏」
「気にすんな。たぶんまた会えると思うしな」
俺が原作通りに動けば。
……仕方無い。動くか。束姉さんの手の上で踊るとか怖すぎるけど。
「それっていつもの『なんとなく』かしら?」
「そうだな。『なんとなく』だ」
……いつもの勘とは違って、今回のはなんとなくと言う名前の原作知識だが。
それでもまあ、鈴が笑ってくれるんだったら言った甲斐があったかね。まだ半分泣いてるけど。
「……そう。それじゃあきっと、また会えるわね」
「信用してくれて嬉しいよ」
「信用じゃなくって信頼よ」
騒ぎながらもぽつぽつと話は続く。
「弾とはまた会えるかな?」
「さてな。会おうと思えば会えるんじゃないか?」
原作には無かったからな。わからん。それに俺が織斑一夏になってるせいでその原作からも外れてるだろうし、そもそも俺がISを動かせるかどうかもわからない。
……動かせなかったら動かせなかったで別に良いけども。それだけトラブルには巻き込まれなくなるだろうし。
ただその場合は次にいつ鈴に会えるかわからなくなる。やれやれ困ったな。
「ああそうそう、はいこれ餞別」
「え? なにこれ?」
「お? なんだもう渡したのか?」
「開けろ開けろ」
その中身を知っている弾とカズがにやにやと笑いながら鈴に渡したばかりのそれを開けとせかす。
鈴は少し慌てたように指を動かしてその包みを開けた。
「……これって………」
驚きの声を漏らした鈴に種明かし。
「今までに俺達が演奏してきた曲のCD。特別編として蘭ちゃんの『トエト』も入っている世界に五枚だけのCDだ。大切にな?」
ちなみに弾が歌ってるのも俺が歌ってるのもカズが歌ってるのも鈴が歌ってるのも複数で歌ってるのも入った特製。中身は九十七分十二秒。
それを見て鈴は、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「向こう行っても俺たちのこと忘れんなよ? 会長さん」
弾がにやりと笑いながら鈴の肩を叩いて言った。鈴はコクコクと頷いたが、声がでないようだった。
「また俺達のバンドで歌ってくれよな、副リーダー」
「うん……うん……っ」
カズは肩を叩いたりはしなかったが、鈴と視線を合わせて言った。
鈴はまたコクコクと頷き、そして涙声を隠すこと無く返事をする。
「鈴さん。これだけは言っておきます。……早く帰ってこないと、一夏さんを取っちゃいますよ。…………だから、それが嫌なら……早めに一夏さんに顔を見せに来てください」
「……ふん。蘭のくせに……生意気ね。わかってるわよ」
「……ならいいんです。……お元気で」
「……あんたもね」
蘭ちゃんは目を擦って涙を払い、それから鈴に宣戦布告。ただ、なんか原作と比べて鈴だけじゃなく蘭まで大人になっている気がする。
…………それでも俺はスルーするんだが。
「……言いたいことは大体言われちまったんだが……また会う時まで元気でな。鈴」
「もちろんよ。……絶対また、会いに来るから」
もう涙の浮かんでいない目を会わせると、そこにはいつもの大人で勝ち気な鈴の姿があった。
ごつっ、と拳を合わせて、それからまた弾達と騒ぎ始める。
俺はいつもよりちょっと手のかかった料理を鈴達に振る舞い、俺を含んだ五人はいつもよりハイテンションで夜を明かした。ちなみに全員徹夜で次の日ふらふらになっていたが、誰一人として後悔はしていなかった。
もちろん飛行場にも行く予定(学校はサボり。蘭ちゃんを除いた三人だけ)ではあるんだが、飛行場ではこういう宴会のような事はできないし、周りに迷惑になるので自重した。
そして飛行機に乗るためにトランクを引っ張って行く鈴は―――
「一夏!弾!数馬!」
俺達に振り向いて、一呼吸。
「またねっ!」
―――とても綺麗な笑顔をしていた。
「……行っちまったな」
「……ああ。そうだな」
鈴の乗っているだろう飛行機を見上げながら弾が呟くと、数馬が少しだけ寂しそうに返す。
「まあ、またすぐ会えるさ。具体的には一年半もしないうちに」
「……それは……いつもの勘か?」
鈴と同じことを聞いてきた弾に、俺はニヤリと笑って返す。
「いや。いつも以上に当たる気がする勘だ」
……さて、帰るとするか。学校には休みの連絡を入れてあるし、問題ないだろ。
受験受験、そして原作までもう少し
鈴が中国まで行ってしまってからもう一年。学校がつまらなくなってしまったが、そろそろ中学卒業だ。
弾はさっさと推薦を取っていったので受験勉強には縁が無かったが、俺には普通に縁がある。
原作で『織斑一夏』が行こうとしていた藍越学園を受験することにしているが、恐らく束姉さんが何か介入してくるんだろうと思ってもいる。
……まあ、介入があったらあったで原作通り、無ければ無いで睡眠時間が美味しいことになるから別に良いけど。
……それにしても迷惑な話だ。カンニング防止のためってのはわかるが、わざわざ四駅も乗らなくっちゃ行けねえんだよ。カンニングした奴もげろ。男か女かも知らないが色々もげろ。
あ~~、めんどくさい。
そして結局、俺はIS学園の試験会場でISを動かし、かなりの有名人になってしまった。
……買い物に行くときにはライアーズマスク装備、家の周囲には常時チャフ、帰る時にはシルバーカーテンを使って姿を消す。まるで犯罪者が身を隠しているかのようだ。
ちなみにチャフだが、武装な錬金の原作では水滴をあらかじめくっつけておいたから霧になったと書いてあったので、水をつけずに散らしている。俺の家に勝手に入ってくる奴は居ないし、ちー姉さんは帰ってくる日には連絡を入れてくれるため問題ない。
それでもテレビ局やどこぞの科学者が連日押し掛けてくるのでカメラを壊したりマイクを壊したり銃の装填されていない弾の雷管部分でチャフを爆破したりするなどと利用法はまだまだある。
……さて、やれることはやっておくか。
電話を掛ける。相手は束姉さん。確か原作の『織斑一夏』のISは束姉さんの手が入っていたはずなので、今から色々とネタを仕込んでおいてもらうことにした。
「もしもし束姉さん?」
『いっくん!久し振りだね!元気かな?』
「……知ってるでしょうに。束姉さんのお陰で色々大変ですが、まあ元気ですよ」
『あ、わかっちゃった?』
「まあ一応」
……とは言え、原作を知らなかったら偶然だと思ってただろうけど。
「それで、多分日本政府から専用機が来ることになると思うんですけど、改造してもらえませんか?」
『いいよ。元々やる気だったしねー』
軽っ!
……まあ、束姉さんだし仕方無いか。俺の身長が伸び縮みするのと同じようにしょうがない。
『どんな風に改造してほしい?』
「ちょっと長くなりますけど、良いですか?」
『時間はいっぱいあるから大丈夫だよー。束姉さんにまかせなさい!』
やれやれ。いつまでたっても滅茶苦茶な人だな。俺が言える台詞じゃ無いが。
機体のコンセプトは、当たったらほぼ負けだから当たらないように頑張れ。つまりは機動力と反応速度の特化。ついでに原作に登場したとある武器を魔改造した物を標準装備。ただし防御は紙。耐久も紙。
『うふふふ、いっくん。この私が作る物がそんな不細工なものだと思うのかな? 私は完璧にして十全な篠ノ之束だよ? そんな欠点なんて残すわけないじゃない』
「……えーと……コアの容量の方は?」
『小さいやつを直列で四つ、並列で五つの計二十個のコアをひとつに繋げてやれば大丈夫さっ!』
……いやまあ確かにそうすれば容量は大丈夫だろうが…………良いのかそれ? てかその前にそんなことできるのか?
……………できるんだろうなぁ……束姉さんだし。
良くなかったら良くなかったで無視してやるんだろうなぁ……束姉さんだし。
「……流石は大天才にして大天災。ちょっと真似はできないや」
『私もいっくんのあれは真似できないよ? 自信を持って!』
「ぐらぐらぐら」
『わー揺れるー』
束姉さんはノリノリで返してくれた。
「あれ以外の武器はこっちの方で何とかしますので、よろしく頼みます」
『おっけぃ!泥舟に乗ったつもりで待っててねぇ?』
「沈みますよそれ」
それで電話は終わり。後は……
ちらりと分厚い参考書(原作だと資源ごみに出されたあれ)を見る。
…………読むか。仕方無い。
side 篠ノ之 束
久し振りにいっくんからかかってきた電話。やっぱりいっくんはとっても鋭かった。いつもはあんなに可愛いのにねぇ?
いっくんは私のやったことに何となくで気付いて見せた。なにか隠しているような気もするけど、そのへんはいいや。
いまはいっくんに頼まれたISをつくる。それが大事。
何て言ったっていっくんのお願いなんて久し振りだからね!束さんは頑張るよ?
コアを新しく作るところから始めて、それを既存のコアと組み合わせるから一週間はかかっちゃうけど、時間がかかる分いいのを作ってあげるからね。期待して待っててね。
ぱらりろぱらりらぺろ~♪
むむっ!この着信音はぁ!ちーちゃん!
原作開始、つまりは入学
入学式の前に荷物を用意しておく。主に着替えと洗面用具。あと鈴達の曲の入ったCDとCDプレーヤー。他の物は千の顔を持つ英雄でなんとかなるので置いていく。獣耳? 着替えの中に入っているが?
使い慣れた包丁も持っていこうかと思ったが、それは流石に不味いと思って自重した。武器だとか言われちゃ面倒臭いしな。
……原作ではラ……ラ…………眼帯黒兎(名前を思い出すのを諦めた)が軍用のナイフを持ち込んでいたが、別にどうしても必要と言うわけではない。出せるし。
……さてと。そろそろ出発するかね。IS学園に。
……ふぁ……ねむ……。
現在の俺の身長は百三十八センチ。テレビや新聞に出ていた俺の写真は普通に起きていたので百八十一センチほど。明らかに違うんだが、本人だと言う証拠もあるし信じるしかないわな。俺はなんでも構わないけども。
そして入学式では立ちっぱなしで寝ていた。生徒会長がなにか言っていなかったような(言っていなかった、で正解)気がするが、どうでもいいわぁ…………ついでに一組、一番前のど真ん中、原作通り。
背は小さいけどな!寝てるけどな!周りとか完っ全に無視してクッション(千の顔を持つ英雄)を枕にしてるけどな!
ちなみに話は聞いている。副担任の……や……や…………八坂真耶先生。お、これ当ってんじゃね?
……いや、無いな。名前の方は二文字だから覚えたけど、名字の方は確実に間違ってるな。断言できる。自慢はできないけどな。
「織斑くん。織斑くんの番ですよ?」
……ああ、自己紹介ね。了解。
ゆっくりと体を起こし、欠伸を一つ。小さくなっているときの欠伸はまるで小動物のようだと弾に言われていたが、何でもいいね。
ちなみに声も高くなるため、歌を歌う時の音をとるのが楽で良い。
……あ、ののちゃんみっけ。
「…………ふぁ……はぷ……」
こしこしと優しく目を擦る。痛いのは嫌だからな。
「……ぐっ……」
「かはっ……!」
数人鼻血を出し始めたが……平気かね? 平気だな? よし平気。
「あ、あの、起こしちゃってごめんね? でも、自己紹介で『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だから、自己紹介……してくれるかな?」
……おお。原作よりちょっとしっかりしてる。これは俺が子供みたいな顔と背をしてるから意識してないせいだろうと思う。
そんな……真耶先生に頷きを返し、立ち上がって後ろを振り向く。
……眠い。
「……大半の方には始めまして。約一名にはお久し振り。織斑一夏です。……好きなことは寝ること……嫌いなことは騒がれること……特技は……炊事。趣味は寝ることと、寝るのにいい場所を探すこと…………以上、お休みなさい……」
くるりと回って椅子に座って、またさっきまでと同じように寝ようとして………なんとなく気配のようなものを感じた。この体って本当にハイスペック。
……この気配は……ちー姉さんだ!
寝るのをやめて扉の方に顔を向ける。するとすぐに入ってきたのは……やっぱりちー姉さんだった。
……学校だし、織斑先生の方が良いよな。多分。
「……ん、やっぱり」
「なんだ、驚かんのか?」
「ヒント、束姉さん」
「……あいつめ………」
ごめんね束姉さん。きっとまた何かあるよ。でも半分くらいは事実だし、構わんよね?
……あ、周りが五月蝿くなる気がする。ちー姉さんは人気あるからなぁ……。
side 篠ノ之 箒
久し振りに見た一夏は、本当になにも変わっていなかった。態度も、声も、なにもかも。
ただ少し身長は伸びたようだが、それでも私よりずっと低いように見える。
今も教室にいるほとんど全員の視線を平然と無視して千冬さんに眠そうだが七割ほどは起きている視線を向けている一夏に、私も視線を向ける。
……ふと、ついさっき聞いたばかりの一夏の自己紹介を思い出す。
……約一名とは……私だよな? ぐるりと見回しただけで、私だということをわかってくれたのだよな?
そう考えると、なぜか妙に嬉しくなる。
六年。それだけあれば人間は変わる。私もテレビで一夏を見たときは誰だかわからなかった。一夏は私の前でああしてきりっとした顔を見せたことがないというのも原因の一つだが、普通はわからないはずだ。
それなのに一夏は私だと一目でわかってくれた。それはまるで当然のことであるかのように、確認するまでもないと言うかのように。
……私は一夏に覚えていてもらった。小さい頃には何度も一夏につっかかって行っては軽くあしらわれていた私でも、一夏は覚えていてくれた。
……ほぅ、と溜め息をついて、私は一夏に視線を向ける。
…………次の休み時間に、一夏に確認しよう。私のことが、本当に誰だかわかっているのかを。
ののちゃんと再会、金髪に絡まれる
授業について行くことはできている。一応必要そうな単語とその意味、どうやって使い、どんなものなのか。そういった基本だけは叩き込んだ。
なので、後はそうして覚えた基本を……真耶先生(名字は忘れた)の言葉に当て嵌めていけば普通にわかる。わからなかったらその時はその時で質問すればいいし、今のところ必要無いようだし。
頭が四割寝ているままでも理解できているので、まあ、大丈夫だろう。
そうこうしているうちに一時間目が終わり、俺は次の時間まで夢の中で復習をするべく服の中で千の顔を持つ英雄でクッションを作り、それに頭をのせて寝る体勢に入る。周りではクッションがどこから出てきたのかとかそういったことで少々騒がしいが、このくらいなら無視できる。
……それじゃあ、お休みなさ
「ちょっといいか」
……おや。この声と雰囲気は…………。
顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
「ののちゃん? 久し振りだなぁ……抱きついていい?」
「なっ!? く……貴様は本当に変わっていないようだな……」
そりゃそうだ。一応転生済みで自分としての在り方を確立させてるんだからな。早々変わるかっての。
「それに比べてののちゃんは変わったな。ちょっと強くなった? インターミドル優勝してたみたいだし」
新聞は見てないけどそのくらいは覚えている。原作知識は便利だが便利じゃないな。確認しなけりゃ使えないよ。今回はしたけど。確認先は束姉さん。
「な……何で知ってるんだっ!」
「いいから寝ようよののちゃん。ほらこっち」
「よさんか人前で!いくらお前でもやって良いことと悪いことと言うものがだな!」
キーンコーンカーンコーン……♪
あ、チャイムだ。俺としたことが全然寝れなかったな。まあいい、次の休み時間はよっぽどの事がない限り寝よう。
「早く席につかないとまずくないか? 織斑先生の出席簿は硬いぞ?」
「うっ……」
俺がそう言ったらののちゃんはひきつったような笑いを浮かべた。想像してしまったらしい。
………痛そうだよなぁ……。
授業はつつがなく進んでいく。や…………(カンペを見ながら)山田先生の説明はわかりやすくていいな。教科書もこのくらいわかりやすければ……いや、そんなにわかりやすい教科書があったら教師の仕事上がったりだから……これで良いのか?
……あと、束姉さんから貰った獣耳なんだが、アレも一応ISに分類されるらしい。俺は今まで当然のように使っていたんだが…………平気なのか? 兵器ではある。
……またつまらんギャグを思い付いてしまった。
まあ、ISの産みの親からの許可(どんどん使っちゃってよいっくん!)があるから平気なんだろう。きっと。
「あ、織斑くんは大丈夫かな? どこかわからないところとかはある?」
……なんか俺完全に小さい子供みたいな扱いをされてないか? これでも十六なんだけど。……今は小さいけど。
「大丈夫ですよ?」
とりあえず笑いながら言ってみる。どうやら真耶先生は右隣の誰かさんのようにいきなり鼻血を噴出して倒れることは無いようだ。
「そうですか!織斑くんはすごいですね~」
そう言って真耶先生は俺の頭を撫でてくる。……あ、やばい気持ちが良い………眠気……が…………
……すか~…………。
「……むらくん。織斑くん!」
「……ふぁ………んぅ………」
意識が飛んだと思ったら割とすぐ起こされた。どうやら真耶先生が体を揺らしているらしい。
「もう。いきなり寝ちゃダメですよ?」
「……はい……大丈夫です………」
「わかってくれればいいんです」
原因の一つは真耶先生の手ですけどね。
あと、俺が顔を向けていた側の前の方の生徒が凄い良い顔で永眠しそうなんですが。
「はい、それでは授業を……きゃぁぁっ!?」
おや、気付いてなかっただけですか。そしてちー姉さん。仕方無いって顔をしながら頷かないで。
まあ、中学時代にもよくこういうのは出たし平気だとは思うけど。今まで死人は出たことないし。気絶したことはあったけど、重いことにはなってない。
……それにしても眠い。休み時間になったらさっさと寝よう。
……さてと。今度こそ寝ようか。お休みな
「ちょっと、よろしくて?」
…………お休みなさい。
……すか~…………。
金髪に絡まれる、凄く絡まれる
ちょろそうな金髪を無視して寝る。
「……こほん。ちょっと、よろしくて?」
……寝続ける。完全に無視して寝る。
「―――ッ!起きなさい!私に話しかけられていると言うのに寝続けるとは、無礼ですわよ!」
…………五月蝿い金髪だな、まったく。
体をゆさゆさと揺さぶられるが、それでも無視を続ける。寝れない訳じゃ無いしな。
「起きなさいと言っているのがわからないのかしら?」
寝てるからな。聞こえてるし反応もできるけど。
……やれやれ。さっさと諦めてくれんかね。そろそろ鬱陶しくなってきた。原作キャラかも知れないが、俺の睡眠を邪魔する者は敵だ。
「いい加減に起きなさい!男の分際で私を無視するなど千年早いですわよ!」
…………本当に五月蝿い奴だな。さっさと終わらせるか。
「……ふぁ……豚が耳元で叫んでる夢を見た」
ビッキィ!とよくアニメで青筋が浮いたときのような音が響いた……気がした。
……気のせいだな。
そして金髪ツインドリル――本名は忘れた。セルロースだっけ?――が叫ぼうとした瞬間に、まさに今気づいたかのように話しかける。
「……誰? ってか騒ぐなよ周りに迷惑だろ。そのくらいの気遣いすらできないような奴は淑女とは言えないぞ?」
「な……か……くっ……!」
おやおや悔しそうな顔をさせてまあ。一応俺も三十年以上精神的には生きてるんだし、こうして相手の出鼻を挫いてやることくらいはできる。
セルロース……なんか違うな?……は落ち着こうと深呼吸を繰り返しているが、俺はわざわざ落ち着かせるようなお優しい神経は持ち合わせていない。
「なにやってるんだ? あんまり荒い息をついていると変態にしか見えないぞ?」
「やかましいですわっ!」
「……今のあんたに言われてもなぁ………ってか質問には答えろよ。誰だあんた。寝ていい?」
「わたくしはセシリア・オルコット!寝るのは許しませんわ!」
「あんたに許可を求めなくちゃ寝てはいけないなんて法は無い。お休み」
そして寝ようとするが、せ……セッティエーム? に後ろ襟を掴まれて無理矢理起こされてしまった。短気だなこいつ。
「わたくしに質問に答えさせたのですから、今度はわたくしの質問にあなたが答えなさい!」
「え、なんで? 別にいいけどさっさとして消えて?」
「可愛い顔して辛辣だ!?」
周りがいきなり叫び出したが、まあ、どうでもいいな。可愛いって言われても欠片も嬉しくないけど。
「……黙ってる暇があるならさっさとしろって。俺はお前なんかのことより早く寝たいんだ。もうすぐ休み時間も終わるし」
「あ、あなたねえ!」
キーンコーンカーンコーン……♪
……あらら、鳴っちゃった。まったくこのセルシオのせいで全然眠れなかった。疫病神め。
「チャイムが鳴ったぞ? 席についたら?」
ギリギリと歯を軋ませているセルビオを無視して俺は自分の席に座る。それでも赤痢菌(ああ、これは絶対違うな)は顔を真っ赤にしたまま俺のことを横から睨み付けている。
……どうなっても知らんぞ俺は。
そしてやはり怒りのあまりチャイムも俺の声も届いていなかったセイクリッドは。
ズパムッ!
「オルコット。席に着け」
ちー姉さんの出席簿クラッシュにやられてしまいましたとさ。
……それにしても妙な音だったな。そしてあまりにもでかい音だった。相当痛いに違いない。
side 篠ノ之 箒
一夏は変わっていないと言ったが、撤回しよう。相当変わっていた。
まあ、昔は一夏をあのような方法で強引に起こそうとする者など一人もいなかったから本当に変わったのかはわからないが、少なくとも私が起こそうとした時は抱き締められて無力化されるだけだった。
だが今の一夏は無理矢理起こそうとしたオルコットを当然のように罵倒し、相手の罵倒を受け流し、そして出鼻を挫いて勢いを止めて自分の得意な場所に引きずり込んだ。
……いや、恐らく途中からの寝た体勢も一夏の策の一つだろう。
相手の言う言葉を初めの言葉で全て消し飛ばし、眼中に無かったを通り越してなにもなかったかのように扱い、プライドに一撃を与える。
そしてオルコットが何かを叫び出す前にオルコットの大切にしているだろうプライドを引き合いに出して黙らせる。
そして挑発を繰り返し、オルコットが激昂した所でそこからは無視。確かにオルコットの許可がなくとも眠れるし、オルコットから始まったものなので少しは外に出ることはなく我慢することに……いや、あれは怒りのあまりに行動が止まっただけか。
ここで最初の寝たふりが効いてくる。
あれは恐らく時間調整のためだ。自分の言いたいことを言い切り、それでいてかつオルコットがなにも言えない状況を作り出すための、その時点では誰もが騙されるほどの『寝たふり』。
そしてそれは成功し、オルコットは千冬さんに叩かれて(威力が凄まじいことを簡単に予想させるような音だった)強制的に席に戻らされている。
……恐るべき策士になったな……一夏!
…………ただ、その頭をもう少し私の思いを感じ取ることに使ってくれてもいいと思うのだがな?
まだ絡んでくる、暇なんだな
ちー姉さんが教壇に立っている。うん、やっぱりちー姉さんはかっこいいね。実践で使用する各種装備についての説明か………七割くらい頭を起こして聞くことにしよう。
ちなみに九割起きていても一割が寝ていれば小さいまま、もしくはそこからさらに身長をある程度操作できる。今は面倒だから変えてないけど。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦の代表者を決めないといけないな」
…………うっわ、なんだか凄まじく嫌な予感がする。困ったねぇ……。
「はい!織斑くんを推薦します!」
……ほーら来た。面倒臭いなぁ……。さっさと立って反論しろよセブルス(うん、これも絶対違うな)。
「待ってください!納得がいきませんわ!」
……ようやくか。遅かったな。そんなんだからちょろいとか言われるんだ。
ぅに~……と小さく欠伸をして、それからまたクッションを召喚。
さて、セサミの話が終わるまで寝てるとしよう。
……お休みな
もふんっ!
「寝ようとするな」
ちー姉さんに出席簿ハンマーを食らった。クッションで防いだけど頭を机にぶつけて少し痛い。コットンガード!ってやるには下にも必要だったみたいだな。
「すみません織斑先生。ところで織斑先生と呼ぶ度に少し悲しそうな顔をするのはなぜでしょうか?」
「気にするな」
ういっす。
ちなみにこの前にセシウムが話をしていたが俺もちー姉さんも完全に無視。いや、ちー姉さんは意識的に無視しているようだった。具体的にどこでわかるかと言うと、手。強く握りすぎて白くなっている。もう少し手爪で手を切ってしまいそうだ。
ちー姉さんの手は大好きなので、とりあえずせ……せ………ぜ? ゼムクリップ? を黙らせようと思う。ゾナハらせるのが一番楽なんだが、それをやると色々怒られそうな気がするから却下。
……まったく。人気者は辛いね。けっ。
「……くっ……何度も何度もあなたはっ……わたくしの話を聞きなさいっ!」
「え? 聞いてるよ? 左から入って右から出てるような状況、つまり聞き流してるけど」
「それは聞いていないと言うのです!だいたいあなたは何ですか!唯一ISを動かせる男と聞いてましたから少しくらい、そう、少しくらいは知的さを感じさせるかと思っていましたら全くの期待外れ!人の話は聞きませんしわたくしのことも知らないほど無知!挙げ句の果てには極東の猿の分際でわたくしの事を馬鹿にする始末!!って聞いてらっしゃるの!?」
「…………え、なに? ごめん極東の猿だから言葉わかんない、猿語でお願いできる?」
『ぷっ!』
『くすくすくす……!』
周囲の何人かが笑い、セロテープ(これも違うな)の額に異様にはっきりとした青筋が現れた。怒ってるね。
ちー姉さんの方を見てみると……ちょっと笑ってるし、手も握りは弱くなっている。少し機嫌は直ってきてるかな。よしよし。
「……わたくしを馬鹿にしていますの?」
「何でわざわざ……」
わざわざ言ってやる義理もない。ちー姉さんのことがなかったら無視してるよ。面倒だし。
「……まあ、クラス代表になりたいんだったらどうぞ。俺はやる気ないし好きにしたら?」
あー、眠い。
のらりくらりと矛先をそらし続けていたら、いつの間にか決闘することになっていた。めんどくせえなぁ……。俺にメリット一つもねえ……。
決闘をする→睡眠時間が減る。
決闘を受けない→ずっと五月蝿い→睡眠時間が減る。
決闘に勝つ→クラス代表になる→睡眠時間が減る。
決闘に負ける→奴隷だ何だと騒がしくなる→睡眠時間が減る。
…………はぁ……眠い。今日はぷちかを抱いて寝よう。ストレスが……。
side 篠ノ之 箒
一夏……さすがにそれはやりすぎだろう……。千冬さんも止めようとする気配が全くと言って良いほど無かったし……似た者姉弟と言うことか。
私は先程まで行われていた舌戦(一方的)に、少しだけオルコットが可哀想になってしまった。
姉にも弟にもさらりと無視され、流され、怒っても叫んでも正論と詭弁を混ぜ合わせた言葉でいかにも当たり前の事を告げるかのように論破される。
というかそもそも一夏の視界にオルコットは入っていなかったのだろう。一夏は私の知る限り嫌われることも嫌うことも少なかったのでよくは知らないが、もしかしたら元々嫌いなものにはあのような態度なのかもしれない。
……その態度と一方的な言動は、私達以外の人間に接する時の姉さんによく似ている気がする。
じっと一夏を見つめていると、一夏がすっと私に視線を向けてくる。私はその視線から逃げるように目をそらすが、一夏の視線はしばらく私に固定されたままだった。
お陰で授業に集中できず、気が付いたら時間が過ぎていたが。
ルームメイト、ののちゃん
一日目が終わり、さっさと帰ろうと立ち上がる。さっさと寝よう。腹は減っているが、朝は食べたし死にはしないだろう。
「……一夏。もしや昼は食べていないのか?」
「ん? そうだけど?」
そう答えるとののちゃんに肩を掴まれて購買まで引き摺るように運ばれた。
「奢ってやるから食べろ」
「え……朝は食べたし大丈夫だと思」
「食・べ・ろ」
ののちゃんが怖くなった。これは弾や鈴と同じ雰囲気……っ!
ちなみにちー姉さんにバレた時にはものすっごい怒られた。怖かった。
「……じゃあ、いただきます」
「ああ、たくさん食べろ」
なんでののちゃんといい鈴といい、幼馴染み達は原作とこうも違うかな。なんか妙に丸いよな。別にいいけど。
「あっ!ここにいましたか!やっと見つけました!」
おや真耶先生。何の用だろうか?
「もくもく……ごくん」
「っ……!っ……!!」
「ぐふぅっ!」
「な、何て威力…………これが唯一の男性IS操縦者の実力だと言うの……!?」
周りが騒がしいな。何があったんだ?
「ののちゃん。何があったんだ?」
「一夏は気にするな。お前はお前の思うままにな」
……よくわからないが、とりあえず食べればいいのか?
「……それで、山田先生はどのような御用事で?」
「あ、えっとですね、織斑くんの寮の部屋が決まりました……あれ? どうして篠ノ之さんが返事をするんですか?」
なんでだろうな。……ああ、結構美味しいや。
「……ああ、拐われないようにってことですか」
「そういうことです。……あ、ちょっと……はい、取れました」
おや、口の端に食べ滓がくっついてたか。どうも。
荷物は全部あるし、原作みたいに困ることは無い。
「織斑くんの部屋は1025号室ですね。これが鍵です、なくさないように気を付けてね?」
「はーい」
やれやれ、原作だとののちゃんと一緒の部屋のはずなんだが、どうなのかね。
一緒でした。
食べ終わってすぐにののちゃんと途中まで一緒に行こうと歩いていたところ、最後まで一緒だったという(ののちゃんにとっては)驚きの結果になった。
「……とりあえず、お前が私の同居人と言うことはわかった。私も山田先生の言葉を聞いていたからな」
山田先生? 誰だっ……ああ、真耶先生ね。
「はぁ……お前はまだ名前を覚えられないのだな」
「おう。努力はしてるけど無理だな」
そう言うとののちゃんはがっくりと肩を落とす。
「……まあいい。とりあえず、二人で暮らす上での決まりを作ろう。風呂の時間や着替えについてもな」
「風呂は俺は夜早くに入るから」
夜早く→午前三時から四時。抱きつくものがないと眠りが浅くなるからこの程度の時間に起きてしまうため。もちろん二度寝するが。
「そうか。着替えは……私が脱衣所でしよう。それでいいか?」
「いいよ。じゃあお休みー」
俺は適当に出入り口に近い方のベッドに倒れ込むようにして入る。
……ああ、やっと眠れるな。
side 織斑一夏
薄ぼんやりと夢を見る。原作のだと思う一夏がののちゃんに竹刀でひっぱたかれている。
俺には痛みはないが、見ているだけで痛々しい。
そこで俺が立ち上がると、さっきまで薄ぼんやりとしていた一夏とののちゃんが急にはっきりと俺の事を見てきた。
ちょいちょいと手招きをすると、怪訝な顔をしながらも二人は俺の方にやって来て、そして俺の前で立ち止まると不思議そうに首をかしげた。
俺はいつも通りとなった小さな姿のまま、大きいままの一夏に抱きついてみた。
すると一夏は驚いた顔をして、それから不器用に俺の頭を撫でた。意外と気持ちがいい。
そこで、どことなくメカニカルな気配のするとがった犬耳をつけてみる。俺と違って縮むことはなかったが、何となく凛々しさが増したような気がする。
一度一夏から離れ、今度はののちゃんの方に。抱き着いてみたが、抱きつきにくい。主に一部分が邪魔だ。
膝枕をしてもらうと、こっちはちょうどよかったのでしばらくしてもらう。
そしてののちゃんにも同じくどことなくメカニカルな犬耳をつける。こちらも大きいままだったが、それでも可愛らしく見える。
最後に俺が自分でお揃いの犬耳をつけて、にっこりと笑う。
一夏もののちゃんも、俺に合わせてかどうかは知らないが笑ってくれた。
そのまましばらく俺は一夏とののちゃんに撫でられ、可愛がられながら遊び、そして最後に二人に挟まれて眠りについた。
二人は仲良く手を繋いで、俺をゆっくりと撫でていた。
「……わぅ…………」
目が覚めると、目の前には死屍累々。見覚えのある姿から全く見覚えの無い姿まで、実に四十人は居るだろう少女たち(精神年齢的にはこっちが上)が幸せそうに鼻から血を流して気絶していた。
ののちゃんはすでに寝ているので、どうやらこの人たちは勝手に入り込んだようだ。
……とりあえず、携帯電話をポケットから出し、近くで寝ていた白狼ぷちかを片手で抱き締めながら、ある人に電話をかける。
「……もしもし、ちー姉さん? なんだか人がいっぱい気絶してるんだけど……」
ぷつん、と電話は切られ、そしてその二秒後。真夜中の学園寮に怒号が響いた。
二日目、ののちゃんVS俺
部屋で気絶していた誰かさん達がちー姉さんに叩き起こされていなくなった後、朝食は適当に取る
「行くぞ一夏。朝はしっかり食べろ」
……つもりだったんだが、なぜかののちゃんに連れられて食堂に来ていた。
逃げようとすると怖いので逃げないが、まあ、悪いことじゃないから別に構わない。
ただ、ののちゃんに手を引かれている俺を見て鼻血を出している誰かさん達はもう駄目だな。色々と。
「…………(ギリッ!)」
あとちー姉さん。ののちゃんは俺の事が心配なだけだから!そんなに歯を軋ませて憎々しげに睨まない。
「今回は奢らんぞ」
「いいよ別に。お姉さんこれお願いね」
「おや、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
そう言ってお姉さんは俺から食券を受けとる。なんだかすごい量になる気がする。ちなみに焼き魚定食。
「はいおまちどう。サービスしといたからね」
早いな。って多くね?
そう思っても外には出さないで、笑顔で受け答えをする。
「ありがとうございます」
「いいんだよ。たくさん食べて大きくなりな」
……いや、実際はもう少し大きいんだがな。具体的には四十センチくらい。
「……ずいぶん多いな……」
「だよな」
ののちゃんが呆れたように口にする。まあ、仕方無いね。
通常魚(鮭)は一尾のはずが三尾だし、ご飯もまるで仏さんに御供えするようなこんもりとした山になっている。おひたしも小さな皿に山になっているし、頼んでないプリンも着いてきた。
……どう考えてもサービス過剰だと思う。周りの奴も唖然としてるし。
理由はわかるけど。俺今身長百四十位だし、そんな奴がこんな量食べるのを見たら、そりゃ目立つわな。
「て……手伝いはいるか?」
「いや、大丈夫。夜食べてないからこのくらいは普通に入る」
そう、普通にな。
「……本当に入るものなのだな」
「まあな。でも実はもう少し入るぞ」
食い過ぎると気持ち悪くなるから腹一杯までは食べないようにしてるけど。
……さて、もうすぐ授業だな。いつも通りでいいか。決闘もまだまだ先の話だし、確か二日目はたいした描写は………ああ、ののちゃんに剣道場に連れ去られるんだっけ。めんどくさいな。
「一夏」
「ん? なんだいののちゃん」
「放課後、剣道場に来い」
「……んー、三本中二本先取で一回だけね」
ののちゃんは約束は守るから、言っておけば大丈夫だろ。
side篠ノ之 箒
パァン!と弾けるような音がして、私の握る竹刀の軌道が変わる。一夏の面を捉えるはずだったそれは、肩をかすって下へ。
その隙に一夏は無言で私に片手面を食らわせ、離れる。
それと似たようなことがもう二十以上も繰り返され、私は肩で大きく息をつきながら半身で竹刀を私に向けている一夏を睨む。
昔は構えさせることすらできなかったが、今ではこうして一夏に構えさせることができている。
小さな体からは想像もできないほど重い衝撃を繰り出す一夏に、少しでも近付くことができている。
それが嬉しくて、私はまた竹刀を振るう。一夏が自分から攻めてくることはほぼ無いと言っても良いので、今の私に繰り出せる最高の一撃を。
しかし一夏は私の最高の一閃も片手に持ったままの竹刀で捌き、私に小手を打ち込む。
「……ん、ちょっと強くなったね、ののちゃん」
ほにゃ、と眠そうな笑みを浮かべる一夏。だがやはりそれはまだ四割近く眠っているようだ。
「昔は七割くらい眠っててもなんともなかったのに……ほんと、強くなったな」
…………。
ゴスッ!と竹刀の柄を面に叩きつける。この程度で喜んでいてどうするのだ。私の目標はまだまだ先だろう!
そう考えても私の頬の緩みは直らない。直れ直れと念じても、ゴスゴスゴスと衝撃を与えても、全く直る気配すらない。
……ええい、ならば笑ったままで構わん!このまま一夏と打ち合ってくれるわ!
「はぁあっ!」
今度は乱撃。一撃にかけても一夏はそれをかわしてしまう。ならば、かわせないほどに高速の連撃を!
連続した軽い快音が剣道場に響く。私は一本をとれるところ全てを散らしながら連撃を打ち込んで行く。
面頬に、胴に、小手に、喉に、ひたすら竹刀を振り、突き、薙いだ。
しかしそれすらも一夏は避け、または竹刀で払い、受け止める。
……ああ、なんて楽しいのだろうか!例え一夏が本気ではなかったとしても、一夏とのこの闘い/遊びは私の心を踊らせる。
更に速度を上げ続け、一夏を攻め続ける。
もう周りの音は聞こえない。見えるは一夏と、私と、私達のいるこの四角い場だけ。聞こえるものは私の呼吸音と、心音。竹刀が風を切り、ぶつかり合う快音。そして一夏の呼吸音。
激しい私のそれとは対局に、一夏の呼吸はゆっくりとしたものだった。
さらに私の剣は速度を上げる。
すると、今まで見えてこなかった‘何か’が見えてきた。
それは、間合い。私と一夏の、相手を殺せる距離。
私は今まで一夏のそれに無防備に入り込んでいた。
しかし、結局私にできることはこれしかない。
近付いて、剣を振るう。ただそれだけだ。
するとまた何かが見えるようになった。一夏から何かが私の肩に向かって伸びている。
それに嫌な予感がした私は、それを打ち落とそうと剣を振るおうとして、…………私からも同じものが出るのがわかった。
私から出たそれは一夏から出たそれとぶつかって消えた。それに一夏は少しだけ驚いたような顔をして、
「面」
私の面頬をひっぱたいていった。
「……ののちゃん、よくあれが見えるようになったね?」
「……いや、もう見えない。あれはなんだったのだ?」
一夏にそれを尋ねるが、一夏はいつも以上に眠そうな笑顔を浮かべているだけで答えてはくれなかった。
ただ、わかることがある。
それは、一夏もあの世界に身をおいているということだ。それも、恐らく六年以上前から。
「……追い付いてきたぞ。一夏」
私は笑い、一夏の後ろ姿に掌を向けた。
…………やっと、一夏の背中が見えてきた。
「すごーい!織斑くん凄い!」
「インターミドルをあんなに簡単に倒しちゃうなんて!」
「の、ののちゃ~ん、助けて~」
………………はぁ……。やれやれ、仕方の無い奴だ。
入学後、初休日
明日は休日。そこで俺はドーベルマンぷちか(垂れ耳わんこ)を抱いて昼遅く(午後四時くらい)に布団に入った。ののちゃんには俺のことを起こさないようにってメールもしたから多分平気。さあ、寝まくろう。
きゅ、とぷちかを抱いている腕に力を込めると、ドーベルマンぷちかが俺の胸に顔を埋めてくぅんと鳴いた。
……うん、お休み。
side 篠ノ之 箒
一夏に起こさないでというメールをもらったので、恐らく今日の夕食は私だけで食べることになるだろう。
そう思いつつ私は一夏との戦い/遊びの最中のあの感覚を思い出していた。
今では最後の最後に出てきたあれはまだ見えてこないが、その一つ前の‘間合い’はわかるようになった。
相手の意識が向いている方向が。相手の意識の届いていない場所が。相手の武器の届く距離が手に取るようにわかる。まるで高性能のレーダーかハイパーセンサーでも使っているかのようだ。
今も、私と向き合っている相手の攻撃範囲の半歩外に居る私に相手がじりじりと近付いてきているのがわかる。
私はゆっくりと相手の隙を伺い、視界としての死角ではなく意識としての死角を探し出す。
…………見付けた。
その瞬間相手は私の間合いに入り込みながら私を間合いに納め、鋭く竹刀を降り下ろす。
それを察知していた私はなんなくかわし、そして意識の死角である逆胴に竹刀を叩きつける。
加減はしたし、大して痛くもないだろうと思って打ったそれは、見事逆胴に吸いこまれるかのように命中した。
「一本!それまで!」
部長のその声を聞いて、私は残心を解く。集中を解くと膝から崩れ落ちてしまいそうなほど疲れているのがわかる。
……私もまだまだ修行が足りんな。
部屋に戻って汗を流す。その時に一夏がベッドで寝ているのを見かけたが、起こさないでくれというメールの内容を思い出したのでなにもせずにシャワー室に向かう。
明後日はオルコットとの決闘の日だと言うのに寝ていていいのかと思うが、知識は十分、そして体を動かすことでは勝てず、さらに訓練用の機体も借りることができないとなればできることはなにもない。
だからと言って夕食すらも抜いて眠るのはどうかと思うのだが、一夏を起こして布団に引きずり込まれてはたまらないので放置することにした。せめて私が夕食と歯磨きを終わらせてからならば………いやいや、私は何を言っているのだ。
「ねえねえ篠ノ之くん。今日は織斑くんは一緒じゃないのかい?」
剣道部の主将にそう聞かれるが、私が返せる言葉は一つしかない。
「寮の部屋で寝ていますよ。死にたくなければ近寄らないことをおすすめします」
本当にな。
部屋に戻ると一夏はまだ眠っていた。歯を磨き終わった私は眠り続けている一夏の髪を撫でる。
「……いい夢を見ろよ、一夏。…………お休み」
そうして私も布団にはいる。一夏の腕の中に小さい一夏が居たような気もするが、ここはあえて流すとしよう。
side 織斑 千冬
私の朝は一夏とぷちかの写真を眺めることから始まる。
これは一夏が中学生だった頃に、同級生の鳳 鈴音という一夏の友人から譲られたものだ。
何でも学校で一夏に手を出そうとしたり、独占しようとしたもの達を粛清し、そして一夏に健やかな睡眠を与えようとしていたと聞くが、その間に鳳自身も一夏に惹かれてしまったのだとか。
そして学校でしか見られない一夏とぷちかのお昼寝ショットを私に堂々‘賄賂’として渡してきた強者でもある。
……実によくわかっているじゃないか。一夏《おとうと》は私《あね》の物だ。そうだろう?
……話がそれたな。とにかく私の朝は一夏とぷちかの写真を見ることから始まる。
そして溢れそうになる愛を抑えきると、私の体には一夏への愛がたっぷりとつまり、脳が、体が活性化する。
ここでようやく私の体は行動できるようになる。
………昔はこんな写真ではなく、一夏が私の腕の中に居てくれて……私はそれを見て一夏分を補充していたのだがな………一夏も私のところに潜り込んで来れば良いものを。
……おっと。朝食をとらねば会議に遅れてしまうな。生徒達の見本となるべき教師がそんなことではまずい。一夏に嫌われでもしたら私は確実に自殺してしまうだろう。
私の昼は、一夏の昼寝姿を鑑賞するところから始まる。IS学園に一夏が来て、唯一と言ってもいい良かったことだ。
一夏は基本的に自分の机に突っ伏すようにして眠っているが、たまにぷちかを抱いて椅子に寄りかかるように眠っていることもある。
しかし休日である今日は、一夏はあてがわれた寮の自室で眠っている。
……篠ノ之は一夏に手を出さないだろうな? 確かに篠ノ之は一夏のことを知っている分手を出す可能性が低いと見たのは私だが、それでも一夏はあれほど可愛らしいのだ。篠ノ之がつい手を出してしまうことも十分考えられ
《ちー姉さん、メールだよ?》
一夏からのメールか。どれどれ………。
本文:俺はぷちかとのんびり寝ています。心配しなくても大丈夫。
……全く一夏め。……む? 添付ファイルだと?
開いてみると、すやすやとあどけなく眠る一夏と、寄り添うようにして頬を擦り付けているぷちかの写真が。
……くっ…………挟まれたい!一夏とぷちかに挟まれたい!むしろ埋もれてしまいたい!!
私の夜は、一夏の写真にお休みと告げることで幕を閉じる。すやすやと眠る一夏の写真を見ながら、夢のなかで一夏に出会えることを祈りながら眠りにつく。
明日も一夏が幸せであるように。