継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第五章八幕 世界で一番大切なもの

 人には大切なものがある。

 

 それは艦娘も同じで、北上もまた大切に思うものはあった。

 

 基本的には物だろうと者であろうと頓着しないが、例外は何事においてもあるということだろう。

 

 艦娘において提督は完全に一番上となるようにできているため除外するが、それ以外だと木曽が大切なのだと最近北上自身も気づいた。

 

 融合棲姫との一戦で木曽が片腕を失い、出血多量で青白い顔をして帰ってきたのを来た時は、頭に血が上ったのを覚えている。結果伊勢を殴り飛ばしてしまったが、ご愛嬌と言うものだろう。

 

 それ意外で好きなものと言われてもあまりパッとは思い浮かばない。自堕落な生活が望みであるだけに体を動かす行為は嫌いではないが率先してやろうとは思えない。嗜好品の類いは美味しければ問題ない。パイプを吸っている理由も、木曽や明石がシガリロであり、間宮や鳳翔が煙管という特種なタイプを吸っていたがために、意外性のあるものをと思ってのものだ。そのため多少好みはあるが吸えるなら何でも良いというのが本音である。

 

 だからこそこれは大いに以外だった。

 

「やっほー不知火。まだ起きてる」

 

「きたか、みさん?」

 

 背後で倒れ伏している不知火。脇腹から出ていく液体が海を赤く染めていっている。装甲で体全体を浮かすことさえ難しいのか至る所が海水で濡れており、反対に瞳は乾いていた。

 

――あぁ、何でなのかなぁ。

 

 自分の我儘と不甲斐なさがこれほど身に沁みることがこれまであっただろうかと、強く歯噛みする。

 

 本来ならば北上と不知火は行動を共にしているのが正しい。

 

 作戦では第五段階以降は木曽以外ツーマンセルでの行動をするように言われていたが、気にかけながら戦うのが面倒だった自分の我儘を不知火に伝え、別行動をしていた。

 

 その結果がこれである。

 

――大切なものは失ってから気付くって言うけどさ。これはあんまりだよ。

 

 スカートと腹部の間に雑に差し込んでおいた信号拳銃を取り出し、空に向かって放つ。

 

 これは文字が撃てるタイプのものではなく、臼杵鎮守府の者だけが使える救難信号。日本太平洋艦隊最大戦力である臼杵鎮守府が深手を負った際に、優先的に治療を受けることが許されている。

 

 つまりこれは明石を呼ぶための代物だ。

 

「ナンダソレハ」

 

「へぇ喋れるんだこのレ級」

 

 唐突ではあるが意外には思えない。姫クラスならば話は通じなくても喋るのだから、他にいてもおかしくはないだろう。

 

 ただ愉快そうに答えるが、目は笑えてないのが自分でもわかった。

 

 それだけ今の自分に余裕が無いのだと。

 

「まぁ簡単に言えば増援のためのやつかな」

 

 少しでも平静を保とうと口を動かす。

 

「ゾウエン? ヘェ、モットタベサセテクレルンダ」

 

「悪いけど不知火を食べて良いのは私だけだから」

 

「オマエモクウノカ?」

 

「まぁ食べるの意味が違うだろうけどさ」

 

「イミガチガウ?」

 

「不知火は私のもんだ。他の誰にもやるつもりはない」

 

 口が回る。回るたびに自分の中にある怒りを自覚し、更に誘爆していく。

 

「だからさぁ。あんたの薄汚い手で触られると虫唾が走るんだよねぇ」

 

 だがまだ戦う訳にはいかない。不知火の安全が確保できていない今始めるのは、自分は兎も角不知火の身が危ないため、やれない。

 

 そこまで考え、自分が誰かのために自分の身を差し出している状況に軽く驚く。

 

――最初は暇つぶしだけだったはずなのにさ。いつからこんなになったのさ。

 

 愉快そうに思うも、やはり笑えはしない。

 

 他の何よりも大切だと言える存在を傷つけられて平然としているほど、壊れた心はしていないからだ。

 

 今直ぐにでも殺してしまいたい衝動を、手を握りしめて堪える。少しばかり強く握りしめて、爪が皮膚を突き破ってしまったようだが、今はそれさえどうでも良かった。

 

 どれだけ待てば良いのだろうか。

 

 自分達はそれなりに奥まで切り込んでいるため、後方をメインにしている明石では来るのに時間がかかるのは目に見えている。

 

 それまで戦い始めない保証は何もない。

 

 今待ってくれているのが不思議なレ級は勿論のこと、自分が待ち続けられる自信は毛ほどもない。

 

 故にそれは僥倖と言えた。

 

「北上、何があったの!」

 

 視界の端に現れたワイヤーに遅れて明石が隣へと跳んできた。

 

 もう十分ないし二十分は覚悟していただけに、本当に助かった。

 

「レ級の、改flagship!?」

 

 明石が驚くのは無理もないだろう。だが今はそんなことさえ惜しいと言える状況のため、手短に話を勧めた。

 

「悪いけど明石さん。不知火を治してやってもらえないかな」

 

「……わかったわ。でも無茶だけはしないように、って言っても無駄そうね」

 

 慣れているのか深くは尋ねず、手短に診察を始めた。

 

「ナンダ、マダハジメナイノ」

 

「楽しみは取っておけって言うじゃん」

 

 レ級が今直ぐにでも戦いたいのだとウズウズしているのが嫌という程わかる。それは北上も同じだけに抑え込むのが難しいが、不知火のためならばそれもなんとか耐えられた。

 

「で、何してるのさ、明石さん」

 

 唐突に人の足元に来たかと思えば、人の足に何かをつけ始めていた。

 

 視線だけを下に向けると、そこには不知火が装備していた明丸《グラスホッパー》がつけられていた。

 

「不知火からのお願いでね」

 

「ったくもう。こんな時にまで……レ級、ちょっと待ってな」

 

 レ級に背を向け、不知火に近寄りポケットを探る。

 

「こいつは預かっとくよ」

 

 取り出したのは不知火が吸っている煙草、ブラックデビルのチョコレート。それを箱ごと奪い、一本咥えてマッチで火を灯す。幸い湿気ていなかったようで、火が移るのは早く、砲煙とは違う細い筋を揺らめかせ始めた。

 

――あぁ、やっぱり甘いな。

 

 苦手なものは少ないが、こればかりはあまり好きになれない味だったが、それでもお構いなしに肺へと吸い込む。

 

 潮と硝煙に甘い匂いが交じる。

 

「北上さん。負けない、で、下さい」

 

「誰にもの言ってるのさ。北上様だよ? 《スティンガー》があるだけでスーパー北上様なのに不知火の《グラスホッパー》まであるんだ。さしずめハイパー北上様ってところか。そんな私が負けると思う?」

 

 不知火は疲弊しているためか、言葉は出なかったが、静かに微笑んだ。

 

「なぁ明石さん。治せるの」

 

 嘘など必要ない。本当のことだけ話せと言外に押し付ける。自慢ではないが、これまで戦場で明石の世話になったことなどないため、どの程度まで治せるかなど知らないのだ。

 

 だからこそ、それが意外でしかなかった。

 

「そうね。戦線復帰させられる程度かしら」

 

「……本当に?」

 

「工作艦の誇りにかけてね。工作艦明石の名は伊達じゃないのよ」

 

 それは紛れもなく朗報だった。

 

 後顧の憂いが無くなったと言っても良い。

 

「それから先輩艦として一言。怒ってるときこそ冷静になりなさい」

 

 最後に言葉を残し、遠のいていく明石を見送ると、近くまで龍鳳も来ていたのがわかった。これならば帰りも安全だろうと最後の不安が消え失せ、レ級へと向き直る。

 

「待たせたね」

 

「ゾウエンデハナカッタノカ」

 

「増援なのは間違いない。けどもっと沈めたいなら私をやったらできるよ」

 

 紫煙を空に向かって吐き出し、眼球だけをレ級へと向ける。

 

「ただあんたが私に勝てたらの話だけどね」

 

「オマエモナ」

 

 不知火をあんな目に合わせただけでなく、物怖じせずに受け流すレ級の態度は、北上の神経を逆なでする。血液は沸騰し、今直ぐにでも血管を突き破りそうになっているほどだ。折角明石に助言されたが、冷静などなれそうにない。

 

「さぁ、殺し合いを始めようか」

 

 ダムが決壊したかのように後方に激しい高波を発生させ、レ級に向け北上は一直線に突き進む。

 

 元々相手との距離は一〇メートルも離れていないため、肉薄するのは一秒もいらない。

 

 今まで溜め込んだ怒りをぶつけるように最初から全力の拳を繰り出す。が、

 

「サッキノヨリハ、スルドイコウゲキヲスルンダネ」

 

 片手で受け止められた。

 

 しかし驚くことは何もない。

 

 相手は戦艦でこちらは重雷装巡洋艦。装甲を一度に使える量は相手の方が上なのはわかりきっていること。何より最近成長した不知火を相手に、傷も負わず一方的に倒したのだから強さはある程度わかるというもの。

 

 だからこそ最初から全力なのだ。

 

 殴りかかった腕に装備された杭打機(パイルバンカー)を打ち出す。射程は約七〇センチ。レ級の顔を貫くには十分な長さだった。にも関わらずレ級は初見で首を動かし躱す。

 

 僅かに頬を切ったようだが、その程度ですんでいることに舌打ちをする。

 

 更に連撃で脚部ブレードを振るい胴を切りにいくが、肘打ちで弾き返されてしまった。

 

「へぇ、中々やるじゃん」

 

 距離を取り、軽口を叩くが内心穏やかではない。

 

 相手の実力は手を合わせて更に深く理解はしたが、理性がそれに追いつかない。当たらないというのはストレスとしかならないのだ。不知火をあんな目にあわせた奴をただ殴りたいだけなのにそれが叶わない。

 

 怒りに苛立ちが合わさり、本能さえ置き去りにし、前へと出続ける。

 

 がむしゃらに殴りに行くが、当たることはない。

 

 始めこそは笑みを浮かべていたレ級もしだいに影を落としていくが、それにさえ気付くことなく。

 

「あんたさぁ、いい加減大人しく沈めよ!」

 

 突き出した左腕。

 

 レ級の右頬へ叩き込むように軌道を描いていたはずの拳は、

 

「ツマンナイ」

 

 まるで蝿でも落とすように叩き落とされた。

 

「なっ」

 

「モウイイヤ。シズンデ」

 

 返す刃のように振られるレ級の左拳。それは吸い込まれるように北上の腹部へと刺さる。

 

「ぅぶっ」

 

 意思とは別に体が勝手に後ろへ跳んでいた。だからこそ深くは刺さらなかったが、それでも臓器を的確に捉えられ、咥えていた煙草が海へと落ちる。

 

「キタイシテタケド、ガッカリダナ」

 

 レ級がため息混じりに悪態をつく。だがそれに反応する余裕はない。

 

――なんでだ。なんで。なんで勝てない! 実力はそこまで無いはずなのに!

 

 自尊心が崩れていくのがわかる。

 

 自分という存在がボロボロと砂の城のように。吹けば消えてしまいそうなほどに。

 

 どうしてこうなった。

 

 それが何一つわからない。

 

 最早怒りよりも苛立ちのほうが勝ってしまっていた。

 

――これじゃあ不知火の仇だってっ!

 

 そこまで考えてふと気づく。誰を何と呼んでいるかを。

 

「は、はは。そうか……そういうことか」

 

 明石が冷静になれと言っていた本当の意味をやっと理解する。

 

 自分のことをつくづく嫌いになりそうな日だ。

 

 眼の前を先程まで吸っていた煙草がぷかぷかと泳いでいる。それを掴み取り、口の中へと放った。

 

「ナンダソレハ。クエルノカ?」

 

 トドメを指しに近づいていたレ級だが、いつの間にか足を止め、問いかけてくる。

 

 どうやら食べられるものへの関心が強いらしい。

 

「あぁ? 食えるわけ無いじゃん。こんなクソ不味いもの。それに私ら艦娘なら問題ないけど人間なら速攻病院行きだし」

 

 咀嚼しながらしっかり受け答え、そして飲み込んだ。

 

「でもさ、うちの提督が海には捨てるなってうるさくてね。それにぬいっちの煙草でポイ捨てした日にはあの娘に悪いわけさ」

 

 言っている意味がわからないのだろう。北上も理解して欲しくて言ったわけではないため、欠片も気にしていない。

 

 全ては自分へ言い聞かせるためのものだから。

 

「悪いねレ級。ここから真面目にやらせてもらうわ」

 

「イマサラナニヲイウッ」

 

 砲撃が飛んでくるが装甲で弾く。その間に背後へと回り込まれるが、前転しながら手で海を掴み反転すると、レ級が目の前まで迫っていた。海面にうっすら魚雷も見えたために上空へと逃げると更に追いかけてくる。

 

「ニゲルノガオマエノホンキカ」

 

 避けようのない空中で行われる砲撃だが、今度は防ぐことなく反らした。

 

「あぁ本気だよ」

 

 殴りに来たレ級の拳を受け流し、勢いの差から背後を取る形となった。その隙を逃さず背中に向けて左手を突き立てる。

 

 生憎と装甲に阻まれ貫通できなかったものの、追撃の杭打機があった。

 

 見せる横顔に焦りを浮かべたレ級は、今まで砲撃以外で動くことのなかった尾角が遂に動き出す。

 

 北上の放った杭打機がレ級の体に突き刺さった瞬間、腕を弾き飛ばされてしまった。

 

「は、やっぱそれ動くか」

 

 攻撃に回していただけに腕周りは殆ど装甲を張っていなかった。が、軽く腕を回してみるが問題はないようで、どうやらレ級もギリギリだったことが伺える。

 

 肌がピリピリする。

 

 お互い殆ど同時に着水するが動く気配はない。相手の出方を待っているのが嫌というほど伝わってくる。

 

 とはいえこのまま硬直していても意味はない。

 

 北上は遠慮なく攻めていった。

 

 相手の砲撃を警戒し、縮地を小刻みに行いながらジグザクに移動する。傍から見れば雷を連想しそうなほどの高速移動を繰り返し、殴りかかれる距離まで近付くと、レ級が背を向けてきた。

 

 何のためにと考えるよりも先に前方宙返りを行い、やってきた尾角を回避しつつ振り返りながら左の杭打機を射出。射程ギリギリだったためか簡単に避けられ、更には掴み取られた。ニタリと笑いながら引きに来るが、蹴り上げるように右足のブレードを振るうことで離させることに成功するものの、体勢が崩れてしまっていた。

 

 レ級もそれを見逃すことなく砲撃を行いつつ飛び込んでくるが、再装填した左腕の杭打機を海面に向かって放ち、そこを起点に右へ跳躍。レ級は更に追いかけてくるが、跳躍の最中にブレードを海面に触れさせることでブレーキをかけた。

 

 唐突に止まったことで驚愕に顔を歪めるレ級の顔めがけて全力の拳を振るった。

 

 顔の前で両腕を交差されてしまったが、装甲の出力が足りなかったようで、北上はレ級の装甲を打ち抜き、殴った右腕に確かな感触を覚えつつ、吹き飛ばした敵へ果敢に攻めていく。

 

 後一足で届く範囲にまで近寄り脚部ブレードを海中につけ、ローキックをするように振るう。そこへ装甲も合わせレ級に向けて横広の高波を発生させ、視界を奪った。

 

 レ級が慌てて砲撃を行ったのか、腹の底に響く音が聞こえるが、既にそこにはいない。

 

 北上は縮地の勢いを殺すことなく蹴りを放ったため、前方に向かって倒れようとしていた。

 

 失敗したからではない。

 

 初めから体が決まっていたかのように自然に動いた結果だった。

 

 海面スレスレまで倒れ、そこから更に縮地により前方へと飛び出す。高波を突き破り、驚愕するレ級の腹部めがけて体ごと拳を押し上げた。反撃が来ることもお構いなしに。

 

 レ級が装甲で防ぎに来るがそれさえも貫き、腹部さえもぶち抜く。

 

 そのつもりでいた。が、その直前でレ級の体が横へとズレた。

 

「今のはいい線いったと思ったけど、器用なことするもんだ」

 

 胴体を貫く予定だったレ級は目の前にいない。三〇メートルほど離れた位置にいた。

 

 北上自身はっきり見たわけではないが、恐らく尾角で移動したであろうことが予想付けられる。現に今も尾角だけが海に浸かっており、足は宙に浮いていた。

 

 しかし完全に避けられたわけではない。

 

 苦痛に歪む顔の下。脇腹の部分が抉るように削ぎ取られているからだ。

 

 そしてそれは北上も同じことが言える。

 

 レ級は避ける際に振るった引っ掻きが、北上の右頬を削り落とし、血がこぼれ落ちているのがわかる。薄っすら呼吸が漏れ出ていることも。

 

 普段の北上ならこれ以上戦闘はせずに、面倒で背を向けてしまうような傷。

 

 昔木曽と本気でやりあってボロ負けをして以降、勝ち負けへの拘りなどなくだったからだ。

 

 だが、今は違う。

 

 こいつは。こいつだけは絶対に自分の手で沈める。

 

 自分の心境の変化に薄っすら笑い、不知火の煙草を咥えて火をつける。

 

「でもさ、そんなことができるのはあんただけじゃないんだよねぇ」

 

 ブレードを動かし海中へと潜らせ、そこを起点に体を空へと押し上げる。ブレードの長さは一メートルとちょっとあるため、その分視界は上昇し、一気に視界は広くなった。

 

 普段と違う視点のため、正に竹馬気分なのだが、

 

「っとこれじゃあ高すぎるか」

 

 折角レ級が数センチしか浮いていないのだから、自分も同程度になるのがお約束だろうとブレードの角度を調整。前に降りるように動かす。

 

「どうよ。こいつは半球状に動かせるから中々便利なものだと思わない? まぁ肝心の持ち主であるぬいっちが器用じゃないから、できないこと多いんだけどさ」

 

 ブレードの動きは全て装甲によって行われる。従って、戦闘中でも至る可能性を考えながら戦う不知火ではどうしても一歩遅れて動かすため、結果として大雑把な動きとなってしまう。

 

「戦いなんて思考は二割程度で良いんだよ。後は感覚に任せればそれだけでいいのに、なんで皆しないのかな?」

 

 北上はそれが正しいと思っており、そして実践できるだけに浮かぶ疑問。

 

 昔木曽に「それができるのはお前だけだ」と一蹴されたが、当時も、そして今も納得がいっていない。

 

「レ級もそう思わない?」

 

 まるで友達に話す感覚で語りかける。

 

「ナンデイキナリツヨクナッタ」

 

 会話には乗ってこず、代わりに疑問をぶつけてきた。途中視線が脇腹へ行った辺り、余程不服な結果だったようだ。

 

「さぁてね。愛のなせるわざかな?」

 

「アイ? ナニソレハ」

 

「色々知恵はついてるけど、なんだそんなことも知らないのか」

 

 苦笑してから煙を吸い込む。

 

 まさかそんな簡単なことも知らないとは思いもしなかっただけに、そして自分の意外な思考に、苦笑はそのまま肩を揺らすにまで至った。

 

 笑ったことで吐き出すはずの紫煙を、再度吸い込みそうになるのを気をつけつつ吐き出す。

 

「ナニガオカシイ」

 

「いや別に。ただ私ら艦娘は愛でできてたんだって、ガラにもないこと思いついちゃってさ」

 

「マタアイカ……ダカラアイッテナニ!」

 

 気に入らないのか、駄々っ子のように叫びだすレ級。声が広がるのに合わせて殺気を撒き散らせたからか、周囲の深海棲艦が怯えるのがわかるが、今の北上にはそよ風程度の代物だった。

 

「あぁいいよいいよ知らなく」

 

 煙草をゆっくりと吸う。

 

 特別深海棲艦に思い入れがあるわけでも期待しているわけでもない。

 

「どうせこれから私に沈められるんだからさ」

 

 紫煙を吐き出し、口角を釣り上げる。

 

 頬がえぐれている状態での笑みだ。さぞ凶悪な見た目をしているだろう。しかも相手を確実に亡きモノにするという意思が乗っているのだ。

 

 凶気か、もしくは狂気と言った方が正しいかもしれない感情は、自然と心を落ち着かせた。

 

「クッテヤル。オマエモ、ソノアイッテノモ、ゼンブ!」

 

 代わりにレ級は反比例するように激情し、吠えた。

 

 ノーモーションからの縮地で一気に距離を詰めてくる。砲撃に合わせての右の手刀が飛んでくるが、北上は冷静にカウンターを合わせに行き、止めた。

 

「ほんとそれやっかいだ」

 

 レ級の影から振るわれる尾角を左膝を立てて防ぎ、ブレードを回転させて切り落としに行くが避けられた。おまけとばかりに左膝が腹部めがけてやってくるのを肘打ちで迎え撃ち距離を離したかと思えば、尾角を起点にぐるりと一回転してから大規模な回し蹴りを放ってくる。

 

 迎え撃とうと拳を握りしめるが、寒気を感じ取りブレードの角度を調整しつつ前に倒れに行く。

 

 後頭部を高速で過ぎ去るケリの風圧は髪の毛をはためかせるだけに終わらず、装甲の範囲内に僅かに入っていたのか、海面に叩きつけられそうになるのを煙草の火が消える直前で堪え、手のひらを使って縮地を行い距離を取る。

 

 後頭部がかすめたことでグラグラする脳を無理やり押さえ込んでいる間に、レ級は追撃へとやってきた。

 

 悪態を吐く暇もなく、再び殴りかかってくるレ級に拳で応える。ように見せかけ、足を右斜め前へとスライドさせた。

 

 重心を前でなく後ろに置いての高速航行。装甲を合わせたその動きはレ級の拳を仰け反るように回避し、更には後からやってくる尾角までもを避けた。そして、

 

「ワンパターンなんだよお前」

 

 すれ違いざまのレ級の左足を掴み取り、自分の体を引き寄せるようにしながら右のブレードを振るい上げる。

 

 間一髪で本体は避けられはしたが尾角を切り落とすに成功する。が、掴んでいた手を装甲で弾かれ、北上が着水するよりも先にレ級は振り返るのが早かった。

 

 ここが勝負どころと感じ取ったのだろう。

 

 レ級の動きのキレが増したのを本能が読み取る。

 

 さしもの北上も体勢を崩した状態では分が悪く、煙草を咥えていることも忘れて歯噛みした。

 

 勝負を決したのは一瞬だった。

 

「はは、なんて大したやつだ」

 

 北上の口から煙草がこぼれ落ちる。

 

 甘い香りは海へと溶け込み、消えていく。

 

「オマエモナ」

 

 北上は呆れ、レ級は笑みを浮かべる。

 

 最後に繰り出されたレ級の右の手刀は、北上の左耳を切り裂いた。

 

 そして北上の右腕の杭打機は、レ級の腹部を貫通していた。

 

 北上が杭を抜くと、支えを失ったようにレ級は後ろへと倒れ込んだ。

 

「あんたの尻尾に負けじとこの《グラスホッパー》凄いでしょ」

 

 最後の紙一重の回避。体より先に海に触れさせたブレードにより横移動だった。もう少し動かせれば完全に回避できただろうが、そうすると今度は攻撃へと装甲が足りなかっただろうと、北上は終わって気付く。

 

「ソウダネ……アア、デモタノシカッタ」

 

「呑気なことだ。こっちはこれからだってのに」

 

 周りを見渡せば、他の深海棲艦はどう動いたら良いのか困惑しているようにも見える。

 

「まぁでも、割と楽しめたかも」

 

「クヒヒ。ナラヨカッタ」

 

 レ級の体は徐々にヒビが走り、腹部から崩壊していく。

 

「アイ……タベテミタカッタナ……」

 

 最後に言葉を残し、完全にレ級は消え失せた。一片さえも残さずに。

 

「だから食べるものじゃないって」

 

 残滓としてこの世にあるのは、北上の体に刻まれた傷。ただそれだけだった。

 

 

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