「今回は四面作戦を実行する。振り分けは以下の通りだ」
提督は板書に長方形のマグネットを貼り付けていく。マグネットには黒いマジックで名前が書かれており、同じく板書に貼り付けられている日本近海の地図の上に名前が並ぶ。
四面作戦と言っているだけあって四つのグループができており、向かう場所の近くに名前が貼り付けられているようだ。
「私は沖縄か……」
姉妹艦がどのような最後を遂げたかを知っているため、思うところが無いわけではないが、大和を盗み見ても特別気にしている素振りはないことから、他に意識を回すよう心がける。
よく見れば大体が遠くまで出撃指令が下っており、一番の遠方だとロシア領付近まで北上する艦隊もあるほどだ。おまけにあくまで臼杵鎮守府内の艦娘だけで行うため、一艦隊につき一名から三名と、かなり心許ない数での作戦行動となるようだ。
まだ本格的に戦場を経験していない武蔵としては正気を疑わざるをえないが、回りを見回しても、誰一人怖気づくどころか緊張している素振りさえなかった。ちょっとした仕事を片付けに行くような空気だったり、北上のように遠征すること自体を面倒臭がっているような者がいるだけ。
これが
「先日の繰り返しとなるが、武蔵。お前は何かあった場合、自分が助かることをだけを考えて行動するんだ」
「身の程は弁えているつもりだ」
「ならばよし。木曾。そちらは頼んだぞ。長門も無理はするな」
「あいよ」「承知した」
同じく沖縄へ行く木曾と長門に確認を取り、満足がいったのか、全員の顔を見回す。
「作戦は特に無い。いつも通り殲滅したら良いだけだ。では皆の無事を祈る。全員出撃だ!」
「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」
普段噛み合わないことが多々ある鎮守府だが、それでも提督命令になるとズレのないキビキビとした対応へと変化する。艦娘としては当たり前ではあるのだが、それでもこれから戦場に赴く身としては一つの安心感を覚える。
「それじゃあ武蔵、これからが本当の歓迎会だ。着いてこい」
先行く木曾と長門の背中を追いかけるため、武蔵も席を後にした。
「いいな~。私もたまには木曾さんと一緒に行きたいな~」
外に出ると、春風と一緒に届いたのは伊勢の声だった。
「そう言うな。北上と不知火の面倒を見れるやつはそういないんだ。頼むぞ伊勢」
「わかってるよ~。でも一緒に出撃するの、約束だよ」
風のように言うだけ言って、風のように防波堤に向かって走っていき、そのまま海に飛び降りる。
「今日は鳳翔さんと一緒では無いんですね……」
「提督がお決めになられたことですよ。それに龍鳳だっているではないですか」
「軽空母としてまだ鳳翔さんの域には達しておりませんが、頑張らせて頂きます!」
飛び降りていった伊勢の艦隊とは打って変わり、三名とも階段を使って海に向かう。
その後を木曾が続くため、武蔵もまた階段を使って海面付近まで下降し、海へと足を差し出した。
陸で感じる潮風を数倍濃くしたむせ返りそうな程の臭い。これから戦場へ向かうという心持ちが神経を過敏にしているのか、訓練時よりも更に強く嗅覚が働いているようだった。
「全員いない、か」
平静を心がけるために周囲を見回すが、先に降りた面々の姿はとうになく、海面に波紋が残っているだけ。
「あれが縮地」
望遠機能を使い遠くへ目を向けるとやっと存在を捉えることができたが、短時間であの距離まで移動できる事実に、改めて装甲の便利さには舌を巻く。
「どうする武蔵。お前も体験してみるか」
「体験と言われてもな。私は装甲の使い方など知らないぞ」
「そんなことはわかってる。オレがお前を担ぐだけだ」
担ぐと言われ軽く想像してみるが、木曾の身長は一六〇センチに満たない。一八〇センチを有に超えている武蔵を担ぐにはアンバランス過ぎて、思わず表情が曇る。
「なんだ不満そうだな」
「いやそうじゃないんだが。実際体験してみたくもあるがどうもな」
「体格差なんて関係ないだろうにったく……長門ならいいか?」
「む、確かにそれならば」
同じ戦艦。同程度の体格なため気持ち的にもスッキリするだけに頷いてみせた。
「ならそれで決まりだ。長門。悪いが頼む」
「問題ない。が、どう担げばいいのだ?」
「手っ取り早くいくならおんぶだろ。艦装の上でも気にしないならそこでも良いんじゃないか? お前改二になってから砲台の部分が平になってたろ」
臼杵鎮守府の武蔵を除く艦娘は改以上しか存在しない。そして武蔵より一つ前に建造されている長門ですら、改二と呼ばれる二度目の改造を施されている。
木曾に言われるまま、長門はまだ出していなかった船体部分を出現させた。各艦は予め資料で見ていたために驚きはないが、それでも実物を見たのは今日が初めて。資料とはまた違った力強さを感じさせられる。
「ふむ、確かに乗れそうだな。武蔵が良いのなら私は構わないが」
「それはこちらの台詞だ。良いのか? 主砲の上だぞ?」
同じ戦艦であるために主砲にどれだけの誇りがあるかはわかる。木曾に軽くいなされはしたが、それでも完全に諦めたわけではない。だからこそ長門も同じなのだとばかりに思っていたが、
「鍛錬にもなるし問題は何処にもない」
あっさり違うのだと否定され、少なからずショックを受けてしまった。戦艦の主砲はそれ程までに意味のないものなのだと言われているようで。
「本人が良いというのならば否定するつもりはない。失礼させてもらう」
不機嫌を隠しながら軽く跳躍。体重を分散させること無くドカリと左側の三連装砲の砲台に横向きで腰を降ろした。
「風圧は調整出来ない故、気を付けてくれ」
長門は特に気にした素振りも見せず、体幹がズレてしまうようなこともなくあっさりと受け止めた。それが尚更シャクに触るのだが、雰囲気としては何でもないかのように振る舞う。
「ケツはオレが持ってやるから長門は自分のペースで進め」
「承知した」
「武蔵も何かあれば通信を飛ばせ。それじゃあ出港のお時間だ」
木曾の言葉に合わせ、武蔵を乗せた長門が跳び出した。
これまで経験した物を全て過去に置いていくかのような出来事が、武蔵の身と心を襲う。
突き抜ける風。流れていく景色。
あんまりな衝撃に思わず上半身を後ろに持って行かれるも、何とか堪え耐えてみせるが、二度目の跳躍で再度持って行かれそうになる。
『おいおい大丈夫か?』
『こ、これくらい問題はない』
余程危なげに見えたのか木曾が心配して通信越しに尋ねてくるが、大丈夫だと強がってみせる。
その間に三度目の跳躍がやってきた。余裕そうに座っているゆとりはなく、砲塔を両手で握りしめてしまっているが、ツッコまれたりしない辺り、木曾と長門の気遣いに感謝しつつ耐え忍ぶことに。
『この調子なら三時間程度で着きそうだな』
片道三時間もかかる事実に乾いた笑いさえ出す心の隙間もなく、懸命に耐え続けた。
それからノンストップで進み続けた武蔵達は、二時間五十分後には沖縄本島を視界に入入れた。
数時間振りの自分の足で海の上に立てることに、安心感と同時に懐かしさを覚える。
「相変わらず寂しい場所だ」
げっそりした武蔵の隣で木曾がポツリと呟いた。
深海棲艦との争いが始まって十三年もの月日が流れている。最初の二年は殆どが深海棲艦側による人間の虐殺だった。沿岸部に住んでいた人は老人から赤子まで皆等しく殺され、辛くも生還出来た者は故郷を離れ、内陸地へと移住を余儀なくされた。
僅か二年の間に人類はその人口を三割りも削られたのだ。
だがそれはあくまで世界全体の話。島国である日本は違う。日本の総人口、その五割りも減らされている。全てが深海棲艦にやられたものではなく、家を失って凍え死んだ者、食が足りず飢えて死んだ者、自ら命を絶った者もいたのだとか。
港は死に、空港は沿岸部に造られることが多いため、その殆どが潰された。物資の供給は陸路が主となり、大量の輸入品に頼っていたそのツケが回ってきたのだと時の政治家は言っていたそうだが、艦娘である武蔵達には関係ない。
ただ艦娘とはかつて存在した、人によって造られた艦艇がベースとなっている。故に人の生死には提督以外頓着はないが、作られた物にはそれ相応に思うところがある。
そして視界内には人工物の廃墟。沖縄の街が見えている。
沖縄はかつてアメリカとの戦争で激戦区の一つとして上げられる。その影響からか深海棲艦の出現数が異様に多く、現在は人一人住んでいない。立ち入り禁止区域として扱われている。
海岸沿いには無数の砲撃痕が見られ、どれだけの深海棲艦に襲われていたのか容易に想像ができた。
「もう少し南下するぞ」
木曾の指示に従い、見ていたうるま市や沖縄市から視線を外し、今度は自分の足で進む。
「今日は長門に頑張ってもらうから気合い入れとけ」
「初耳だがあいわかった」
「武蔵の参考にさせるからそのつもりでいろよ」
「なるほど。それは同じ戦艦の先達として恥ずかしいところを見せられないな」
慣れているのか特に気負った空気はなく、それでいて集中しているのがわかるだけにちょっとした嫉妬を湧き上がる。まだ初陣の癖に何をと思いもするが、こればかりは致し方なかった。
「ところで何故沖縄まで来たんだ。沖縄には人が住んでいないのだろう?」
ふと気付いて疑問を投げかける。
艦娘が戦場に立つのは提督を、ひいては人類を守るための行為だ。意味のない戦地に行く理由はない。
「あーその辺は色々ややこしいんだが、取り敢えず沖縄へは
「どういうことだ」
「結論だけ言うなら練度向上に役立つから剣造は出撃させている、だな。他にも理由はあるが細かく言うと大本営まで絡むからパスだ。どうしても知りたきゃ剣造に聞け」
思っていた以上に複雑な理由があるようで、今度気が向いたら聞いてみるかと思考の片隅においておくことに。
南下を初めて二十分程経過。これまで深海棲艦と鉢会うこと無く進んで来れたが、これは結構珍しいことなのだと木曾が教えてくれた。が、遂に水平線に影が映る。
沖縄には鎮守府がない。正確にはあったのだが、悉くが潰されているためここ数年、新しく提督が着任したことはないそうで、深海棲艦がどれだけいるか、どのような艦種がいるか等の情報は何一つない。
情報を手に入れる術はただ一つ。直に見ること。
そして今武蔵の視界には五百もの深海棲艦が映っていた。
「ちょっと待て。あれ全部相手にするのか!?」
「何を今更。剣造にも教えられたろ」
「いや、だが……」
気を紛らわすためのジョークと受け取っていただけに、目の前の現実に言葉が続かない。
「あれは重巡棲姫か。他はflagship止まり。改まではいないし空母もなしか。これは長門だけで方付きそうだな」
「ああ。それでは行って来る」
呆然とする武蔵をよそに、何でもないかのように縮地を使って長門は単身で跳び出した。敵艦隊もこちらの存在に気付いたようで、その中でも突出した長門に注意を奪われたのか、武蔵達に砲撃が来ることはない。
「ま、のんびり見物していようじゃないか」
「い、良いのか。あれじゃあ」
「安心しろ。あの程度なら長門でも一時間以内には終わらせられる」
事も無げに言い切られ、信じてよいのか疑ったほうが良いのか考えている間に、最初の結果が現れた。