継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第六章七幕 記録の中の住人

 あれだけ激しかった戦場は今自分の手の届く範囲内に存在しない。

 

 遠くを見れば後方に戦線が移動しているのだから、向かえば再び砲火と拳を交える中に戻れるのだが、今はそれよりも気になることがあり、武蔵は海面を蹴り続ける。

 

 途中視界の端に映る影に気付き、敵かと一瞬身構えたが、そこにいたのは鳳翔だった。

 

「鳳翔さん。なにがあったんだ」

 

「私にも何がなんだか。ただ敵の動きがおかしくて気になって私自ら様子を見に来ました。それに……」

 

「それに?」

 

 歯切れの悪い物言いにどうしたのかと顔を横目で見ると、どうやら本人もどう言葉として発したら良いのか悩んでいる様子だった。

 

「いえ、なんと言ったら良いのでしょう。奇妙、なのですが、何やら懐かしい? そんな気持ちが今胸の中にあります」

 

「懐かしい? 昔こんな戦場を経験したとかそんな感じのか?」

 

「そこまでは。ただ懐かしいのは間違いない気がします」

 

 間違いないのか気がするなのか、やはり鳳翔にしては言葉遣いがおかしい。

 

 曖昧なことを口にしながらも、鳳翔としてはそれが正しかったのか、それ以上訂正することはなかった。

 

 遠くで鳴り響く轟音。遅れて鉄と鉄がぶつかり合うような音が耳に届く。

 

「なんつーか出鱈目だなあの二人」

 

「ええ。あそこに私がいても確実に足手まといになるでしょう」

 

 望遠機能を使えば簡単に見えるところまで接近したが、異次元のような高速戦闘に目眩がおきそうになる。

 

 以前自分があれに等しい戦いをしたというのだから、思わず笑いそうになった。

 

「あ、決着がつき────え?」

 

 何があった。

 

 そう問うより前に鳳翔は加速し、置いていかれる。

 

 慌てて加速しつつ意識を前方に集中すると、木曽がトドメを刺そうとしている状態で硬直しているのが見える。が、そこから動く気配はなかった。

 

 代わりに感情が漏れ出るように声を荒げた。

 

「なんであんたがそこにいるんだ、伊勢さん!」

 

──伊勢? 今伊勢と言ったか? 

 

 だがそれで叫ぶ理由がわからなかった。

 

 確かに臼杵鎮守府には伊勢は所属している。

 

 北上の後ろに不知火がいるように、鳳翔の後ろに龍鳳と大和がいるように、伊勢もまた木曽の後ろを、自分が建造される前はよくついて回っていたそうだ。そのためこの場で伊勢の名を口にしてもおかしくはない。が、

 

──いやちょっと待て。今伊勢さんと言ったか。木曽さんが伊勢に敬称を付ける理由なんてないはずだ。じゃあ一体……。

 

 そこまで考えて思い出す。過去に別の伊勢が所属していたことを。

 

 まさかと否定しながらも冷や汗が流れ出る。

 

 脳と体が乖離したかのように逆の反応を示しつつ、先に行った鳳翔の隣に着水した。

 

 どうやら他の臼杵鎮守府の艦娘も気になって来たのか、明石と長門を除いた全員が揃っていた。

 

「へぇこれが、お前が率いている艦隊か?」

 

「そんなことより答えてくれ伊勢さん。なんであんたはまだ生きてるんだ。どうして融合棲姫の中にいたんだ」

 

「あたしとしてはそんなことじゃないんだけど」

 

「悪いけれど伊勢。それは私も気になるわ」

 

「明石さん」

 

 そこにはまだ後方で治療を受けているはずの長門を連れて明石がやってきていた。

 

「長門の容態は」

 

「大丈夫とは言えないけれど、取り敢えずこれ以上酷くならない状態にはしたから安心して」

 

 その言葉に気がかりの一つが消え安堵する。

 

 明石は口を開きながらも木曽のそばに寄り、肩に触れる。そこで木曽が負傷していることに気付くが、現在明石がいるからと取り敢えずは思考から外した。

 

「その前に一つ聞くことがあったんだった。あなた、私達が知る伊勢で間違いない?」

 

「あぁ、臼杵鎮守府所属。航空戦艦伊勢だ」

 

「所属していた艦娘と提督の名前は」

 

「あーっと、順番がいいか。電さん、明石さん、間宮さん、あたし、綾波、神通、木曽、鳳翔だな。それ以上は知らん。んで提督は剣造。池上剣造だ。どう、間違いないだろ?」

 

「どう思う?」

 

「私は融合棲姫の可能性も捨てきれないかと」

 

「まぁ鳳翔らしい答えね」

 

 完全に武蔵達は蚊帳の外状態だったが、鳳翔の言い分も否定できないのも事実。

 

 現在伊勢らしき存在は顔の部分だけが、何かのガワが剥がれ落ちて露出しているような状態だった。つまりそれ以外のところは全て融合棲姫の体そのままなのだ。

 

 それがかつての仲間と言われても正直ピンとこない。

 

 だが木曽は違ったようだ。

 

「オレはこの人が伊勢さん本人だと思う」

 

 首元にやっていた刀を納め、張り詰めていた空気を緩めた。

 

「その根拠は?」

 

「ない。完全に感だ」

 

「おいおい木曽、簡単に信じるなよ。正直あたしが融合棲姫であることに変わりはないぞ。今だってお前達を襲うの必死に抑えてるんだからな」

 

「えっと、つまり主導権は融合棲姫が? それ以前に本当に伊勢さん自身、自分であると自覚があるのですか?」

 

「ん? ああ、あるぞ」

 

「ちょっと待って。じゃあ伊勢。あなた今までの記憶はあるの? そんな風になった時から今までの記憶」

 

「どうかな。ちょっとまってくれ」

 

 思案しているのか、伊勢は空を見上げていた。

 

 質問した明石も明石で、「ひょっとして……もしかしたら……」などとぶつくさ言っているが、武蔵としては傍観する他ない。

 

 そうこうしているうちに、伊勢も記憶の掘り出しが終わったのか、そうだなと前置きを置いてから言葉を続けた。

 

「ないな。全く無いわけじゃなさそうだが、それもおぼろげだな。あーでも前にも木曽と戦ったような気はする」

 

「戦ったようなじゃなくて実際戦ったぞ。今日だけじゃなくて三、四ヶ月前にも」

 

「へぇ。それでも生きてるなんて強くなったじゃん」

 

「おかげさまでな。こちとら主力がいなくなって大変だったんだぞ」

 

「悪いね。世話かけたようだ」

 

 二人のやり取りは事情しか知らない武蔵でもハッキリと見て取れた。それどころか木曽が不貞腐れたような素振りなど始めてみただけに、小さな嫉妬心が生まれるほどだった。

 

「じゃあ伊勢。あなたはずっと生きていたということでいいのね?」

 

「あー多分。確証はない」

 

「そう。因みにあなた、今自分の体があるかどうかわかる? この際なんとなくでも良いわ」

 

「それくらい……ちょっと時間が欲しい。言われるまで気付かなかった」

 

 明石が何を聞こうとしているのか、置いていかれないように懸命に思考を回す。伊勢への質問と反応も加味し、一つの仮説ができた。

 

 ──ひょっとして伊勢の肉体は全て融合棲姫の中にある? 

 

 その仮説は荒唐無稽に近いものだった。武蔵もバカバカしいと思った。しかし結果はそれが正しいことなのだと軽く飛んできた。

 

「なんとかわかる、な。ただ装甲でふっ飛ばそうとしても無理だ。全部融合棲姫の肉体に現れる」

 

「なるほど。じゃあつまりその融合棲姫の、そうね、被膜とでも呼ぼうかしら。その被膜を全部剥ぎ取ればあなただけになれるんじゃない?」

 

「本当か、明石さん!」

 

「待って待って。あくまでも仮説よ仮説。でも顔の被膜が取り除かれてから伊勢の意識がハッキリしたのは事実のようだし、可能性にかける価値はあると思うわ」

 

「そうか。そうか!」

 

 かつてないほどに喜びを見せる木曽。

 

 本当に嬉しいのだと武蔵にも痛いほど伝わってくる。

 

 そんな折に、鳳翔が冷水をかけてきた。

 

「ちょっと待ってください。電さんはどうされたんですか」

 

「電がどうかしたの?」

 

「……そうか。そういや電さんも融合棲姫に取り込まれてたんだったな」

 

 言われて武蔵も思い出す。確か過去の資料に上半身だけとなった電が融合棲姫に取り込まれたというものがあったことを。

 

 伊勢が取り込まれてこの状態でいるならば電も同じくいなければおかしいはずだった。

 

 それがどういうことか、答えが直ぐに返ってきた。

 

「電さんか。それはあたしにもわからない。もしかしたら完全に取り込まれる前に死んでしまったのかもな」

 

「その証拠は────艦娘に証拠の提示なんて不可能でしたね。すみません……」

 

 自分で言っておきながら証明する手立てがないことを思い出したのか、鳳翔は申し訳無さそうに俯き、衣服を握りしめる。

 

 艦娘は死ねば霧散するようにしていなくなる。千切れた衣服や艤装の破片、髪の毛を遺品として残すことは一部の例外を除いて絶対にできない。

 

「いいっていいって、何を言っても信じられないのはあたしだってわかってる。だけど本当に電さんのことは知らない……ただこれだけは言える。あたしの名に誓って。何より剣造に誓ってあたしは何一つ嘘をついちゃいない」

 

 誰も何も言えなかった。

 

 武蔵たちは勿論、鳳翔も、明石も、木曽でさえ。

 

 ただ傍観者に近い武蔵でも一つわかったことがある。それはこの伊勢がありのままに喋っているということを。

 

「あーっとわかってもらえたってことでいいのかね」

 

「え、ええそうね。その前にあなたの皮膜も全部剥いでしまいましょうか」

 

「すまんがそれは無理だ」

 

「どういう────」

 

 ことだと木曽がつなげるよりも先に、伊勢は腕を振るい木曽に襲いかかった。

 

「悪いね木曽。もう抑えるのは限界っぽいわ」

 

「の、ようだな。どうせオレと明石さん以外があと少しでも前に出てたら抑えることもできなかったろ」

 

「流石だね。あたしが目をつけただけはある」

 

「そいつはどう、も!」

 

 木曽は防いでいた伊勢の拳を弾き飛ばし、間合いを取る。

 

 距離を取ったからか、伊勢は即座に襲ってくる様子はなく、時間はできたようだ。しかしそれも制限時間が僅かであることを伊勢の表情が教えてくれていた。

 

「鳳翔! 今すぐ他の奴らを連れて残党を全部沈めてこい」

 

「でも、皆で戦ったほうが」

 

「馬鹿野郎! 相手は伊勢さんだぞ。お前、勝つ自信はあるか」

 

「それ、は……」

 

 鳳翔ほどの実力を持ってしても言い淀む。

 

 正直思い出補正なのではと言いたかったが、融合棲姫の時の実力を知っているだけに、否定できる要素など何もない。

 

 運良く下方修正されていれば御の字と言ったところだろう。

 

「明石さん。傷は」

 

「超特急で治しといた。激しく動いても支障はないはず」

 

「ありがとうよ。明石さんはそのまま長門と北上を治してやってくれ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ。木曽。あなたも気を付けて。なんだったらそこの寝坊助を引き連れてきてね」

 

「勿論だ……武蔵! お前だけは残れ」

 

 今まさに反転し、後方に任せっきりだった場所へ向かおうとしたのだが、木曽から呼び止められる。

 

「なんで私だけが?」

 

「忘れたのか? 艤装同調だ。この人相手に加減しながら一人で戦うとか無謀すぎるからな。悪いが手伝ってもらうぞ」

 

「なら私も!」

 

「くどいぞ鳳翔。お前には無理だ。特に今のお前にはな」

 

「わかり、ました」

 

 苦悶に表情を歪め、顔をそむけるように背を向けた。そこへ木曽は更に声をかける。

 

「お前には苦労ばかりかけちまってるな。ただ今回は本当に油断できない。一発の砲弾が他所から飛んできただけでやられる可能性もある」

 

「はい、了解しました。ご武運を」

 

 悲痛な表情を残し、跳んでいく鳳翔。そんな彼女を慕う龍鳳と大和もオロオロしつつ、慌てて後を追いかけていった。

 

「武蔵、木曽さんのこと頼んだよ」

 

 こちらも珍しくボロボロだった北上が肩に手を置き、横目で見てくる。

 

「できるだけのことはやってみせる」

 

「ま、それだけ言えるならまだマシか。ぬいっち、伊勢。私達も行くよ」

 

 肩の温もりが離れると同時に、静かに離れていった。最後に見た北上の表情はどこか寂しそうで一瞬呼び止めかけたが、するべきではないと理性が働き、視線を融合棲姫。否、伊勢へと向け神経を集中させる。

 

 木曽の存在を意識しながら装甲を引き出していく。

 

 曖昧で、雲を掴むような感覚に遅れ、一つの気配を感じ取る。それを引きつけ、指先から徐々に交わっていった。

 

「木曽さん、いつでも行けるぞ」

 

「そのようだな。いくぞ伊勢さん」

 

「なるほど。そいつがお前のお気に入りか」

 

「そんなところだ。うちじゃ一番若いけど、油断すると痛い目見るぜ」

 

 伊勢に目を合わせながら投げてきたのは日本刀。木曽が使っている明丸《鋼》だった。

 

「いいのか? 大事なものなんだろ」

 

 艤装同調しているため、わざわざ口にしなくても通じているが、それでも聞かずにはいれなかった。

 

「いいんだよ。なぁ伊勢さん」

 

「ああ。それはあたしのだけど、取りに戻るのが遅くなったからもう木曽のもんだ。持ち主の好きにすればいい」

 

「だ、そうだ」

 

 気にするなという意思が武蔵に流れ込んでくる。

 

 ならばと遠慮なく鯉口を切り、刃を日の下へさらけ出す。

 

「いいか武蔵。皮膜をそいつで切り落とせ。まぁ多少下の肉体まで斬っても構わん。その痛みで目が覚めるかもしれないしな」

 

 言っていることは些か物騒ではあるが、本人はまるで悪戯っ子のようにニヤリと笑いながら告げてくる。

 

 伊勢も伊勢でそれをわかっているのか、焦ることもなく平静に返してくる。

 

「おいおいあんまり傷つけてくれるなよ。痛みで暴れるかもしれないぞ」

 

「そうしたくなければ自分の体の回りを装甲で防ぐように意識しとくんだな」

 

 言い終わるが否や、木曽は一気に距離を縮めて切り込んだ。

 

 予め艤装同調でわかっていた武蔵も背後へ回し込み、自分が発生させた水柱が落ちるよりも先に刀を振り切った。

 

 

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