継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第二章八幕 狂宴の後

 静けな夜だった。

 

 風はなく、いつもはコンクリートの壁にぶつかる波の音も、今は鳴りを潜めている。

 

 空を見上げれば真円に近い月が浮かび、人工的な光がほぼ無いことからか、月光に負けじと星空が広がっていた。波打ち際で寝転がっている武蔵にとってはさながら宇宙にいる気分にさせるほどの大海原が空には存在した。

 

 そちらを海と勘違いしないためにもと、雲の見当たらない空に向かって吸っていたシガリロの煙を勢いよく吐き出す。

 

 不知火との演習からドッグへ直行。途中で気を失ったことから何時間経ったのかは把握できてい。

 

――今は八時くらいだろうか?

 

 月の位置から大まかに予測するだけで正確性にはややかけるが、今は動く気分ではない。そのために通信を使うかとも思いはするが実行には移さず、紫煙と一緒に空へと吹き飛ばす。

 

 煙草でさえ咥えたまま煙を吐き出すような有様。

 

 はっきり言ってしまえばだらしのない状態で横になっていた。

 

 原因はなんだろうと考えるが、不知火との演習が原因なのは言うまでもないだろう。

 

 ならば負けたことが悔しくてとも思うが、そうではない。気がする。

 

 どうも先程から思考がシャボン玉のようにポッと浮かんでは割れ、浮かんでは割れを繰り返すだけで、一向に形とはなってくれない。

 

 それでもいいやと投げ出した直後、頭上より声がかかった。

 

「そんなところで何やってんだお前」

 

 まず最初に見えたのはブーツ。それから健康そうな足。そこから順にスカート、両腰の刀剣、外套と見えて最後には右目に眼帯のついた木曾の顔が両目に映る。

 

「木曾さんか。何ていうか、何となく?」

 

 何もする気が起きず、何もしていない。故に何となくとしか答えようがなかったのだが、木曾は返事を聞くなり何か思い当たる節でもあったのか、一声残してその場を去っていった。

 

 何処へ向かったのか、それも見る気はせず、何をしにちょっと待ってろなどと口にしたかも考えることもせず、ただボーッと夜空を眺め続けた。

 

 恐らく時間はそれ程経っていないだろう。程なくして木曾は瓶とグラス、アイスペールを持って戻ってきた。おまけにその後ろには北上と不知火を連れて。

 

「やーやー武蔵どうしたのさ、そんなところで」

 

「進んで見張りをするとは殊勝な心がけですね」

 

 二人も片手にグラスともう片方には皿を手にしていた。

 

 これ以上はさすがに一人だけ横になっているのはどうかと思うことができ、丁度吸い終えたシガリロをポケット灰皿に捨ててから、無い気力を振り絞って上半身を起こした。

 

「ほら。まずはこれでもやっとけ」

 

 渡されたのは一個のグラス。月明かりの下であるため色は鮮明に見ることは適わず、中に注がれている液体が何なのかわからない。だが匂いに覚えがあり、一口含むと脳が刺激されたのか、記憶が掘り起こされたかのようにでてくる。

 

「ヘネシーか」

 

 思わず呟いた言葉に、木曾はやっぱりかといった風な顔をしてから北上が持っていた皿を受け取り、差し出してくる。皿の上にはチーズや干し肉といったものが盛られており、おずおずとながらもチーズを一切れ取ってから口内に入れる。柔らかく、さしたる抵抗もなく噛み切れたチーズは、口に中全体に広がっていく。発酵品特有の臭いと濃厚な味わいは尾を引きながらも嚥下していった。途端、今まで何だったのだろうかと思えるほど、本来艦娘には無いはずの空腹のようなものを覚え、チーズを三切れほど一気に口内に放り込んでヘネシーで流し、干し肉でも同じように噛みちぎって流しとを繰り返す。

 

 気付けば三杯もおかわりを所望したことに気付き、慌てて居住いを正してから謝罪した。

 

「すまない。木曾さんにお酌なぞさせてしまって」

 

「気にするな。それよりも落ち着いたか?」

 

 何に対してだろうかと小さく疑問がよぎるが直ぐに気付く、体の怠さも思考の鈍さも数分前までに比べ、段違いなほどなくなっていたことに。

 

「どうやらそのようだが、原因は何だったんだ?」

 

 建造されて一月と半月が経過した武蔵だが、落ち込むようなことはあっても無気力状態になったのは初めてである。

 

 どうも木曾にはなった原因とやらをわかっているようで問いてみたが、あっさりと答えが返ってきた。

 

「簡単だ、疲労。お前は疲れていたんだよ」

 

「だが艦娘は疲れなどないだろ」

 

「それは肉体の話だ。人間ならば乳酸がどうのとかあるようだが、艦娘の疲労は精神のみを指す。お前は緊張のしすぎで心の方が参っていたんだよ」

 

 経験がなかったために失念していたが、艦娘の食事や睡眠が精神の疲労を取り除く効果があるということを思い出す。

 

――そうか、これが精神の疲労なのか。

 

 疲労を確かめるように小指から親指まで順に閉じていき、開く。

 

 肉体の疲労は艦娘には存在しないが、精神の疲労はある。それは知っていたがまさかここまで肉体に影響を受けるとは露程も思わず、中々に興味深かった。

 

「まぁあれだけやったんだ。いい経験にはなっただろ」

 

 再度グラスに酒を注がれ、木曾も自分用にと酒の入ったグラスをぶつけて呑み始める。

 

 不知火や北上は煙草を吹かしながら関係ないとばかりに既に呑んでいた。

 

「ところで不知火。お前武蔵に言うことがあるよな」

 

 ここからはダラダラと酒の時間が続くのだとばかりに思っていた武蔵だが、唐突に木曾から名を上げられ、戸惑う。

 

 同じく名前が上がっていた不知火は酒が器官に入ったのか、少しばかりむせた後、バツの悪い顔をしながら一度こちらの顔を見てから目だけ反らしていた。

 

――何だ? 演習の礼を言ってなかったからか? いやでも不知火さんが言わなくちゃいけないことだよな。

 

 皆目見当のつかない武蔵には、急に焦りと羞恥心を綯い交ぜとした表情を浮かべる不知火に、どう反応したら良いのか困惑する。

 

「あの、後日は」

 

「却下だ」

 

 武蔵以外の者は何を言うのか把握しているのか、木曾はぶっきら棒に、北上はニマニマと笑顔を浮かべながら不知火が何かを言うのを促す。

 

「できればその、武蔵と二人で」

 

「へぇ、私との約束破るんだ」

 

「ち、違――――」

 

「あーあ残念だな~。ぬいっちのこと好きだったのに裏切られるなんて残念すぎるわ~」

 

「あ……あっ……」

 

 北上に言われたことが余程ショックだったのか、普段冷たい雰囲気を醸し出している者とは思えないほど呆然とした表情をしながら涙目を浮かべていた。それでも平静を保とうとしているのか、奥歯を噛みしめる素振りをするも、ワナワナと震えているのが見て取れる。が、

 

「これじゃあもうぬいっちを止めて武蔵にしよっかな。元々駆逐艦ってそんなに好きじゃないし」

 

 北上の言葉に反応し、こちらを睨んできた。

 

「北上さんに手を出したら殺しますよ」

 

「いやいや、私は関係ないだろ」

 

 薄っすら殺気を混ぜた眼光を飛ばしてくるが、特別怖くはない。

 

――涙目で睨まれてもなぁ。

 

 指摘してあげるべきか悩み、触らぬ神に祟りなしという言葉を思い出し、放置することにした。

 

 やや間を開けて落ち着いたのか、不知火がボソリと呟く。

 

「先日はすみませんでした」

 

「何のことだ?」

 

 今日は疑問ばかりが浮かぶ日だなと思いつつ、不知火に問い返す。

 

「ですから昨日の演習の件です。あれは不知火の落ち度です」

 

 昨日何かあっただろうか?

 

 演習の前日に不知火と特にやり取りした記憶はなく、疑問符が頭に浮かんでいると、木曾から補足が入る。

 

「気付いてないかもしれないが、武蔵。不知火との演習は昨日のことだ。三十時間程お前はドッグにいたんだよ」

 

「そして今ぬいっちが謝ってるのはルール破って縮地を使ったのと、トドメを刺そうとしたから。私が止めなかったら今頃お陀仏」

 

 感謝してよ~などと言いながら笑みを浮かべているのを見て気付く。あの時の不自然な負傷がわざとであることに。不知火でも防げるのに、その不知火より強いであろう北上が防げない道理はない。

 

 言い返そうか一瞬悩むが、したところで北上は軽く受け流すだろうと思いぐっと堪え、頭を抑えながらため息を吐くだけにとどめた。

 

 そこで思い出す。不知火のトドメを刺されかけた時に見かけたあの光景を。

 

「まぁやられたことは私の力不足だから仕方ない。ただ一つ、気の所為かもしれないが、最後二人は接吻をしていなかったか?」

 

 そう。やられたことはさしたる問題ではない。ゆくゆく成長すれば良いのだから。ただ見間違えでなければ演習中に不知火と北上は口づけをしていた。やっていたにしろやってないにしろだから何だといたところだが、気になるものは気になるのだから仕方がないと開き直り、真っ直ぐ北上と不知火を見ていると何でないかのように答えられた。

 

「あぁキス。してたよ」

 

 そうかしていたか。そこまで二人の仲は密なのだなと納得しかけて首を振る。プライベートの時間ならばいざ知らず、あのような場でやるようなことではないからだ。

 

「気付いてるとは思うが不知火の奴は北上に入れ込んでいてな。北上が怪我すると暴走しがちなんだよ。暴走の止め方は幾つかあるがあれが一番手っ取り早いからやっているといったところだ」

 

「ま、普段はそれ以上しちゃってるけどね~」

 

 どうでもよい追加情報まで貰い、呆れ果てる。

 

 仲がどれだけいいとかどこまでやっているとかは本人達で終わっているならば問題はない。それが他に飛び火していることが問題だ。

 

 暴走状態は確かに強い。船体をすり抜けての脇腹への蹴りなど縮地分を差し引いても鋭さが段違いで尊敬できなくもなかったが、逆恨みに近い形でやられたとなればその念も失せるというもの。

 

「暴走はどうにかならないのか」

 

「不知火は別にこのままでも問題ありませんが」

 

 当人が直す気がないのならば尚更である。

 

「回りが困ると言っているんだ」

 

「まぁ簡単には無理だろう。慕っている北上が暴走してたくらいだしな」

 

 木曾の興味深い単語に引かれつつ、流れ弾をうけた北上がパイプを落とし掛けながらも抗議を上げる。

 

「ちょっとちょっと木曾さん、何で私の話になるわけ?」

 

「もしかして例の好戦的だった時代の話か?」

 

「はい武蔵はちょっと黙ってようか。というか時代って、人を年寄りみたいに扱わないでくれる」

 

「面白いぞ。こいつの時はな」

 

「あーもーどうしてそう人の恥ずかしい過去話したがるかな」

 

 やいのやいのとやり取りをし、騒ぎつつも遅くまで呑んだ。

 

 結局北上の恥ずかしい過去とやらを聞くことはできず、不知火の暴走の件も有耶無耶となり終始騒ぐだけ。色々聞いてみたいことがあったがこの空気を壊すのも憚られ、残念に思いつつもまた今度聞いたら良いかと、その日は楽しむよう心がけた。

 

 

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