三名しかいない海域。
それ以外のものは存在せず、仮に割り込もうものならばミキサーの中に指を突っ込むが如く粉微塵にされる。それほどまでに苛烈な戦場。
そう三名しかない。
四キロほど離れた海域では別の戦いが繰り広げられているが、ここには確かに木曽と伊勢、そして武蔵しか存在しなかった。
だが、縮地を行う際に発生する水柱は、憂に三十を越えて発生していた。
武蔵が一息に距離を詰め斬りかかるが、避けられたため反撃を嫌い即座に離れ、その間に木曽は伊勢の懐へ潜り込み足元へサーベルを振るう。しかし大きく踏み込む姿勢での斬り込みだったため、頭頂部へ手を置かれ回避され、おまけとばかりに装甲で頭部に衝撃が走る。
幸い装甲である程度防いでおり、来るとわかっていただけに回避運動に入っていたことから軽傷にもならない痛みで済んだ。寧ろその勢いを利用してサーベルを放り投げつつその場で一回転。踵落としでサーベルの柄頭を蹴りながら腕に突き刺しにいった。
さしもの伊勢も嫌ってか、受け流さずに縮地によるサイドステップを取る。が、それを狙って武蔵が再度斬り込みに行く。しかし伊勢の反応が早く、腕に動きに合わせて片手で腕をつかみ取り、空いた手で後頭部辺りを押して投げ飛ばす。
それは合気道の技の一つ、正面打ち回転投げだった。
本来はその場で叩き落とすような投げ技だが、幸い武蔵の突進力もあってか放り投げるような形で失敗していた。
追撃はさせまいと木曽は肉薄し、サーベルを伊勢に向かって突きを繰り出す。仰け反って回避されることを予期し、背後から即座に復帰した武蔵に皮膜を切り取らせに行く。特に移動されるのが厄介なため、先に足を剥ぎ取ろうと画策していたのだが、これでも上手くいかなかった。突き出したサーベルの刀身を捕まれ、跳躍と同時に側頭部を蹴られそうになる。
慌ててサーベルを離し、蹴りを反らしながら手刀で脹ら脛の皮膜を落としに行くものの、追撃の蹴りに断念し距離をとった。
畳み掛けるように武蔵が切り込むがサーベルでいなされ、木曽に行った蹴りの動作のまま、伊勢は海面を蹴ることで縮地を行い間合いが開く。
「いい動きしてるな新人。今のお前なら昔の木曽より強いじゃないか」
「そいつはどうも」
軽口を叩いているが隙がないのが憎たらしい。
伊勢としての面が顕になってからの動きは段違いだった。
今までは恐らくその殆どを融合棲姫自身の力でやってきたのだろう。それが今や融合棲姫の力と伊勢の戦闘センスが合わさっているせいで出鱈目に強くなっている。
──オレの記憶にある伊勢さんより更に強くなってるしな。
伊勢に掴まれたままのサーベルを一度虚数に送り、再度手元に出現させる。
「おいおい手こずり過ぎじゃないか? こっちは一人なんだぞ」
「馬鹿言うな。こっちだって多少は加減して戦ってるんだから当たり前だ。というか装甲の出力がおかしいだろ」
「あ~まぁそれには同意だ。こいつあたしより総量多いぞ」
「だろうな」
わかっていたことだが、明言されるとそれはそれで来るものがある。とはいえやることはかわらないのだが、距離を取ったことで余裕でもできたのか、伊勢の口が回る。
「なんとなく覚えてるが艤装を斬ったときのやつはやらないのか? あれならいけるだろ」
現在伊勢の背後に艤装は存在しない。
出していないのではなく出せない。
あの時木曽によって両断されたことにより完全に破損させられたようだ。
確かにあの技を使えば多少光明が見えてくるかも知れないが、
「簡単に言ってくれるな。あれは加減が効かないんだ。いくら伊勢さんでも手足を斬り落とす可能性が十分にある。それに二度もあれがあんたに通用するとは思えない」
「まぁ出る瞬間もうわかってるし、多分防げるだろうなぁ」
避けるとは言わない辺り、どういうタイミングでやるかもバレている。
「あれって本来艦娘同士で起こる反発現象を自分だけで起こしてやるんだろ? よくそんな芸当できるようになったな」
しかも種まで知られているようではやる理由などない。
「そこまで気付かれててはいそうですかってやるやつがいるか」
「そんなもんはやり方次第、だろ?」
「簡単に言ってくれる……」
本当に気安く言ってくるのだからたちが悪い。
恐らく伊勢は誰かを沈めるくらいならば、両足切り落としてもらっても構わないと言っているのだろう。
当然腕は自由なためある程度は動けるが、時間さえかければ追い詰められるだろう。だがその前に出血多量で死ぬ可能性の方が高い。つまりそうであったとしても、今は賭けに出るべき時じゃないのかと問いかけられているのだ。
確かに木曽自身その考えはあった。
このままではいたずらに精神をすり減らしていくだけ。精神の疲労は肉体へと影響を及ぼす。現に武蔵はこの十分足らずで、疲れが表情に現れていた。
──どうする木曽さん。
武蔵から今後どう動くべきか聞かれるが、即答ができない。
──私はこのままでも構わないぞ。救えるならば確実な方が良い。もしくは刀を返す。
──そうなったらお前はどうする。素手で剥ぎ取りに行くのか?
──いや、囮役だ。あの感じじゃ直ぐに気付かれるだろうが、それでもほんの僅かな隙が生まれるだろう。そこを木曽さんについてもらう。どうだ?
逡巡する。
武蔵も覚悟の上で言っているのだろうが、それでもかなり厳しい。いや、実現不可能と言い切ったほうが早いかも知れない。それほどの賭け。
超ハイリスクではあるが超ハイリターンでもある。
両足切断するのも同じくらいにはリスクは高いがリターンがあまりにも低い。
そして現状維持はハイリスクではあるがリターンも十分ある。
どうするか。
悩む時間が欲しいがそれも許してくれそうもない。
ならばと木曽は選んだ。
──このまま継続だ。お前が囮になった瞬間野太刀を出されたら対処できないだろ。
──そうだった。悪い忘れてくれ。
サーベルを左右に何度か持ち替え、右利きではあるがやはり感触として左が持ちやすいからと左手に持ち直し、握りしめる。
「なんだまた同じことを繰り返すのか?」
どうやらこちらの意図に気付かれているようで、呆れた顔をされるが確実性がないのだから仕方ない。
「そう思うなら少しはじっとしといてくれ」
「そうやりたいのは山々なんだけど、あたしに主導権殆どないんだわ」
わかりきっているだけにショックもなにもない。
殆ど反射に近いレベルの動きなのだろう。反撃への移りなど反則じみて早い辺り、伊勢の反応速度は人間は疎か艦娘のそれを越えていた。
そこまで考えふと思う。
艦娘を艦娘足らしめるのは、自分がそういう存在なのだと理解できる脳があって初めて成立する。そして艦娘も深海棲艦も同じく首を切り落せば死ぬ。何万とやってきたのだから間違いない。
融合棲姫は違うといえばそれまでだが、まだ伊勢の体は顔の部分しか露出できていないが、もし仮に頭部を露出ないしまだ残っている角を破壊することができれば融合棲姫より体の所有権を奪える。もしくは融合棲姫をここで仕留めることができるのではなかろうか?
──いいなそれ。狙って見る価値はあるんじゃないか?
所詮仮説に過ぎなかったが、武蔵は乗ってきた。
目標が明確になればなるほどやる気はできるもの。
考え直すのは試してからでいいと木曽も一歩足を前に出した。
直後に行った縮地で突きによる突進を行った。
「馬鹿の一つ覚えか」
伊勢が右手一本で流されるが、直後に虚数へ送り右手へと持ち直す。不味いと思ったのか伊勢がその場を離れるものの武蔵が後を追う。
背後に伸びる融合棲姫の白髪をつかみ取り、引き倒すように力任せに引っ張った。
背面から倒れかけていたところへすかさず武蔵が日本刀を切り落とす。頭部を狙った一撃は、ハンドスプリングの要領で体を起こしながら刀身を蹴られたことで外し、手で海面を掴み太ももで武蔵の首を挟んでこちらに向かって投げてきた。
反応にワンテンポ遅れはしたが、艤装同調している強みで即座に対処する。
互いに出力を合わせ、姿勢制御しながらやってきた武蔵の船底を殴り、反発現象によって加速させて放った。
伊勢も立て直しにはまだ時間が足りない、完璧なタイミング。
この一撃で全てが終わらせられるかも知れない。それほどに非の打ち所のない一瞬の判断だった。
だが、伊勢はその上をいった。
武蔵は腕の一本は切り落としても構わないと覚悟を決め振るい、二撃目に決めるつもりだった。しかしその一撃目は伊勢が手にした野太刀で防がれ、二撃目を行うよりも前に腹部を斬られた。
これならばまだ生存する可能性があるからまだいい。艤装同調しているためある程度のダメージも把握できる。どのような状況下なのかも。
それでも十分追い込まれていた木曽達だが、まだ足りないとばかりにふらつきながらも着水したはずの武蔵の足は、何者かに寄って掴まれていた。
生き残りの潜水艦がまだ残っていたのだ。
武蔵の一瞬の葛藤が木曽の中へと流れ込んでくる。
縮地で距離を取れる可能性と潜水艦をここで仕留めるという二者択一。
瞬きをするよりも早く武蔵は決め、潜水艦を仕留めることを選んだ。
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉ!」
伊勢か武蔵か。それとも両方にか。
どちらに言っているのかもわからないままに木曽はただ叫んだ。
武蔵が潜水艦を仕留めると同時に伊勢へ対応しようと動いたが時既に遅し。野太刀が根本まで貫通し、刀身を紅く濡らしていた。
木曽へフィードバックするように腹部へ幻痛が走るが、それ以上に武蔵の言葉が心へ伝わってきた。
────すまない、と。
次の瞬間には野太刀を捻じり、横へ振り抜く伊勢の後ろ姿があった。
今すぐに斬りに行きたい葛藤と、冷静になれという思考がせめぎ合い、歯を食いしばって踏みとどまった。
「悪い木曽。やっちまった」
「あぁわかってる。伊勢さんが悪いわけじゃない。結局は覚悟を決めきれなかったオレが悪いんだ」
最初から伊勢を諦めると決めておけば、こうはならなかったろう。もしくは他の手段を用いればと。
幾つもの可能性に縋りそうになるのを、手を強く握りしめて潰す。
後悔先に立たずとは言うが後何度同じことを繰り返せば良いのだと、自分の不甲斐なさに吐き気がする。
「木曽。覚悟を決めな。もうこれ以上犠牲者を出さないために、あたしを斬れ」
伊勢に。本当は助けたかった自分の師に言われ、虚勢を張ろうとしていた心に、一本の剣ができあがった。
「あぁ、これからはもう遠慮はしない。悪いな伊勢さん。本当は……本当に助けたかった」
「気にするな。どうせあたしは死んでた扱いなんだろ」
「それでもだ」
「だからいいって。でも正直他の誰でもない、あんたに殺されるならあたしは嬉しいよ」
思わず涙が流れそうになるのを奥歯を噛み砕いて自制し、睨みつけながら大きく踏み込んだ。