継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第五章三幕 太平洋奪還作戦 発令!

 三月十五日、夕刻。

 

 山の向こうへと夕日が沈みかけており、もうじき夜が訪れる時間。

 

 空の向こうには既に丸い月が見えていた。

 

 予定であり予想では、今夜《タルタロス》が攻めてくる日だ。

 

 戦の前に最後の食事をと思いマミヤへと入ると、先客に提督と木曽がカウンターに座っていた。

 

「二人も食事か」

 

「まぁそんなところだ」

 

 返答に含みを感じつつも、木曽の隣へと腰を下ろす。

 

「へぇ、珍しいな」

 

 思わず口にしてしまった。

 

 普段木曽はジャックダニエルないし、テネシーハニーを好んで呑むが、今日は生ビール。しかもツマミがフライドポテトではなく刺し身に豚キムチだった。おまけとばかりに普段吸っているシガリロではなく、紙巻たばこであるピース。

 

 提督が良くしている取り合わせではあるが、木曽がそれをしているのを初めて目にした。

 

「ちょっとした気分転換だ」

 

「緊張でもしているのか?」

 

「武蔵」

 

 (おど)けてみると、カウンター越しにいる間宮より釘を刺される。

 

 つまりこれには意味があるのだというように。

 

「良いよ間宮さん。そうだな。このメニューは伊勢さんの好物だったんだ」

 

 伊勢さん。

 

 艦娘においてさん付けは自分より前に建造された者への敬称。今いる伊勢は例外だが、それでも木曽がさん付けで呼ぶ人は一人しかいない。

 

「先代伊勢のことか」

 

「ああ。飯も酒も煙草も。あの人が好んでいたものだ。恐らく今夜奴は来る。こいつは過去を忘れないための儀式みたいなもんさ」

 

「木曽、何度も言うが」

 

「わかってるよ剣造。弔い合戦だが、そればかりに拘るつもりはない」

 

「ならいいが」

 

 そうは言いつつ酒こそ呑まないものの、それ以外は同じものを口にしている辺り、提督も何か思うところはあるのだろう。

 

 もう少し尋ねてみようか逡巡するが、これ以上深入りするのは二人に悪い気がし、聞かないことにした。そのかわりに、

 

「間宮さん。私も刺し身と豚キムチ。後酒は生ビールで」

 

 先代伊勢の強さに(あやか)るわけではないが、雰囲気だけでも共にしたく、普段食べることのない物を注文する。

 

「おいおい、お前まで付き合う必要はないぞ」

 

「気分の問題だ」

 

 木曽に止められるが突っぱねることに。

 

 こんなことをやって意味があるかと言われたらまず間違いなくないだろう。それでも気持ちとしては幾分違った。

 

 ポーズだけでもと煙草も貰い、一息吹かそうと大きく吸い込む。これで気分だけは最強の艦娘と名高い伊勢。のつもりだったが、舌の上に煙草の葉が零れ落ちてきてしまい、一気に台無しに。

 

「うぇ、何だこれ」

 

「慣れないもんを吸うからだアホ。こいつはフィルターのないタイプだ。噛んだり吸い込みすぎると簡単に葉が落ちてくるんだ」

 

 何だかんだ面倒見が良い木曽は、悪態つきながらも吸い方を教えてくれた。

 

「はい、こちらお刺身と生ビールです。豚キムチは少し待っていて下さいね」

 

 ぎこちないながらも吸い方を覚えたところで、間宮さんも自分の気持ちを汲んでくれたのか、準備をしてくれ、まずは鯛の刺身を出してくれた。

 

 豚キムチも作り始めているのか、奥で炒めもの特有の音が聞こえてくる。

 

「ん? この鯛脂の乗りが凄いな。何処のだ?」

 

「淡路のです。この時期旬ですから。本当は帰ってからの方が良いかと思いましたが、勝ちたい。生きたい。無事に帰りたい。そういった意味も込めて今日は鯛にさせてもらいました」

 

 武蔵の疑問に丁寧に答えてから奥へと向かった。

 

 この手の場合では勝つために願掛けとして、とんかつを食べることが多いのだと以前提督に教えられたのだが、伊勢との兼ね合いからこの鯛の刺し身に落ち着いたのだろうと、間宮の気遣いが伺えた。

 

「まぁいいだろう。そこまでしたからには最後まで付き合ってもらうぜ」

 

「覚悟の上だ。艤装同調(チェイン)の件もあるしな」

 

 憎まれ口を乾杯の音頭代わりにジョッキを打ち付け合う。

 

 久しぶりに呑むビールは、これはこれで楽しめる味だと思いつつも、やはりヘネシーの方が好みであることを再確認する。

 

 鯛の刺身は箸先でもわかるほど弾力がすごく、口に入れると香りは勿論のこと、食感が歯に逆らうように絞まっており、噛みちぎるとコリコリとした感触が口の中で踊り始めた。

 

「見事なもんだな。これは美味い」

 

「今回は間宮さんが直々に釣りに行っているからな」

 

 木曽も味において満更でもないのか、小さく笑んでいるのが見て取れた。

 

「ところでその艤装同調(チェイン)だが、どれほどまで仕上がっている?」

 

 刺し身に舌鼓をうっていると、心配なのか提督が調子を聞いてきた。

 

「またそれか。昨日も言ったがまずまずだ。こればっかりは詳しく説明しろと言われてもわからんぞ」

 

「私もだな。繋がることはそこまで苦ではなくなったが、参考にするべきものが殆どない以上、感覚的な話にしかならない」

 

 艤装同調(チェイン)

 

 これは年末に融合棲姫と戦闘した時に、自分と木曽の間で起きた現象の名だ。最初は再現性がなく、一度きりかと思っていたが、何度か試している内に艤装を全て展開し、同時に誘導性艤装装甲を使うと同じ状態になれることが発覚した。

 

 一度繋がると暫くそのままだが、どうも距離が一定以上離れるか、戦闘状態。つまり武装解除や精神的に終わったのだと思うと解除してしまうようではある。

 

 これに関してはまだ研究段階のため、これだ! とハッキリ言えるデータがないため、結局木曽が言った通り、まずまずに落ち着いてしまう。

 

「そうか……常用できるのならば戦力として大幅に上がるが、こればかりは仕方ないか」

 

「お待ちどうさま」

 

 少しばかり肩を落とす提督とは裏腹に、間宮はニコニコと笑顔で豚キムチを提供してきた。

 

「待ってました!」

 

 豚キムチは武蔵としては好みかどうかで言われたらそうでもない。だが、間宮が作っている時点で不味いはずがないため、基礎データの味を思い浮かべつつ、いざ口に運ぼうとしたところで、耳の奥で電子音が鳴り始めた。

 

 それだけではなく、木曽に間宮とも目があい、そして提督の肩に通信妖精が乗っていた。

 

 一様に頷きあい、これから発せられる声に意識を集中させる。

 

「んっんんっ。失礼します。私は大本営所属の大淀型一番艦。軽巡洋艦大淀です。先の述べておきますと、今回は大多数への通信であるため、これは一方的な通信となっています。その後の返答及び拒否権においては存在しません。これから告げることは全て決定事項であることを肝に銘じて聞いて下さい」

 

 前置きを入れ、小さく息を吸うのが聞こえた。

 

「この通信は限られた提督及び艦娘にしか繋がっていません。二ヶ月の半前に告げた通り、ア号艦隊と戦う者たちへのみ告げています。そして先程アメリカからの情報により、ア号艦隊がハワイ沖に姿を表したという連絡が届きました。現状まだ動きは見せていないものの、いつどのように動き出すかはわかりません。故にこちらから打って出ます」

 

 姿も見えない、声も聞こえない。それでも同じく通信を繋げられている別の艦娘の緊張が、武蔵には何となく感じ取れた。

 

「恐らく今作戦にて二度と日本の地を踏むことがない者も現れるでしょう。恐れを抱く者や逃げ出したくなる者も。死は、無駄ではありません、が、逃げは許されません。もう日本に後戻りする余裕はないからです。そして逃げた先に待っているのはあなた方の仕える提督の死です。卑怯だと言う人も言うでしょう。鬼だと罵る人もいるかも知れません。ですがこれは純然たる事実です。オーストラリアやアメリカがどのようになったかを写真で拝見したと思いますが、小さな島国である日本は更にひどい状態となります……ですから私はあなた方をこれより死地へ送り出さねばなりませんっ」

 

 大淀には一度たりとも会ったことはない。声を聞いたのはこれで三度目だ。それでも一つわかったことがあった。それは彼女が優しい存在であることだ。

 

 喉の音がわずかに聞こえた。それは聞き間違いでなければ、涙を堪えている時の音だったから。

 

「戦場では通信障害により行えません。故にこの場で宣言します――――これより太平洋奪還作戦を発令します! 皇国の興廃、この一戦に有り! 各員一層奮励努力せよ! ……皆さんの武運長久、お祈りしますっ」

 

 やはり泣いていたのか、最後の辺りは少しばかり霞んでいた。

 

 まだ言いたいことはあったはずだ。伝えたい言葉を考えてもいただろう。演説の中、時折言い淀む場面が少なからずあった。それでも言わず、きつい言葉だけを投げかけたのは、やはり彼女の優しさなのだろう。

 

「武蔵」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 間宮さんに作ってもらった豚キムチ。このまま残して行くわけにもいくまい。

 

 口の中へかき込む。

 

 味わう暇はないが、それでもキムチと豚肉のバランスが良く。入れすぎることのない分量と、食感、味が口の中一杯に詰め込まれた。

 

 それらをビールで流し込み、鯛の刺身も全て食らい尽くす。

 

「食い意地の張ったやつだな」

 

「これから長丁場だ。次がいつかわからないんだし食いだめしとかないとな。残すのも悪いし」

 

「言われてみりゃそうだな」

 

 木曽はその考えはなかったとでも言いたげに頷いてから、自分もと残さず全て平らげた。

 

「そこまで気を使われなくても良かったのに」

 

「いやこれは武蔵の言う通りだ。ってなわけで祝賀会の準備とでもしておいてくれ」

 

「それは勿論やっておきますから、その前にはい、これを」

 

 間宮から渡されたのは小さな巾着。

 

「中には非常食のお餅が入っています。小さく切り分けていますから状況を見て食べて下さい。私達は本来食事を必要としませんが、それでも心を保つためには必要なもののはずです」

 

「はは、これは最高の装備だな」

 

「全くだ。どんな艤装よりも有り難いぜ」

 

 問題は入れるところがスカートのポケットしかないのだが、そこはシガリロ関連で埋まっている。上着は生憎とサラシだけのためポケットなど存在しない。

 

 やむなしに胸元へ突っ込み保持した。

 

「お前何処に持ってんだ」

 

「他にないからな、仕方ない」

 

「あぁさよか」

 

 口にするのも億劫そうにし出ていく。

 

 武蔵も後を追うと、外は夜が支配仕掛けていた。

 

 波打ち際を見れば他の者は全員揃っており、横一列に並んでいた。

 

「一番下っ端が最後とか余裕だねぇ」

 

 北上が嫌味を言ってくるが、これからのことを考えると少し心地よかった。

 

「皆さん。こちら非常食となります。必要になったら食べて下さい」

 

 木曽と武蔵以外に間宮は手渡していき、渡し終えると提督の隣へと移動する。

 

 一同は何も言わず、提督へと視線を向け、静かに見守った。

 

「俺から言うことはもう何もない。伝えたいことは全て言った。もし言うことがあるとすればこれだけだ。さっさと帰ってこい。以上だ」

 

 少しばかり提督らしからぬ発言に皆が皆微小を浮かべ、

 

「あぁ、ちょっくら行ってくよ。お前達行くぞ!」

 

 木曽の号令の下、順次海へと飛び降りていった。

 

「相棒、行ってくる」

 

 武蔵も提督に言い残し、闇色に染まりつつある海へと飛び出した。

 

 

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