時間が遡ること数分。伊勢がまだ取り巻きを倒している時のことだ。
「相変わらずあの動きは参考にならないな」
武蔵は伊勢の戦い方にタバコを咥えたまま肩をすくめる。
「そりゃそうだ。あいつの動きを真似できる奴はそういない」
「木曽さんでもか?」
「言っちゃなんだがオレは結構不器用だぞ。真似してみろ。下手したらお前にすら負けかねん」
そんなもんかと木曽を見る。
身長差から必然見下ろすような形にはなるが、それでもこの小柄な体ながら強さは圧倒的。武蔵が建造されてから早八ヶ月経つが、未だに被弾した姿を見たことがない。
そんな人が負ける姿なぞ到底想像もできなかった。
「たまに勘違いされるがオレは最速で動いて敵を倒しているだけだ。悪い部分を上げるなら力の向き方が下手くそなんだよ」
「言われてみると確かに」
木曽の動きは無駄が少ない。フェイントにおいてもそうだ。真っ直ぐ行っているものばかりで、搦め手のようなことはしない。フェイントのつもりがそれで相手を沈めてしまうことがあるくらいだ。
「だろ? その点伊勢のあれは天性のものだ。動き自体は殆ど全て隙だらけだが、隙だらけだからこそ相手は誘い込まれやすく、気付けば狩られてしまっている」
伊勢視線を戻せば、丁度飛行甲板から跳ね、敵艦に着地。縮地で倒しながらの高速移動でついでに動線上にいる敵を斬り倒しつつ、沈みかけの飛行甲板に戻り戦闘を続けていた。
あんなトリッキーな動きを目の前でされたら翻弄されるなというのが無理な話だろう。
現に敵艦隊は一〇〇〇メートル程度しか離れていないこちらに目が行くことなく、伊勢ばかりを狙っていた。
「北上も似たようなタイプでな。正確に言えばオレと伊勢の間って感じではあるが、最小限の動きで相手を誘導してから倒す。伊勢のような攻撃を誘発させない分スマートでオレにも再現できなくはないが、あいつあれを勘だけでやってやがるからな」
忌々しげに言い放つ。
やや嫉妬を含んでいるが、武蔵からすれば全員格上であるため似たようなものなのだが、木曽が咥えているシガリロが歯先でやや潰されるのを見て、言葉を飲み込んだ。
伊勢も掃討し終えるところだったのか、何やら必殺技と称して妙な動きをしていた。
「何だよ呉落とし・改って」
「あれだ。呉落としが最大仰角で砲撃わけだが、自分自身がその砲弾になってると言いたいんだろ」
呉落としは最大仰角からの砲撃後、自由落下する砲弾を敵の頭上に当てる行為だ。装甲は常に全方位貼り続けているものではないため、油断したところに被弾させるのが目的だ。
今の伊勢の動きは油断を誘うかもしれないが、些か博打がすぎるのではなかろうか。少なくとも真似はしたくないものである。
「増援もなしか」
「後これを何回繰り返すんだろうな」
ここに来るまで既に七度の海戦を挟んでいる。だが一向に当たりを引く気配はない。
「ボヤくなボヤくな。今度は少し南下してみるか」
「了解。伊勢、移動するぞ」
二人してシガリロの火を消し、伊勢に声を掛ける。
常に通信は開いているため今更繋げる必要はなく、ただ喋るだけで相手に届く。はずなのだが、伊勢の反応がない。それどころか伊勢が何か言っているようだが、その声が聞こえてこない。
「木曽さんこれって」
武蔵が視線を送るより先に木曽は飛び出していた。
遅れて武蔵も縮地で追いかける。
――来たのか。遂に。
常に通信を開いていたのは状況判断をしやすくするため。これはどこの鎮守府でも行われている行為だろう。ただ今回の作戦にはもう一つ理由があった。
アメリカより提供された情報によると《タルタロス》の艦隊と思わしき奴らと交戦した時、毎回通信障害が発生していたそうだ。事実アメリカと《タルタロス》が正面からぶつかった時、通信は不能となり、それが敗北の原因の一つと言われているほどである。
そして今武蔵たちの間で通信障害が起きた。
つまりいる可能性が凄まじく高いのだ。今ここに。
周囲に目配せをしながら縮地の一歩目を終え、二歩目に移ろうとした瞬間。全身を寒気が襲った。
突然のことに二歩目がバランスを崩しそうになるも立て直しつつ、再度踏み込んだところで、伊勢の後ろに何かがいることに気付く。
「後ろだ!」
聞こえる保証はないものの、それでも叫ばずにはいられなかった。
幸い聞こえたのか直感からか、伊勢は距離を取ろうとする。ただ咄嗟であったため、そして反転も加えてしまったことから距離は短く、おまけに相手の動きはあまりにも早すぎた。
距離を取ったはずの伊勢にぴったり張り付くように近付き、手を差し伸ばした。
「伊勢逃げろ!」
今度の声はちゃんと聞こえたのか、一瞬動きが止まっていた伊勢がハッとするような動きを見せてからバックステップを踏む。
それでも相手は上をいったのか、顔も見えないのに笑っている気がし、更に増した寒気を振り払うように全力の縮地をするが間に合いそうもなかった。武蔵は。
先行していた木曽は違ったようで、今度は明らかに殴りに行った敵艦から避けるように伊勢にタックルをかまし、距離を取った。
「二人共無事か!」
「武蔵動くな!」
返事ではなく、木曽による命令が飛んできた。
何故このタイミングでと思うが、軽く木曽達の方へ視線を投げて愕然とする。
伊勢は健在だ。怪我はなさそうである。
問題は木曽だった。
木曽が抑えていた右上腕部。そこからは血が緩やかに落ち、海を赤く染めようとしていた。
「木曽さん……」
「気にするな伊勢。あれは相手が悪い」
怪我した右手で伊勢の頭を二度叩き、木曽が真正面から敵艦と向き合う。
「まさか当たりを引くことになるとはな――――よう久しぶりだな、融合棲姫。また会えるとは思わなかったぞ」
――なん……だと? 今木曽さんはなんと言った?
聞こえたのが幻聴でないのならばヤツに対して融合棲姫と言わなかっただろうか。
現在融合棲姫の生存は不明だ。
かつていた先代伊勢と相打ちしたとも言われていた。何より資料や聞いている話と見た目が全く違っているのだ。
頭が離島棲鬼。腕部が港湾棲姫。体が軽巡棲鬼のはずだが、今は戦艦水鬼に近い見た目をしていた。違いを言うならば一本角が端ではなく真ん中にあり、全体の色が黒ではなく白。服装もドレスに分厚い装甲がついていた。おまけに資料にはあった腐敗臭が全くしてこない。
新種の姫を疑った方が早いくらいのはずだが、木曽は断言してみせていた。
「ギ、ギ――――オマエハイツゾヤノキソカ」
――喋った!? いや、それどころか会話をしただと! それにこの声は。
「は、覚えていてくれるとは光栄だな。まさか話すことまでできるようになってるとはな。ところでその声。お前伊勢さんを取り込みやがったか?」
木曽も気付いたようだ。
そう、やや濁りのある声ではあるが、それでも融合棲姫の声は伊勢と同じ声色をしていた。
「イ、セ……? アァムカシニクッタヤツカ。ソウダクッテヤッタ。タダスコシシッパイダッタ。アレカラアイツイジョウニタノシメルヤツガイナクテ、アタシハタイクツシテイタヨ」
暇だという概念が深海棲艦にもあるのかは不明だが、少なくとも眼の前にいるこの敵は退屈というものを知っているのか、呆れた素振りを見せる。
「はは、アタシ、ね。おまけに退屈ときたか。どうやら、本当に伊勢さんは……」
木曽の最後の言葉は憂いを帯びており、普段見せる自信たっぷりな声とは明らかに違っていた。更には視線を落とし、胸元を強く握りしめ、なにかに耐えるような素振りを見せる。が、それも一呼吸分だけ。次に顔を上げたときは、いつもの芯のある表情をしていた。
「良いぜオレが相手になってやるよ。お前はあの伊勢さんを倒したんだ。つまりお前を倒せば、間接的にもオレは伊勢さんを越えたってことになるよな?」
「デキルトオモッテイルノカ」
「できるかどうかだと? ぬかせ。オレはあの人を越えるためにこれまで死に物狂いで鍛えてきたんだ。お前こそ鈍っていないだろうな」
「タメシテミルカ?」
にらみ合う二人。
木曽は船体を出現させ、日本刀とサーベルを抜き放つ。
融合棲姫は背後に中間棲姫のような半球体状の黒い艤装を展開。
臨戦態勢のまま睨み合っていた二人は、次の瞬間、消えた。
――何処にいっ!?
慌てて見ることに意識を向けて注意深く確認すると、戦っている姿を捉えることに成功した。
至近距離で撃たれた砲撃を避けてから木曽は右手に持った刀を振り上げる。融合棲姫は上半身を反らして避けながら後を追うように左ハイキックを入れてくるが、木曽は空振った腕を引き戻し、肘打ちで防ぐ。追撃にと左のサーベルを振るうが球体の艤装に阻まれ、更にそのまま突進して来たために跳躍で飛び越えながら避け、頭上付近で魚雷を一気にばらまく。魚雷の幾つかは刀の峰で押しつぶすようにぶち当て、反動を利用してやや距離を取りつつ、着水直前に迫る融合棲姫を蹴り飛ばす。生憎と防がれてしまうが、着水からの移動する時間は稼げたため、右手まで垂れてきた血を振るって飛ばし、滑らないようにしながら尚も二人の戦いは続く。
ここまでで自分ならば一体何度死んだだろうか。
そんなしょうもない思考ができてしまうほど二人の戦いは圧倒的だった。
拮抗する二人。
同レベルだからこそ決めきれない。
確かに木曽は負傷こそしているが、活動限界までは時間的に余裕があった。
だからこそ安心してしまっていたのか、それとも未だ恐怖に駆られ動けないのか。武蔵と伊勢はただボーッと見続けてしまっていた。
――――自分達が標的になるとも忘れて。