継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第四章二幕 雲の形

 

 

 退屈だ。

 

 こんなことを思うようでは北上のようだと他の者に笑われてしまうかも知れないが退屈だった。

 

 そもそも退屈の原因が北上と不知火のペアにあるため、思わず口をへの字に曲げてしまう。

 

――なんでサボって遊びに行っちゃうかな~。私だって我慢してるのに。

 

 仕事自体はちゃんとこなしたものの、先に遊んでいたことがバレてしまい、それ以降伊勢がずっと同伴している状態だ。

 

 二人の監視を言い渡されて一月。その間他の者と出撃することはない。もっと具体的に言えば木曽と出撃できていないのが伊勢には堪らなく嫌だった。

 

 木曽と出撃する時が一番伊勢としては落ち着くのだ。自由で、のびのびとでき、何より木曽に我儘を言っても聞き入れてくれる。

 

 以前北上に甘え過ぎだと注意されたことがあるが、木曽の優しさが心地よいのだから仕方のないことだ。自分は悪くない。

 

 自分は何も悪くないので早速打診しようと執務室へと向かった。

 

「提督ーいるー」

 

 ノックをすることなく開けた戸の先に投げかける。

 

 この後のお約束は「ノックの一つくらいしたらどうだ」と続くのだが、あいにくと不在のようで、小言はキャンセルされた。

 

「ん~どこだろ。隣かな」

 

 戸を締めてから一つ隣の資料室へと向かう。

 

 戸の作りは執務室も資料室も特別変わらない。木製の扉にドアノブが一つだけついた簡素なものだ。

 

 そちらをガチャリと音を立てて回し、室内へと入っていく。

 

 先程の執務室は机と椅子以外家具は置かれていない酷く殺風景な部屋だが、資料室はそれとは打って変わり、幾つもの本棚が置かれており、所狭しと本やらファイリングされた資料が並べられていた。

 

 それらのうち大半が兵法書であり、海陸問わず並べられている辺り、提督の勤勉さが伺える。

 

 資料室はパッと見だけでは奥が見えないため、声を上げ、いるかどうか確認しても良かったのだが、しんと静まり返った空気がそれを許してくれそうもない。それに芳しい香りが誰かがいることを指し示しており、無理に呼びかけずともよいと考え直し、一歩一歩足を動かし奥へと向かった。

 

「ん、伊勢か?」

 

 奥へ顔を覗かせると同時に探していた人物から声がかかった。

 

「えーなんでわかったの」

 

 見つけはしたが、提督は椅子に腰掛けた状態でこちらに背を向けており、振り返った形跡はないにも関わらず、誰か言い当てられたのは少しばかり釈然としなかった。

 

「何年一緒にいると思っている。戸を開ける際ノックをしないのは木曽に北上、それからお前だけだ。そこまで絞れたら後は歩調でわかる」

 

「相変わらず素晴らしい慧眼ですこと」

 

 軽口を叩きながら提督の向かいに腰を下ろす。

 

 対面式のテーブルの上には幾つかの資料と紙、ペン、それからコーヒーの入った白いマグカップが置かれており、更に提督の手には深海棲艦の資料があった。積み上げられている資料も背表紙をよく見ると、深海棲艦の艦種毎に振り分けられたファイルだった。

 

「なんで今更そんな物に目を通してるのさ」

 

 しかしその手の資料は新情報が上がる度に大本営より追加、送られてくるが、ここ暫く新種など見かけたなどという話は聞かないため何も変わっていないはずだ。

 

「なに、再度目を通し直しているだけだ。情報が何度も変わっているのだ。古い物を覚えている可能性もある以上やっておいて損はない」

 

「そうはいっても今の私達とまともにやり合える深海棲艦なんて殆どいなくない?」

 

「否定はせん」

 

 提督が一口コーヒーを啜る。動くマグカップに釣られるように匂いもまた揺らいだ。

 

「だが、戦場に絶対はない。何より」

 

「融合棲姫がいるから、でしょ。耳タコ耳タコ」

 

「八年前を堺にやつの情報がパッタリなくなっている。だが沈んだとはどうしても思えんのだ」

 

 自分を見る提督の目に憂いが混ざる。自分(いせ)を通して別の(いせ)を見ているような感じだ。

 

――ような、じゃなくて本当に見てるんだろうな。

 

 自分以外を見られていることがちょっぴり悔しくて、敢えて軽い口調で聞いてみることにした。先代伊勢の強さというものを。

 

「そういえば前にいた伊勢って強かったって聞いてるけどどうだったの? 木曽さんはオレより遥かに強かったーって。今でもまだ勝てるかどうかわからないとか言ってたけど」

 

 口にはするものの、木曽が負けるとは微塵も思っていない。

 

 負けるはずがない。負けるわけがない。

 

 昔ならいざ知らず、今のあの人は絶対的だ。

 

 他の追随を許さないだけの力を持っている。

 

 だからこそ結果などわかりきっていた。つもりだった。

 

「そうだな。俺もあいつの戦っている様を見た数は少ない。全力ならば尚更。だがそれを踏まえても五分五分だろう。あいつと今の木曽ならば」

 

 しかし返ってきたのは同等の強さだった。

 

 圧倒的でもなければ一位とも言い切らない。

 

「それ本気で言ってる?」

 

 わずかに身を乗り出し、提督相手ながらも眉間にシワを寄せながら思わず険を含んだ物言いとなる。

 

 提督もそれを予期していたのか、すかさず補足してきた。

 

「俺よりも木曽に聞いてみたらどうだ? あいつなら、まだ伊勢さんには追いつけていない、とか言いそうではあるが」

 

 ぐぅの音の出ない完璧な返しに伊勢は複雑な心境と面持ちとなる。

 

 以前気まぐれで木曽に聞いたことがあったのだが、その時に今まさに提督が言ったことを木曽が口にしたのだ。その時は謙遜しちゃってと流してしまったが、少し考えを改めないといけないのかも知れない。直ぐには無理そうではあるが。

 

「じゃ、じゃあさ、それだけ強い伊勢に勝ったかも知れない融合棲姫はもっと強いってことになるわけじゃん? どうやって倒すの」

 

「それに関しては何とも言えん。当時はあいつも頭部を怪我していたらしいからな。それがどこまで影響したかは未知数だ」

 

「行き当たりだったりだね~」

 

「すまないな」

 

 謝罪する提督だが、糾弾するつもりで言ったわけではないため、即座に謝ることを止めようかとも思ったが、先程の意趣返しではないが、ちょっぴり不満顔見せる。

 

「別に良いけどさ……ところであの噂って本当なの」

 

「噂? どれだ」

 

 どうやら提督には幾つも該当する噂話があるようで、眉を顰められてしまった。

 

 仕方ないとばかりにあまり口にはしたくなかった単語を零す。日本とは切っても切れないあの兵器を。

 

「アメリカが核爆弾を使う準備をしてるって話」

 

 アメリカの太平洋艦隊が壊滅的被害を受けてからだ。そんな噂話が人里に行った時にされだしたのは。それまでだって無いかったわけではない。それでもあの日を境に増えたのは間違いなかった。

 

「そのことか……表向きにはまだ公表されていないが既に準備はできている。次に《タルタロス》が現れたら使うと各国政府にも打診したそうだ」

 

「何それ。自分たちのところにもう現れる可能性が低いからって、なんでまたあんなことができるの!」

 

「伊勢……そうかお前は」

 

「別に本当に体験したわけじゃない。そうじゃないけど」

 

 かつて伊勢という人型ではない、艦艇の形をしていた頃の記憶だが残っているものがある。それは個体によって様々らしいが、伊勢は原爆の雲を覚えていた。幾つもの命を焼き払った兵器。まだ深海棲艦相手には試されていないためどれほど効果があるかは定かではないが、それでも無駄に終わることはないだろう。

 

 海を犠牲にするという部分に目を瞑るならば、という前提条件があるが。

 

 恐らく艦娘ならば被爆する心配も無い。残った戦力を掃討するならばそこまで戦力はいらない。それがアメリカの考えなのだろうが、

 

「あれは、嫌だな」

 

 伊勢にはそれを受け入れ難かった。

 

 項垂れた先に見える自分の手は、簡単に人一人を殺せてしまう力がある。だが原爆の一瞬でその数万倍の結果を出す。

 

 当時の犠牲者の数をこの資料室で知った時には息を呑んだほどだ。二次被害を含め、一個人として到底認められる行為ではない。

 

「アメリカは大義名分を得ている。自国の戦力、その半数近くを失ったがために。そしてアメリカが敗北したことで世論も変わり始めている。もうそれしか無いと」

 

「じゃあ、提督も賛成なの」

 

 縋るように上目で提督を見る。

 

 自分の主人があんな物を使うことに同意しているのか、恐恐とながらも見つめ続けた。

 

 すると提督は首を横に振った。

 

「馬鹿を言うな。核兵器は抑止力としてならまだしも本当に使ってしまっては駄目だ。そのためにやれることを今のうちにやっておくんだ。日本が攻めて来られる場合は日本が敗北するまで核の使用は避けるようにと政府は返したそうだ」

 

「それってつまり」

 

「お前たちが《タルタロス》を倒しきれば使われることはない」

 

「そっか。えへへ……」

 

 俯いていた頭の代わりに笑い声が零れ落ちた。

 

「あ、でも来なかったらどうしよう」

 

「そればかりは神頼みしかないな。他国に出られたら救援は間に合わないと見なされ使われるだろう」

 

「むーそれは困る。絶対に来てもらわないと!」

 

「そうだな。何か惹きつける要因さえわかれば良いのだが」

 

 提督も本気で悩んでいるのだろう。だからこそ資料を見返していたのかも知れない。それが嬉しくて、だからこそ自分の意志を示したかった。

 

「どうなるかはわからないけどさ。来たら絶対勝つよ。あんな物を二度と使わせないためにも」

 

「あぁ、期待している」

 

 提督も満足がいったのか、薄くはあるが笑みを浮かべ、コーヒーを飲み干していた。

 

「ところで何か用事があって来たんじゃないのか? 別に世間話をしに来たわけじゃないだろ」

 

 マグカップを置く提督に向けて思わずあっと漏らしてしまった。

 

 今日ここに来たのは世間話のためではない。無論最強議論などでも。

 

「そうそう提督に言いたいことがあって来たんだった。最近私木曽さんと全然出撃してないんだけど。ここのところずっと北上さんと不知火のお守りばっかじゃん」

 

「それはお前も了承しただろう。木曽から頼まれて任せろと言い切っていたぞ」

 

「え、そんなこと私――――」

 

 言われて再び思い出す。そういえば木曽に面倒見てくれと言われ二つ返事してしまったことを。

 

「言ってたような、言ってなかったような……」

 

 乗り出していた上半身を反らし、無駄だと知りつつも目を泳がせながらはぐらかす。

 

 そこは我らが提督。気付いているのだろう。溜め息混じりにファイルを閉じ、一つ提案を投げかけてきた。

 

「お前達を組ませてやりたいのは山々だが、まだ武蔵の教育も完全に終わった訳じゃない」

 

「えー。でももう十分強い気がするけどなー」

 

「それには同意だ。だがあいつはまだ強くなれる。本人の希望もあるため木曽と別行動は極力なくしておきたい。《タルタロス》がいつ動き出すかもわからないため、猶予がどれだけあるかも不明だ。そこでだ。武蔵を入れた三名でなら許可を出せるがどうだ」

 

「ぶー。二人がいいのにぃ」

 

「そうか嫌か。ならこの話はなかったこ――――」

 

 資料を整理し、腰を上げかけた提督の手を掴み、押し止める。

 

「はいはいやります! ぜひやらせてください提督殿!」

 

 逆らいませんの意思表示を最大限にし、義憤を押し込め笑顔を見せつける。

 

 やや呆れ顔を浮かべられるがこの際四の五の言っていられない。折角のチャンスを自分から不意にするわけにはいかないからだ。

 

「ならば一部作戦を変更するか。今日明日中には追って知らせるから少し待っていろ」

 

「サーイエッサー」

 

 席を立ち、わざとらしく敬礼を決めてからその場を離れていく。これ以上いたところで別の何かでボロを出さない自信はない。

 

 足早に出ていこうとした伊勢の背後に声がかかる。

 

「伊勢。すまなかった」

 

 何に対してだろう?

 

 疑問には思うがわざわざ聞く気にはなれず、

 

「別にいいよ」

 

 さっくりと流し、今度こそその場を後にした。

 

 

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