継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第四章三幕 排他的経済水域

「やっほーーーーーー」

 

 縮地を繰り返しながら喜びと開放感から伊勢は大声を上げた。

 

 しかし山彦が起こることはない。近くに陸地が見えない大海原のど真ん中なのだから当たり前だが。

 

「なんであの人奇声上げているんだ? もう何度目かわからないぞ」

 

「ストレスでも溜まっていたんじゃないか?」

 

「確かにお守りばっかだったしわからないでもないが、あのテンションでい続けるほうが疲れないか?」

 

「それがあいつだ」

 

 一人喜びを全身で表している伊勢からやや後方にいる二人は、冷静に分析をしていた。何かあった時のためにと常に通信を開いているため筒抜けである。

 

 今までの苦労を考えたら多少のはしゃぎようは目を瞑ってもらいたいものだ。

 

 このままでは折角の心身ともに開放された状態に水を刺されかねないため、その場で静止してから勢いよく振り返り弁明する。

 

「二人にはわからないだろうけど本当に疲れてたんだよ~。不知火は何だかんだで聞き分け良いけど、北上さんなんて私を出し抜こうとするし、場合によっては実力行使に出てくるんだから大変のなんのって」

 

「おかげで助かったよ」

 

「む~なら良いけど」

 

 愚痴を木曽が軽く受け止める。

 

 伊勢は伊勢で声こそ釈然としないけど取り敢えずは納得した風を装うものの、頬が自然と緩み、抑え込むよりもニヤけ面が勝っているのが自分でもわかった。

 

 それだけこの時を楽しみにしていたのだからしょうがない。

 

「浮かれるなとは言わないが作戦まで忘れるようなことはするなよ」

 

 武蔵に釘を差されるが勿論そんなことを忘れるほど愚かではない。そう忘れるほど……

 

――あれ、そういえば何だっけ?

 

 どうやら愚かだったようだ。

 

 懸命に脳内をこねくり回すが出てくる気配はない。

 

 これ以上考えても仕方ないため、諦めて白旗を上げることに。

 

「あ、あははー。作戦ってどんなだっけ」

 

 敵を倒す。だったような気がする。むしろそれ以外に作戦など殆どないのだから当たり前だが。問題はどの海域にどの程度敵がいるかだ。

 

 両手の人指でこめかみ辺りをグリグリとやるが、何一つ浮かび上がる物はない。

 

「おいおい冗談は行動だけにしてくれ」

 

「そいつも冗談にされたら困るが。おい伊勢、気分が上がっているのはわかるがそろそろ絞めろ。これも仕事だ」

 

「はいごめんなさい」

 

 こればかりは誰にも文句は言えない。完全に自分が悪かった。

 

 心を入れ替えるつもりはサラサラ無いが、それでも少しくらいは落ち着くよう深呼吸をした。

 

 濃い潮の香りが鼻から駆け抜けて肺へと送られ、口から吐き出される。

 

 火照った頭が冷めるような涼やかな吐息が心を落ち着かせてくれる。

 

「少しは頭冷えたか?」

 

「たはは、おかげさまで」

 

「作戦に関しての記憶はどうだ」

 

「そっちは面目ない所存でして、実は全く……」

 

 気持ちが落ち着いたところで覚えていないものが簡単に出てくるわけでもなし、ここは正直に答えた。

 

「そんなことだろうと思った。武蔵」

 

「なんか言われる気はしていたよ」

 

 諦めに似た表情を浮かべてから親指でメガネのフレームを押し上げ、作戦概要を語り始める。

 

「まず現在位置から言うが、ここは千葉から大凡東に三,〇〇〇,〇〇〇メートル。まぁ三〇〇キロ先といったところだ。最近ではあってないようなものだが排他的経済水域付近でもある。そして私達の目的は更にその先の公海まで行くことだ」

 

「公海って確か~」

 

「どの国でも自由に航行や飛行、漁が認められている海域だな。もっと言うなら日本という国の領土外だ」

 

「そうそれ。でもなんでまたそんなところに。人里どころか国外じゃん」

 

 確かに臼杵鎮守府の面々は色んな所へ遠征に出かけている。それでも行くには限度を設けられていた。深追いしすぎることへの警戒もそうだが、深海棲艦は拠点と言える場所を持たないため、遠くまで行ったところで陸地付近に出現する艦隊より少ないなんてことも十分有る。

 

 提督とて。提督だからこそ知っているはずなのに何故太平洋のど真ん中まで駆り出したのか。

 

 そう思ったところで、小さな違和感に気がついた。

 

「あれ、太平洋?」

 

「そう。今回の目的は《タルタロス》だ」

 

「本気で? 少人数であの艦隊を相手する?」

 

 あまりの事柄に、真っ直ぐに受け止められなかった。

 

 敵の艦隊規模を考えたらこんな片手間で相手をしていい数ではない。それは最早自殺願望としか言いようがない。そう思ったところで、木曽が呆れ顔を浮かべていることに気付く。

 

「アホ。何年剣造の下についてんだ。あいつがそんな無謀なこと言うかよ。今回の主目的はあくまで誘導だ」

 

「誘導?」

 

「そうだ。そのためにここまで足を伸ばしてんだ」

 

 木曽が武蔵に目配せをする。

 

「提督から告げられた作戦は二つだ。一つは現在の太平洋にどれだけの敵艦が他にいるかの確認。もう一つが今木曽さんが言った《タルタロス》の誘導。これには敵を見つけるか見つけなければ不可能であり、最悪このまま日本に引きつけての開戦も有り得なくもない。が、そうはならないというのが提督の結論だ」

 

「理由は?」

 

「オーストラリア襲撃からアメリカへ行くまでがあまりに長すぎるのと、先遣隊のような奴らとアメリカは何度か小競り合いをしたことがあったそうだ」

 

「つまり見つかったところで直ぐに攻めてくる心配は薄いと」

 

「あくまで予測の範疇だが同意できる部分も十分にある」

 

 二人共頭で考えて納得しているのか、目に僅かのズレもなかった。

 

「どちらもできる範囲で構わないそうだ」

 

 そちらは流石に抜かりなかったか。ありがたい補足をいただき、伊勢も改めて気持ちを入れ直したところで、もう一つ気になることが思い浮かび、何気無しに投げかけた。

 

「それにしてもなんで私達だったの?」

 

「本当は別の日にオレと鳳翔で行く予定だったがお前がねじ込んだからだ」

 

「あぁそういう……」

 

 藪蛇だったと言ってから悔み、

 

――後悔しながら航海して公海に行くのかぁ。

 

 自分で考えておきながらつまらなすぎるダジャレに、乾いた笑いを口端に漏らしながら今度は先行く二人の背中を追いかけるように飛び出した。

 

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