「草むしり終わりました」
「私も土の入れ替え完了です」
「わざわざすまなかった。龍鳳に大和」
朝早くから始めた花壇の土いじり。暇を持て余していたのかいつの間にか二人が加わり、賑やかな空気の中作業が進んだ。予定では午後までかかるはずだった内容も、昼まで二時間も残して終了してしまった。
「作業も一段落しているようですし、お茶をお一つどうでしょう」
振り向くと、そこには鳳翔が立っていた。背後に何か隠し持っているのか、両腕を後ろに回している状態で。
「鳳翔か。そうだな、せっかくだ。ここで茶にでもするか」
「そうおっしゃられると思いました」
こちらの考えなどお見通しか、鳳翔は背にやっていた腕を前に出すと、片手には水筒が持たれていた。もう片方の手には土いじりで汚れた手を拭く用だろう、濡れタオルを持参しており、受け取るよう促してくる。
「至れり尽くせりで悪いな」
「好きでやっていますから」
タオルを受け取るとややひんやりとしており、十月となったばかりの気温下では丁度良かった。手の平、手の甲、指の間としっかり拭いていくが、爪の間に入った土までは落とせないため、諦めて使用済みのタオルを鳳翔に返す。
「はい、こちらお茶です。冷ましてありますので一気に飲み干しても大丈夫ですよ」
差し出された水筒の蓋。内側が黒いため注がれた液体が本当にお茶かどうか判別がつかないが、少なくとも鳳翔は悪戯をするようなタイプでもないため、お言葉に甘えて一気に煽った。
口内へと侵入した液体は程よく温い状態となっており、何の抵抗もなく喉の奥へと流れていく。
「熱くもなく冷たくもなく、飲みやすくて助かる」
「お粗末様です」
たおやかに頭を下げる鳳翔は、素直に美しいと思えるほどであった。
「お二人とも夫婦みたいですね」
小さく心臓が跳ねた。
ふしだらな事を考えていただけに、龍鳳に突拍子もないことを言われて思わず目に力が入り、口を固く結ぶ。
特別恋愛感情等を持っているわけではないが、異性として美しいとは思っていただけに少なからず動揺をしてしまう。
「あら、嬉しいこと言ってくれますね」
当の鳳翔も満更でない反応が更なる追い打ちとなって、戦場でも経験のしたことのない程の鼓動をしはじめた。
「確かにお似合いです」
「大和さんもそう思いますか。でももう木曾さんと結婚しちゃってますから、これ以上は重婚になっちゃうのが残念です」
「私より、木曾さんの方がお似合いなので致し方ありません」
明らかに男が一人で居て良い空気ではなくなり、眉間に深い皺を作りながら、この場を退避する瞬間を探す。内心、かなり居心地が悪かった。いっそ目の前まで深海棲艦が迫っている方が気持ち的には楽と言える。が、一つだけ訂正はして置かなければならないことに気付き、バレぬよう細く息を吐き出しながらズレてもいない軍帽を左右に動かし、気持ちを落ち着かせる。
「お前達忘れているかもしれないが、俺と木曾は結婚はしていない」
「あれ、そうでしたか?」
「でも木曾さんが胸元に指輪をネックレスにして下げていたような」
やはりかと、今度はため息を吐く素振りをしながら堂々と平静を保つために酸素をしっかり取り入れ、以前教えた内容を繰り返す。
「艦娘と人の結婚はまだ法律が存在していないからできない。俺からすればお前達は人と何ら変わりはないのだが、一応は物扱いだからな。そして大本営も艦娘との結婚は認めていない。辺に優遇したりでもしたら全体の士気関わるためだ」
「あーそういえば言われてましたね。確かに好きな人を戦場に出したくはないでしょうし」
「龍鳳にもわかるのか?」
好きかどうかは別として、剣造も大事な人はもう二度と失いたくないため同じようなことをしてしまうのではと思っていただけに、大本営の考えには賛同していた。だが艦娘は独自の解釈をすることがややあるため、似たような思考に落ち着いたのは素直に驚いた。
「当然です。私達艦娘にとってそれは提督なのですから」
「大和も同じく」
「そういうことです。私達にとって提督が鎮守府で待っていてくれることが何より嬉しいことですから」
ここまで好意を持たれて悪い気はしない。艦娘とはそういう存在なのだと言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、こうも言われるならば応えたくなるのが人情というもの。少しでも彼女らが住みやすい環境を作ってあげたいと思える程だ。
「ところで結局木曾さんの指輪は何だったんですか?」
大和が頬に人差し指を当てながら小首をかしげ、思い出すように視線を空へと投げている。
結局そこへ戻るのかと緩んでいた口元がへの字へと変わる。
致した方ないかと言おうとしたところで、鳳翔によって遮られた。
「あれは二年ほど前に明石さんが作られた結婚指輪です。正確には仮なんて補足がつくそうですが」
「仮ってなんですかそれ。結婚指輪は結婚指輪で良いんじゃないですか?」
「でもあれはあくまで艤装の一部。提督の気持ちが篭っていない、なんてことはないでしょうが、本当の結婚指輪は取ってあるはずです。だから木曾さんも指輪を片方ずつでなく、両方とも首に下げています」
「よくわかりません。木曾さんの指輪には他に何か意味があるんですか?」
龍鳳の問いに鳳翔は柔らかな笑顔を浮かべ、
「指輪には艦娘をもっと強くできる効果があるそうです。最もそれは限られた存在だけが得られるようですが」
そしてどこか遠くを見るように目を細めた。
「もう一つ。これは以前木曾さんに教えてもらいましたが、自分より付けるに相応しい相手がいる。その人が帰ってくるまで預かっているだけだそうです」
「相応しい相手?」
「そこは教えてくれませんでした」
小さな苦笑いを浮かべ、やんわりと嘘をつく鳳翔に、心の内で礼を述べた。
鳳翔が嘘をついているのを知っているのは他でもない、木曾に直接剣造は言われ、そしてその場に鳳翔もいたからだ。何故嘘をつく必要があったのかは不明だが、なにか考えがあってのことだろうと追求も補足説明も省く。
誤算だったのは、ここ最近薄れつつあったかつての臼杵鎮守府をハッキリと思い出し、郷愁の思いに駆られたことだ。夜ならば酒に逃げられたのだが、昼間だとどうしようもなく、落ち着かせるために帽子を深くかぶり目をつむって呼吸を意識して行う。
謝罪の言葉が溢れそうになるのを懸命に押さえ込んでいると、そこへ新たな声が飛んできた。
「皆そこでどうしたの?」
「あ、伊勢さん。花壇の手入れが終わったのでお茶をしてました」
航空戦艦伊勢。その二代目がそこにはいた。
先代とは似ても似つかない口調に雰囲気だが、それでも見た目はそっくりなことから重なって見えることが多々あったが、今日は一際大きいようだ。
そのため意識して見ないようにし、今だけは伊勢を少しでも離すため、一つ頼み事をすることに。
「伊勢。今長門と武蔵がそこの海で手合わせをしていると思うが、終わったら武蔵をここに呼んでもらえないか」
「無線じゃ駄目なの?」
「急ぎじゃないからな」
「ふ~ん。今日は暇だし了解了解」
伊勢が離れていく足音を耳にするとその分だけ気持ちが落ち着け、そこでやっと今自分が全身に汗をかいてしまっていることに気付く。薄っすら寒気すら感じているが、今はこのまま居続ける気力もなく、ゆっくりと立ち上がった。
「何処か行かれるんですか?」
大和に他意はないのだろう。純粋に問いてきているだけのはずだが、今の剣造には煩わしく感じられ、どう言おうか考えていると、助け舟が入った。
「私達はまだこちらにいますので、もし先に武蔵が来たら通信で報せますね」
「すまない鳳翔。それからありがとう」
「提督は私達に気を使い過ぎなだけです」
全てお見通しなのだろう。何も言わずに送り出してくれた鳳翔に小さく。ほんの小さく頭を下げてから鎮守府の中へと入った。