鳴り響く轟音はこちらからだけのものではなかった。深海棲艦とて砲撃されているのだから当然撃ち返してくる。
最早それは砲弾の雨などではなく嵐だった。
何十万もの砲弾が武蔵達日本太平洋艦隊を襲う。
体の十センチ前で炸裂する砲弾を全て数えてやろうかとも思ったが即座に止める。こちらと違いタルタロス側は後ろを狙う攻撃は少なく、最前線にいる者達へ集中していた。臼杵鎮守府は。特に木曽は旗艦ではあるが、最高の戦力としての戦果を期待されているため一番前に立たされている。
そしてそれは正しい選択だったと改めて思った。
こんな状況で生き残れる艦娘がどれだけいるのか、武蔵にはわからない。把握しようにも、鳴り響く炸裂音と自分達が放つ砲撃音で音は遮られ、視界も炎と煙で十センチから先は何一つ見えない。
「おっと」
時折自分の砲弾が装甲の範囲外に出た直後に敵の砲弾と接触し、至近距離で爆発し、軽く首が横に動く程度には煽られたりもするが、問題はなかった。
紫煙をゆっくりと肺へ送り、今は次に動くべきタイミングを見計らいつつ耐え忍ぶ。
――木曽さんの拳に比べたら幾ら砲弾が重なったところで敵うわけないか。
衝撃は最低でも改flagshipなだけあってそれなりにはあった。ランクは一つ上がるごとに、砲弾の速度も威力も上がるのは艦娘も深海棲艦も同じだが、優れた装甲の使い手を相手にすることに比べたら可愛いものである。近距離からの不意打ちならばさすがに気をつけなければならないが、来るとわかっているのならば尚更防ぎやすい。
恐らく木曽も今頃のんびりシガリロを吹かしているところだろうと、いた方向に首を向けると、一瞬だけちらっと見えたが、予想通り暢気に紫煙を吐き出していた。
艤装同調を使えばわざわざ見なくても相手の状況は把握できるのだが、今はまだその時でないため、繋げていない。何度も試した結果限界の使用時間はないようだが、使用時間が長ければ長いほど疲労度が増すため、不必要に繋がらないようにしている。
それから何十発と主砲を放ちふと気になった。
――開戦から何分経った?
絶えず砲撃を続けていた武蔵だが、何時間も過ぎたような錯覚にとらわれたため、一度冷静に時間を確認する。このまま撃ち続けるだけで終わるならば続行するが、それで殲滅できるほど易い相手ではない。
砲撃数から逆算することである程度正確な時間が割り出せることから、いざ確認してみると、開戦からまだ四十分しか経ってないことに驚く。最低でも一時間は経っていると思っていただけに予想外だった。
艦娘の砲弾装填速度は艦艇時に比べて数倍早い。その分砲弾の減る量も早いため、調子に乗ると直ぐに撃ち尽くすこととなる。被弾などでも残弾は強制的に減らされることから、昔は何も考えずに撃ち、残弾〇になったことも何度かある。
特に今回は補給らしい補給ができずに戦うため、数の把握は生死を分けると言っても過言ではない。
――弾薬は六十%を切るか。そろそろ動くかな。
武蔵達には予め言い渡されている指示が幾つかあった。
その中で武蔵に言い渡されているのが、敵右翼に攻め込むことだ。
敵の砲撃もやや落ち着きが見え始め、臼杵鎮守府の者に視線を向けると既に何名かは消えていた。旗艦の木曽もだ。
作戦通りにいっているのならば、今頃木曽と北上、不知火は作戦第二段階である海中にいる敵潜水艦の殲滅に向かっているはずである。そしてその間は全権を鳳翔に移されることとなる。
皆の状況を把握しているとたまたま鳳翔と目があい、頷かれる。ここは任せろと言うように。
ならば任せたと武蔵は頷き返し、三本目のシガリロを携帯灰皿に捨てながら砲弾の薄くなる場所まで航行。途切れた瞬間に一気に縮地で飛び出した。
敵も馬鹿ではない。迫りくる驚異があれば撃ちに来る。だが、高速で動く人型サイズに当てるのは至難の業だ。砲撃が減った代わりに出され始めた艦載機が時折邪魔をしてくるがそちらを相手している暇はない。振り切るように加速し、果敢に敵右翼へと飛び込んだ。
そこは宛ら蟻の巣だった。
わずかに見えたタルタロスの後方は、永遠に続くのではと思えるほど尻尾が見えず、これからそれを相手にしなくてはならないのかと、溜め息が漏れそうになる。
「落ち込んでいても始まらない、かっ」
手始めに近場にいた戦艦タ級の改flagshipを殴り倒し、作戦第三段階へと突入した。
ここまで来ると腹をくくるなどと言ったことは関係ない。やらなければやられる。ただそれだけだ。
作戦通りに進行しているのならば現在海中に木曽達三名。左翼に伊勢と大和。右翼に長門と武蔵。後方に鳳翔、龍鳳、明石がいることとなっている。
大和は武蔵が出る時まだいたが、砲撃速度はほぼ変わらないため、そろそろ敵陣に乗り込む頃だろう。
「こいつは、暴れ倒すしかないな!」
先に右翼を終わらせたならば伊勢と大和に自慢気に話ができるというもの。
一足再度跳ねて中間棲姫の頭部を握り、全力で敵陣奥に向かって水平に投げつける。
巻き込みを期待しての行動だったが、そう甘くはないのか、二体までしか無理なようで、三体目には装甲で弾かれてしまった。
「そう簡単にはいかないよな。ならこれならどうだ」
弾いた相手に向かって縮地で距離を詰めて顔に向かい右ストレート。しかし装甲で反らされる。が、左拳を腹部に叩き込み沈める。
ここにいる深海棲艦が一筋縄でいかないのは知っているため、多少躱されたところで驚きはしない。改flagshipならばその程度よくあることだからだ。内心舌打ちをやりそうにはなるが。
「私を倒せるものはいないのか!」
武蔵は吠え、次の標的へと向かう。
時折飛んでくる敵と味方の砲弾、魚雷を受けつつ戦闘を続ける。
この戦いにおいて一番難しいのは装甲の使う量だ。一度に大量に使うと他に回せなくなるため、走攻守の全てに気を使いながら最適な分を導き出し、使わなくてはならない。ただ考えて使うにも限界があるため大半は直感。残りは過度な場合修正しながらの使用を旨としている。
そのため不足が出てくると、
「ちぃっ」
手を捕まれ引っ張られることや、反撃されることもしばしば。
今回は繰り出した拳を掴み取られ、引き寄せられたために自ら跳んで、自分を掴んでいる相手を遠心力にまかせて海へ叩きつけた。
装甲を使っていない、純粋な膂力だけで振り回したため撃沈には至らなかったが、手を緩めるには成功しているため即座にトドメを刺して次へ移行する。
これが駆逐艦や軽巡洋艦クラスならばもう少し自由に装甲が使えるのだが、装甲を一度使用してから再使用まで戦艦だと一呼吸分の間がある。最大値は戦艦の方が高く、未使用分の装甲があれば再使用までのラグはなくせるが、それは完全に使いこなしている場合に可能な手段だ。
木曽曰く、武蔵の装甲の完成度は七割ないし八割程度だとか。
一年での成長度合いとしては申し分なく、練度としては熟練者並だと大いに褒められたものの、これほどの規模の戦に身をおくと、完熟しなかった自分に歯噛みする。
右翼に突撃して早二時間が経過した。
沈めることのできた深海棲艦は精々千隻前後。
通常の艦隊ならば三十分もあれば片付けられる数をその四倍もかけて倒し、そしてまだ後続が尽きる様子は見えない。しかも時折味方の艦載機が援護に来なければ危なかったことが二度ほどあった。
元々数において劣勢だったのは周知の事実。それでもこの状況は些か辛いものがあった。
――まだ、誰も沈んでないよな。
他の鎮守府の艦娘がどうなっているかはわからないしあまり興味はない。だが、臼杵鎮守府の者達は別だ。
もし誰かが沈んだとなれば士気が下がるのは明白。
後方支援している者達が恐れをなして逃げ出してもおかしくない程度には、厳しい戦いを続けている。
幾らか後方に向かった深海棲艦がいるものの、そちらは支援組にまかせているし、信号弾も上がらないことを考えれば、まだ持ち堪えているとわかるだけ気持ちは幾分楽だった。
縮地が戦闘に使用できるだけの練度を持つ者達を前に出さないのはそのためであり、もう一つは単純に邪魔になる可能性が高いからだ。
鎮守府間での連携を原則禁じられているため、いきなり戦場を共にしてもお互いに足を引っ張ることは十分に予想されている。そのため今のようなアンバランスな陣形で戦っているわけだが、少しずつではあるものの精神的に辛いものが出てき始めていた。
「絶対に生きて帰ってやる!」
それでもと自分を鼓舞し、拳を握りしめた。