継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第三章五幕 軍事訓練

 晴れ渡る空。

 

 雲は遠くに見えるだけで、快晴と言って問題ないほどの透き通った青が上空に広がっている。

 

 波も穏やかなもので、時期が時期ならば海水浴にはもってこいな気候条件を叩き出しているだろう。

 

 週間天気予報でも一週間は晴れ間が続くようで、今の時期ならばそろそろ紅葉狩りなども楽しめそうな陽気だった。遊ぶ暇があればの話だが。

 

「武蔵、コツがわからないのだがどうしたら使えるのだ?」

 

「武蔵、イメージは何となくつくのですが、上手く再現できないのですがどうしたら」

 

「武蔵、これもうちょっとシンプルにならないものなのか?」

 

 軍事訓練一日目。

 

 予定は変わらず、三つのグループに別れての教育を開始したわけなのだが、あまりの多さに武蔵はてんやわんやとしていた。

 

 参加している艦娘の数は三百三十九名。

 

 振り分けは大和と龍鳳に七十ずつ。残りを鳳翔と武蔵が受け持つこととなったのだが、やはりと言うべきか、武蔵にも多くの艦娘に詰め寄られていた。

 

 他と違い今回初参加が多いこともあり鳳翔が最初に説明、艦載機からのピンポイント爆撃による装甲の実演(デモンストレーション)を見せたもののこの有様である。

 

 半年前の自分も似たような立場だったのだが、それを懐かしむ暇もなく、慌ただしくも振り回されていた。

 

 積極的なのは悪いことではないため無下にもできず、再度装甲の使い方を説明することにした。

 

「最初にも言ったが装甲は反発だ。攻撃に対して打ち返すんじゃなくて弾くのが主となる」

 

「ちょっと抽象的すぎる」

 

「もっとわかりやすくはできないの?」

 

「ん~いまいちピンと来ません……」

 

 ああ言えばこう言うとはこういう状況を言うのだろうかと、武蔵はうんざりしながらもへこたれること無く続ける。ここで止めたならば提督の名を傷つけることになるからだ。

 

「装甲はまず攻撃でなくて防御だけで考えろ。そうだな、イメージは盾だ。突き出した手の平の先に盾があるつもりで力を意識しろ。それでもわからないやつは手を握って、実際に盾を持っているようにするのも一つの手だ。艦娘といえど感性は各々違うのだから自分にあったやり方を見つけるんだ」

 

 やっと納得がいったのか、周囲に群がっていた者達は最初に整列した位置まで戻っていく。

 

 各々が執行錯誤を初めたことにより一息付ける時間ができたことから、凝ってもいない肩に手をやり、首を回す。それだけでも幾分開放された気持ちとなり、もう一度嘆息を吐くと声がかかる。

 

「すみません武蔵。本当ならば補助くらいの予定だったのに全面的に任せてしまって」

 

 振り返った先には鳳翔が申し訳なさそうに立っていた。

 

 チラリと鳳翔が教えているグループを見れば武蔵側と同じく質疑時間は終わっており、実践に移っていた。

 

「ま、この数ならば致し方ないんじゃないか? 多すぎて端まで確認するにはかなり辛いだろうし」

 

 大和と龍鳳が七十ずつ受け持つならば、必然鳳翔が受け持つのは残りの百九十九もの艦娘となる。いかに艦娘が人間より優れた機能があろうとも、限度は有る。確かに通信を使えば端まで聞くことはできるが、全てを見ることはできない。そのため武蔵が五十程受け持つよう提督に進言し、今に至る。

 

「私も少々甘く見ていました。過信は禁物ですね」

 

「それには同意だ。他者に教えるのがこうも難しいとはな」

 

 自分が教えている者達をざっと見る。

 

 二人一組を基本とし、突き出した腕の先で装甲をぶつけ合う者。トイガンで装甲が使えているか確かめている者。座って石やボールを手の平に落として練習している者と多種多様だ。

 

 武蔵としては意外と刺激になるため悪くはないのだが、如何せん気苦労が多く、かなり疲労が溜まってしまうのがネックといえた。

 

「ただまぁ今の所問題もないようで安心だな」

 

「気持ちはわかりますが、そういうことは口にするものではありませんよ。口は災いの元と言いますからね」

 

「今の時代だと確かフラグと言うんだったか。何にせよ言霊にならないよう気をつける」

 

 ことわざの通りにならないよう、少なくともこの三日間だけは気を張っておこうと肩に力を入れたところで、更に別の声がかかった。

 

「お久しぶりね、臼杵鎮守府の鳳翔。今回木曽は来ていないのね」

 

 声の方へと顔を向けるとそこには明るい笑顔をした長門型二番艦、戦艦陸奥がいた。

 

「……また貴女達ですか」

 

 二人のやり取りに面識があることが容易に伺えるが、それよりも鳳翔がまぶたを閉じて重い溜息を吐くなどという、明らかに辟易している態度はこれまで見たことがなかっただけに、内心驚きを隠せない。

 

「もうそんなに邪険にしないでよ」

 

 苦笑しながらも応える陸奥だが、どうやら取り巻きとして来ていた赤城型一番艦、正規空母赤城と古鷹型二番艦、重巡洋艦加古は鳳翔の態度が気に入らなかったようで、身を乗り出してきた。

 

「そうです。陸奥さんが顔なじみだから声をかけたのになんですかその態度は」

 

「もしかしてあたし達舐められている?」

 

 今から一戦交えそうな雰囲気を醸し出しながら睨みつけてくる。が、武蔵としては困惑する以外の反応ができなかった。

 

 率直に言えば死にたいのかと。

 

 鳳翔の強さは臼杵鎮守府において二番目だ。つい最近、教育のやり方を教える一環として、組手形式になった場合を想定し一度手合わせをさせてもらった。それも武蔵は本気でだ。加減なしの全力で挑んで、まともに触れることさえさせてもらえなかった。

 

 強い人ばかりの中で成長してきたため、強者の雰囲気というものを感じ取れるようになったのだと、軍事訓練に参加して自覚できた。

 

 そしてこの陸奥達は弱い。

 

 初参加組に比べたら幾分マシな雰囲気は醸し出してはいるが、今の武蔵でも特に苦労することなく組み伏せられる程度のものだ。

 

 だというのに、

 

「前回木曽にやられちゃったから今回こそはと思って来たのだけれど、残念ね」

 

 選りにも選って最も強い木曽をご所望な様子。

 

 もしこの場に北上がいたならば、腹を抱えて笑いこけていることが容易に想像できる無謀な発言が飛び出す有様。

 

 困惑を通り越して呆れ返ってしまうほどだ。

 

「あんた正気か?」

 

 だからこそつい余計な一言を口にしてしまう。

 

 鳳翔が目で咎めてくるがもう遅い。陸奥の耳に届いていたようで、張り付いたような笑顔とぶつかりあった。

 

「それはどういう意味かしら」

 

 目は笑っておらず、気に入らないことを言われたのだと。今言ったことを取り消せばまだ許してやると顔に書いてあったが、このままこの世間知らずに頭を下げるのも癪なため、あえて突っ込んだ。

 

「言葉のままだ。鳳翔さん。ましてや木曽さん相手に勝つ気でいるみたいだが、あんたらじゃその千倍数を用意しても不可能だ」

 

「へ、へぇー。大きく出たわね。千倍だなんて……」

 

 相当苛ついているのか、笑顔のつもりなのだろうが、顔筋の到るところがピクピクと震えている辺り、何一つ隠しきれていない。

 

 取り巻きは取り巻きで怒りを全面的に出しながら詰め寄ってくる。

 

「面白いこと言いますねあなた。沈めますよ」

 

「あんた確かまだ建造されて半年程度のヒヨッコだろ。お仲間が強いからって調子こくんじゃねーよ。ぶっ飛ばすぞ」

 

 どうやらこちらの情報はある程度知っているようだ。だが悲しいかな、思いっきり凄まれたところで恐怖関連の感情が湧き上がることはない。臼杵鎮守府(うち)の不知火に散々やられてきているから、今更この程度で怖気づくほど可愛い精神はしていなかった。

 

「でしたらあなたがお相手してくれるのかしら」

 

 何と返そうか悩んでいると、陸奥から誘いがかかる。

 

 話の流れ的にこれまで何度かちょっかいをかけられているのはわかる。鳳翔がうんざりする程なのだから、もしかしたら軍事訓練外でもあったかもしれない。

 

 ならばと強さとしても下から数えたほうが早い武蔵とやって負けるならば、その嫌がらせ地味た挑戦も消えるのではないだろうか首肯した。

 

「ああ良いぞ。今からやるか?」

 

「意気がったことを後悔させてあげる」

 

 最早笑顔を取り繕うこともせず、眉間にシワを寄せる陸奥。

 

 少しはマシな雰囲気に変わったが、さりとて力の差はいうに及ばず。

 

 やや離れた海に向かって歩き出す三名を追うように武蔵も後に続こうとして、

 

「武蔵、忘れたのですか。私闘は禁止だと提督にも言われたでしょう」

 

 鳳翔に止められた。提督からの命令を添えられて。

 

 艦娘にとって提督は絶対だ。お願いの類ならばまだしも命令までは無視できない。忘れていたならばいざしらず、思い出されてはこのまま命令を放棄するのは憚られた。

 

「何だ口だけか?」

 

 加古に煽られるがやるわけにもいかず、ここは相手してやれないと頭を下げる他ないと腹をくくり、口を開こうとしたところで別の存在が割り込んできた。

 

「お前達そこで何をやっている」

 

 臼杵鎮守府の提督。池上剣造だった。

 

「鳳翔に武蔵。俺が言ったことを忘れたのか?」

 

 どのようなやり取りをしていたか察したのだろう。即座に注意してくる。本当に忘れていただけに反論などできるはずもなく、大人しく提督の言葉を聞き入れた。

 

「お前達はどこの所属の艦娘だ」

 

「中津第二鎮守府のものですよ。臼杵鎮守府の提督さん」

 

 消えていた笑顔が戻った陸奥は、上機嫌に答える。忘れたのかと言いたげな嘲笑が見え隠れしつつ。

 

「そういうことか……ここは訓練をする場だ。他の者達が気にして訓練にならない。遊ぶならば後日にしてもらおう」

 

 言われて辺りを見回すと、武蔵が教えていたグループは全員手が止まっており、他のところもチラチラを遠目に見ているのがわかる程度には目立っていた。

 

「そうですね。うちに悪評が立っても問題ですし、今日のところはこの辺で引き下がりましょう。赤城、加古。行きますよ」

 

 陸奥に言われるがまま、取り巻き二人はその場を離れていく。後で覚えていろよと視線を残しながら。

 

日下部誠(くさかべまこと)もしつこいですね。まだ諦めていないご様子で」

 

「今のあいつならば自分の息がかかった連中を毎回ねじ込めるだけの権力は持っている。どちらにせよ、これは俺の不始末だな」

 

 背を向けた三名に向かってボソリと呟く鳳翔に、提督はすまなかったと謝罪を述べた。

 

「一度木曽と相手をすれば実力差で諦めるかと思ったのだが、どうやら加減をさせすぎたようだな」

 

 ため息が漏れている辺り、もしかすると提督間でも何かあったのではと推測するが、聞かずにおいた。

 

「日下部って大分海軍施設のトップのやつだろ? なんでうちばかりにカマかけるんだ?」

 

 日下部誠。現在階級は少将。本来ならば中将以上でなければつけない席である大分海軍施設の司令官の座を、特例で座っている存在。約八年前に臼杵鎮守府にいた先代伊勢に頼り切った防衛を危惧し、轟沈した場合の対策案を水面下で用意。その後本当に沈んでしまったことから、大本営は自分たちの采配ミスを帳消しにするべく日下部の案を採用し、功績を上げたことにより異例の四階級特進。その功績から尊敬するものも多いと聞く。

 

 二年ほど前に階級を一つ上げ、更に近い内中将になることが決まっているのだとか。

 

 提督でないものがこれほどのスピード出世は日下部以外に存在せず、いわば時の人状態。

 

 そのような人物が同期とはいえ、一鎮守府の提督を気にかけ続けるのもおかしな話である。

 

「それは俺もわからん。立場はあいつの方が上なのだが、何故か目の敵にされていてな」

 

「たまたま上手くいったことがあっただけで階級を上げるなんて、大本営もどうかしてますね」

 

 今日はつくづく珍しい鳳翔を見聞きする日だなと武蔵は驚きながらも思う。ここまで毒づく鳳翔などこれまで一度たりともない。常に柔和に対応しているイメージしかないだけに意外過ぎた。

 

「あまり度が過ぎるようなら通信を飛ばしてくれ。自分の提督からの命令ならば艦娘も無視できない」

 

「そうするしかないようですね」

 

「武蔵もそれで頼む」

 

 これ以上は艦娘同士だと下手したら。それこそ提督のことを馬鹿にするような発言が一つでも出れば殺し合いになりかねないため、それが無難かと頷いてみせた。

 

「それでは引き続き訓練を頼む。一人でも多く艦娘が生き残れるために」

 

 司令部へと戻っていく提督を見送りながら鳳翔と目を合わせ、どちらともなく短く息を吐いてから各々の持ち場を見回ることに専念した。

 

 

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