継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第一章一幕 戦艦武蔵

 通されたのは簡素な部屋だった。

 

 予め執務室として教えられていたが、実際にあるのは壁に貼り付けてある近海、日本、世界地図の三種類と、奥に執務用の机と椅子があるだけ。本来置くべき資料用の本棚といった類は何処にもなかった。

 

 そんな室内に、現在自分を除いて十名もの艦娘と唯一の人間。池上剣造提督がいた。

 

 秘書官である木曾は執務室に案内するとそのまま提督の隣に立ち、一緒にいた明石は入って直ぐ左の壁伝いの奥へと行く。そちらには残りの艦娘がズラリと並んでおり、幾つもの表情でこちらを見てくる。歓迎しているような者がいれば挑戦的に見てくる者。不思議そうに見る者もいれば退屈そうにしている者もいる。

 

 統率が取れていないのかと疑わしく思わないでもないが、少なくともちゃんといることを考えれば、最低限のことはできているのだろうと第一印象ながらも納得した。

 

 全員に見られている中、武蔵はしっかりと地に足をつけ堂々と歩み、部屋の中央で止まり、椅子に腰掛けている提督と真っ直ぐに向き合う。

 

「名を聞こうか」

 

「私は大和型戦艦の二番艦、武蔵だ。本日よりこちらで世話になる。以後、宜しく頼む」

 

「俺は池上剣造。階級は中将。この臼杵鎮守府を任されている提督だ」

 

 まだ春なのに。もう春だからか。冬用の紺色でなく真っ白い軍服を着ている提督は、事務的な言葉を連ね、所属している艦娘を紹介する。

 

 明石や間宮を最初に、古株から順次名前が上がっていく。

 

 重雷装巡洋艦、木曾。

 

 軽空母、鳳翔。

 

 重雷装巡洋艦、北上。

 

 航空戦艦、伊勢。

 

 駆逐艦、不知火。

 

 軽空母、龍鳳。

 

 戦艦、大和。

 

 戦艦、長門。

 

 機動性のある駆逐艦が少なく、潜水艦がいないことから偏りを感じるも、火力の面では悪くないのではと一先ず安心するが、少しばかり疑問が残る。建造直後のことだ。木曾に他から無敵艦隊と呼ばれているのだと言う話だが、この数、この戦力で本当にそうなのか、些か信じられないものだった。

 

 そんなことを考えていると、提督から信じられない言葉が飛んでくる。

 

「早速で悪いが武蔵。一つ俺と手合わせをやるぞ」

 

「――――は?」

 

 言っている意味が理解できず、眼鏡がズレてしまった。慌てて直して再度提督に尋ねるも、

 

「俺と手合わせをしろと言ったのだ」

 

 聞き間違いなどではなく、同じ言葉を繰り返されてしまった。

 

 軽く聞いた話ではこの鎮守府は深海棲艦との戦争が始まり、艦娘が戦場に出始めた頃より続く古株だと。となれば必然艦娘の膂力がどれだけあるかなど百も承知のはず。大和型となれば尚更だ。

 

 冗談なのではと艦娘一同の顔を回し見るも止める者は一人もおらず、中には野次馬よしく、ニヤニヤ笑っている者までいた。

 

「冗談ではないのだな」

 

「無論だ。加減はいらん。これは提督としての命令だ」

 

 何故艦娘が組手の類をせねばならないのか。そのような無駄なことに思わずため息が漏れそうになるがグッと堪え、椅子から立ち上がり側まで近寄った提督と真っ直ぐに向き合う。

 

 戦艦は高身長が多く、その中でも大和型は更に高いことから百八十センチはあるであろう提督を、僅かながらも見下ろす形で視線をぶつからせる。

 

 提督の射抜くような鋭い目つきは、泣く子も黙らせるほど威圧感があり、口はキツく結ばれていた。肩幅からもそれ相応に鍛えられているのがわかるだけに、力試しでもしたいのかと思いつつ、拳を握ってから一度開き、自分の力を知識としてでなく体で覚える。

 

――幾ら提督の命令でも命に関わる。ならば本気でやるわけにもいかないな。

 

 提督を守るのが最大の目的である艦娘らしい思考をし、胸元まで腕を上げる。

 

「いつでもかかってこい」

 

 挑発的な言い分に、どうしたものかと木曾に一度視線を向けるが、やれと顎先で伝えてきた。

 

 ならばと腹をくくり、右の拳を提督目掛けて振るった。が、

 

「――――え?」

 

 ダンッという激しい音が背中から聞こえると同時に、視界が百八十度回転していた。一瞬のことではあったが、艦娘に備わっている装甲のおかげか痛みはない。損傷も特に。ただただ驚きだけがそこにはあった。

 

「まさか……」

 

「投げられたのさ、提督に」

 

 ニマニマと笑みを浮かべながら教えてくれたのは北上だった。

 

 最初見た時は退屈そうにしていたが、今の出来事が余程愉快だったのか、憎たらしい笑みを浮かべている。だが、今は投げられたという事実に困惑する方は強かった。

 

 投げられた影響で乗り上げてしまっていた机から降り、再度提督と向き合う。

 

「どうした。もう一度やるか?」

 

「無論だ。艦娘が人間相手に負けて良いはずがない」

 

「いい顔をしている」

 

 初めて見る提督の微笑に誘われ、再度繰り出す右拳。今度は加減など無い。本能が必要ないと言っている気がしたため、全力で振るった。

 

 重巡の一撃が人間が振るったハンマーならば、大和型の一撃はモンケンさながら。

 

 勿論そこまで差があるわけではないが、それだけのイメージを抱きやすい程には差があるのもまた事実。人間など容易に貫け、引き裂けるというもの。当然全力ならば繰り出す速度も上がる。にも関わらず、

 

「これは気持ちのいい投げられっぷり」

 

 またしても投げられてしまった。

 

 今度は加減などなかった。間違いなく本気の一撃だったのに完全に見切られ、仰向けにさせられている。

 

 艦娘に肉弾戦など不要だが、これほどまで綺麗に投げられると、どうしても一本取りたくなってくるが、どうやらお終いのようで、間宮が全員に指示を出していた。何でも、も少ししたら食堂のようなところで自分の歓迎会があるとかどうとか。そんなニュアンスのある言葉を並べている。

 

「どうだ」

 

 提督と木曾を残し全員出ていく中、問いかけられる。

 

 言うまでもなく先程のことだろう。逆さだった視線を正常に戻してから向き直る。

 

「どうもこうも人間を。提督を守る艦娘が提督より弱いのではお話にならないだろ。悔しい以前の問題だ」

 

「これでも俺が一番弱いんだがな」

 

「じゃあ私は更にその下というわけか」

 

 嫌味を込めて言い放ち、一度視線を逸らす。

 

 外の景色に向かって溜め込んでいた息を解き放ち、軽い気持ちの整理をしてから視線をぶつける。

 

「で、何の意味があるんだ。艦娘に接近戦をしろとでも言うつもりか?」

 

「そうだ」

 

 冗談のつもりで言った言葉なのに完全に肯定される。

 

「冗談にしては笑えないな。木曾さん。あんたからも言ってやってくれ」

 

 声音上はおどけてみせるが真顔なのは崩せないようで、どういうことだと木曾に振るが、予想していた台詞と全く違うものが返ってくる。

 

「嘘でもなければ冗談でもない。最終目的は肉弾戦ができることだ」

 

 自然と目が細まる。

 

 つまりこの二人は言っているのだ。艦としての誇りを。大日本帝国最強の砲を持っている自分に向かって砲撃は行わずに腕っ節で戦えと。

 

 これを侮辱と捉えなくてどのように受け取れというのだ。

 

 気付けば艦装を済ませ、砲の角度を調整。秘書官である木曾に向けていた。

 

「大和型の主砲の威力、味わってみるか?」

 

「大和に比べて随分好戦的だな。まぁいい。剣造、少し借りるぞ」

 

「構わん。お前に任せる。だが宴には遅れるな」

 

「当然だ」

 

 短いやり取りを済ませ、木曾が小さく笑む。そしてこれから散歩にでも出かけるような軽い足取りで扉へと進んだ。

 

「これから海に行くぞ。お前が抱えている疑問にある程度は答えてやる」

 

 教えてくれると言うのだから断る理由もなく、睨みつけたまま先行く木曾の背中を追う。四十六センチ砲の威力を味あわせてやると意気込みながら。

 

 鎮守府から海までは基本的に近いため、時間はかからない。だが話し合いのみで済むならば陸ですれば良いだけ。となると海に出る理由はただ一つ、砲雷撃戦をやろうとしているのだと予測し、自信たっぷりな木曾の鼻っ柱をへし折ってやる腹積もりでいた。

 

 艦娘になってからの処女航海をこのような形でするとはと小さな後悔がよぎるも、海に足を降ろしながら海中に沈めた。ここから先に浪漫など無いからだ。

 

 海をかき分けながら全砲門に弾を込めて木曾が止まる瞬間を待つ。だが、やや気が逸りすぎていると自分と戒め、細く息を吐き出して落ち着かせる。

 

 砲雷撃戦をするならば少なくとも数キロは沖にまででなければ万が一ということもある。仮にも古参である木曾がそれを考慮しないはずもないと思っていると、急に止まるよう指示が来る。海に出てまだ一分と経っていない。陸まで四捨五入して始めて一〇〇メートルは行くかという程度の距離で武蔵は待機を言い渡された。木曾はもう少しだけ沖へ進んでから振り返り、何でもないかのように言い放つ。

 

「御託を並べるのも悪くはないが、百聞は一見に如かずとも言う。つーわけで武蔵。その主砲を今からオレに向かって撃て」

 

「ここで、か?」

 

 てっきり沖でやるものなのだと。そしてもっと二人の距離が離れて始めるのだと思っていただけに、虚を衝かれる。

 

 木曾と武蔵の距離は精々三〇メートルがいいところ。撃った感触が体を駆け巡るより先に相手に当たる程近すぎる距離。相手が戦艦ならばまだしも、重雷装巡洋艦など一撃で沈めてしまう恐れのある距離だ。

 

「正気か?」

 

「だから言っただろ。御託は良いと」

 

「だが……」

 

 流石に建造された初日に仲間を轟沈させるなどやるわけにもいかず、怒りは消え失せ、躊躇いに支配される。が、

 

「安心しろ。その程度じゃオレに傷つけることさえできない」

 

「なんだと」

 

 マグマが大地を割って吹き出るかのように一瞬で怒りのメーターが振り切った。

 

「後悔するなよ」

 

 最後の良心が言葉となって現れるが、それ以降は何もない。ただ撃つのみ。

 

 冷めた目つきで照準を合わせるが、距離が距離だけに初弾命中のイメージしか沸かない。そしていつ撃てと言われていないため、準備ができた直後に躊躇いなく引き金を引き絞った。

 

 音速を越える砲弾は衝撃を海へと残し、更に突き進む。

 

 空気を割き、風を突き破り、木曾を穿たんがために。

 

 決着は一瞬だった。

 

「なにを、した?」

 

 その距離ゆえ風の影響程度でどうにかなるものではない。

 

 なのに何故。

 

「何であんたは立ってるんだ?」

 

 無傷のまま木曾はそこにいた。

 

 傷ついた痕跡はない。避けたような素振りも。ならばどうやって?

 

 積もる疑問だったが、たった一言で木曾は教えてくる。

 

「受け流したんだよ、お前の砲弾を」

 

 洒落の利いたジョークだと一蹴したかった。が、それを否定できない自分がいるのも事実だった。

 

 否定出来ないことが更なる困惑を呼び寄せるだけで、何一つ見えてこない。

 

「まだ納得してないようだな。もう一回試してみるか?」

 

 木曾の誘いにまたとない機会と即座に了承。今度こそ何があったかを見るべく、艦娘としての機能をフル活用して木曾の動きを、一挙手一投足を見逃さないと神経を過敏にする。

 

 狙いを定め、確実に当たる位置に照準を合わせて、再度撃ち放つ。

 

 四十六センチ砲だからこそ来る強い衝撃を装甲が受ける中、砲弾の行方を探すが、またしても木曾は無傷のまま立っている。

 

「何がどうなっているんだ……」

 

「まだそこまでは見れないか。良いだろう。今度はお前でもわかるようにやってやる」

 

 もう一度撃ってこいという木曾に最早投げやり気味に撃つ。

 

 何が違うのだと消えない疑問をいだいていると、距離を空けていた木曾が近寄ってきた。そして一つ何かを投げてくる。

 

「それ、何だと思う」

 

 受け取ってみるとそれは硬く、何かを貫きそうなフォルムをしており、何よりも見覚えはなくも知識としては完璧にあった。

 

 そんなはずはないと否定するも確かにそれは、自分が放った砲弾の弾頭部で間違いなかった。

 

 トリックだと言いたかったが、砲弾から伝わる熱が今し方撃ったばかりの証拠として誇示している。

 

 逃れようのない証拠に、武蔵は力なくその場にへたり込んだ。

 

「何なのだこれは。私は夢でも見ているのか」

 

「現実だ。だが安心しろ武蔵。お前も修行を重ねれば同じようなことが出来るようになる。オレ達は艦娘であって艦ではないからな。できることが違うのだと思っておけ」

 

 違いすぎるだろ。

 

 言葉にすることもできず落ち込みもするが、途方もない現実にいっそ清々しいまでに打ちのめされ、自分の中で何かが変わった。

 

「木曾さん。あんたが何をやろうとしているのかはまだわからないが、取り敢えず言わせてもらう」

 

 水上であぐらをかき、一気に頭を下げる。

 

「舐めた態度を取ってすまなかった」

 

「気にするな。お前はまだ可愛い方だ。それよりもそろそろお前の歓迎会の時間だ。早くと戻るぞ」

 

 差し伸ばされた手を受け入れ、立ち上がってから木曾の後を着いて行く。今度は睨むこともなく、ただ純粋に慕う人に向ける眼差しで。

 

 

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