「ナカナカヤルナ。コレナラバ、スコシハタノシメソウダ」
「ずいぶん余裕があるじゃねーか。お前もお前で腕を上げたか?」
特別会話をするつもりはないのか、返事を待たずに二人は再度距離を縮めた。
木曽は器用に刀剣を持ったまま指先に魚雷を挟み込んで放り投げる。融合棲姫は装甲に反応して爆発する魚雷を物ともせずに突き進むが、爆炎が無くなる前に木曽が突きを繰り出す。顔と足への同時攻撃を融合棲姫はスライドするように素早い動きで横にズレる。それを追いかけるようにして木曽は突きを横薙ぎへと切り替え両断しに行くが、敢え無く防がれてしまい、お返しとばかりに砲弾が飛んできた。計八門もの砲弾を木曽は高速ターンで相手の背後に回りつつ回避し、艤装ごと右の日本刀で斬りに行くが、装甲の出力が同等だったのかお互いに弾きあう。木曽は体勢を崩すのを嫌ってか、自ら跳んで距離を開けた。
苛烈なまでのせめぎ合い。
永遠を切り取ったかのような戦いは、この瞬間動いた。
「伊勢!」
誰が叫んだか。伊勢の名を呼ぶ。否、警鐘を鳴らす声。
一瞬だった。
ほんの瞬きに等しき時間が動いた時、誰かの左腕が空を舞っていた。
――あれは、腕? 誰が? 誰の?
唐突に脳が退化したのではと思えるほどに視界に映る物を処理してくれなかった。
「セッカク、センジョウニフヨウナモノヲカタヅケテヤロウトシテイタノニ、ヨケイナコトヲ」
「ぁっ――――木曽さん!」
喉を震わせ側に寄ろうとする伊勢。
「下がれ!」
離れるよう木曽は声を上げるが、伊勢は知らないとばかりに片膝を着く木曽の隣まで駆け寄る。
先程までなかった木曽の額にはびっしりと脂汗をかいており、代わりに本来あるはずの左腕が、肘の先から消え去っていた。
「早く止血しないと! そうだ服! 服は艤装の一部だから下手な紐より頑丈に」
「馬鹿早く離れろ!」
手当しようとする伊勢を装甲で弾き飛ばし、迫り来る融合棲姫に日本刀を振るった。
「オソイ」
しかし容易に回避されるだけでなく、反撃に振るわれた手刀が木曽の顔を襲う。
寸でのところで首を反らすだけで避けることに成功するも、右の眼帯が触れられていたのか、紐が引きちぎれ右目が顕となってしまった。
縦に入った傷跡と薄っすら光る瞳は、苦渋に染まる顔であってもまだ闘志は衰えていなかった。とはいえ不利な状況に変わりはない。現に反応が一歩遅れており、融合棲姫が一つ攻撃を繰り出す度に生傷が増えていく。
「木曽さん……」
ポツリと呟く。
これだけ窮地に立っておきながら加勢に出られない自分。
出ない訳でもなく、出たくない訳でもない。出られないのだ。
相手と自分の戦力差など比べることが馬鹿らしいほどあり、今前に出たならば木曽をより追い詰めることになることはわかっている。だからこそ耐え忍び、いつでも縮地で離れられる準備をしていたのだが、
――本当にそれで良いのか?
浮かぶ疑問。
今直ぐ離れるべきという思考と、少しでも手伝うべきだという感情。
どちらが正しいかなど考える必要もないはずの考え。
理性は常に待てと、引けと言う。が、
――そんなことは知ったことか!
正しい行動など一歩前に出した足で踏み潰し、持てうる装甲の技術を総動員し、全力で自らの身体を前へと押し出した。
遠く離れていた融合棲姫。それを眼の前まで近寄らせ、全力の右拳を繰り出した。
驚異とも障害物とも見なされていなかったのか、横合いからの攻撃は完全なる不意打ちとなり、回避されるよりも先に相手の艤装に激突し、数十メートル吹き飛ばす。
「武蔵なんで前に出た!」
「今の木曽さんなら私でも倒せそうだったんでな」
「馬鹿野郎っ。今は冗談言ってる場合じゃ」
「わかっている! だがこのまま背を向けるなどできるはずがないだろ。それにあんたを失ったら日本は、提督はどうなる」
所詮後付の言い訳。でも木曽には十分すぎる文句だったのか、左手にいる木曽を横目で見ると歯ぎしりをしていた。
「ナンダオマエハ?」
融合棲姫が不審そうに見てくる。
艤装の殴られた部分が崩壊しているものの、機能になんら支障はなさそうで、内心舌打ちをする。
「大日本帝国が誇る戦艦の中で最強の一角である武蔵だ。覚えておけ」
「ザコニヨウハナイ。キエロ」
景気よく出てきたは良いが、やはり遠くで見ていて見失いかけるほどの速さを至近で体験すれば、影を追うことさえ難しいのは道理か。なんとか先行する殺気に気付けたために二発、三発と放たれる攻撃を捌けるが、そう長くは保ちそうもない。
砲撃を当てようにも照準を合わせる暇も与えてくれず、仮にあったところでダメージは期待できないだろう。
ならばと体を懸命に動かし、装甲で対処をするが出力そのものが違うのか、装甲が貫かれた反動で艤装が徐々に破損していく。
奥歯を噛み締め、直感を頼りにしていたが、それももう終わりを迎えた。
「シズメ」
底冷えする無慈悲で刃物のような声は、武蔵の胸部を貫く動きをする。
先程までは見えなかったはずの動きがハッキリ見え、しかしそれに対応するだけの技量が存在しなかった。
――あぁ、これで私は死ぬのか。
死が見えた。
逃れようのない左の手刀。
死の直前は時間を切り取ったかのように進むと言われることがあるが、こういうことかと一人納得し、受け入れかけたその瞬間である。武蔵の内に何かが入り込む感覚を心が感じ取った。
何だ?
思うより先に体が動いた。
融合棲姫の手刀を右手で反らし、カウンターで左掌底が顎へと決まる。
「ギッ――――ア――――?」
どれほどの損傷を与えたか、確認するよりも先に融合棲姫は距離を取り、周囲に目配せをしていた。
武蔵にやられたよりも他の誰かに邪魔をされたと思ったからの行動だろう。
それは武蔵自身も同じだった。
今何が起きたのかさっぱりわからない。
何故反応できたのか。
何故捌けたのか。
何故、まだ生きているのか。
わからないことだらけ。ただその中でも一つだけはわかることがあった。
「武蔵、お前……」
少し前まで左手にいた木曽が背後にいるが、不思議とそれは声をかけられるより前にわかっていた。
木曽の呼吸が、脈が、思いが、武蔵の中に広がる感覚。
どうしてあれが融合棲姫と気付けたのかも。
「そうか。気配が一緒だったんだな。歪で、存在すること自体がイレギュラーだとわかるだけのものがあいつには」
木曽が初めて融合棲姫を見てから八年の歳月が流れている。
見た目は変わり、喋るようにまでなった。およそ同じ存在だとは思えないのに同じだと言い切れるだけのもの。
これだけ強烈な存在感がありながら、融合棲姫は空っぽなのだ。それも全てを飲み込んでいしまいそうなほどに。
これは他の深海棲艦にはない、かなり独特な感覚。
人混みの中でそこだけがポツンと空白になってしまっているような違和感。
「これなら確かに一発でわかってしまうな」
「どうしたんだお前」
「木曽さんちょっとだけ待っていてくれ。倒して……は少し難しいが、退けるくらいならできる気がする」
一度も後ろを振り返ることなく緩やかに前進する。
「ナンダオマエハ」
ほんの二分かそこら前に言われた言葉と同じことを融合棲姫は繰り返す。
「さぁな。私にもよくわからん。ただ一つ言えることは、少しはお前を楽しませてやれるってこと、だっ」
返事をしながら縮地を使って攻め込んだ。
今までが最速でも時速八百から九百キロが精々だったが、現在は容易に音速を越えていた。
「――――ナッ」
海上には移動の余波で波打ち、融合棲姫は表情を驚愕に変えていた。
「しっ」
細く鋭く吐いた息に乗せるように突き出す右拳。
忌々しげに受け止める融合棲姫。
お返しとばかりに右のハイキックが跳ね上がろうとするが、左腕を振り下ろし叩き落とす。頭部を狙われた砲撃を首を反らすだけで回避し、反撃に右のミドルキックをお見舞いするが逆に弾き飛ばされてしまった。
バランスを崩しかけたため左足だけで跳ねつつ、連撃に来た融合棲姫の隙をついて角を左手で掴み取り、手での縮地を使い上へと逃れつつ、飛び越えざまに半球状の艤装に捕まりそこを支点に反転しながら蹴り飛ばした。
「ナニガドウナッテイル」
余程納得がいかないのか疑問を口にする。
「安心しろ。当人の私もわからん」
しかしそれは武蔵本人も一緒だ。どういう経緯で今これほどの力を操れているのか皆目見当もつかない。ただ、体から溢れ出る力はそれだけで高揚させ、今ならば何でもできそうな万能感さえ与えてくれる。
「どうした。かかってこないのか?」
だからか、無意味に煽り、扇動する。
自信が過剰となり始めたと自分でもわかるが、どうも止められそうもなかった。そのため、敵ながら融合棲姫のこの後の行動は大いに助けられた。
「イヤ、ヤメテオコウ。ドウセモウジキクラウノダ。ナラバイマデアルヒツヨウハナイ」
「どういうことだ」
見ることに専念していた木曽が近付き問いかける。
「コノアイダノ、ア、メ、リカ? ダッタカ。クラッテヤッタ。ツギハオマエタチダ」
「あぁそういうことか。ア号艦隊。《タルタロス》を纏めているのはお前か」
「アゴウ? タルタロ、ス?」
「この海で一番規模の大きい艦隊の名称だ。お前達のことなんだろ」
「グクッ。アゴウカンタイタルタロスカ。ニンゲンハオモシロイコトヲスルナ」
「いや別にそれは繋げて言うもんじゃないんだが」
思わず武蔵がツッコミを入れてしまうが、融合棲姫は聞いていないようで、一方的に宣言してきた。
「サンドメノマンゲツノヨル、オマエタチノトコロヘイコウ。ソレマデシズマナイコトダナ」
融合棲姫は言うだけ言うと、一度縮地による跳躍後、音を立てて海中へと潜り消えた。
先ほどまであった殺伐とした喧騒は消え失せ、一気に静寂が辺りを、覆わなかった。
「木曽さん木曽さん木曽さん!」
「なんだ伊勢。泣きながらしがみつくな」
「だってだって。その腕、私が。私のせいで」
両目いっぱいに涙を溜めるどころかこぼれ落としている伊勢が、木曽の前で膝をつき腰元に抱きつく。
「ってそうだよ木曽さん。あんたその腕は流石にまずいだろ。ここには明石さんだっていないだぞ」
「安心しろ。筋力と血流操作で帰るまでは保つ。入渠すりゃあこんなもん幾らでも生えてくるんだ。むしろオレを殺したくなきゃさっさと帰るぞ。何しろ報告することが腐るほどある」
伊勢の頭を撫でながらチラッとだけこちらを見てきた。
恐らく先の戦いのことを言っているのだろう。
確かにそれを報告しないわけにもいかないが、果たしてそれをどう伝えるべきか頭を悩ませる。
海の色と同じ内心になりつつも疲労による重い足を上げ、武蔵達は帰路に着いた。