開戦から五時間が経過した。
太陽光が海を照らし、反射で海も宝石のように輝くが、それを砕くものがあった。
落下する高速飛翔体が高い水柱を上げ、龍鳳の顔を濡らす。
「第一攻撃隊の皆さんおかえりなさい。第四攻撃隊、発艦」
収納した艦載機を矢筒に入れ、別の物を敵左翼側に向けて放つ。
この戦場だけですでに何度こなしたかわからないローテーションを龍鳳は行う。第一、第三攻撃隊は右翼に。第二、第四攻撃隊は反対の左翼に向かわせている。その際一射目の攻撃隊が戻ってくるまでは三射目で打ち止めとし、四射目は温存という形を取っていた。これは緊急対応用に残しているのは勿論のこと、弾薬の温存としての意味もあった。
「木曽さん達遅いですね」
「致し方ありません。海中ではいかに木曽さんでも動きに制限がかけられます。何より呼吸のために浮上した時、海上のものを数百倒してから戻っていますし」
鳳翔がやや困り顔で呟くが、それでも木曽の行為は大いに助けられていた。
現在右翼と左翼に戦力を割いていることで、中央に集団が後方の龍鳳達までやってくることがしばしばあるが、木曽の撹乱によって何度も阻害されている。結果散発的となり、本隊が一度に攻めてくることは今のところない。
それでも数の差はやはり大きかった。
ア号艦隊の殲滅度はまだ三十%前後と言ったところ。日本太平洋艦隊も同じく三十%。沈んだ数で言えばア号艦隊の方が上。ただ分母が大きいだけ相手側には十分すぎるほど余裕があるものの、太平洋艦隊側はそうはいかない。
三十%。つまり既に六千もの艦娘が沈んでしまっている。
最初から手が足りないと言われていただけあって、援護が徐々にしづらくなってきている。もっと具体的に言ってしまえば、弾薬やボーキサイトの底がつきはじめていた。
「鳳翔、いつまでここにいるつもり? 私達もそろそろ前に出る頃合いじゃないかしら」
龍鳳の備蓄が無くなっているのならば他もそれは同じ。
以前鳳翔と争った陸奥は、ずっと鳳翔の方をチラチラ見ていたが、遂にしびれを切らしたのか、傍にやってきた。
「まだです」
きっぱりと突き放すように言うが、陸奥は食い下がる。
「でも私は補給用の弾薬も使い切ったわ。うちの他の子らもね。あなた達だって同じでしょ? このままじゃジリ貧よ」
陸奥の言うことは最もだった。
残弾が尽き、こうして後ろに立っているだけならば置物と何ら変わらない。
当初の予定ではそろそろ作戦を第五段階へ移行する手筈となっているが、まだ第三段階を継続している現状だ。鳳翔が動けていないのもそれが原因だった。
「木曽がどれだけ強いかは今ならわかる。だから沈んだりはしていないのも。でも、水上艦と違って潜水艦の数はアメリカ戦時の記録しかないのだから、数に齟齬があってもおかしくはないでしょ」
敵潜水艦の数は大凡七千というのがアメリカとの戦いでわかったことだ。その七千を殲滅し、浮上した木曽達が中央を切り崩すのが作戦第四段階目。第五が前線にいる臼杵鎮守府の者を奥へ切り込ませ、第六で初めて後方部隊が前に出る予定なのだが、陸奥の言う通り数が増えている可能性は十分にある。
全く想定していなかったわけではないが、水上艦が殆ど増えていないのだから潜水艦もそうだと、どこか決めつけていたのかも知れない。
そうなれば作戦の繰り上げも考えなければならないだろう。
鳳翔が思案しているが、あまり時間もあるとは思えなかった。
「私が海中の様子を見てきます」
そのため、自ら進言する。
敵が前に出ても、今ならばまだ耐えられるだけの戦力は残っている。そして木曽達がどのような状況で戦っているかは確認しなければならない。本来ならば他の鎮守府の潜水艦から定期連絡が来るのだが、それも久しく来ていない以上、かなり数を減らされているのは明白。
鳳翔は僅かに目を見開き、口元に手をやって逡巡するのも三呼吸分だけ。次には頷いて命令を下した。
「では龍鳳、海中の様子を見てきて下さい。戦闘は最低限に、報告が第一の任務です。待つにしても三十分が限度だと肝に銘じなさい」
「はい! では行って参ります」
鳳翔の許可が下りたことで一気に前へと出ていく。戻ってくる艦載機達を受け入れ、敵艦隊との距離が一キロを切ったところで海中へと飛び込んだ。
海の中は陽の光のためあまり暗くはなく、更に敵潜水艦は黄色いオーラが出ているためそれが目印となり、何処にいるか容易に見分けがついた。
――流石に相当減っていますね。この辺りは残り五隻、といったところですか。
ただ見分けが付くのはあくまで敵艦だけ。それも距離が離れると洋上ほど見えないため、目印となるもののない他の艦娘を探すのには骨が折れそうだった。辛うじて何隻か見えたものの、戦闘中であり、自分は別の任務で行動中であるため、助けに行きたい気持ちを抑え更に奥。敵本隊の下まで向かう。
――ん~見当たりませんね。となると敵艦が消えていくのを探すのが手っ取り早い?
問題は敵艦の数が減っているため、消える瞬間を目にするにはそれはそれで偶然だよりと言える。中央と大雑把に言ってもア号艦隊はキロ単位で広がっているのだから見つけるのも容易ではない。
鳳翔は三十分と言った以上それまでに戻らなければ、戦況もわからずに前に出ることとなるだろう。となれば海中と洋上どちらも警戒する羽目となり、いらぬ怪我が増える。最悪沈む者も出てくるだろう。そして優しい鳳翔のことだ。数が減れば減るほど庇いに行こうとするのが簡単に想像つく。
自分の敬愛する師が不要な危険に晒すなど我慢できない。
必ず時間内に見つけ出す。
そう心に誓い、後ろに向けた弓から展開された装甲をブースター代わりに海中を疾走する。
向かってくる敵艦を三隻ほど沈め順調に進んでいたが、敵艦の層が変わったのか途中から爆雷が急激に増え、回避しながら探す羽目となった。
――木曽さん達が遅くなったのはこのせいでしょうね。これは想定より多すぎます。
爆雷の数はパッと見ただけで数百は落ちてきている。自分達の味方がいようとお構いなしに。
砲弾の数に比べると少ない数ではあるが、動きに制約のある海中でも厄介でしかない。多少耐える程度の強度で装甲を展開はしているが、迂闊に触れて敵艦に位置を教えるのは愚策。何より敵潜水艦と戦うよりも移動に装甲を割いているため、纏めて来られると都合が悪かった。
ただその中で一つわかったことがある。
時折木曽が浮上して水上艦を倒してから潜っていたが、その理由の一端を垣間見た気がした。
幸い先に進んだところで潜水艦の数は増えていない。壊滅状態に追い込んでいるのは間違いないようだ。
その分探し辛くなっているのは、ある意味嬉しい悲鳴と言ったところだろうか。
探し始めて二十分が経過。
――急がないと。
焦りが出始めた頃、視界の端で、黄色いオーラが三つほど消えたのが見えた。それも殆ど間を開けることなく。
これまで何度か似たような現場にあったが、全て他の艦娘だった。ただ他の現場は一隻沈めているだけで、三隻を短時間で沈めているといったことはなく、何よりそれが可能な艦娘は、木曽達を含めても片手で数えられる程度しかいないだろう。
今度こそ当たりであって欲しいと願いつつ、別の場所に移られるよりも先に一目散にその場へ向かった。
ぐんぐん進み、近付けば近付くほど見覚えのある輪郭に、思わず顔がほころぶ。
「木曽さーん」
運良く視界内に敵艦が見えなかったのか、木曽が辺りを見回しているところに自分を見つけてくれたのか、鋭い目つきが気持ち和らいだ。
「龍鳳か。どうしたこんなところに。上は今どうなっている」
「それなんですが現在支援組の弾薬が殆ど空になっています。そのため鳳翔さんがこれから作戦を繰り上げようか悩んでいるところです」
「そうか。大分時間をかけすぎたようだな……」
木曽が歯噛みしているがそれも致し方ないだろう。中央は木曽がいるためにと戦力を左右に振っている。必然手数が減るため敵を倒すのに時間がかかるというもの。
敵の増減は不明だが、それでもこの状態である程度倒し尽くしているのだから、称賛されても問題ないレベルだ。
問題は、今それをするほどの暇がないことだ。
「後十分もしないうちに第六段階へ移行すると思われます」
「十分か。戻る時間も考えるとあまり残されていないな」
水中の速度は海上ほど早く移動はできない。浮上すれば当然早く戻ることは出来るだろうが、敵を引き連れて戻る羽目となるためそれもする訳にはいかない。いかに木曽でもその全てを倒して戻るにはやはり時間は足りなかった。
龍鳳の見立てでは、仮に第六段階へ繰り上げても暫くは問題ないと思っている。が、前後で敵戦力を分断できていない以上、相手の物量に押し潰されるのは目に見えていた。
臼杵鎮守府の者達は生存できるだろうが、他全ては沈むだろう。そして融合棲姫がいる。敵残存戦力が多い状態で融合棲姫と戦闘したならば、臼杵鎮守府の者でも木曽以外は生存率は限りなく低いのは明白。
だからこそ第四段階と第五段階は必要な行動なのだが、海中に敵戦力を残すこともまた、洋上戦での不安を抱えることとなる。
木曽が悩んでいる原因はそこなのだろうが、もう時間はあまり残されていない。作戦段階の前後は多少問題ないだろうが、数が数だ。立て直すのにどれだけ時間と、何より犠牲がでるかわかったものではない。
龍鳳も何かいい案はないかと頭を回していると、高速に近寄ってくる存在に気づく。
「イクか。どうした」
近寄ってきたのは巡潜乙型3番艦、潜水艦伊19だった。近寄るのに縮地を利用した移動方を行っていた辺り、恐らくこの伊19は北海道の釧路鎮守府所属だろう。そして、木曽が浮上した後の潜水艦を纏める役を担っている存在だ。
「ん~何か話し込んでるようだから気になって。もしかして上は芳しくない感じなの?」
「芳しくないのは
「それはちょっと申し訳ないの。イク達が足を引っ張ってしまったの」
「オレも結構助けられたしお互い様だ」
「ううんイク知ってるの」
伊19は頭を振り、木曽の言葉を否定する。
「木曽は率先して潜水棲姫や、個体として強いのから沈めてたの。敵艦隊の動きを分断するようにしてたのも知ってる。おかげで敵艦の数も減ったしもう良いの。今度は上の人達を助けてあげて欲しいの」
「だが――――いや、その申し出、ありがたく受け取ろう」
木曽は一度断りかけ、考え直したのか即座に快諾した。
「うん。任せて欲しいの!」
伊19は笑顔で大きく頷いた。
後顧の憂いさえなくなれば後は早い。
「ついでで悪いが、他の奴に両翼にいる北上と不知火を浮上させ、中央突破するように伝えておいてくれ。恐らくあいつらもそろそろ終わりかけのはずだ」
「わかったの」
「龍鳳。鳳翔に伝えろ。作戦を第五段階まで繰り上げる。第六はお前の采配で決めろと」
「わかりました。ご武運を」
木曽は言うだけ言うと緊急浮上していった。
伊19も龍鳳もそれに習うように自分達の役割を果たすべく、その場を後にした。