継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第二章七幕 狂犬不知火

 向かってくる不知火の飛び蹴りをしゃがんで躱し、アッパーカットによる反撃に移るが、反対の足で肩を蹴られたことにより姿勢が崩れて外す。先に体勢を整えた武蔵は着水直後の不知火向かって全速力で進み、砲塔の仰角を調整しながら直前で拳を振るうように見せかけてからの横っ飛びをする。

 

 着水したばかりだったからか、拳に対しての左腕のみのガードのしようとしていた不知火の不意をついて全砲門を叩き込む……つもりでいた武蔵だったが、一本の棒のようなものが眼の前に投げられていた。

 

 それが何か気付いた時には即座にバックステップを踏みながら前面に全力で装甲を展開する。

 

 直後、視界が爆発によって染め上げられた。

 

 舌打ちをしながら追撃がないかを確認し、距離を取りつつ気持ちを整える。

 

 完全に好機とみて攻め込んでいたが、どうやら勘違いだったようだ。

 

「まさか魚雷を手掴みで投げてくるとはな」

 

「木曾さんの真似事ですよ。それよりもまさか、はこちらの台詞です。今のを防ぐとは。今日は悉く上手くいかない日ですね」

 

 魚雷は放ってから海中を進ませるのが本来の使い方なのは言わずもがな。だが、艦娘及び深海棲艦の扱う魚雷は人の扱う物とは少々異なる。衝突によって爆発することに変わりはないが、一番の違いはお互いが使っている装甲に反応した瞬間に爆発するようにできている点だ。

 

 両存在とも常に周囲に微弱ながらも装甲を展開している。だがそれで砲弾が防げたりするような強度ではなく、人が扱う小火器程度を防げる出力でしかない。

 

 しかしこれはあくまで意識して使っていなければの話だ。

 

 まだ武蔵は装甲を使いこなしているわけではため、強弱にも限度がある。逆に不知火は操作できているからこそ、魚雷を放った後に可動するセンサーにも引っかからずに手で掴み取り、放り投げるという行動までできていた。

 

 それでも尚互角にやれているのは縮地を封じられているのと、自分が戦艦であり装甲の使える限界値が駆逐艦に比べ高いからに他ならない。

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

「その減らず口を叩ける実力があることは認めてあげます、よっ」

 

 言い終える前に両手に握った魚雷を投げつけてくる。それと同時に本来の使い方である魚雷も放ち、追いかけるように前進してきた。

 

 クロスしながら空中を飛ぶ八本と海中を横並びに泳ぐ八本。計十六もの魚雷。防ぐのは容易。問題はその後にある。確実に不知火が爆発の影からやってくることだが、そこまで対処できる自信はない。空中の魚雷を撃ち落とすのは尚の事不可能。

 

 現在の武蔵に取れる行動はただ一つ。

 

「そう来ると思っていましたよ」

 

 艦装を一旦解除。

 

 重量を軽くしてからの跳躍による解除だったのだが読まれていたようで、不知火の砲塔が容赦なく火を吹く。

 

――魚雷に比べたらこのてい、ど!?

 

 砲撃を受け、今の不知火の動きならば着地を狙ってくるものとばかりに思っていた武蔵だったが、その期待を裏切るように空中にいる武蔵の眼の前まで迫ってきていた。回転を加えて。

 

 最初に受けたハイキックの二割り増しと言える回し蹴りの威力は、展開された装甲を貫き、艤装の一部を吹き飛ばすには十分な威力が込められていた。

 

――縮地が使えない代わりに威力の底上げのためといったところか。

 

 装甲を貫かれたことにより生じた手のしびれを振るって飛ばす。

 

 蹴りを受けたことによりバランスを崩し足先が空へと向いていたが、先に着水しなければ後が不味いため艦装を再度済ませ、落下速度を早めた。

 

 初めに手を先に水面に当ててから装甲で弾き、無理やり上下を逆転させて海上に足を下ろす。勢いがついていたことから海面をスライドするがその間を利用して体勢を整えていると、不知火が突撃してくる。

 

 牽制用にと三門開き、自分と不知火の間に落とす。大きな水柱を立たせ、視界を無くしていたのだが、不知火は関係ないとばかりに突き破って拳を振るってきた。

 

 不味いと思った時にはとっさに体が動いていた。何時ぞや提督にやられた一本背負い。

 

 受けた行動を体が覚えていたのか、顔面を狙われた拳を避け、それに合わせて不知火の腕を取り、全身を使って体を浮かして投げる。浮かす際に装甲で弾くところまで完璧だったが、体がついて行かなかったのか、手からするりと離れ十メートル程投げ飛ばすだけに、終わらせなかった。

 

「そこだ!」

 

 チャンスだと気付き、瞬時に照準をあわせる。撃つことに躊躇いなどない。全砲門を容赦なく不知火に向けて放った。

 

 さしもの不知火も着水前、何もできない空中では分が悪かったのか、引き締まっていた表情を苦悶に変え防いでいた。慌てて向けたことから幾つか反れてしまったのはこの際贅沢は言えまいと、再度装填してながら不知火の下へ向かおう。そう思った時、不意に通信が飛んできた。

 

『いった~。まさかこっちまで飛んでくるとは思わなかったよ~』

 

 半ば棒読みじみた声だったが、心身ともにどっぷりと戦闘状態に浸かっていた武蔵はその差に気付けず、何事だとばかりに視線だけを左右に振る。

 

 しかし不知火は違った。着水と同時に全方位を見渡し、声の主が丁度真後ろにいたようで一目散に向かっていった。武蔵に隙だらけの背中を向けながら。

 

 自体の把握ができていない武蔵は撃つべきか一瞬躊躇い、さすがにその考えは卑怯且つ恥ずべきことと自ら断じ、縮地で向かった不知火の後を追う。

 

 望遠機能を調整し、声の主がいるであろう場所を見ればそこには向かったばかりの不知火と木曾。それから艤装一部損傷と、肌に煤コケた痕を残している北上がいた。

 

 北上の姿を見た瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねたのを感じ取る。

 

 ここは演習の場であるが実弾を使用している。当然近くで見ていれば流れ弾に当たることは有るだろう。それは全員が承知していることだ。だが、声が上がったタイミングと武蔵の放った砲撃に差がないことから、まず間違いなく自分のものだと言える。予定外想定外の連続が続く今日だが、こればかりは許容量を越えたのか、焦りを感じている自分を嫌でも認識してしまう。

 

――何であんなところに。私は悪くない。そもそも防げるはずなのに何でだ。

 

 自分の思考が言い訳なのか弁解なのか、はたまた防げていないことへの怒りなのか被弾させたことへの恐れなのか、ぐちゃぐちゃになり始め、纏まりがない。

 

 冷や汗をかきながら遂に三名の側まで寄ると、肉声が耳に届く。

 

「本当に怪我はありませんかっ」

 

「だから大丈夫だって。ちょっと肌が焦げちゃったくらいだからそんなに痛みとかもないし」

 

「馬鹿。気を抜いてるからだ」

 

「む~後輩が傷ついているのにその言い方はないんじゃないかな~」

 

「それよりも早く戻ってドッグに」

 

 のほほんとした木曾と北上。その姿を、声を聞けただけでも内にあった重たい空気を吐き出すには十分だった。

 

 一人慌てふためいている不知火が異様に浮くぐらいには温度差があり、それが尚の事焦りを緩和させてくれる。

 

「北上さん大丈夫か?」

 

「武蔵か。悪いね、演習の邪魔しちゃったようで。結構いい線いってたのにさ」

 

 武蔵としてはあまり好ましい性格していない北上。人を見下したような目や言葉が飛んでくることが多いだけに、率先してこれまでコミュニケーションを取ってきたことはない。そんな北上が初めて、自分の戦いを褒めたことが嬉しく思っていることにショックを受けながらも、どこか違和感を覚えた。

 

 空気感もそうだが、何よりあの北上がこんなに素直に人を褒めるような奴だったかと。

 

 一週間程前は確かに助言は貰いはしたが、ここまで柔らかい対応をしただろうか。疑心暗鬼が物陰から顔を出し始めた時、横槍が入る。

 

「で、どうする。まだやっとくか」

 

「そりゃあやらせるでしょ。大した怪我じゃないし」

 

「お前達二人はそれで良いか?」

 

 木曾が再開するかどうかの旨を問いてくる。否。さっさと続けろと急かすように言ってくる。

 

 武蔵としてはまだ決めあぐねていると、不知火は決まっていたようで、即返事をした。

 

「やります。北上さん。少しだけ待っていて下さい」

 

 薄ら寒い気配を全身から溢れ出しながら。

 

「直ぐに終わらせますので」

 

 先程までずっと背中を見せていた不知火が二分ぶりに見せたその表情は、戦闘中に見せた冷ややかでありながら熱い何かを感じさせるものから一変。重く冷たい、殺意に満ちた顔へと変貌していた。

 

 喉が引きつるのが分かる。

 

 北上に被弾させた時の焦りなど可愛いものだと言えるくらいの寒気を。内臓から皮膚に向かって瞬時に凍りつかせていくような錯覚に陥るほどの重圧を感じ取る。

 

「不知火はやる気のようだな。なら武蔵も諦めろ」

 

 頼みの綱と思っていた木曾は言い終えると縮地でその場から離れる。北上も軽くふらつくような素振りを見せながらも同じく縮地で離れていった。

 

――何なんだ一体。くそっ!

 

 内心悪態を吐きながらも頬を両手で(はた)き、何もかもをリセットさせる。

 

 こうなったらやるしかないと割り切り、両拳を握りしめた。

 

 不知火も武蔵がやる準備ができたことを把握したのか、体よりも先に口が動いた。

 

「貴女が撃った砲弾で北上さんは傷ついた。傷ついていしまった」

 

「だからなんだ」

 

 完全に切り替えの済んでいる武蔵に今更精神攻撃など意味をなさない。堂々と開き直って言い返すと、不知火はボソリと呟く。

 

「五体満足で戻れると思わないことですね」

 

 瞬間、不知火の姿が目の前から消えた。

 

 何事か。

 

 そのような思考を回すよりも先に横っ飛びをする。

 

 数瞬遅れて感じる左腹部の衝撃は、肋骨にヒビを入るには十分だった。

 

「がはっ」

 

 何を受けたのか、痛みの延長に存在する物体に何とか目が追いつく。そこには足があった。つまり蹴られたのだとわかる。但し位置がおかしいのだ。足先が武蔵の背中に向かって伸びているのならばまだわかる。正面から蹴られたのならば必ずそのようになるからだ。だが、その足は武蔵の腹部から先に向かって伸びていた。つまり、

 

――あの一瞬で背後に回られただとっ。

 

 縮地を使い高速に移動してからの蹴りだったのだと予想がつく。

 

 予想がつきはするがこの先どのように対応したら良いかなど何も思いつきはしない。縮地は禁止ではないのかといったことを言う暇さえ不知火は与えてくれなかった。

 

 ほぼ水平に近い形で、右腕を垂らせば海面にあたるような状態で飛ばされた武蔵を追いかけるように不知火は再び縮地で飛び出した。

 

 今度はなんとか動き出す瞬間が見えたため、右砲塔を動かし放つ。海に向かって。

 

 立ち上る水柱で視界を奪いながら崩れた体勢を取り戻すために無理やり、装甲の纏った右手を使って海を掬うように引っ掻いて軌道を反らしながら着水する。

 

 遅れて水柱から縮地の勢いを乗せて飛び蹴りを放った不知火が現れるが、既にそこに武蔵はいない。ここが狙い目だと空振りに終わった不知火へ主砲を一斉射しようとした。が、砲塔からは何もでなかった。

 

――撃ちすぎていたか。

 

 僅かな静止。

 

 小さな空白。

 

 そこを今の不知火は見逃さなかった。

 

「――――しま」

 

 気付いた時には後の祭り。

 

 肉薄され、がむしゃらに出した拳は躱され、代わりに腹部へと拳が突き刺さる。

 

「ぉうっ」

 

 痛みと声とが混じり合い、情けないものを口から漏らしながら膝から崩れ落ちる。直後にきた右ハイキックが頭上を通過した時は運がいいとしか言いようがない。

 

 だがこのままでは追撃でやられるだけ。奥歯を噛み砕かんとする勢いで食いしばり、膝先に装甲を展開。崩れ落ちる勢いを利用して起き上がった。但し微調整が利かなかったようでたたらを踏むように後ろに下がることとなったが、それも功を奏したようだ。連撃に放たれた左の足刀蹴り。これのギリギリ射程外に逃げることができた。

 

 そう、思っていた。

 

「ぐ、が」

 

 腹部を貫通する銀の刃。

 

 不知火の脚部にある明丸《グラスホッパー》が武蔵の胴を真っ直ぐに刺し、貫いていた。

 

 冷たい銀の刃と不知火。恐ろしいまでに似ていると脳の何処かが思う。

 

 ぞるりと引き抜かれた後には、臓器を寸断された感触があった。

 

 しとどとこぼれ落ちる血液の感覚も。

 

 脊髄までも切断されたのか下半身の感覚が全て消え去る。

 

 自らを支える感覚が消え失せたことから真後ろに、船体に引きずられる形で武蔵は倒れ込んだ。

 

 今度こそ立ち上がることのできない決定的な一撃を、今武蔵は貰ってしまった。

 

 やられたのだと。誰の目から見ても完璧な敗北を喫したのだと、心が訴えてくる。

 

 肉体の動きは封じられ、やり返す気力は脊髄と一緒に絶たれた。虚空に投げた視線と同じく心の中も空虚と化していた。

 

 視界に映った不知火が影を落とし、更に足を振り上げているが、それさえどうでも良いと思える程に心の波風は凪となっている。

 

「はいぬいっち、ちょっとやりすぎかな~」

 

――接吻……?

 

 空白の心に見えた情景を理解しようと脳が動いていたのか、北上がした行動を処理しようとするが、泡と消えていく。

 

「生きてるか武蔵」

 

 僅かに遅れてやってきた木曾に何か言おうとして口を開くが声が出ない。

 

「あーいい無理するな、今連れて帰るから。少し痛いかもしれんが十秒二十秒、我慢しろよ」

 

 正面から抱きかかえられたのか、胸元と背中に木曾の温もりを感じ取る。

 

 下半身の感覚があったならば支えのために回されている腕の感触も感じ取れただろうにと、少しばかり残念な気持ちが出てきたが、小さく。ほんの小さく笑い、視界と思考が流れていく景色に置いていかれるように消えていった。

 

 

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