継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第六章四幕 軽巡棲鬼・亜種

「武蔵、あなたは大丈夫?」

 

 背後から長門とは別の声が聞こえてくる。

 

 相手が明石であることは振り返らずともわかるため、正面を向いたまま返答した。

 

「ああ。まだそこまでの外傷はない。それよりも長門さんを頼む」

 

「ええ、任せておいて」

 

「長門の左太もも、完全に貫通しちゃってますね。艤装もボロボロだし、体のあちこちがえぐれています」

 

 後ろを見ていなかっただけに、もう一人いるとは思わず、意識が後方へ釣られ一瞬だけ振り向いた。そこにいたのは明石と同じく後方にいるはずの龍鳳だったが、問うよりも先に、正面に向き直った直後、目の前まで飛翔していた砲弾を慌てて裏拳で弾き飛ばし、続いて海面を割るように進んできた駆逐艦ナ級を下突きで脳天をぶち抜く。

 

 更にと左右から襲ってきた重巡二隻のうち、左を肘打ちで胸部を穿ち、右からの拳を右手でいなしながら空いた左手の掌底を顎先へと打ちにいき、顎から先を消し飛ばす。

 

 チャンスとみたか正面から南方棲姫が飛び込んでくる。

 

 手先を使ったそらしをするにはまだ殴った直後の武蔵では引き戻すには時間が足りない。そのため一瞬で覚悟を決め、短く息を吸い込んだ。

 

 南方棲姫は武蔵の横っ面目掛けて腕を振るいに来る。それに合わせ、武蔵は殴られかけた左頬を後方に向かって素早く背ける。足の裏で装甲を展開し、その場で一回転できるほどの勢いをつけて回り、相手が通り過ぎるより前に右の肘を後頭部へと突き刺した。

 

──い、今のは流石に肝を冷やしたぞ……。

 

 想定外とはいえ注意が散漫になった結果であるため、誰にも文句は言えない。

 

 少なくとも今ので負傷したものはいないため結果オーライとばかりに周囲に視線を投げながら状況整理に入る。幸い、こちらの戦力が増えたからか、敵艦隊の動きが慎重になっていた。

 

「龍鳳さんがここまで来てよかったのか?」

 

 龍鳳は軽空母なこともあり、後方で伝令や局地的な支援に向かうのが主なはずだが。

 

「これも支援の一環ですよ。明石さんの護衛です」

 

「後も一個伝令があってね」

 

「それは私が言いますから明石さんはそのまま長門を治して上げてください」

 

 はいはいと小さく肩をすくめてから明石は治療を初めた。

 

 それをしっかり確認し満足したのか、龍鳳はわざとらしく一つ咳を落とす。

 

「もう一つ私がここまで来た理由があります。その前に、私達が来るの早くありませんでした?」

 

「言われてみればそうだな。我々はかなり奥まで切り込んでいたつもりだが、気付かないうちに後退していたのか?」

 

「残念ながら不正解です。正解はあちらを見てください。望遠機能を使えば丁度見えるはずですよ」

 

 指を刺された先へ視線を動かす。軽く見回したところで深海棲艦しか見えずからかっているのかと視線を戻しかけたとき、何かが視界内で動いた。

 

「あれは……陸奥達か」

 

「はい。後方支援の方々です。凄いですよあの人達。この戦場の中だけでぐんぐん成長していっていまして、今ではあの通りです。まだ詰めの甘いところは多いですが、複数で動いていますのでそれもちゃんとカバーできています」

 

「あいつらあんなに戦えるようになったんっくぅ!」

 

 突如始まる激しい頭痛。

 

 この状況を作るきっかけを作った痛みが再び武蔵を襲う。

 

「っん、む、武蔵これはなんですか!」

 

「わからん。これの影響もあってか長門さんがやられた」

 

 どうやらゆっくりできる時間はこれまでのようで、周囲にいた深海棲艦が動き始めた。

 

「二人は後方に戻って長門さんを治してくれ。この辺りは私一人で受け持たせてもらおう」

 

「行けそう?」

 

「明石さんよ。その無駄口を叩く暇があるなら」

 

「そうね、わかったわ。遅くても二十分もあれば復帰させられるからそれまで勝手に負傷しないように。後潜水艦の生き残りがまだいるようだから気をつけて」

 

 返事代わりのその場から離れ深海棲艦の注意を引きつけた。

 

 二度の頭痛でわかったことがあるのは恐らく連発できないこと。それから、頭痛を起こす謎の現象には波長があるようで、

 

「誰だか知らないが場所はもう割れているぞ!」

 

 隠れていても波長でいる方向はほぼほぼ掴めた。

 

 おまけとばかりに深海棲艦が守るように密集したが、それらを突進して突き破り、その奥にいたものを掴み上げた。

 

「お前か犯人は」

 

 丁度首を掴んでいたようで、全身がハッキリと見える。

 

 頭部は軽巡ツ級のものに近いが、全体的なシルエットは軽巡棲鬼のものだった。パッと見ただけでは軽巡棲鬼と見間違えてもおかしくはないが、紛れもなくイレギュラー。

 

「なるほど特姫か。どおりでこんなことができるわけだ」

 

 どういった原理でできているのか不明だが、融合棲姫に比べたらまだわかりやすくて助かる。自分が首を押さえられている時点で強さの程度がしれたのは大きい。

 

「悪いがお前に構ってる暇はないんでな」

 

 掴んでいた首に装甲を集中させて潰そうとした瞬間、両足が海に食われるように吸い込まれていった。

 

「な────っん」

 

 思考の外からやってきたことだけに咄嗟の判断が遅れ、海中へと引きずり込まれ、更には海水を幾らか飲み込んでしまった。

 

 艦娘ならばどれだけ飲んだところで害はないが、問題が別にある。

 

──っそ、息が。

 

 周囲に装甲を張るよりも早く全身が海の中へと入ってしまったため、本来呼吸用の膜を全身に作れなかった。

 

 艦娘は毒物などを吸収したところで勝手に浄化されるようになっているが、呼吸だけは人と同じく必要としている。故にこれは最悪な状況だった。

 

 足元を見ればまだ生き残りがいたのか、二隻の潜水艦が自分の足を片方ずつ握りしめていた。

 

 蹴るように足を動かすも振りほどけず、焦る気持ちの中、足に集中して装甲を展開。弾き飛ばす。

 

 急いで明かりの見える海面向かって進もうと上を向いた瞬間、何かが背後にいる気配を感じ取る。が、不慣れな海中。しかも呼吸ができない影響で反応が遅れてしまった。

 

 しかし相手はお構いなしとばかりにするりと、周囲にある海水よりも絡みつくように首と胴に触れたと思った瞬間、一気に締め上げてきた。

 

「────がっ」

 

 肺の中にあった数少ない酸素が吐き出され、目の前を通過していく。

 

 眼球だけをなんとか後ろへ動かすと、そこには少し前まで首を締め上げていた特姫だった。

 

 優位に立てたからか、それともやり返せているからか、口元が笑みを浮かべているのは、些か癪に障ったがそれも少しの間。

 

 先ほどまであった頭痛とは別の痛みが脳をかき乱し、鈍化する。気にしているほどの余裕がないのだと、脳が無意識のうちに除外する。

 

 浮上しなければという思いと、ここで倒したいという願い。

 

 残された時間は僅かであるため、迷う時間はほぼゼロに等しかった。そんな折である。何かが聞こえた気がした。

 

【……がほ……か】

 

 いや、確かに聞こえた。部分的ではあるが聞こえたところは雑音の混じらない確かな声。しかしそれが何を言おうとしているのか、徐々に明滅し始めた意識の中では継続して聞き取ることも、聞き返すこともできそうにない。

 

 ただ一つ救いがあった。

 

 それは一瞬だけ現れた思考の正常化。

 

 酸欠の影響でヘドロが溜まっていくように鈍くなっていっていた思考が、コンマ一秒にも満たない間だけだが綺麗になった。

 

 何でなのかなど考えるより前に、全周囲に向けて全力で装甲を展開。装甲で引きちぎるように掴んでいた深海棲艦を離し、急速浮上をした。

 

「っっっごぶ。ごふっ、ごほ」

 

 勢いが強すぎたのか、空中に飛び上がりながら体内に入り込んだ余計な海水を吐き出し、揺らぐ視界を抱えたまま受け身を取りつつ着水。即座に短距離の縮地をランダムに行いながら思考が落ち着くのを待つ。

 

 意識しなくても縮地が行えるほど木曽には世話になったのだと今更ながら気付くが、今は感謝する余裕さえなかった。

 

 十度ほど深く呼吸を繰り返すと、体の機能の大半は元の状態に戻り、それを見計らって再度海中へ、今度はしっかり膜を作って潜り込んだ。

 

「どこに行った」

 

 潜水艦は勿論のこと特姫もだ。先程海上を動き回っていた時には見当たらないため、まだ海中にいるはずだが、どこにも見当たらなかった。

 

 取り逃がしたかとも思ったが、潜水艦の方がflagshipだったのを覚えているため、嫌でも目立つはずなのだが、それも見当たらない辺り、先程の装甲で倒してしまったのだろう。

 

「確かに腕とかは引きちぎった感触はあったか」

 

 無意識に近い行動だっただけに確証はないが、それでも深手を追わせた自信はあったために即座に切り上げ、海上へと戻った。

 

 浮上し即座に周囲を警戒すると、何千といたはずの深海棲艦が消え失せ、静寂が場を支配していた。何事かと望遠機能を使いつつ水平線まで見ていくと、後方の部隊に向かって大群が移動しているのが見える。

 

 ぎょっとしつつも一度縮地を使って向かおうとし、足が止まる。

 

「後方も気になるが、木曽さんはどうなってる」

 

 物は試しにと通信を試みるが、やはりどこにも繋がる気配はない。

 

「恐らくもう融合棲姫と戦っている、よな……」

 

 遠目で見ただけだが、後方は着実に力をつけて成長しているのがわかる。そして何より鳳翔や龍鳳がいるのだから問題ないはずだと願いつつ、最奥。長門を負傷させた砲弾が来た方角へ足を向けた。

 

 


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