「報告は以上だ。何か不備はなかっただろうか」
「問題ない。後はこちらで纏めておくから自由にしてくれて構わない」
「それでは失礼する」
沖縄戦の報告を終え、長門と木曾は退室していく。
それを見送ってから武蔵は改めて提督と向き合う。
「今日はどうだった。艦娘としては初の戦場なわけだが」
「そうだな。取り敢えず既存の概念が崩壊したってところか」
「大体そんなものだ。あれは艦娘の戦い方を変えた力だからな」
提督は窓の外へと首を向ける。武蔵も何となく向けてみるがまだ夕方には早いため、淡い色合いはそこになく、山の緑が見えるだけだった。
「なんでわざわざ沖縄なんかに出撃させたんだ?」
「木曾から聞いていないのか?」
「練度向上の為とは聞いたが、それ以外は全部提督に聞けと」
「その辺りまで似たものだな」
ため息混じりの提督の視線を感じ、武蔵も戻してから何のことだと首を傾げる。
「まず練度向上は事実だ。ある程度の艦隊が、あそこには定期的に出現して拠点にするからな。お陰で昔に比べて艦隊を強くするのに困らなくはなった。だが聞きたいのは人が住んでいないところまでわざわざ出向く理由だろう?」
「その通りだ。こちらを襲ってこない場所を攻め入って何がある」
危険を犯してまでやるにはメリットが薄いとさえ武蔵には思える。敵の規模がわからない場所に行くのだから、通常の戦場とは全く持って異なる。これで死んでしまっては笑い話にもならない。
「あそこは人が住んでいた場所だ。そして深海棲艦との戦争。棲艦戦争が終わればまた人が戻る場所でもある」
「それは終わったらの話だろ。今はそれどころじゃないはずだ」
「最もな意見だ……ここは順を追って話そう」
提督は湯呑みを傾け、口を潤してから先を続けた。
「知っての通り沖縄に人は現在住んでいないが、それでも生き延びた人もいる。その生き延びた人達が懇願したのが始まりだった。もう一度故郷に戻りたいと。だがそれを許すわけにもいかない。それでも諦めきれなかったのだろうな……艦娘が表れてからのことだ。同郷だったり同心を探して署名まで行われた。その資料を手に大本営と直接交渉をしに行ったというわけだ」
「それ程なのか。故郷というものは」
「立ち入り禁止になっている区域は、大概軍の許可を貰えば行くことは許されているが、沖縄といった島民は不可能だからな。尚更なのだろう。そして提督が増えていくにつれ、優遇されていることに不満を覚える者が増えていったものある。幾つかの要素がぶつかり合い、最終的に折り合いとしてつけられたのが沖縄の深海棲艦を全滅させることだった」
「簡単に言ってくれるな。で、実際どれだけの被害があったんだ」
予想するのは簡単だ。定期的に倒している現状ですらあの数ならばその時はもっといたはずである。更に言えば装甲の使えない艦隊が気軽に相手をしていい数ではない。
ここ数年深海棲艦が活発化し、数が増え、実力も増してきているそうだが、その差を鑑みても戦うには分が悪すぎるというもの。しかし提督からの返答は信じられないものだった。
「被害はない」
「いやそんなはずはないだろう! 今日が初めての戦場ではあるが、あのような艦隊がいた海域だ。多少なりとも想像はつく」
提督が嘘をついているようには見えないが、それでもおかしい。しかし、そこまで考えてあることに気付く。
「実際幾つかの鎮守府が特別に連携を組んで向かったが、あまりの規模にそのまま引き返したのだ」
「成る程。そしてここにお鉢が回って来たと」
「その通りだ」
便利屋もいいところな扱いに思わず頭を抱えてしまう。
つまりは自分達の体裁を保ちつつ、最小限の被害で抑えたい。その結果の人柱として臼杵鎮守府が選ばれているというのは、全く持って面白くない。
そもそもそこまで頼るくらいならば何故認めていないのか。一つの疑問が消えると別の疑問が湧き上がる。
「何故大本営はあの力を認めないのだ。装甲さえ使える艦娘が増えたならば沖縄の件も含め、深海棲艦などもっと早くに殲滅出来たかも知れないだろうに」
生で装甲を使った戦闘というものを見たために。だからこそ抱く。
「恐れているからだ」
「それは前にも聞いた。だがそうは言っていられないだろ。先日オーストラリアの鎮守府が全て潰されたのに悠長なことを言っていられる状況なのか?」
そう。武蔵が建造されてから三日目のことだ。
鎮守府は世界中に存在し、艦娘も同じくいる。オーストラリアは第二次世界大戦にも参加していた国だけに、それ相応の艦娘を保有していた。その数四万。だが、ある日。たった一日でその全てが消え去ったのだ。
以前から深海棲艦の大規模艦隊が目撃されていたが、今回はその比ではない。アメリカの衛星が捉えた画像はまだ一部の鎮守府にしか回っていないが、それでもあまりにもショッキングなものだった。
敵艦隊数、大凡二〇万。
それが今太平洋を支配している深海棲艦の中で最も巨大な艦隊であり、恐らく地球上最大の艦隊でもある。
オーストラリアの一件以来、敵艦隊名は《タルタロス》と呼称された。
ギリシャ神話に出てくる神の名であり、地獄と同一視されている存在。皮肉が利きすぎて笑うことも出来ない。日本名では《あ号艦隊》とだけ言われている辺り、まだ愛嬌があるというものだ。
正直なところ武蔵はその画像を見た時、まだ信じていなかった。加工されたものだと軽く流していた部分もあるためだ。
だが今日、五百の敵艦隊を見て、そしてあれでもまだ少ない方だと木曾に教えられた。だからこそあり得ないと断じることができなくなり、次第に焦りばかりが募る。
「安心しろ……とは言えないか。しかし前から少しずつ変わってきてな。最近ではうちから指導をしに行くよう大本営から直々に言われている。オーストラリアの件以降大本営もざわついていることから、そう遠くない内に大規模な指導要請が来るだろう」
真偽の程は兎も角、少なくとも提督その眼には諦めや恐れなど無く、絶対に勝ちに行くという意志が感じられた。それだけでも武蔵の心の荒波は、落ち着きを見せ始めるくらいには安堵する。
「俺とて無意味にやられるなど真っ平御免だ。だがそれでも今直ぐ日本が襲われるのならば、お前達に出撃命令を出さなくてはならないのも事実。だからこそ武蔵、お前にも期待をしている。一日でも早く強くなれ」
「その言い方は狡いんじゃないか?」
視線を落とし、頭を掻く。
こんなことを言われて嫌がる艦娘は存在しない。提督が期待していると言われて気分が高揚しないなど有りえはしない。
「なら明日から本格的に誘導性艤装装甲の扱い方を教えてもらえるんだろうな」
「当然だ。知識のないものに気軽に教えて良いものではないからな。そしてそれは今日で終えた。後は上を目指してもらうだけだが、教えてもらいたい奴はいるか?」
「私が選んでも良いのか」
「教える内容やその時の状況によるが、メインで教えてくれる者くらいは覚える側が指定したほうが楽だろうと思ってな」
誰が教鞭を取るのか。北上や不知火だったら嫌だななどと考えていただけに、嬉しい誤算だった。
ならばと、とある艦娘の名を告げ、提督の了承を得てからその場を後にした。