すまない。
そう心から思う。
先程沈めてしまった大和型はもう助からないだろう。故に謝るしかない。
謝罪したところで何も変わらないのはわかっているし、自分のやったことならば最後まで責任を持つ代わりに、ここまで申し訳なく思うこともなかっただろう。
──剣造にまた背負わせてしまっているのか、あたしは。
常にむすっとしたような顔が脳裏に浮かぶ。
まるで自分は喜びを感じてはいけないとでも言いたげな顔を年がら年中しており、誰かを救うために躍起になる男だ。正直日本全域を一人で回るように言われた時は正気を疑ったが、途中からはなんだかんだで楽しめていたのだから、あたしもあいつの性分を嫌ってなかったのがよくわかる。
もう会えないと思っていた。
最後に融合棲姫と相対した時、既にその覚悟はあった。
あの時負傷した頭部は、縮地の反動に殆ど耐えられず激痛が走り、運良く勝てても戻るにはかなり厳しかっただろう。
そう、あの時の最後は覚えている。
正確には今思い出した。大和型を沈めた時に細部まで。
絶好のタイミングで胸部を撃ち抜ける。そう確信のもとに繰り出した右ストレート。しかし殴ろうとした胸元に突然電の顔が出現した。
あの時あの場にいなかった時点で既に死んでいるとは思っていたが、まさかあのような形で再会するとは思ってもいなかった。融合棲姫の胸部にいた電に「伊勢ちゃん」と呼ばれ、柄にもなく動揺し、結果そのまま喰われてしまった。
なんと無様だろう。
なんと疎かだろう。
それまで偉そうにご高説を垂れ流していた者の最後がそのような形で終わることは、傍から見ていれば腹を抱えて笑うことしかできなかっただろう。
──あぁそういえば少し嘘を吐いてしまったのか。
細部まで思い出したことで過去の出来事が脳内で再生される。電は顔が出現し、また融合棲姫が体内へと戻そうとした時、吸収されずに消えてしまったことを。
そう、臼杵鎮守府に所属していた初期艦電は、間違いなくあの海域で死んでしまった。
──あの世に剣造が来たら謝らないといけないこと、増えてしまったな。でもあいつのことだ。どうせ気にするな。全て俺の責任だとでも言いそうだな。いや、確実に言うな。
そこまで考えて、はたと気付く。何当たり前のように、人間らしく死ねると思っているのだろうかと。艦娘に魂の概念があるかもわかっていないのに。
……所詮これは戯言だ。あるかどうかなんてのは些細なこと。簡単に言うなれば気持ちの問題だ。
しかしそれが伊勢としてはおかしくて、思わず笑ってしまった。
目の前で鬼気迫る表情で切り込んでくる木曽に目もくれず、涙が出そうなほど笑い声が抑えられなかった。
「……何が可笑しい」
鍔迫り合いをしながら苛立ちを隠そうともせず木曽が問いただしてくる。
それもそうだろう。自分の部下を。愛弟子を沈められたのに、沈めた元凶が笑っていれば嫌でもムカつくものだ。自分が木曽の立場ならば確実に、間違いなくぶっ飛ばしているだろう。
「すまん。あたしも存外弱かったんだなと思ってな」
「馬鹿言うな。だったらこんなに苦労するかよ」
「実力の話じゃない。まぁなんていうか、心だよ」
「は? 心?」
それまで木曽の眉間に寄っていた皺が消え、間の抜けた顔をした。
わかる。自分でも柄でもないことを言ったことは十分承知している。だからこそ少し言い淀んだんだ。だが、
「避けろ木曽!」
今は殺し合いの最中。しかも体は伊勢の意思とは別に動く状態。そこに義理人情などは一編たりとも無く、殺意がたまたま人の形をしていた程度のもの。
木曽もそれがわかっているのか一瞬で切り替え、振るわれた左腕から離れるように跳躍して勢いを殺し、接触ダメージを最小限に抑えていた。
「本当に昔のお前じゃ考えられないくらい強くなったもんだ」
「そいつはありがたいが気の抜けるようなことだけは言わないでくれ」
「これが最後なんだからおセンチなことくらい言ってもバチ当たらないんじゃないか?」
「センチメンタルとか伊勢さんに全く似合わないな」
最もなことを言われてぐぅの音も出ない。
事実ショックらしいショックも受けてないのだから自分の中ではとっくに割り切れているのがわかる。
「そういや聞き忘れていた。剣造に……提督に伝えておきたいことってあるか?」
──剣造、か。
昔の木曽ならば剣造のことを提督と呼んでいた。わざわざ言いなおさなければいけない程度には呼び慣れているのだろう。
自分とて呼んでいたのだから別段おかしくはないのだが、どこかそれを不愉快に感じていた。
理由は不明。
自分が特別に思われないからだろうかとも勘ぐったが、どうやら少し違うらしい。
ならばと考えるよりも先に、言い残すべきことを伝えようと口を開きかけたところで体が勝手に動き出す。
「おわっ。空気読まないなこいつ」
「あんたの体だろうが」
「だったらここまで苦労しないんだよなぁ」
ぼやきを入れても特に変わることはない。寧ろ前よりも戦いに貪欲になっているのを肌で感じとる。
木曽は確かに強くなった。下手したらかつての自分よりも。
だがこの体の戦闘力はかつての自分よりも更に強い。万全な状態で挑んでも確率的に負けるほうが高いだろう。
そんな相手にここまで善戦できているだけで木曽の実力は本物であり、努力の賜物だ。そこまで至るのにどれだけのことをやったのかはわからない。自分自身努力などとは無縁だったために尚更。
そんな重要な戦力をここでなくさせるわけにはいかない。
どうにかならないのかと左右に目を振るが、ここは海のど真ん中。打開策になりそうなものなどどこにも転がっていない。
体に力を込めてもやはりと言うべきか自分の意思では動いてくれず、自動で反応していた。体の感覚はあるかも知れない程度のため、露出している顔以外は動いていても無理やり引っ張られるような感覚さえもない。
そのため再度木曽と正面からぶつかるために行った突進でも、顔に風圧が少しあるだけだった。
何度考え直しても最悪だ。
何かをやった感触はなくても今は見れてしまう。これで木曽まで殺してしまったら自分は果たして耐えられるかわからない。剣造に次いで木曽が最も深い付き合いをしてきたのだ。正直どうなるかなんて自分でも想像できなかった。
──誰か助けてやってくれ。
初めて他人に助けを願った。これまで全て自分の力でねじ伏せてきたが、この状況は打破しようもない。だからと強く。声に出さなくとも強く願う。木曽が生還できるようにしてくれと。
無様にも誰かに救いを求めつつ、そんなこと知るかとばかりに体が木曽と切り結びかけた。
あと一秒にも満たない時間あれば再び激しい戦闘が繰り返される。そう思った瞬間、互いの位置の丁度真ん中で爆発でもあったかのような大きな水柱が立ち上る。
木曽は咄嗟に離れていくのを感じ取るも、この体はお構いなしに飛び込み、水柱を切り払うように野太刀を振るった。
水以外何もないはずの空間。そこで何かが擦れる音に遅れて腹部へ衝撃が走る。
痛みは皮膜側で持ってくれているのか特別なにもないが、それでも驚きだけは隠せそうもなかった。
「お前は、武蔵、か?」
「おお、そうだぜ先輩」