継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第五章四幕 空と海の境界線

 予定ポイントに到着して早一時間が経過した。

 

 予定とは言うが実際は相手の動きを通信が可能なギリギリの範囲まで聞き続け、そこから算出した場所にいるだけだ。太平洋のど真ん中に目印となるものなど島くらいなものだが、それも南に一〇〇キロ行った先にミッドウェー諸島があるくらいなものだ。

 

「で、まーだ始めないの」

 

 しびれを切らした北上が愚痴を零すが、木曽からの指示は未だ出ない。

 

「後続がまだ来ているようだからな。待ってやれ」

 

 臼杵鎮守府の面々は縮地により最速でこの場まで来たが、他はそうもいかない。二万の内縮地が使えるにまで至ったのは艦娘は三千人。

 

 この三ヶ月教え回ったおかげと言えるだろう。

 

 ただ、この中で超長距離移動が可能なのは五百名が精々か。

 

 縮地は高等な技術が必要であり、距離が長ければ長いほど失敗しやすくなる。この場所まで縮地で来れるということは、意識せずとも使える者でなければ不可能であり、更に言えば戦闘中に使用しても問題ないレベルである証拠とも言えた。

 

 その中に中津第二鎮守府所属の陸奥達が混じっていた辺り、あれからそれなりには努力をしていたようだ。視線が合うと直ぐに逸らされてしまったが。

 

「あれがそうではないでしょうか」

 

 龍鳳が告げた先に月や星とは別の光点が幾つか見えた。それとは別に点滅する光も存在し、それが友軍であることを示すモースル信号であることに気付く。

 

 縮地が苦手な者。まだ使えない者達は輸送機によって運ばれる算段となっていたが、何処かで手違いでもあったのか、やっと到着した。

 

 時折星の影ができる辺り、数十キロ後方にパラシュートで降下しているのだろう。その中に多少なりとも縮地が使える者がちゃんといたようで、先行し報告にきた。

 

「遅れて申し訳ありません。名取第一鎮守府の名取です。臼杵鎮守府の方々でお間違い無いでしょうか?」

 

「オレが臼杵鎮守府及び太平洋艦隊の旗艦、木曽だ。説明は帰ってから自分の提督にしてくれ。敵はすぐそこまで来ている」

 

「申し訳ありません! 直ぐに陣形を」

 

「――――ちょっと待って」

 

 ここは既に通信障害が発生する範囲内。反転し、口頭で伝えに戻ろうとしたところを明石が止めに入る。

 

「急いでるところ悪いのだけどこっちも仕事でね。えっと輸送機に乗る艦娘に欠員がいるかどうか知ってる?」

 

「そ、そうでした。えっと一人もいません。事前に伝えられていた通りに揃っています」

 

「うん、なら良かった。お互い頑張りましょう」

 

「はい! それでは失礼します」

 

 名取は明石と手を振り合いながら別れ、後方からやってくる艦隊へと合流するべく、海上を跳ねていった。

 

「そっか。欠員はなしか。これは尋常じゃないくらい忙しくなりそう」

 

 ややげんなりしながら明石が独り言を呟いた。

 

 気が滅入るのも致し方ないだろう。

 

 この海域において。ひいてはこの作戦に参加している工作艦は、臼杵鎮守府の明石しか存在しない。

 

 他の鎮守府の工作艦は今回の海戦において戦力不十分の烙印が押され出撃が認められていない。後方に待機させる案もあったが、アメリカがそれをやって前衛より先に工作艦が沈められてしまっているため、完全に切り捨てる策となっている。

 

 死して屍拾う者なしを時代錯誤と言ってしまうのは簡単だが、今回ばかりは相手が悪すぎるため、致し方のないことだろう。

 

「あらかた揃ったな」

 

 木曽の言葉にすばやく目を走らせる。

 

 友軍は勿論のことだが、水平線の向こうに敵艦隊がわんさかと……

 

「気の、せいか?」

 

「いやぁ奇遇だね武蔵。多分私も同じこと思ってる」

 

「伊勢も? となるとこれ私の目がおかしくなっちゃったかも。ぬいっち目薬とか持ってる?」

 

「生憎と目薬は……」

 

「いいえ。あの水平線にいるのは現実です」

 

 現実逃避しようとしていた武蔵達に鳳翔が冷水をぶっかける。ただその鳳翔ですら言葉に緊張が走っていた。

 

「でも私も少し認めたくない気持ちですね」

 

「同感だ。あれ程の大艦隊は見たことがない……」

 

 大和に長門も気持ちが及び腰になっている。

 

 目の前の光景はそれだけ信じがたいものだった。

 

 幾ら夜でも遮蔽物や人工の明かりがない満月の夜だ。空がわかる。海もわかる。しかし、海と空の境目が消失していた。

 

 見えるは黄色のオーラと青い炎のような揺らめき。それが前方に見える水平線を埋め尽くしていた。望遠機能を使い見るとオーラの後ろに混じって姫クラスも何百何千と見える。

 

 それもまだ敵の先頭を見ているに過ぎない。後方には後どれだけいるのか、十五万という数字が今になって大きくのしかかってくる。

 

 これを見て正気を保てる者など果たしてこの世に何人いるだろうか。

 

 他の鎮守府も同じ。いやそれ以上の動揺が走っているのが伝わってくる。

 

 誰しもが弱腰となり、恐れを抱く中、一人だけは笑みを浮かべていた。

 

「敵が十で海が0とか面白いな。中々見れるもんじゃないぞ」

 

 木曽は一人シガリロを咥え、火をつける。

 

「お前ら喜べ、狩り放題だ。北上、伊勢、お前ら暫く暇なんて言わなくて済むんじゃないか?」

 

「いやぁそれとこれとは。ていうか煙草吸ってて大丈夫?」

 

「アホ。前にも言っただろうが。戦場で煙草も吸えないやつは死ぬぞ」

 

「うっわ。この人それをここで言うか」

 

 北上が一つ深呼吸をしていた。横顔こそ見えないが、呼吸音が吐き出す瞬間締りを感じるほどに鋭くなる。

 

「しょうがないな~。旗艦命令だし、私も吸っちゃおうかな」

 

 それは覚悟の証だったのだろう。ハイプを咥え、マッチケースからマッチを一本取ってから火を付けた。そのまま隣りにいた不知火へマッチを差し出すと、不知火が慌てて自分の煙草、ブラックデビルのチョコレートに火を移す。

 

 それを皮切りに次々と臼杵鎮守府の面々は煙草を吸い始める。

 

「ほら、お前も吸えよ武蔵」

 

 いつの間にか眼の前に来ていた木曽がいつも吸っているシガリロを差し出してくる。それを断る理由もなく、精一杯に強がって不敵に笑んでみせてから受け取り、火をつけてもらった。

 

 吸い込んだ煙は、心の中にあった弱腰な自分を絡め取り、吐き出す時に纏めて太平洋の空へと溶かしていく。

 

「は、こいつはご機嫌だな」

 

 今まで感じていた恐れなどどこ吹く風。むしろいつ始まってもいいほど気持ちが高ぶり始めた。

 

 他の鎮守府から奇異の目で見られるが、それでよかった。

 

 明らかに怯えた雰囲気が徐々に緩和されていくのがわかる。

 

――木曽さんはこれを狙っていたのか?

 

 少しばかり思案するが十中八九違うだろう。

 

 あれは本気でそう思っているのだ。そして自分がしたいからやっただけの行動だろうというのが、武蔵の中で結論付けられた。

 

「あの進行速度の遅さだ。どうせあいつらはオレらを誘い出したつもりだろうよ。だがな、誘い出されたからといって素直に負けてやるほどオレらは優しくなんて無いよな。なぁお前ら!」

 

「そのために来てるからね」「勿論です」「当然だよね」「思いっきり楽しんじゃうから」「必ず沈めます」「負けるつもりはありません」「絶対に勝ってみせます」「ビッグセブンの力。奴らに見せつけてやろう」

 

 皆が好き勝手にいう中、武蔵も負けじと声を張り上げて宣言する。

 

「全員ぶっ潰す!」

 

 するりと出た言葉が自分の耳へと届いた時、不思議と最後の覚悟が決まった。

 

「は、やればできるじゃねーか。腹もくくれたようだし、そろそろおっぱじめるか。明石さん」

 

「任せといて。この時のために造ってきた信号弾でっと」

 

 明丸型の信号拳銃を取り出し、闇夜に向かって一つの光弾を撃ち放つ。

 

 空気を切り裂く音が聞こえること数秒。夜空を花火のように明るくする。正しそこにあるのは綺麗な花ではなく、呉の文字だった。

 

 呉。つまりは呉落とし。

 

 臼杵鎮守府内でのみ使用されていた行動名で、最大仰角からの砲撃だが、それを参加している艦娘には予めどういう内容なのかは教えている。問題は伝え方だ。通信が封じられているため、メインが直接報告か光や音によるモースル信号となる。それでは遅かったり視認や聞き取りミスが出た時に致命的であるため、シンプルでありながらもわかりやすいものとして、明石がわざわざ造り上げたのがこの文字型信号弾だった。

 

 単発なのは通常の信号弾と同じだが、視認性は高いため上からの許可も下りている。ただ欠点を上げると一文字しか不可能である点か。

 

 それでも二万もの艦娘に確実に伝えるには十分すぎる代物だった。

 

 数万の砲塔が一斉に動く。

 

 騒がしくも何処か纏まりのある鉄の動く音は、宛らオーケストラの演奏前準備のようであった。となると木曽は差詰め指揮者だろうか?

 

――ここじゃ指揮官なんだし、あながち間違いでもないか。

 

 武蔵がほくそ笑んだその直後、号令が発せられる。

 

「――――撃てぇ!」

 

 声とともに木曽が一発目を放ったその刹那、海を揺るがすほどの砲撃音が数重奏にもなって響き、水平線の遥か向こうまで駆け抜けていった。

 

 遂に海戦の火蓋が、切って落とされた瞬間である。

 

 

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