ミッドウェー諸島から北に一〇〇キロの地点で行われている日本太平洋艦隊とあ号艦隊との争いは、二十八時間経過した今も続いていた。
辺りを包んでいた闇は徐々に消えていき、二度目の朝日が顔を出し始めている。
目覚ましよりもうるさい砲撃音が今尚を後方で響き、海を揺らしていた。それでも開戦直後に比べると散発的といえ、深海棲艦側でも弾切れが起きているか、それとも数が減ったかのどちらかだろうと木曽は予想する。
この時間までで木曽も一万は深海棲艦を沈めたため、後者であって欲しいのが本音だ。
あまり気に病むことを考えてもしょうがないことから、気分転換にシガリロを取り出し、一服を始めた。
「オソカッタナ」
「これだけの数で歓迎されてりゃそらそうだろ」
煙を吹かした先には融合棲姫がやや呆れ顔で立っていた。
「アタシノトコロマデマッスグキタラヨカッタダロ」
「こちとら大艦隊を預かる身でな。何度か後方まで戻って指示出したりと忙しかったんだよ。おまけにお前はご丁寧に最後方にいるし」
ここはあ号艦隊を抜けた先。
融合棲姫は距離にして五〇〇メートルほど離れた場所で何もせず、静かに木曽を待ち続けていたようだった。
「ココナラバ、ホカノジャマガハイラナイトオモッテナ。ソレニアイツラハ、アタシガイクサキヘカッテニツイテクルダケダ」
「ああ通りで。全員好き勝手動いてるようだったのはそういうことか。姫クラスですら他を指示してる雰囲気も素振りもなかったし、不思議だとは思ってたが」
ここにやって来るまでのことを思い出し、一つ納得がいった。
――結局実力はあれど、烏合の衆だったわけか。
それでも数が数だけに。実力が実力だけに天災地味たことがオーストラリアとアメリカを襲ったということだ。
そして今は日本を……。
「でもこの前は一人だったな」
「アノトキハコサセナイヨウニ、イトテキニヤッタカラダ。ソレデモイクツカハ、カッテニツイテキタガ」
前回にもいたのかと少しばかり感心する。
あの時は他に気配など感じなかっただけに、気配を消すのが上手かったか、もしくは距離があったということか。
しかし今回大群で来た辺り、要は露払いをしたかったのと、恐らく面倒だったのだろう。
伊勢を食ったと言うだけあって、言動だけでなく行動にまで現れていることに、思わず頬が緩んだ。
「ドウシタ」
「いや何、お前が想像以上に人間臭くてな」
「トウゼンダ。ワレワレハニンゲンヲモトニデキテイル。シラナカッタノカ?」
「完全に初耳だな。そうかだから人型が多いのか」
最終決戦とでも言えばいい局面において新事実が発覚し、シガリロが口からこぼれ落ちた。途中掴み取り再度咥えるが、驚きは隠せそうもない。
「ワレワレハヒトノ……ソウダナ、フノカンジョウヲエサニシテイル。ソレニヨッテイキナガラエ、ソシテウマレル」
「つまり何か、お前たちにも生存限界があるってことか?」
融合棲姫は静かに頷く。
これまで人類は受け身でいた。そしてまともにやり取りのできる相手がいなかったのだからしょうがないとも言える。
それでもまさか始まりが人間側に原因があったとは思ってもいなかっただけに、帰って剣造にどう伝えたらいいのかが悩ましい。
負の感情など簡単に対処も制御もできる代物ではないだけに、対策も難しいだろう。
「モットモサイキンハフノカンジョウガヘッテイルノカ、ウマレルカズガヘッテキテハイルガ」
「良いのか? そんなことをオレに教えても」
それは確かに朗報だった。
人々がそれだけ幸福な生活を遅れているという事実と、長きにわたる戦争に終りが見え始めているということだからだ。
それと同時に自分の。自分達艦娘が頑張ってきた甲斐が遂に実を結び始めたのだと知らされたようで、内心嬉しく思う。
「ベツニカマワナイ。アタシガタノシメレバソレデ。ソレニ……」
海中にでも隠していたのか、融合棲姫の背後半球状の艤装が浮上した。ここから先に必要なのは、言葉でなく拳であるかのように。
「オマエヲシズメレバ、キニスルヒツヨウモナイ」
「それはこっちの台詞だ。お前ら全員沈めれば、どういう理由で生まれてこようが関係ない」
木曽も仕舞っておいた船体部分を出現させ、両腰に備え付けてある軍刀と日本刀を引き抜いた。
「祭りが終わるのは残念だが、何事にも最後ってのはある。いい加減幕を引かせてやるよ、融合棲姫!」
「コイキソッ。アタシヲゾンブンニタノシマセテクレ!」
約八年もの間交わることのなかった因縁が、遂に激突する。