軍事訓練二日目。
一晩経つと情報が処理され一日で急成長する者がいれば、逆にどうして良いかわからない者も出てくる。
午前中は昨日と同じグループに別けて再確認。どれだけ力を身に着けたかを直接見定め、力の差から上、中、下と三つに別れてから午後の訓練を始めた。
「リクエストに応えてやるんだ。見逃すな」
武蔵はその中でも一番多い中のグループを龍鳳と二人で教えていた。
「準備は宜しいですか?」
「あぁいつでも来い」
手の平をやや地面に垂らすようにしながら龍鳳に向かって左腕を突き出す。
龍鳳の構えた二丁拳銃。『ラヴ&ピース』による砲撃で、装甲の実演を再度行うところだった。
そう砲撃だ。
見た目こそごく普通のオートマチック拳銃だが、その実龍鳳のために作られた明丸。火力も一四センチ単装砲相当であり、装甲をまともに使えなければ確実に怪我をしてしまう代物だ。普段戦場では艦載機の動きに合わせて精密射撃をしたりするわけだが、今は武蔵の手の甲へと照準が合わさっている。
一瞬の静寂。
そこにある無音に追いつくように響く砲撃音。
大気を押しのけながら飛翔する砲弾は、武蔵の手の甲に当たる皮一枚上を舐めるように進み、大空に向かって上昇してから武蔵の背後に広がる海へと落ちていった。
続けて二発、三発と二つの銃口から飛び出す砲弾は、ほぼ同一のルートを辿り海へと消えてく。計十二度繰り返したところで重い砲撃音が風に流され、静けさに割り込むように拍手が鳴り響いた。
「凄い凄い!」
「今のどうやったんだ?」
「装甲って防ぐだけじゃないんですね!」
続いて離れてみていたはずの者達が一斉に駆け寄り、周囲を囲まれてしまう。
興奮しているのか腕を掴み揺さぶってくる者もいれば、しきりにどうすればできるのかと問うてくる者もいる。
「み、皆さんおお落ち着いて」
どうやら龍鳳も囲い込まれているようで、もみくちゃにされそうになりながらも懸命に声を張り上げていた。
頼まれ事とはいえ余興としてやったようなもので、まさかこれほど反応されるとは思いもよらず、そして倒していいような者達ではないため、無理に引き剥がすことも躊躇われた。救いを求めようにも鳳翔に大和も各々の担当があるため言うに言えない。
どうしたものかと、取り敢えず離れてもらうよう叫ぼうとした矢先、通信が割り込んできた。
『面白い遊びをしてるのね。そんなまやかしでこれまで人の心を掴んできていたわけか』
聞き覚えのある声だった。
落ち着いた声色に見せかけて自惚れに満ちた音。
何故あそこまで鳳翔が苛立ちを見せていたのか、二度目にして武蔵もようやく理解した。
「中津の奴らか。お生憎とお前らと遊んでいる暇がなくてな。すまないが自分達のグループに戻ってくれないか?」
まともに相手をする気はなく、かといってそこにいること自体が癪に障るため、自然と言葉には棘が出ていたが、言い直すのも取り繕うのも面倒なためそのまま放置する。
「なんだなんだ? 昨日はあれだけ喧嘩腰だったくせに一日経ったら日和ったってか?」
自分の周囲にいた者達がやってきたものに恐れてか、徐々に道が開けられ、肉声が耳に届く距離まで近寄ってきた。
「まぁ、まだ半年程度の新顔ではそれも致し方ないでしょうね」
眼の前まで近づき歩みを止めたのは、中津第二鎮守府の陸奥に、取り巻きの加古と赤城だった。しかも昨日と違い楽しげな笑みではなく、不敵な笑みを浮かべて。
「困ります。規則で許可なくグループの外に出ることは許されていません」
龍鳳も囲いが解かれたのか、駆け寄り武蔵の隣でこの場を去るように促す。だがそれで回れ右するほど聞き分けが良ければ、この場にいるはずもない。
「私達は
しかもどうやらお墨付きなようで、上に聞いてみたらと挑発までしてくる始末。
いい印象は受けない相手だが、その辺の根回しには皮肉を込めて称賛する。
「で、なんのようだ。あんたらが暇なのは勝手だが、こっちはまだ教えている最中でな。残念だが構ってるほど時間の余裕はない」
「それがそうもいかなくて」
何をする気だ?
面を向かって話していたかと思うと、今度は周囲を見回し、息を大きく吸い込んだ。
「誘導性艤装装甲とは力! 力とはより上手く扱える者が教えてこそ意味がある。そう思いませんか!」
通信も使わず、声を張り上げての宣言。
「今教えているのは臼杵鎮守府の方々ですが、本当に彼女らが一番強い存在なのでしょうか! 私はそうは思いません! そのことを今日、ここで証明してみせましょう!」
おまけとばかりに宣戦布告まで添えてのその発言に、グループ外にまで聞こえていたのか、ギャラリーが増えてきたのが見ずとも気配でわかった。
「そんなことしても提督からの指示だからな。相手してやれんぞ」
「えぇ、正攻法ならば、ね」
「どういうことだ」
問いただす武蔵を受け流す陸奥。してやったりと本当に顔に書いているのでは思えるほどの不愉快な表情を浮かべていた。
「またお前達か。昨日も言ったが遊ぶなら後日にしろ。ここは訓練の場だ」
「失礼ですね。陸奥達は遊びではやっていませんよ。心から思っていることを口にしたまでです」
参加している殆どの提督が駆け寄ってくる中、剣造が更に一歩前に出てその場を諌めようとするが、別の提督が苦言を口にする。
ものの数秒で混沌としだしたこの空間に、どのように対処したら良いのか、剣造へと視線を投げかけると、俺に任せろと言うように頷いて見せた。
「それはすまない。だがここでの争いは原則禁止となっている。止めるように言え」
相手は准将だからだろう、普段口にすることのないキツめな口調で相手に命令する。が、
「残念ながらその命令には従えません」
突っ張り跳ね除けられた。
軍隊において自分より上の階級の者へ意見を述べる程度ならばまだしも、真正面から拒否することはありえない行為である。下の階級が当たり前のように拒絶できるならば、軍は統率が取れなくなるため、トップダウン型を大事にしている。
剣造としても意外だったのか、眉間に皺を寄せながらも険を含めながら問いかけていた。
「なんだと? どういうことだ」
「私はとある方からの指示で行っている。そう言えばわかってもらえますか?」
そこまで言われ理解した。誰の思惑でこのような状態になっているかを。これは特例として地位が認められている存在。日下部誠からの命令で動いているのだと。
集まった提督達に目を向けて尚の事自分達の甘さに気付く。ほくそ笑んでいる者が複数見て取れた。明らかにこの状況を待ち望んでいたと言わんばかりの表情。
つまりこれは最初から仕組まれていた流れなのだろう。誰が、何処が優秀なのかを見せつけるために用意された場所。それがこの軍事訓練の最大の目的なのではと武蔵は推測する。
「ご理解いただけたようで何よりです」
返事をしない剣造にこの場は見逃すという意思表示と受け取ったのだろう。中津第二の提督は振り返り、後ろにいた他の提督達に向かって声高らかに問うた。
「オーストラリアが落とされてから数ヶ月。未だ太平洋にいるであろう《ア号艦隊》がいつ日本に攻めてくるかわかりません。そのためのこの軍事訓練ですが、このようなのんびりと。そして本当に一番優れているのかわからない鎮守府に任せるだけで良いのでしょうか? 私はそうは思いません。私は日本を守りたい。何が何でも。それが私と、私の尊敬する者の考えです」
一呼吸置き、提督達の顔を伺うように首を左右に回してから更に演説は続く。
「私の鎮守府の実力は本日見てもらったとは思われますが、あの通りです。他の鎮守府より強いです。ですが臼杵鎮守府は成績だけが先行し、実際に見せてくれることは
――まさか本当にこれが目的だったとはな。
中津第二の提督の演説終了を堺に僅かなざわめき後、声が上がり始める。そうだと。まったくもってその通りだと。私も前から疑問だったのだと。これまで何一つ言っていなかった者達が次々に賛同し、臼杵鎮守府に対して批判的な声を上げ始めた。
「お聞きになられましたか? これが回りからの臼杵鎮守府への評価です。今回の演習の申し出、受けてもらえますよね」
背後に味方をつけ、逃げられない場を作ってからの誘い。先導する者としては上手いと言わざるを得ないが、不愉快極まりないのも事実。だが、剣造が何もしていないのだから、その艦娘である自分が手を出すことも口をだすこともするべきではなく、グッと手を握りしめて抑え込んだ。
その意思を代弁するように剣造は応えた。
「断る。お前のところの艦娘にも言ったが、悪いが遊びに付き合っていられるほど時間はない」
キッチリと、キッパリと断ってみせ、訓練を再開するよう促す。
流石はうちの提督だと内心喜んでいたが、相手方も引き下がるつもりは毛頭ないのだろう、更に突っ込んでくる。
「これほど疑問に持たれておきながらそれでは臼杵鎮守府の名声も落ちますよ?」
「名声? そのようなもの戦場では不要だ。必要なのは死なないための技術を身につけることただ一つ」
「それをより優れた鎮守府で行うための演習だと言っているのですが。そんなに今の地位を独占したいのですね」
「そんなつもりは毛頭ない」
平行線をたどる一方の二人のやり取りにしびれを切らしたのか、今まで黙っていた陸奥が遂に口を挟んできた。
「ふぅ、どうやら臼杵鎮守府の提督は臆病なようね。そんなに負けるのが怖いのかしら」
「なんだと?」
一番近くにいた武蔵にはハッキリ聞こえてしまった。艦娘においての最大の
「ええ、もう一度言って差し上げます。自分の地位にしがみつくのが必死の見苦しい臆病者、と言ったのです」
一度ならば気の所為と流してやることもできただろう。だが二度目は許せない。しかし提督からの命令で私闘は禁じられているため、理性を最大限まで引き上げて、手を出す許可を貰うべく、歯を食いしばりながら剣造に視線を投げるが、首を横に振られてしまった。
なんでだと詰問するより先に陸奥の言葉が続く。
「大方昔いた伊勢も数を誤魔化して戦果報告していたのでしょうね。でなければ沈んだりしなかったでしょうし。本当に無様ですね」
かつて臼杵鎮守府にいたという伊勢のことだろう。会ったことがないとはいえ同じ鎮守府の先輩を馬鹿にされて苛立ちが募らないはずもなく、皮膚を突き破らんばかりに拳を握り込んでいたが、不意に開放された。
「――――今、何をほざきましたか?」
人は自分より怒っている者がいる時、冷静になれると聞いたことがあったが、自分がそのような立場になるとは思いもしなかった。特に今回は臼杵鎮守府において温厚な者達が来ているが故に、不意打ち意外の何物でもなかった。
「へぇ、何。貴女が私の相手でもしてくれるのかしら? 鳳翔」
その中でも一番優しいと思っていた鳳翔から飛び出た言葉よりも、その全身から醸し出す殺気が不釣り合いすぎて、自分が相手をするわけでもないのに冷や汗が出始めた。
周囲も本能的に気付いたのだろう。その者を通すかのように道が一瞬にして割れ、鳳翔が姿を現す。
「提督。申し訳ありませんが」
「いい。皆まで言うな。だが先に言っておく。絶対に殺すな」
長い付き合いだからか、何をしようとしているか。お互い何を思っているか熟知しているのだろう。平行線だった物を飛び越え、重なり合う。
「はい。それだけは必ず。明石さんいらっしゃいますか」
「はいはーいここにいるよ」
鳳翔に呼ばれて明石が顔を出す。
明石は衛生兵としての役割があるため、一緒に来てはいたものの軍事訓練において教鞭を取ることはない。だからこそ歯がゆかったのか、表情は不気味なほど笑顔を浮かべていた。
「『夜桜』を使います」
「だと思って持ってきておいた」
明石の手に持たれていたのは、折りたたみ式の薙刀。鳳翔専用に作られた明丸である。
それを持ち出すこと自体稀なだけに、どれだけその内に怒りと殺意が込められているかを示していた。
「どれくらいあれば間に合いますか?」
「ん~。即死さえさせなければ大丈夫かな」
普段の明石ならば確実にお手柔らかにと言うか、もしくは苦笑いを浮かべているところだろう。しかし今は満面の笑みでいる辺り、相当に頭に来ているのが嫌というほどわかった。
「最終的な意思確認が取れていませんが、これはうちからの挑戦を受けるということで宜しいですか?」
「あぁ。これ以上我慢させるのも忍びないのでな。正式に受けさせてもらおう」
これからお互いに承知した上で演習が始まるのだと、二つの鎮守府間で確約された。
「それは何より。陸奥、加古、赤城。正式に許可が降りました。場所は艦娘ですし海が良いでしょうが、あまり遠いと提督方に見えませんし海岸付近が良いでしょう」
自分の艦娘に指示を出しながら確認してくる辺り、これは確定事項だと言いたいのが言外に伝わってくる。
剣造も否定する要素がないからか首肯しながらもルールを追加させる。
「武装は全て許可して良いな?」
「はい問題ありません。ところでそちらは鳳翔以外に誰を出されるんですか?」
明丸の使用も認められた以上こちら側から聞くことはなにもない。
中津第二はどうやら他にも戦う者がいると勘違いしているようだが、残念ながら臼杵鎮守府から出るのは唯一人。
「鳳翔だけだ」
中津第二だけでなく、他の提督達にも同じく動揺が走る。無謀だと。正気ではないと。
「一隻の艦娘だけ? 冗談……ではないようですね。いやはや見くびられたものだ」
その見くびりがどちらなのか、直ぐにわかることとなった。