継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第二章一幕 狂犬と飼い主

「おいおい最初の勢いはどうした。そんなんじゃ同じ戦艦どころか駆逐艦すら倒せないぞ」

 

「――――くぅっっ」

 

 武蔵は目の前にいる木曾を眼鏡越しに睨みつけ、一歩、足下の地面を踏み抜く勢いで前に出し、左拳を振るった。大和型の全力の拳は人体ならば問答無用で貫けるほどの豪腕だが、木曾は放り投げられた小石を避けるかのような軽い動きで避ける。

 

「遅い」

 

 突き出した手首を引かれ、体勢の崩れたところを木曾の裏拳が炸裂。鼻にクリーンヒットしたことから鼻骨が折れ、ジンとした痛みに遅れて手で抑えた隙間から鼻血がこぼれ落ちてきた。

 

「もう止めにするか?」

 

「っまだまだ!」

 

 やられたままなど気に入らない。例え相手が臼杵鎮守府最強の艦娘であっても。

 

「その意気やよし」

 

 鼻をこすって血を飛ばし、大地を蹴る。

 

 アドレナリンを大量に分泌しながら果敢に攻め込む。

 

 右拳を振るう。払われる。

 

 左足で蹴り上げる。屈んで躱される。

 

 足の軸を素早く入れ替えて右裏拳を放つ。受け止められ背中を突き飛ばされる。

 

 何をやっても赤子を捻るかのような振る舞いに苛立ちが募り、がむしゃらに突進した。身長差を考慮して低空に構えたタックルは、木曾の腹部にぶつかるように突き進む。ぶつかる寸前に艦装も済ませ、総重量を増してからのタックルだ。軽巡クラスとの重量差で確実に押し切れる。おまけとばかりにまだ出力はないが、ある程度使えるようになった装甲を前面に展開。

 

 闇雲ではあったが、それでも自分が今持てうる限り最大の威力を誇る攻撃だった。それに対し木曾は、

 

「そんな、馬鹿な」

 

 その場から一歩たりとも動くこと無く、防ぐこともなく、ただ立ったまま受け止めていた。

 

 焦りとも恐怖ともつかない汗が額ににじみ出る。

 

「発想は悪くない。大和型の総重量は三百キロに近い。だが、肝心の装甲が薄いんじゃまだ甘い、なっ」

 

「ぐぁっ」

 

 強烈な衝撃が胸部を襲う。

 

 胸元に膝蹴りが入った影響で上体が跳ね上がり、たたらを踏んで堪えていると、その隙に木曾が直進してきた。

 

「――――シッ」

 

 短く息を吐くとともに出された左拳は脇腹を強襲。突き刺さった拳は肋骨を折り、臓器へと突き刺さっていく。

 

「があああああああああああっっっ」

 

「っとすまん。ちょっとやりすぎた」

 

 激痛に叫び声を上げている武蔵に軽い謝罪が落ちてくるが、そんなもの聞いている余裕などない。臓器に突き刺さった骨の影響で逆流し、口から黒っぽい血液を吐き出す。

 

「あ~これは結構重症だな。ドッグまで運ぶからジッとしてろよ」

 

 痛覚を調整し、断ろうかとも思ったが、それすら痛みで思考が上手く纏まらず、言われるがままに抱えられて送られた。

 

――くそ……これで通算三十七敗、か。

 

 ただ負けているわけではない。有効打を与えられていないのだ。ただの一度たりとも。その為、悔しさが涙の代わりに止めどなく溢れでる。

 

「安心しろ武蔵。お前は強くなる」

 

 慰めなのか励ましなのか、それとも本当にそうなのか。少なくとも今はそのどれとも受け取れず、沈められた液体の中で静かに意識も思考も消えていった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 沈んでしまった太陽。

 

 暗く染め上げられた風景が、武蔵の視界を支配する。月が淡い光を落とし浅黒い肌を照らす様は、慰めてくれているかのようにも感じる程度に参っていた。

 

 木曾との装甲の訓練を初めて早一月。訓練の合間など暇を見つけては勝負を挑んでいるが、三十七回も戦っておきながら、まともに木曾の体に触れられるのは受けたり払われたり投げられたりする時だけ。ダメージなど、皮一枚どころか艤装さえ傷つけることができていない。

 

 八年も艦娘として生きてきているし、その分の経験やそれに見合った実力を持っているのはわかっているが、それでも一月経って差が縮まるどころか離れてしまっているのではないかと不安になる。

 

 装甲の扱いはまだまだ未熟。縮地はできない。だが砲撃くらいならば防げるようにはなった。

 

 それが自分の成長の証ではあるが、ただそれだけとも言えた。

 

 自分で木曾に教えて欲しいと言っておきながら何たる様だと、自嘲気味に笑い声が漏れる。

 

 そこへ予期せぬ声がかかった。

 

「そこで何をやっているんですか」

 

「海見ながら一人で笑うとか引くわー」

 

 一人防波堤で黄昏れていたことから気が付かなかったが、たった今任務から帰還したのか、北上と不知火が艦装までしている状態で海面に立っていた。

 

 二人は階段を使って上がることはなく、海を蹴って跳び上がりながら艦装していた部分を解除。綺麗に陸へ着地してみせる。未熟さに打ちひしがれていた武蔵にはそれ自体が嫌味にしか思えず、そっぽを向いて関わらないように流した。が、

 

「不知火はそこで何をやっているのかと聞いたのですが、聞こえませんか?」

 

 どうやら不知火にターゲットにされたようで、そのままその場を去らず、わざわざ近寄ってまできた。

 

「何でもない」

 

 今は一人になりたい気分なため。そして二人にあまりいい印象を未だ抱いておらず、やや棘のある口調で突き放す。

 

「なんですかその言い方は」

 

 ただでさえ落ち込んでいて心の余裕の無い時に絡まれるほど疲れと、そして苛立つことはない。そんなこと不知火は知らないだろうし、自分がコントロールできていないのが悪いのだろうけれど、頭でわかっても感情というものは風のように揺れ動くもの。

 

 不知火に喧嘩を売られたような気がし、立ち上がって彼女に詰め寄った。

 

「これでいいかい不知火さんよ」

 

「ふん。まだ満足に装甲も扱えない。デカいのは図体だけかと思いましたが、態度もデカいようですね」

 

「駆逐艦が小さいだけだろ」

 

「心が狭い人に言われても説得力ありませんね」

 

 徐々に高まる苛立ちは、いつの間にか怒りへと変化し始め、気付けば拳を硬く握りしめていた。

 

 不知火もそれは同じなのか、見た目も体格も幼いながら、眼光だけは提督といい勝負しそうなほど鋭く、冷たかった。

 

 そんなにじり寄る二人を止めたのは、意外な人物だった。

 

「はいはい。仕事片付けたばっかなんだから増やさない」

 

「で、ですがこの人は」

 

「後で聞いてあげるから。あぁそれとも私よりそこの新人の方が大事だったりする?」

 

「そ、それだけは絶対に有りえません! 北上さん以上に大事なものなんて有りませんとも! 仮に上げるとしたら提督くらいなものです!」

 

「そっか、なら良かった。んじゃマミヤに行こうか」

 

「はい!」

 

 先ほどまであった不機嫌そうな顔などどこ吹く風。焦り顔を浮かべたかと思えば笑顔を浮かべ、北上の隣に並ぶ。

 

 唐突な変わりように一人取り残された武蔵はどう反応したらいいのかわからず、握った拳の行方を探すも遠ざかるのみ。背を向けた二人を呆然と見つめていると、北上の足が不意に止まった。

 

「新人。えっと武蔵だっけ? そういうのは提督か木曾さんにちゃんと言っといてくれる。でないとこっちも面倒なんでね」

 

 言うだけ言い残し、北上と不知火はその場を去っていった。

 

「何なんだよ……」

 

 いや、わかっている。そしてあの短い間で悟られたのだ。自分がどのような状態でいたかを。ただ人を小馬鹿にするような性格だと思っていただけに、その気遣いが嬉しい反面やや納得がいかず、灰色のため息が漏れ出た。

 

 

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