継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第二章四幕 始まりの合図

 翌日、武蔵は午前中特に何もなく、出撃にする者達を見送るだけで手持ち無沙汰なことから、書庫で本を読んで時間を潰した。

 

 普段は午前中が訓練に割く時間で午後が自由時間なのだが、今日は午後からでないとできないと木曾に言われたためである。

 

 午前だろうが午後だろうが武蔵としてはどちらでも良いため、特に気にすること無くのんびりとした時間を味わった。

 

「待たせて悪いな」

 

 木曾がやってきたのは昼食が済み、食後のコーヒーを飲め終えた時だった。

 

 朝から木曾は出撃していたのは見送ったことから知っているが、どうやら何事もなく帰還したようで、外套一つ破損した形跡はない。

 

「いや、最近少し自分でも根を詰めすぎていたようだ。丁度ゆっくりできていい気分転換になった」

 

「それは何よりだ」

 

「で、相手は誰なんだ?」

 

 現在鎮守府に残っているのは帰還したばかりの木曾。今日はオフだった龍鳳と伊勢。間宮と明石の五名で残りはまだ出撃したままだ。

 

 そこまで考えて、木曾の出撃時を思い出す。

 

――木曾さんは一人で出撃してなかったな。確か一緒にいたのは……。

 

 杞憂に終わってくれと願いつつも、木曾が告げるより先に答えがマミヤの入り口から顔を出す。

 

「ぬいっちお昼どうする?」

 

「まだ入りません。もう一つ仕事が残っていますから」

 

 現れたのは北上と不知火だった。

 

 北上はいつもの片側だけのおさげと、草色のセーラー服に身を包み、締まりのない顔をしている。不知火は赤いタイが特徴のブレザーのような格好に、白い手袋をしており、緊張感を持っていた瞳は更に鋭くなりこちらを見てくる。

 

「ただ直ぐに終わるとは思いますので、北上さんは先に召し上がっていても問題はありませんよ」

 

 明らかに挑発的な物言い。

 

 そのようなことを言われたならば間違えようもなかった。今日の実戦形式の組手の相手とは不知火だろうと。

 

「やる前からにらみ合いとはお盛んだな。その様子じゃ相手を誰か言う必要はなさそうか」

 

「で、今からやるのか?」

 

「当然です。北上さんの食事を遅れさせるわけにはいきませんから」

 

「へぇ。まるで秒殺でもできる言い方だな」

 

「まるで、ではありません。できるから言っているのです」

 

「大層な自信だな。体型の割に」

 

 売り言葉に買い言葉とはまさにこの事か。

 

 今ここで始まってもおかしくない空気を纏う二人。

 

 武蔵は緩やかに立ち上がり、不知火は木曾より前に出て手を握りしめる。

 

 確かに不知火は格上だが、木曾の訓練のおかげでそれなりに実力がついてきた自信のある武蔵には、些か癪の触る言い方に苛立っている。何より訓練をつけてくれた木曾を馬鹿にされているような気がしたのが、特に気に入らなかった。

 

 拳を握り、艦装を済ませようといざ出そうとした瞬間、殺気に襲われた。

 

「お二人とも、そこで何をしてるんですか?」

 

 奥で仕込みをしていた間宮がついと現れ、カウンター越しに微笑みながらも殺意を飛ばしてきていた。

 

 戦闘状態にシフトしていた武蔵の心であっても食い殺されそうな程の圧に、冷や汗が浮き出てくる。

 

 ハッキリ言って怖い。

 

「ま、まだ何もしていません」

 

「まだ?」

 

 どうやら不知火もこの自体が果てしなく不味いことを理解しているからか、懸命に弁解をしているが、言い方が悪かったのかより一層間宮の圧が強まった。

 

「いえ、これからもです! この後海でちょっと訓練をすることになっていますのでそれで気が昂ぶっていただけです」

 

「そ、そうそう。この後不知火さんとはちゃんと外でやるから。この中でやるだなんて有りえませんよ」

 

 不知火に遅れながらも武蔵もことの説明と言うなの言い訳を並べ、安全の確保を最優先する。

 

 完全にやる気でいたことから後ろめたさも少なからずあるが、それでも命に比べたら安いものと無意識に出た敬語を並べていると、背中にあった悪寒が一気に消え去った。

 

「ふぅ。なら宜しいです。次はないようにして下さいね」

 

「「あ、有難う御座います!」」

 

 綺麗に被った二人は、頭を下げつつ睨み合う。

 

 どうやら不愉快に思ったのは自分だけではないようだ。

 

 武蔵と不知火が小さな火花を飛ばしていると、間宮の殺気が再度飛び出した。木曾と北上に向けて。

 

「それから木曾と北上。止めなかった二人は今夜、わかっていますね」

 

「いや流石に本気で始めそうなら止めたって間宮さん」

 

「うんうん。だからお酒無しはちょ~っと勘弁してもらえないかなぁなんて」

 

 完全に飛び火したようで、自分にとって強さの象徴のような木曾でさえ、台所を預かる間宮には頭が上がらないようだ。北上も今まで見たことのない、あからさまに焦りを見せながら言葉を並べていく。

 

 結局二人は今夜の楽しみのため、説得するのに三十分も時間を要した。

 

「間宮さんって本当この手のことになると怖いわ~」

 

「同感だ。戦場なら余裕だが、あそこで戦った場合オレでも勝てる気がしない」

 

 説得疲れでも起こしたのか、帰還直後よりも疲弊した顔で二人は先を行く。

 

「前一回やられたけど本当にしんどかった。知ってる? あの人怒る時って何故か料理がやたら美味しくなるんだよ。しかもその理由が、これから怒るので料理くらいは良いことがあった方が良いですよね、なんだって」

 

「ほぉそうなのか。だが前の件は完全にお前がやらかしただけだろ」

 

「あの時は~ほら、まだ若かったし……」

 

 なんの話をしているのか想像の域を出ないが恐らく、以前好戦的だと言ったことに繋がるのだろうと勝手に解釈し、疑問は口にしなかった。また睨まれても。特に今から本格的な組手をする武蔵としては、少しでも心身的負担は避けたいからだ。

 

 四名は海に降りてから数分、通常の航行をしながら沖へと進んでいく。

 

「ここらで良いか」

 

 鎮守府から見て沖合三〇〇〇〇メートルまで進んだところで、先頭にいた木曾が止まりながら振り返り、静止を促す。

 

 近くに津久見島が見えるところまで来たところで、これから行うことの最終確認に入った。

 

「ここまで来たならわかると思うが、組手とは言うが実際は一対一の演習と言ったほうが正しい。縮地を除いた全ての行動と兵装を許可する」

 

「ま、それくらいはハンデがないとね~」

 

 縮地。

 

 足の裏に多くの装甲を瞬間的に発生させて移動する技術だが、まだ武蔵はできないためのルール。不知火の実力はまだ未知数だが、恐らく使われた場合一方的にやられてしまうからだろう。

 

 武蔵としては経験の一つとしてそれはそれで有りなのだがと思案しているともう一つ、武蔵の知らない別のルールが告げられた。

 

「それから頭部への砲撃は構わんが、不知火。お前は明丸での首から上への攻撃は禁止する」

 

「それはわかりましたが、明丸という俗称ではなくて、ちゃんと固有名称である《グラスホッパー》と呼んで下さい」

 

「明丸? グラスホッパー?」

 

 唐突に現れた知らない単語にオウム返しをしてしまう。明丸に関しては何処かで聞き覚えがあるような気がしたが、グラスホッパーに関しては直翅類。つまりバッタといった類の名称が思い浮かぶだけで、それが今何に関係しているのかサッパリだった。

 

「ん? 明丸関連は最初の座学で習ってるはずだが覚えてないのか?」

 

「いやそれが全くわからん」

 

 おかしいなと木曾が腕を組むと、予想外なところから解説が入った。

 

「先程言いましたが明丸は俗称です。正式には明石性特殊艤装、もしくは明石改造特殊艤装が正式な名称です。グラスホッパーは不知火の使っている明石性特殊艤装の名前です」

 

「あぁ思い出した。そう言えばそんなこと言っていたな」

 

 不知火の膝下にある鈍色のレッグアーマーを見ながら、座学の時に言われたことを思い出す。明石改造特殊艤装は艦娘が持っている物を基に改造し、別のギミックを追加したりより硬くしたりと何か手を加えた物。明石性特殊艤装は明石が一から作った物で、成功率は低いのだとか。

 

 明丸も本来は明石の明を円で描いているのが本来言われる所以なのだが、艦娘は艦艇。つまり船だからか、いつからか明丸という字面が定着してしまったのだと。

 

「へぇぬいっち優しいじゃん」

 

「別にそういうわけでは。知識も満足にない人が一緒の鎮守府にいることが不愉快なだけです」

 

「じゃあ覚えてなかった私も不愉快なんだ」

 

「そ、そんあことは!? 北上さんは不知火がいるので問題ありません!」

 

「噛んでる噛んでる」

 

 不愉快はこっちの台詞だと言い返したかった武蔵だが、目の前で始められた漫才に何も言えなくなり、目で木曾に助けを求める。

 

 木曾も木曾で付き合うつもりはないのか、手を叩いて二人の視線を集めてから空気を切り替えさせた。

 

「準備はいいか」

 

「いつでもいけます」「問題ない」

 

「なら北上。オレ達は離れるぞ。始める瞬間はオレが合図したらだ」

 

「「了解」」

 

 木曾と北上は離れていくのを見届けてから深呼吸を挟み、武蔵と不知火は互いに距離をとった。近すぎても離れすぎても演習としては意味をなさなくなるため、一〇〇メートルの距離を空けてから二人は向き合う。

 

 武蔵はまだしていなかった艦装を済ませ、全砲塔に砲弾を込める。

 

 不知火も同じく艦装を済ませ、まだ始まってもいないのに照準を既に合わせようと砲塔を動かしていた。

 

――あちらさんもやる気。いや、殺る気満々っと言ったところか。

 

 さっさと片付けて北上と一緒にいたいのだろう。纏う雰囲気が楽しさよりも煩わしさを見せている辺り間違えようもない。

 

 だからこそこれまでの態度を改めさせるため、そして自分の今の実力を認めさせるために直ぐには終わらせてやるつもりなど毛頭ない。

 

 今か今かと待つ二人の耳に、

 

『それじゃあ演習開始だ』

 

 遂に始りの音が届く。

 

 

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