焦りが生まれた。
少なくとも素の状態では自分より強いと言える長門が負傷したという事実に、背中を押される気持ちで向かう。
長門に向かう砲弾の数など数えている余裕はない。
ただがむしゃらに。
薄っすら浮かぶ涙は頭痛が原因か、長門の負傷に起因するものかは武蔵本人にもわからない。
――届け。
ただ跳ぶ。
――届けっ!
喉が震えていた。
「届けえええええええええええええええええ!」
そこでようやく自分が叫んでいることに気付くが、その音さえも飛び越え、長門の正面に向かって盾のように腕を突き出した。
瞬間、走馬灯でもないのに急に視界のすべてが遅くなっていた。
だがそんな些細なことに気を止める暇はない。
迫る砲弾が目の前を通過し終えるかどうかの瀬戸際。
伸ばされた腕。否、指先の十センチ先で砲弾に触れた。但し横に振れる程度の接触のため防ぐには至らず、僅かにそらすのが限界だった。
恐らくこの後長門が被弾するコースだろうがそれでも致命傷は避けられる程度はズラせたはずである。一つ目は。
まだ砲弾は幾つも飛んできており予断は許されない。何より着水からの折返しの間の砲弾の対処もできないのだ。
感傷を捨て置くように即座に反転。全神経を集中させ、迫り来る砲弾を弾くでもそらすでもなく、叩(はた)くように腕を、足を、体全体を動かす。
後方からの砲撃がないのは幸いだったが、左右と前からやって来るものを飛び込んだ姿勢のままやるのは至難の業だった。
愚痴を言う暇などどこにもない。
使えるものは何でも使った。
間に合わないと思えば自らの船体を割り込ませて受け止め、敵の砲弾をそらして別の砲弾に当てる等といった無茶なことまでも。
そこまでやって第一波はなんとか退けたが、着水すると同時に第二波がやってくる。おまけに今度は生身の敵艦も添えて。
しかし第二波までの間は武蔵が長門の正面に立つには十分な時間だった。やってきた敵艦三隻のうち二隻を手早く片付け、一隻は鳳翔に習った合気道で投げて壁代わりに砲弾を受け止めさせる。
まだ続くかと警戒するも第二波は思ったより早く終わりを見せた。
これまで深海棲艦側もかなりの数の砲撃をしてきたからか、撃つ気配が殆ど見られない。それでも自分を狙っていた集団も加わったことで厚めの層が出来上がったが、まだ対処できる範囲だった。
背後に視線を流せば、やはりうまく装甲が扱えてなかったのか、長門の体に幾つか被弾した後が見受けられる。
「武蔵。私のことは良いから早く退避しろっ」
「そんなくだらないことを言う暇があるならさっさと信号弾を上げろ!」
まだ敵艦は砲撃に空爆を止める気配はない。初めほどではないにしろ頭痛はまだ治まっておらず、最初に長門を負傷させた砲弾の理由も不明な以上、速やかな対処が求められている。
長門もそれがわかっているからだろう。それ以上何か言い返すことはなく、うめき声を漏らしながらも信号弾を打ち上げた。
「たまには守らせろよ、先輩」
「……はぁ、悔しいがお守りをして貰うしかなさそうだな、後輩」
赤色の軌跡を描きながら青空へと飛んでいくのを確認し、大きく息を吸う。
海上でありながら潮の香りよりも硝煙の臭いが鼻をつくが、それでも気合を入れ直すには十分だった。
砲撃の空いた僅かな間に、武蔵は声を張り上げた。
「私は大和型戦艦二番艦、武蔵だ! 沈みたい奴から前へ出ろぉ!」
空気が震える瞬間を自ら作り上られたことへの関心よりも、怒りが身を焦がす。
長門は木曽に次いで二番目に手合わせの数が多い。
それだけ多くの拳と共に言葉も交わしている。
同じ戦艦であり一つ前に建造されているということも相まってか、特別な親近感というものを感じていた。
故に、そんな長門が負傷させられたという事実は、武蔵の心を一気に燃やした。
猛る思いとは別に思考は冷静で、飛翔体をしっかり視認、判別ができるほど。
その中の一つを掴み取り、向かって投げ返す。
そんなことができるとは思いもしなかったのか、本来ならば防げるであろう投擲を前に反応できず、重巡ネ級の胸部を安々と貫いた。
それを見た深海棲艦達の間で動揺が走ったのがわかる。
あからさまに砲撃の数が減り、代わりに生身で迫りくるようになった。
武蔵としては狙ってやったことではないが、それでも好都合であり、握る手に力がこもる。
――こんな時に野太刀があればな。
ふと思い出す。
手にしっくり来る感触と重量。
肉体の更に先まで届くリーチ。
誰かを守りながらだと尚の事その長さが重要なのだと思い知らされる。
長門を狙った最初の一発は野太刀さえあれば防げただろうにと、抉られた長門の左肩が頭にこびりつく。
無い物ねだりをしつつも、跳んでくる敵艦を一つ一つ丁寧に潰していく。
拳で突き、時には潰し、そして蹴る。時折思い出したかのように飛んでくる砲弾に向かって敵艦を投げ飛ばし、とどめを刺す。
少し前よりも更に洗練されだした動き。
頭痛さえなければもっといい動きができるのではと思えるほどに、戦いの中で自分が成長していっているのを体がわからせてくれる。
これならば持久戦になったところで数時間は耐えられる。そう思っていた矢先に朗報が飛び込んできた。