継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第五章一幕 太平洋奪還作戦

 月日の流れというものは兎に角早い。予定が数ヶ月前より決まっているなら尚の事そのように感じさせられる。

 

 融合棲姫に告げられた予定日。

 

 融合棲姫と出会ったのが二〇一五年の十二月末。

 

 各月によって満月になる日は少しずつズレるが、十二月の満月は十六日だったため、そこから三度目の満月の夜となると、必然三月となる。

 

 今日は二〇一六年三月十三日。

 

 三日ほど前に武蔵が建造されて一年経ち、そしていつ《タルタロス》が攻め込んできてもおかしくない時期となっていた。

 

 波打ち際でシガリロを吹かしながら空を見上げれば、ほぼ満月と言って差し支えないほど丸い月が浮いている。

 

 《タルタロス》が必ず満月の日を守るとは限らないため、日本全体が現在調整に入っている。具体的に言うならば武蔵達は二日ほど前から大本営の指示により、出撃を止められていた。いたずらに戦力を消耗させないこともそうだが、艦娘は精神の影響が戦果に大きく出るため、そのような措置が取られた。

 

 とはいえ日本にいる全ての艦娘が止められているわけではない。対《タルタロス》用に起用される鎮守府及び艦娘だけが該当となっている。その数約二万。

 

 日本が保有する艦娘の数は大凡十六万だが、その内からたった二万。相手は十五万もいるのだから七.五倍もの数の差がある。しかも日本側は実質その中で一万は数合わせのようなものだと言われている。

 

 全戦力をぶつけろという声も勿論あったそうだが、《タルタロス》が来るからと言ってその間日本が他の深海棲艦に襲われない保証は一つもない。事実アメリカは別口で進行した艦隊に幾つか鎮守府が潰され、提督にも死傷が出ているほどだ。

 

 数が少ないことにも意味がある。相手の数を見れば一目瞭然だが、単純に砲弾の数が足りないのだ。アメリカも弾薬補給に何度も帰っては出撃を繰り返していたという話だ。となれば砲弾が無くなっても戦える者がいた方が効率が良い。

 

 つまり選ばれた二万もの艦娘は、誘導性艤装装甲(インダクティブアーマー)を使って深海棲艦を倒すことが最低限保証されている者ということとなっている。

 

「十五万、か」

 

「怖いですか?」

 

 思わず呟いたものに、言葉が帰ってきた。

 

「大和か。珍しいな、鳳翔さんと一緒にいないなんて」

 

「私だって年がら年中いるわけではありませんよ」

 

「そういうことにしといてやる」

 

 紫煙を吐き出す武蔵の横に腰を下ろし、大和が煙管を取り出すのを見て、火を差し出す。

 

「有難う――――ふぅ、こうやって波風に当たりながら吸う煙草は美味しいですね」

 

「同感だ。昔じゃ一本の煙草を全員で回して吸ってたくらいだったのに」

 

「そうですね。あの頃は娯楽も今ほどあったわけじゃありませんし、科学技術も全く別物なほど変わってしまいました」

 

 郷愁の思いを抱いているのか、二度目に吐き出す吐息は、何処か重い物を感じた。

 

「なんだもしかして最後のことでも思い出してるのか?」

 

「そうですね。無いとは言い切れません。あの時に今ほどの技術があればとか考えないでもないです」

 

「それだけじゃないだろ」

 

 バレちゃいましたかと言いたげに大和は苦笑いを浮かべる。

 

 常に行動をともにしているわけではないが、これでも姉妹艦だ。纏う空気を察せる自信は他の者より遥かにある。

 

「私の最後は特攻のように送り出されることでした。当時の人にどのような思惑があったかは完全に把握することは不可能です。それでももう帰ってくることはできないだという思いは有りました」

 

 武蔵も大和の最後は資料で知っている。だが所詮それは資料だ。都合のいいように書き換えることもできれば、誰かの思いだけに偏ることもある。結局は他人事のように見ることしかできない。

 

 武蔵も自分の過去を見た時、そんなこともあったな程度で。自分のことなのにまるで何処か別の誰かを見ているような錯覚に陥るほど簡潔に、あっさりと書かれていた。

 

 あの身も心も焼くような痛みは何処にも見当たらなかった。

 

「そして今回も恐らく同じような境遇だと私は考えてしまっているみたいです」

 

「でも逃げ出したいわけでもないと」

 

「当然です。ここで逃げ出したら提督が死んでしまいますから。それに……」

 

 一度区切りを入れ、真っ直ぐこちらを見て告げてくる。

 

「武蔵。貴女と戦場を共にする日が来るとは思いもしませんでした」

 

「何だそれ。これまで何度も出撃してるだろ」

 

 苦笑しながら返すが、大和の顔は真面目そのもので、茶化していいものではないと悟り、首だけ向けていたのを体ごと正面にした。

 

「昔のことです。貴方と私が共に出撃することは殆どありませんでした。そしてこの臼杵鎮守府でも同じで、私は貴方より先に建造され、暫く一人でした。だから貴方が建造された時は本当に嬉しかった。それと同じく怖かった。また私は残されてしまうんじゃって」

 

――何かと思えばそういうことか。

 

 大和が何に対して考え込んでいたのかを理解した。

 

 確かに艦艇である武蔵は大和より先に没している。今もなおシブヤン海の海底に沈んでいるだろう。だがそれは艦艇だ。今ここにいるのは艦娘の武蔵。個人の戦力はあの時の比ではない。

 

「そうか大和にとって私はそんなに頼りない存在だというわけか」

 

「ちがっ、そういうわけじゃ」

 

「だったら安心しろ。お前の妹は強い」

 

 断言したことに呆気にとられ、だらしなく口を開けていたかと思えば破顔し、煙管を咥えた。

 

「じゃあ信じる。だから絶対沈まないでね」

 

「そういうのは現代じゃフラグと言うらしいぞ」

 

「もう、そうじゃなくて」

 

「わかってる。お互い生きてまた帰ってこような」

 

 大和が頷くのを見てから武蔵は立ち上がる。

 

「もう休む?」

 

「いやちょっと酒が呑みたくなってきたからマミヤに行く。大和だはどうだ?」

 

「私はもうちょっとここにいるかな」

 

「そうか、気が向いたらこい」

 

 シガリロを咥えたまま大和に背を向け、マミヤへと向かう。途中、煙突から出す煙のように空へと紫煙を吐き出しながら。

 

 すりガラス状の扉を開け放ち、マミヤへと入ると、そこには鳳翔と龍鳳がカウンターに座っていた。

 

「いらっしゃい武蔵。お酒にする?」

 

 入るやいなや間宮に酒を勧められ、断る理由が欠片もないためお願いし、手前にいた龍鳳の隣に腰掛けた。

 

「大和が行ったと思うけれど、会われました?」

 

 龍鳳が煙草を吸いながら開口一番に問うてくる。

 

「ああ、今別れたところだ」

 

「何話していたの? 大和は何か悩んでる節だったのだけれど」

 

「悪いがそれは教えられん。妹が姉の悩み事をベラベラ喋るわけにもいかないんでな」

 

「ん~それもそうですね」

 

 そういって龍鳳は再度煙草を、メビウスのプレミアムメンソール・オプション8を吹かす。

 

「はいお待ちどうさま。ヘネシーとチーズに干し肉。他に欲しいものがあれば言ってください」

 

「ありがとう間宮さん」

 

 礼を述べてからグラスを手に取り、隣りにいる龍鳳と鳳翔のグラスに打ち付けた。

 

「はぁ、やっぱこの瞬間はたまらないな」

 

「ですね。何年経ってもお酒は心を落ち着かせてくれます」

 

「鳳翔さんもなのか?」

 

「私だって常に平静でいるわけではないんですよ?」

 

 ポロッと漏らしてしまった本音に窘められる。

 

 よくよく考えずとも相手の数が数なのだ。それも一隻一隻の強さも通常の艦隊の上を行く。こうして普通に会話できるだけで上等なのかも知れない。

 

「配慮が足らずすまなかった。そういえば間宮さんは」

 

「はい、改めて提督に進言しましたがやはり駄目だと」

 

「そうか。そいつは残念だな」

 

 間宮は基本鎮守府に在中している。

 

 ほかは知らないが、臼杵鎮守府において鎮守府内の管理運営は提督と間宮の両名で行われている。艦娘のことは提督が。衣食住は間宮が。花壇や菜園といった庭仕事の類は二人でといった具合に分担しているが、その実間宮は戦闘においての実力もすこぶる高い。

 

 北上や伊勢には追い抜かれたと嘆いていたが、それでも今の武蔵とではほぼ同等の戦力と言えるだろう。

 

 そんな貴重な戦力を温存するには提督なりの理由があった。

 

「結局相変わらずあの答えか?」

 

「はい。皆さんが帰還したら料理を直ぐに振る舞えるようにしてほしいと。大規模作戦の疲労は計り知れないから、私の料理で出迎えてやってくれると助かると」

 

「でもそれって私達が帰ってくることを信じているから出てくる言葉ですよね」

 

 龍鳳の何気ない言葉に思わず頷く。

 

「言われてみたらそうだな」

 

「あの人はいつだってそうですよ。私達が無事に帰ってくることを祈り、待ってくれています。ですから間宮さんも、私達の帰りを待っていて下さい」

 

「ふふ、教え子にまでこう言われちゃいますと、もう何も言えませんね」

 

「そうと決まれば間宮さんも呑みましょう。このお酒とか美味しいですよ。ご一緒にどうですか?」

 

 龍鳳が呑んでいた赤ワインを間宮に勧める。

 

 日本酒党である間宮だが、今日は気分でも変えたいのか、自分用にワイングラスを取り出し注いた。

 

「それでは皆さんが無事に帰還できることを願って、乾杯」

 

「「「乾杯」」」

 

 各々グラスを掲げ、小気味よい音を立ててから液体を喉の奥へと押し込む。

 

 宴はこれからだと言わんばかりに呑み始め、夜が深くなるその時まで続いた。

 

 

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