継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第四章七幕 別れの日

 融合棲姫との一戦から数時間後、臼杵鎮守府へと戻った武蔵達は、一人怪我らしい怪我もおっていない伊勢を残してドッグに入った。

 

 慣れ親しんだ青色の液体、ではなく、高速修復材を入れた緑色の液体の中へと倒れ込んだ。

 

 入渠中は本来昏睡状態へと陥るのだが、高速修復材を使用しているときは、直るまでの間全身を針で突き刺したかのような痛みに襲われ、意識を手放すことを許されない。代わりに入渠時間が数時間だろうと数十時間だろうとものの数秒で終わらせてくれる。

 

 今回は報告することが多いため、備蓄として最近持て余していた高速修復材を使用したわけだが、やはりと言うべきか、この痛みには慣れそうもなかった。

 

 時間にして三秒ないし四秒の痛みを覚えた後、消え去ったのを確認してから身を起こし、縁に手をかけてから膂力だけで体を押し上げる。入渠したことで強制展開されていた船体を仕舞い込む。

 

 コリなど無いが体の感覚を確かめたく、軽く背伸びをしてから右手を見ると、丁度木曽も出てきたところだった。

 

「生きてて何よりだ」

 

「アホ抜かせ。手足の一本や二本。無くなったのはこれが初めてじゃあるまいし、簡単にくたばるか」

 

「相変わらず基準がおかしいな」

 

 苦笑いを浮かべながらも無事であったことに安堵する。

 

 少なくとも武蔵にとって衰弱した木曽など初めてみたのだから当然であった。あの圧倒的な強さを誇る木曽が重傷を負うなど考えられない。

 

 ただそこまで考えて、ふと気づく。武蔵にとっての木曽のように、木曽にとって先代の伊勢は同じ存在だったのではと。それだけの存在を亡くした心境は、今の武蔵に図れそうもなかった。

 

「どうした? 報告に行くぞ」

 

 妙なことに思考が回ったなと軽く頭を振り、先行く木曽を追いかけようとした直後のことだ。

 

「ふざけるな!」

 

 聞こえる怒号。

 

 遅れて届く誰が殴られた音。

 

 何事かと木曽と目を合わせ、ドッグの扉を開け放ち、外へと飛び出した。

 

 すっかり日の落ち辺りは真っ暗となっていた。満月もとうに過ぎていることから些か月明かりも寂しいものの、全く見えないわけではないため、目標を補足する。

 

 臼杵鎮守府の面々が集まった中にそれはいた。

 

「あんたが着いていながらなんでああなった。言いなよ伊勢。ねぇ!」

 

「ちょっと北上その辺にしときなって」

 

「明石さんは黙ってくれないかなぁ」

 

「これは俺からの命令だ。北上、今直ぐ伊勢から離れろ」

 

 伊勢に馬乗りとなっていた北上は、舌打ちをしてから掴んでいた胸ぐらを乱暴に離し、取り出したパイプを噛み砕かん勢いで咥え、マッチを点けようとするが力みすぎているのか、次々と折っていく。見かねた不知火がオロオロしながらも予め持っておいたパイプ用ライターで灯してもらい、一息入れるが、イライラは収まっていないようだ。

 

「剣造。何があった」

 

「木曽か。まずは無事で何よりだ。武蔵もご苦労だった」

 

 労いを挟む。普段口にする事務的な物言いでない、本当に無事であったことを喜ぶ声音だった。もっとも、池上剣造という存在を知らないものにはわからない程度の差異だが。

 

「今伊勢から軽く話を聞いてな。直後に北上が」

 

「殴ったわけか。ったく。おい伊勢大丈夫か」

 

「木曽さん。私は大丈夫。それより今日は本当にごめんさない」

 

「またそれか。もう良いって言っただろ。北上」

 

「……何」

 

 煙を吐き出し、北上はぶっきらぼうに答える。その眼光は鋭いもので、破壊衝動に駆られた。単純に言えばムシャクシャしているのが嫌というほどわかった。

 

「お前と伊勢はほぼ同じ時期に建造された。だから伊勢がどういう存在でどれだけ実力があるかも把握している。わかっているんだろ?」

 

「だから何がっ」

 

 苛立ちが募るのか、返す言葉のトゲが荒々しくも一層鋭くなる。

 

「融合棲姫相手に伊勢が何もできなかったのは仕方がないことだ」

 

「仕方がない? 冗談も休み休みに言ってもしいものだね。艦娘は戦い沈んでいくのが定めさ。おまけにうちの主力の足を引っ張るようなのを仕方がないで済ませろって?」

 

「ああそうだ。この際だからハッキリ言っておこう。北上。お前じゃ融合棲姫には勝てない」

 

「ふざけるな! だったら切り捨てれば良いだろ! それとも何、先代伊勢を重ねてるからそこの伊勢に激甘なんでしょうがあんたは」

 

 考えが纏まらないのか、感情任せに口走る北上の言葉に、木曽が気配を冷たいものへと変える。

 

「北上。オレへの侮辱なら一向に構わん。だがな、仲間を簡単に切り捨てるなんぞ口にするな」

 

「――――っ。あぁそう好きにしたらっ……ぬいっち行くよ」

 

「でも報告が」

 

「後で聞けばいいよ」

 

 構わず鎮守府へと入っていく北上。それをこちらを振り返りながらも不知火は着いていった。

 

 嵐が過ぎ去った後にように静まり返る。

 

 誰も口を開かず、あまりに暗い雰囲気だったためか、間宮が一つ意見を述べた。

 

「あの、このままですと提督の体にも触りますし、マミヤでお茶をしながら話しませんか?」

 

 誰も断る理由がないため一同は賛成し、マミヤの中へ向かった。

 

 艦娘であるために外気温との差など特別代わりはしないのだが、マミヤの中に入った瞬間、何とも言えない温かさと安心感が胸のうちに広がった。

 

「はいどうぞ」

 

「早いなおい」

 

「木曽達が帰ってくると通信もらいましたから、いつでも出せるようにお湯は沸かしておいたんです」

 

「間宮さんには敵わないな」

 

 木曽がお茶を呑むのを見てから武蔵も湯呑を手に取り、口へと運んだ。

 

 熱い液体が口内いっぱいに広がり、喉を通り胃へと向かう。

 

 何とも言えない感覚に、これがホッとする味なのだろうかと一人思った。

 

「まずは情報を整理する。お前達は融合棲姫と出会い、そしてそれを撃退した。間違いないな?」

 

「ああ。まぁ撃退したのは武蔵だがな」

 

「何だと? 詳しく話せ」

 

「面倒だが最初から全部言うぞ」

 

 そう切り出してから木曽は今日あった出来事を包み隠さず伝えた。融合棲姫にあったこと。木曽がやられたこと。武蔵が突然強くなって退けたこと。来年の三月に《タルタロス》が日本に攻め込んでくること。そして先代伊勢が融合棲姫に取り込まれたことを。

 

「そう、か。あいつは融合棲姫に……」

 

「ああ。と言ってもやることは変わらない。奴を潰す。それだけだ」

 

「そうだな。ところで武蔵の件はなにか心当たりはないのか?」

 

「それがサッパリだ。武蔵はどうだ」

 

「同じく。なんでああなったのかは欠片も。ただあんな風になる直前に木曽さんの存在は何故か手に取るようにわかったな」

 

「あぁ、それはオレにもあった。武蔵の考えてることとか色々流れてきた」

 

 思わずギョッとする。

 

 考えてみれば一方通行だと思いこんでいる方がおかしいのだが、自分の思考が相手に流れるなど心中穏やかではない。おかしなことを考えている、いないの問題ではなく、ただ単純に嫌なのである。尊敬している相手だからこそ尚更。

 

「まぁと言っても全部が全部わかるわけじゃないけどな。武蔵はどうだったんだ?」

 

「私か? ……言われてみれば融合棲姫に関することや先代伊勢のことはわかるが、それ以外はそうでもないな」

 

「なんだお前もか。てことはその時強く考えてることだけが伝わった感じか? どちらにしろ再現できるかもわからんから考察して意味あるかはあれだがな」

 

 確かに木曽の言うとおりである。まだあの時何かしらの偶然が重なり偶々できたというのが無難だろう。何しろ戦闘が終わってからは木曽の存在は武蔵の中から抜け落ちているのだから、もう一度やれと言われても不可能というもの。

 

 小さく安堵のため息を吐いてからお茶を啜る。

 

「なるほど概ねわかった。後は俺の仕事だ。疲れたろ、今日はゆっくり休め」

 

「そうさせてもらう。わからないことがあれば通信飛ばしてくれ」

 

「ご苦労だった」

 

 短くやり取りをし、誰一人酒を要求するでもなく、ごねることもなく、静かに退出した。

 

 提督が今どのような心境なのかなど武蔵には察することさえ難しい。

 

 ただ今日くらいは一人静にさせてあげたい。そう思い、静かにマミヤの戸を締めた。

 

 

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