小さく笑みを浮かべ、片手で納刀し、ポケットに入れておいたシガリロのケースを取り出す。装甲を使って蓋を開けて一本だけ空中に跳ね上げ、咥えた。続いてシルバーのオイルライターを使い火をつけ、胸が浮くほどにゆっくりと吸い込む。肺に入れる必要はないが、今だけはと呼吸器官にまで送り込み、シガリロを咥えたまま緩やかに吐き出す。
「マタソレカ。ナニガタノシインダ?」
「楽しいんじゃなくて美味いもんだ、これは」
「アタシニハソウハミエナイガ」
「なんだやったことないのか。まぁそりゃそうか。なんだったら一本やろうか?」
吸いかけのものを目元まで上げてどうだと誘うが、首を横に振られてしまった。
「チガウヤツガイイ」
「生憎とこれしか持ち合わせがないな」
肩をすくめながら煙を吐き出す。
違うやつと言われひょっとしたら伊勢の吸っていたPEACEのことを言っているのではと勘ぐるが、どうやらのんびりするのは終わりのようだ。
「モウオチツイタダロウ。ソロソロサイカイシヨウカ」
「まぁ気付くわな」
最後に大きく吹かし、まだ殆ど吹かしていないシガリロを携帯灰皿に押し込む。
現在木曽の左肩はえぐれてはいるものの、出血は無くなっている。これは艦娘の特性の一つに出血を抑える機能がありそれを活用しているだけのことだ。但し傷が深ければ深いほど神経が必要となるため、今の会話のおかげで出血を抑えることに成功していた。
痛みも麻痺させているため特に問題はない。
ただ左腕が使えないのに左腰の鞘へ刀を収めたため、取り出すのは難しかった。そのため納刀している状態で装甲を使い刀を射出し、先まで出たところで峰部分に触れつつ装甲で軌道修正しながら空に跳ね上げ、回転しながら落ちてきたところを右手で掴み、構える。
「待たせて悪かったな」
「モンダイナイ。タノシミハトッテオクモンダ」
「そいつはありがとう、よっ」
艤装から飛び降りている融合棲姫に向かって縮地を使い、一気に接近する。
横薙ぎに振るった刀に向かって融合棲姫は野太刀をぶつけてきた。
この戦場で初めての鍔迫り合いが起きた瞬間だった。
「なんだもう素手は止めたのか?」
「コイツヲツカウノモ、オモシロソウダカラ、ナ!」
膂力も装甲も相手が上のため安々と弾かれてしまう。
左腕がぶらりと垂れ下がっているため、重心バランスも崩されやすいのを考慮しつつ、着水。向かってくる融合棲姫の斬撃を避けてから斬りに行こうとして再度縮地による高速移動を行う。
次の瞬間に鼓膜を揺らす轟音が再び響いた。
どうやら砲撃も完全解禁らしい。
反動に期待して海面すれすれを跳躍し、足首を切断しに行くが、艤装によって阻まれてしまった。
しかし装甲の展開には遅れたのか、確かに艤装の一部に切り傷はつけられたのは大きい収穫だ。以前武蔵が融合棲姫の艤装に傷つけはしたが、あれはあくまでも不意打ち。一対一でもそれが可能であることがわかっただけで、前向き思考になるには十分というもの。
──出し惜しみは無し、だな。
覚悟を決め、刀を握る手に力を込める。
突進するように跳んできた融合棲姫はそのまま突きを放ってくるが、刀で受け流すものの、跳んでいる状態のまますれ違いざまに膝を立ててきた。日頃の癖で左腕で流そうとし、動かせないことを思い出すよりも先に融合棲姫の膝が胸元に突き刺さるのが先だった。
寸でのところで装甲が間に合ったものの、完全には消しきれず、装甲も半端だったようで、衣服と船体が一部破損したのがわかる。
しかし後悔するよりも先に目の前のことに全神経を集中させた。
膝蹴りをある程度緩和できた影響で同じ方向に飛ばされたしまった結果、融合棲姫の攻撃はまだ終わっていない。
柄頭を落としてくるのに対し、右足で蹴り上げてみせた。
更に刀を海面に触れさせブレーキをかけつつ、刀を支点に体を倒し目の前を通過させようとする直前に、融合棲姫は艤装を切り離し、落下させてきた。
見た目から察するに数百。下手したら一トン近くありそうな物体をそのまま下敷きになるわけにもいかず、左足で艤装の斜め下を蹴りつけ、艤装ではなく自分の体を無理矢理に軌道修正かける。
反動で海面に背中から叩きつけられる前に、水切りするように装甲で一度跳ね、二度目が起きる前に刀を海に突き刺し、そこを支点に足から着水する。
融合棲姫は再度跳ねると思っていたのか先回りしていたが、生憎とそこにはいない。
背を向けていた融合棲姫に向き直ると、既に跳躍した後だったようで、丁度野太刀振り下ろすところだった。
明らかにただ振り下ろすだけの斬撃は、構えの時点で軌道がわかるため、体を斜めにするだけで容易に避けられた。
お返しにと横薙ぎを振るうが受け止められる。が、それも予定通り。
右足で顎を蹴り上げにいき、そちらは顎先をかすめるだけで避けられたものの、更に放った左足の蹴りが見事腹部に突き刺さった。
「ブフゥッ」
空気を吐き出すようなうめき声を上げつつ吹き飛んでいる融合棲姫を追いかける。
しかし体勢を整えるのは思いの外早く、表情に痛みや苛立ちはなく、寧ろ今日一番の笑みを浮かべていた。
そんな融合棲姫相手に木曽は怯むことなく日本刀を振るう。
「タノシイ。タノシイヨキソ!」
互いに切り結びながら短距離の縮地を繰り返す。
何度も行う毎に止めていた肩の痛みはぶり返し、出血し始めていた。そして何より融合棲姫との速度差が如実に現れだした。
左肩をやられている影響で特に左反転にラグが発生し、徐々に押し込まれていく。
そして遂に、
「バァ」
弾かれた反動で崩れた姿勢を整えるよりも先に、融合棲姫は目の前までやってきていた。
歯噛みしながらも振るわれる野太刀をなんとか刀で防げたが、踏ん張りが一切効かない状態での衝撃は殺すことができず、着水ができたときには再び融合棲姫が目の前まで迫っていた。
不味いと理性が叫ぶ。
本能が好機だと背中を押す。
刹那で覚悟は決まった。
振るわれた横薙ぎをしゃがんで躱し、起き上がりながら刀の峰を自身の船体部分にぶつけ、一気に振り抜いた。
確かな感触。
空気さえも切り裂いたのか一瞬だけ静寂が訪れた。が、その空気を味わうことなく反転。
「キィイソォオオオオオオ!」
叫ぶ融合棲姫に向かって跳ぶ。
焦ったのかやや上に跳びすぎたが、上段から振り下ろしにいく。
しかし融合棲姫もそのままやられるつもりはないのか、野太刀を下からすくい上げていた。
瞬時に切り替え、木曽は柄頭を使って斬撃をそらし、そのまま柄頭を融合棲姫の額を撃ち抜くように振り下ろした。
斬撃よりも手に残る感触をしびれとして感じ取りながらも、振り向きざまに首を切り落としにいき、手が止まった。
「な、んで、だ」
絶好の機会だった。
恐らくあのまま振り抜けていれば首を切り落とし、この長かった戦争に終止符を討てるはずだった。
「なんでだ……」
それでも木曽の切っ先はそれ以上動かせなかった。振り切ることができなかった。
今瞳に映るモノは、融合棲姫の能力なのかと疑いながらも動けない木曽に、ソレは話しかけてきた。
「────よぉ、久しぶりだな、木曽」
「なんであんたがそこにいるんだ、伊勢さん!」