継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第六章八幕 届かぬ過去

 腕を振るった。

 

 手に握られた薙刀。明丸《夜桜》が目の前にいる深海棲艦を纏めて両断する。

 

 向かってきた軽巡ツ級の胸を穿ち、突き刺した状態で薙刀を振るい戦艦タ級に投げ飛ばす。手元が狂い足元へ落としてしまったが、タ級に隙が生まれているところへ飛び蹴りを行い頭部を消し飛ばす。

 

 縮地による飛び蹴りのため勢いは止まらず、着水するまでの間、乱雑に薙刀を振り回す。

 

 その行為でどれだけの戦果が上げられ、そしてどれだけの迷惑をかけているかも、鳳翔はまるで気付いていない。

 

「次!」

 

 ただがむしゃらに戦う。泣くことでしか表現の仕方を知らない赤子のように。

 

 そして事実鳳翔は涙を浮かべていた。

 

 当の本人も気付くことなく。

 

 薙刀を振り回しながら、それでも頭の中にあるものは戦場のことではなく、全て伊勢にまつわるものだった。

 

 確かに間宮や綾波達といる時間のほうが長かったが、それでも彼女と過ごした時間がないわけではない。そしてその実力も身にしみてわかっている。

 

 それでも一緒に戦いたかった。取り戻したかった。何より、助けたかった。

 

 自分が成長すればするだけ伊勢の功績に気付かされる。

 

 たった一人で日本全てを守っていたのだから、容易なはずなどない。

 

 そんな人をせっかく救える機会の側にいながら、手が出せない。出させてもらえない自分の弱さに嫌悪する。

 

 当然これまで努力はしてきた。

 

 何度も何度も死地をくぐり抜け、今日まで生きてきたのがその証だ。

 

 でも、それでも、届かない域があるのだと木曽に突きつけられた。

 

「ああぁぁぁぁぁ!」

 

 鬱憤を晴らすように叫びながら、目の映る存在を切り刻む。

 

 どうしてと。

 

 どうして自分はもっと。それこそ木曽のように生と死の境界を目指さなかったのかと、今になって悔やむ。

 

 故に鈍っていた。

 

 故に見落とした。

 

 目の前にいる存在が艦娘であることを。

 

「避けて!」

 

 誰が叫んだかわからない。

 

 鳳翔も気付いたときには既に薙刀の軌道を変えられないところまでいっていた。

 

 思わず目をつむる。現実からそむけ、未来を閉ざすように。

 

 しかし、最悪の事態は訪れなかった。

 

「赤城。怪我はありませんか?」

 

「は、はい。おかげさまで……」

 

 声が聞こえ、恐る恐る目を開くとそこには大和が和傘型の槍、明丸《桜桃》にて受け止めていた。

 

 周囲を見れば、いつの間にか集団を抜けていたのか、数百メートルも戦場から離れていた。

 

「大和。鳳翔さんを頼みました。私は念の為赤城を安全なところまで一旦連れていきます」

 

「頼みました」

 

 龍鳳の指示に従い、赤城がこちらを見ながら離れていく。

 

 その怯えた目を見てやっと自分が何をしでかしたのかを思い出し、目が泳ぎ、体が震えだす。数ヶ月も前、赤城に偉そうなことを言っておきながらのこの体たらく。愚かしいにもほどがある。

 

 動揺から手に持っていた明丸も落としてしまったが、大和が海面に落ちる寸前に掴み取ってくれた。しかしそこに安堵はなく、寧ろ後悔が募るばかりだった。

 

「鳳翔さん」

 

 大和は片手だけで薙刀を畳み、《桜桃》を消したことで空いた手を、思いっきり振り抜いた。

 

 砲撃音がまだ聞こえるこの戦場に不釣り合いな乾いた音。

 

 後からやってきた頬のじんわりとした痛みを感じ取り、やっと自分が平手打ちをされたのだと気付く。

 

 次の瞬間には抱きしめられており思考が追いつかず、驚愕も困惑もできなかった。

 

 ただ一つわかったことがある。それは、

 

「どうして一人で抱え込むんですか!」

 

 この子に迷惑をかけたということだ。

 

「私じゃ頼りないですか! 不安だとか悩みだとか、言う価値ありませんか!」

 

 身長差から彼女の胸に包まれる形となっているため、表情は見えないが、声に湿りっ気を帯びているから泣いている。いや、泣かせてしまったのだとやっと気付く。

 

 胸の奥から聞こえてくる鼓動の音が、自暴自棄になりかけていた自分の心を穏やかにしてくれる。

 

 私は今ここで生きているのだと教えてくれているようで、心の荒波が、凪へと徐々に変わっていくのを感じ取れた。

 

「ごめんなさい」

 

 だからこそすんなりと謝罪の言葉が出た。

 

「これは貴女のせいじゃないの。私が勝手に思い込んで、自分で自分を追い込んでしまっただけ」

 

「でもだからって────」

 

「そうね。私は今の今になって焦ってしまったようね。ごめんなさい。でももう大丈夫。貴女のおかげで、私はいつもの私でいられるわ」

 

「本当、ですか?」

 

 抱きしめていた力を弱め、顔を見下ろしてくる。その目元にはやはり涙が溢れており、申し訳無さに心が痛む。

 

「私のために心配してくれてありがとう」

 

 温もりから離れる寂しさに後ろ髪を引かれながらも、半歩だけ下がり、袖の下に入れておいたハンカチを取り出して顔を拭いてあげた。

 

「当然です。私にとって鳳翔さんは提督の次に大切な人なんですから」

 

 今し方癇癪を起こした幼子のようなことをやっておいてなんではあるが、やや唇を尖らせながら言うその姿は少し子供っぽくて、それが愛らしかった。

 

 涙を拭い終えた辺りで、大和がポツリと呟いた。

 

「あの人。先代伊勢はそんなに強いの?」

 

 大和の悩みか自分がそれに起因して自棄になったからか、どちらかはわからないが、ただ一つ揺るがない真実を伝える。

 

「ええ。とてつもなく」

 

 こればかりは変えようのない現実だ。

 

 融合棲姫とは戦ったことがないため比較は殆どできなかったが、中身が伊勢とわかれば容易だった。

 

──木曽さんクラスで同等でしょうね。

 

 冷静になればなるほど木曽の指示がいかに正しかったかを思い知る。

 

 そして重く言ってしまったからか、大和が言葉を失ってしまっていた。

 

「そんなに動揺しなくても大丈夫ですよ。寧ろ貴女なら勝てるかも知れません。私の攻撃受け止めるまでに成長していましたし」

 

「いぃいえいえ。あれはただ体が勝手に動いただけで。それに鳳翔さんの動きがかなり荒かったのもあります」

 

 無論そんなことはわかっていた。

 

 それだけ戦い方が雑だったのは反省すべき点であり汚点でもあるが、大和の心が動いたのがわかっただけ、情けない自分をほじくり返した甲斐はあるというもの。

 

「やってみないとわかりませんよ?」

 

「もう、鳳翔さん。わかっていて言っていますよね」

 

「あら、もうバレちゃいましたか」

 

「当然です。普段からどれだけ一緒にいると思っているんですか」

 

 ぷりぷりと怒っている様が可愛く、身長は大和のほうが高いのに幼く思えるのは先輩の特権なのだろうか。

 

 そんなことを思いつつ手を差し出す。

 

「さぁ大和。木曽さんに言われた通り、全て沈めますよ」

 

「はい。イきましょう」

 

 手に感じる重量。

 

 渡された薙刀の重さは責任の重さ。

 

 振るう覚悟を決め、本来の姿へと戻す。

 

 これは深海棲艦どころか艦娘さえも容易に屠ることができる。それを改めて自覚し、決意の下、戦場へと戻っていった。

 

 

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