継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第五章七幕 湿った笑み

 開戦から早十時間が経過しようとしていた。

 

 戦闘は休まることなく依然続いている。

 

 北上と別れてどれだけの時間が過ぎたのか、もう覚えていない。

 

 これ以上の戦闘はさすがに肉体より精神の方がやられると思い、不知火は間宮に貰った巾着から一口サイズの餅を取り出し、包んである紙を剥がしてから口にする。

 

 非常食であるためか餅単体の味は質素なもので、普段食べている間宮の味を知ってるだけに物足りなさを感じていると、

 

「あれ、甘い」

 

 口の中に砂糖醤油の香りが広がった。

 

 どうやら一口サイズという小さな餅の中に一つ一つ入れてあるようで、二つ三つと食べていっても同じ味が口の中に広がっていく。

 

 間宮の気遣いと甘い味に思わず張り詰めていた空気が弛緩し、固く結ばれた口の端が解けた。

 

 戦場において気の緩みは死への直結だが、集中のしすぎもまた疲弊からの判断ミスを招くため、僅かな安息を得たことに間宮へ感謝を心の内で述べる。

 

――ごちそうさまでした。本当に、間宮さんには頭が上がりませんね。

 

 一度に全部食べることはせず、半分以上は残しておいた。いつ終わるかもわからない大海戦だ。後のことを考えてここは完食をしないのが正しいと不知火は判断する。

 

 しかし全域は見通せないものの、体感として七割方敵艦隊を沈めている気がしている。単純な話、浮上してからずっとあった圧迫感がやや薄れていた。

 

――これが気のせいでなければ、の話ですが。

 

  もし本当にそこまで減っているのならば、想定より早く終わらせることができるかも知れない。ただでさえ連続戦闘で精神的に参ってしまいそうなだけに、気のせいであっても気休めにはなった。

 

 気持ちも落ち着いたことで活力が湧き、防戦に専念していた状態から一変し、攻撃に専念する。

 

 手始めに近くにいた駆逐艦を踏み砕き、縮地で海面スレスレを移動。重巡洋艦ネ級の前で海に手首まで突っ込み、そこを起点に反転し、頭部を潰しながら海中に向かって蹴り飛ばす。蹴った足が海面に着くと同時に再度縮地で移動。先程までいた場所に向かって跳び、左右の足に装備してある明丸『グラスホッパー』のブレードを、右だけ翼を広げるように横倒しにし、一閃。二体を纏めて切り倒し、踊るように三体目を左のブレードで切り裂く。四体目は拳を振るってきた重巡リ級を左腕で反らしてからお返しに右拳を腹部に突き立て、貫いた。その合間を狙われ砲撃が飛んでくるが、崩れ去る前のリ級を盾代わりに使用し、縮地でその場を離れた。

 

 駆逐艦の誘導性艤装装甲は高々知れている。

 

 正確に数値化はできていないが、恐らく戦艦の半分程度だと不知火は思っている。そのため戦艦のようにその場に留まって戦うという戦法は不得手であり、逆に高速に動き回ることを得手とする。

 

 無論戦艦でも同じ行動はできるが、細かく調整が必要であり、更には重量や体格の差がある。単純に戦艦は重すぎるのだ。駆逐艦は艤装を含めた総重量でも一三〇キロ前後に対して戦艦は軽い者でも二二〇キロ。大和型クラスならば二七〇キロはある。身長も駆逐艦ほど低いため空気抵抗も少ないことから、必然的にこういう戦い方となっていく。

 

 深海棲艦も縮地を利用して来るため面倒ではあるが、練度が違う。相手より数段、場合によっては数倍も早く動ける不知火が遅れをとるなどそうはない。あったところで精々融合棲姫くらいのものだろう。

 

 移動しながら敵艦を沈めていっていると、ふいに開けた場所が見つかった。エアポケットのように、そこだけ深海棲艦が存在せず、囲むように広がっている不思議な空間。

 

 奥まで来すぎて融合棲姫に出会ってしまったかと緊張が走るが、引き返すわけにもいかず、その中へと一人飛び込んだ。

 

「レ級のflagship……?」

 

 丁度真ん中に位置するところに黄色いオーラを纏った戦艦レ級が、背中を向けた状態で佇んでいた。左右に目を走らせるが、周りの深海棲艦は襲ってくる気配が見えず、それどころか緊張の色さえ見えた。

 

 何が起きているのか想像がつかない。だがやるべきことは決まっている。

 

 深海棲艦は沈める。

 

 無駄な思考を捨て、拳を握りしめると、真ん中にいたレ級がぐるりと振り返った瞬間、目の前に迫る。

 

――早いっ。

 

 突き出された手刀を上体を反らして躱しつつ、腹部を蹴り上げるが防がれてしまったのか、遠くへ蹴り飛ばすのが精々だった。

 

 全員改flagshipだけと聞いていたのにこれはどういうことだと、体制を整えつつ考え、即座に放棄。

 

 元々レ級の強さは他とは一線を画する。eliteですら他の改flagshipレベルの個体も存在するほどだ。それがflagshipになっているのならばここにいてもおかしくはない。

 

 何よりそれを考える余裕は存在しない。

 

――これは全力で戦わないと不味いですね。

 

 明らかに同等程度の実力があることが一合だけでわかった。そして相手はこちらを獲物と認識したのか、粘性のある笑顔で着地と同時に攻め込んできた。

 

 目くらましのためか砲撃で水柱を立たせ、その隙をついて今度は引っ掻きにくるが抑え込む。膂力でも装甲でも駆逐艦では戦艦に劣るため、余裕など殆ど無い。おまけに、

 

「な、魚雷!?」

 

 自分がいるにも関わらず魚雷を放つという無鉄砲さはかなり厄介だ。

 

 慌てて距離を取るも、気付くのが遅かったために僅かながらも爆風に巻き込まれた。

 

 舌打ちをしながらも分析する。恐らく相手が無傷であること。魚雷は装甲に反応するのだからそれを解除しておけば素通りできる。引っ掻きの圧力が凄かったのも本来回すべき装甲を攻撃に振ったせいだろうと。

 

 他の深海棲艦が放った可能性もあるがそれはない。でなければ今砲撃が飛んでこないのはおかしいからだ。

 

 着水を狙って攻めてくるレ級の二度目の引っ掻きをしゃがんで躱し、タックルを行う。今不知火に必要なのは集中力を高めることであるために、突き放しにかかる。

 

 運良くレ級との装甲出力が同じだったのか、互いに反発しあい、強制的に間ができた。

 

 これ幸いにと不知火は深く息を吸い、吐き出した。

 

 今まで自分は暴走状態になった方が強かった。これは自分でも何となくわかってはいたが、どうも技の冴えが鋭いらしい。

 

 普段の装甲の使い方が棍棒のようなものだとしたら、暴走状態になると針のように鋭くなるのだとか。

 

 深い呼吸は冷静な心と思考を与え、回りだす。

 

 敵レ級との実力は現状殆ど差はないことを確信する。

 

 そして最悪なことに、先程の魚雷の影響で足の裏。つまり船底に穴がいてしまった。普段艦娘は重油を利用して浮いている。浮くための機関が内部にあるとかどうとか言われているらしいが詳しくは知らない。ただ浮くためには装甲の力も最小限だが使われている。装甲と重油の二つが揃って初めて艦娘は海上に立つことができるのだ。が、問題は今まで半ば自動で――――呼吸をするように――――使われていた分では浮力が確保できないため、ただ海の上に立つためにも装甲を意識して使用しなければならない。

 

 無駄な労力はその分自分を追い詰める。

 

 これまでレ級のflagshipに出会わなかったのは純粋に個体数が少ないのは容易に想像ができる。つまりこいつさえ短時間で倒せば驚異は取り除けるのだ。

 

 再び息を深く吸い込み、圧縮するように口をきつく締めた。

 

 エアポケットの広さは直線で二〇〇メートルほど。動き回るには十分な広さ。不知火は全力で前へと跳んだ。

 

 レ級も粘性のある笑顔のまま攻め込んでくる。

 

 二人の距離が零になったのは空中だった。

 

 レ級の右拳を不知火は左頬をこするようにして反らし、ショートアッパーを繰り出す。顎を上げることで避けられ、更に右膝が来るのを脇腹で抑えて、掴んだ。

 

 レ級の目から笑みが消えたがもう遅いとばかりに、不知火は右足を左側頭部に向けて振り上げた。

 

 やや捨て身の攻撃ではあるが、拮抗するのならば不要に戦闘時間を伸ばすより、こちらの方が結果的に少ない被害で済むと思っての行動だ。左の肋骨にはヒビが入ったろうが、こればかりは仕方ないと割り切っての渾身の蹴り。

 

 それは別の感触によって阻まれた。

 

「腕……くっ――――」

 

 頭部を蹴る直前にレ級の左腕が防ぎ、切断はできたものの頭部は健在。

 

 歯噛みしながらも反撃を恐れ、連撃へと移る。

 

 右足のグラスホッパーのブレードを回転させ、首を切り落としにいきつつ、左のブレードを海面に当てて軸とし、体を捻りながら今度は下から上へと切るように蹴り上げる。

 

 十字を描く斬撃。

 

 並の相手ならばこれだけで数度は死ねる高速の連続攻撃は、いずれも空を切った。

 

 それだけではない。

 

――何処に行った!?

 

 回避はされた。それは間違いない。だからこそレ級から反撃が来ると思ったが、着水しても来る気配がないどころか、見失ってしまった。

 

 ハイキックからの体に捻りを加えた隙に海中へ逃げられたかとも警戒するが、特別なにかが起こることもない。もしかしてと周囲。それも遠方へ目を向けるよりも先に、喧騒のようなものが耳に届く。

 

「な、んですか、あれは……」

 

 耳に遅れて不知火の双眸が捉えたのは、確かにレ級だった。今や周囲を囲んでいた他の深海棲艦の中に混じり、そして仲間であるはずの他の深海棲艦を貪り食っているレ級の姿がそこにはあった。

 

 そんな深海棲艦など不知火は見たこともなく、呆然と立ち尽くす。

 

 これに対して何をやったら正解なのか、その答えが見つからず、ただ見続けた。

 

 これが北上や木曽ならば即刻沈めに行っているのだろうかと、頭の何処かが考えハッとする。木曽曰く、融合棲姫も同じく他の深海棲艦を沈めたり食ったりしていたのだということを。

 

 このレ級は同じことをやっているだけではないだろうかと結論付ける。

 

 時間にして十秒にも満たない時間だが、完全に出遅れた不知火は慌てて駆ける。

 

 力が増大するのは融合棲姫だけで、レ級はただ真似しているだけ。本当は全く意味のない行為だった場合折角敵の数を減らしてくれているのを勿体なく感じるが、確実性がないため沈めることを決意。

 

 近寄るとわかるその異様さに思わず顔をしかめた。

 

 食われているにも関わらず逃げない深海棲艦。しかし悲鳴は上げており、顔も悲痛そうに歪めていた。そんな中で情け容赦なく食らっていくレ級の存在はあまりにも浮きすぎていた。

 

「化物め」

 

 本音を零しつつ拳を固める。

 

 レ級は食べるのに夢中になっているのか、背を向けたままこちらに気付く様子はない。これならば奇襲として行けると思い、後一足で届くというところまで近付き、ふいに背中を走る寒気。それが何なのかわかるより前に急ブレーキをかけた。

 

 本能が言う。これ以上前に出るなと。

 

 融合棲姫が現れたのかと視線だけを左右に振るが、何処にも見当たらない。

 

 ではこの寒気は何処から。

 

 考えど答えが出ない中、レ級がゆらりと立ち上がり、振り向いた。

 

「な、んで……」

 

 口の周りどころか足元までが濡れそぼっており、食べ散らかしたようで醜い様だが、そんなことはどうでも良かった。

 

「どうして……」

 

 左右にあるレ級の眼。その片方に青いオーラが出ていた。

 

 レ級の改flagship。

 

 flagshipの段階で不知火とほぼ同等だった存在が、更に一段階先へと進化した。

 

 自分が怯えているのがわかる。喉の奥から声が漏れそうなのも。

 

 何より直感が警鐘を鳴らしていた。逃げろと。こいつには勝てないのだと。

 

 だが逃げることは許されない。こいつがこの後どのような行動を取るかなどわからない上に、もし北上の下へ向かったならばと考えると、到底できようはずもなかった。

 

 こいつは今ここで沈めなければならない。たとえ格上であってもだ。

 

 最悪手傷の一つでも負わせられるならば十分。

 

 そう思い踏み込もとしたところで、

 

「オソイ」

 

 粘性のある笑みが真横に存在した。

 

「――――っっっ!」

 

 慌てて拳を繰り出すよりも先に、脇腹を何かが撫でた。その直後、膝から力が抜け落ち、前に倒れる。

 

「…………あ、れ?」

 

 何が起きたのかわかるより前に、脇腹から何かが零れていく感覚に気付く。

 

 遅れて自分がやられたのだと悟るが、痛みも、戦う気力も消失していた。

 

「オマエモクッテヤル」

 

 髪を捕まれ持ち上げられるが、最早反撃するという気持ちは、不知火の中には欠片もない。

 

「北上さん……申し訳、ありません」

 

 口を開くレ級が最後の光景になることに悔やみながらも、静かに目を閉じ、自分の最後を受け入れた。

 

 

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