継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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エピローグ

 戦いが終わり、通信も復活したことにより勝利を告げたのが数時間前。

 

 全員弾薬も重油も使い切っていた。それは生き残った艦娘全員に言えることだが、それでもあれだけの戦場を生き抜けた時点で装甲の扱いは一人前。そのためわざわざ送ることもなく各々の鎮守府へと帰宅していった。

 

 臼杵鎮守府へと武蔵が辿り着いたのは夕日が見える時間帯だった。

 

 緯度の関係からどれだけ時間がかかったかは全員考えないようにし、一人ずつ陸へと上がっていく。

 

 約二日ぶりに見る鎮守府のはずが、とても長い間留守にしていたような気持ちになるほど懐かしく、そして癒やされた。ここが自分たちが帰ってくる場所なのだと教えてくれるように。

 

 それでも足は海でも恋しいかのようにフラフラする。

 

 軽く顔を見渡せば全員陸酔いをしていようで、落ち着くまで待っていると間宮がやってきた。

 

「おかえりなさい」

 

「あぁ、ただいま」

 

 間宮は目元に涙を浮かべながらもゆっくり一人ずつ持ってきたグラスを渡していく。中に入っているのは何でもないただの水だが、大変ありがたかった。

 

 一口水を含むと、雑味のない液体が疲れた体に染み込むように、じんわりと重さを感じながら喉の奥へと消えていった。

 

 二口、三口と同じように飲んでから、最後は一気に流し込んだ。戦闘状態を切ってから数時間は経過していたが、水を飲み干して初めてまだ自分が警戒状態にいたことを知る。

 

 このまま芝生の上に寝転がりたい気持ちになるがそれをぐっと抑え込み、礼を述べてから間宮にグラスを返した。皆が一息ついている間にグラスを戻しに行った間宮を待ってから、全員で鎮守府内部へと向かう。予め提督には執務室で戦勝報告をすると言っておいたからだ。

 

 先頭は旗艦であり秘書官である木曽が歩き、その後を全員が続く。

 

 そして執務室の前についたことで歩みを停止、二回ノックをした。

 

「入ってくれ」

 

 中から聞こえた声に応じるように木曽は扉を開いてから中へと入り込む。続いて鳳翔、北上、伊勢、不知火、龍鳳、大和、武蔵、明石、間宮と続いた。

 

 デスクの前に横一列に並び、提督が立つのを待ってから木曽が敬礼し、一歩前に出て口を開く。

 

「我々日本太平洋艦隊。一九八六五名もの艦娘を失ったものの、見事ア号艦隊。タルタロスの撃滅を成功したことをここに報告します」

 

 普段は絶対にやることのない形式じみた戦勝報告。

 

 あまりにも大きすぎる戦果だからか、普段無事に帰るだけで喜ぶ提督だったが、どこか吹っ切れたような表情をしていた。

 

「ご苦労だった。お前たちのおかげで深海棲艦の脅威を大規模に削ぐことができた。これは世界中の人に称賛されるべき功績だ。俺はお前たちを誇りに思う。そしてありがとう。世界を代表してとまではいかないが、先に礼を言わせてもらう」

 

 提督は帽子を取りながらデスクを迂回し、皆の顔を順に見てから深々と頭を下げた。我々艦娘は提督の配下になるのだからそこまでする理由などなにもないのだが、それでも悪い気など一つもしなかった。

 

 寧ろ提督の頭を見ると、自分たちの存在も負担になるのではと思うことがあるほどだ。

 

 髪一本存在しないきれいな頭。

 

 とある日を堺にストレスですべて抜け落ちたと言われるその頭皮。本当は三年ないし四年前から生えてきたが、戒めとして剃っているのだと、帰る途中に話題となり初めて知ったのだが、そんな頭に向かって木曽は更に続けた。

 

「ところで此度の戦場で鹵獲したものがあります。そちらをご覧になって頂いても宜しいでしょうか?」

 

 わざとらしい口調に下げていた頭を上げつつ訝る。

 

 敵艦は倒せば残らず全て消えてなくなるのだからドロップ艦だろうか? などと提督が考えているのがなんとなくわかるだけにニヤケ顔を抑えるのが実に大変だった。

 

 しかし木曽はそんなことお構いなしに素知らぬ顔で開けっ放しだった入り口へと腕を向ける。

 

 途端に提督の表情が張り付いたのが目に見えてわかった。呼吸も止め、まるで時が止まったかのように静止し、遅れて体が振るえだしていた。

 

「よぉ、剣造。久しぶりだな」

 

「お、前は。伊勢、なのか……?」

 

 声をかけられたことで呪縛が解けたかのように反応するが、声が体と一緒に振るえている。

 

「なんて顔してるんだ。それにその頭。何があったんだ?」

 

「────っ悪いか」

 

「いや、悪くない」

 

 恥ずかしいからか焦ってからか、提督は急いで頭を隠すように帽子を被り伊勢から背を向ける。自制心が強いのか、もう震えてなどはいなかった。

 

 そんな提督に伊勢は遠慮なく近くまでより、背を向けた提督に自分もと背中を合わせ、体重を預けた。

 

「なぁ、タバコ持ってるか?」

 

「ん? あぁ、あるぞ」

 

「サンキュ。誰もPEACE吸ってないからやっとこれで吸える」

 

 タバコの箱とライターを借り、一本だけ取り出して鼻先で香りを楽しんでから咥え、火をつけた。伊勢はこれまで吸えなかった分を取り戻すようにゆっくりと煙を吸い、後頭部を提督の背に当てながら天上に向かって緩やかに吐き出す。そして吐き出した煙をか、それとも火のついたタバコの臭いか。はたまた執務室の香りを嗅ぐためか、鼻でもう一度大きく息を吸い込んでいた。

 

 そこで異変に気付く。震えが止まっていたはずの提督が、再び振るえだしたことに。

 

 そんな提督にいち早く気付いたのは背中を合わせていた伊勢だった。

 

「なんだ泣いてるのか?」

 

「泣いちゃ悪いか」

 

「いや、それも悪くない」

 

 茶化すように言ったかと思えばお互いわかり合っているかのように、ごく当たり前のように返す。

 

 艤装同調している時の自分と木曽のようなやり取りに、どこか羨ましさを感じ取った。

 

「俺も吸っていいか?」

 

「ほれ……ってライターがなくちゃ吸えないだろ」

 

「そこにあるだろ」

 

 そう言って提督は振り向き、伊勢の肩を掴み正面に向けた。

 

 そして肩に手を置いたままタバコとタバコの先をつけ合い、お互いの存在を確かめ合うように息を吸い火を灯す。

 

────シガーキス。

 

「なんだお前も泣いているじゃないか」

 

「……悪いか?」

 

「いや、悪くない」

 

 再び静かに背を向けあった二人を前に、武蔵はボーッと見ていると、耳元で明石に声をかけられた。「行きましょう」と。

 

 確かにこのままこの場にいてはおじゃま虫以外の何物でもないため受諾し、隣の大和にも告げるとそこから連鎖し木曽まで伝わると、全員音を殺して出ていった。

 

 最後に出てきた木曽は音を鳴らさないように戸を締めてから、おもむろに首へと手をやり、そこにネックレスのようにつけておいた指輪を戸へと引っ掛けた。

 

 その際床を濡らす雫に気付いたが、武蔵は再び気付かないふりをし、自室へと向かう。

 

 もし今の伊勢のように、木曽にいい人ができた時、同じように自分は大人しく祝福できるだろうか。そんなことを考えながら。

 

 

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