継承の鋼2~空っぽの弾薬庫~   作:アザロフ

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第二章二幕 コーヒー色の心

 明くる日、武蔵は談話室にいた。

 

 マミヤから持ってきたお湯でマグカップ内のインスタントコーヒーを溶かす。砂糖や牛乳といったものは入れず、黒々とした液体を自分と、そして向かいの席にいる木曾へ差し出した。

 

「珍しいな。いつもなら訓練の締めに模擬戦を言ってくるのに」

 

「まぁたまには、な」

 

 言葉を濁し、四人がけのテーブルに腰を下ろしてからコーヒーを啜る。

 

 色といい苦味のある味わいといい、自分の心を表しているかのようで、ある種客観的に見れてどこかホッとした。

 

「たまにはインスタントも悪くないな」

 

 普段コーヒーを飲む時は間宮か鳳翔が生の豆から淹れてくれるため、あまりインスタントは飲まない。今日もお湯を貰いに行った時に間宮から後で持っていくと言われたが、味を知っているだけに、そのようなしっかりしたものは似つかわしくないと丁重に断った。

 

「で、話ってのはなんだ」

 

「それが、その……」

 

 折角木曾から切り出されたが、いざ本人を目の前にすると言葉が浮かびはするも、口から出ようとしてくれず、目が泳ぐ。

 

 マグカップを握っては放し、握っては放しを繰り返すだけで一向に先へと進まない。

 

 把握しているのだ。自分の自尊心が勝っていることくらい。

 

 わかっているのだ。恥ずかしがっているだけなことを。

 

 昨夜散々考え、何度も誰に相談しようか。本当に言ってもよいのか。言うならば提督が楽だなどと考えた末にこの場を設けたのに、一歩も先へは進んでくれない。

 

 いい加減何か言わなければ木曾が呆れて帰ってしまうのではなどと、関係のないことまで思考に現れ、最早何が言いたかったのかすら消え去り、真っ白となる。

 

 これは不味いとなんでも良いから口を開こうとした時、先に木曾が言葉を紡いだ。

 

「慌てなくても直ぐいなくなったりしないぞ。まぁ一度自分が淹れたコーヒーでも飲んで落ち着け」

 

 そこで自分が手に握っていた物がコーヒーだったことを思い出し、煽る。だが、ゆっくり飲まずに一口で飲み干す勢いでマグカップを逆さまにしたため、器官に入り込んでしまい、思いっきりむせてしまった。

 

「だから落ち着けと言ったろうに。仕方のないやつだ」

 

「ゲホッす、すまゲッホッすまない」

 

 喉に痛みを覚える程度には何度か咳き込む。幸いなのは艦娘だから淹れたばかりのコーヒーでも火傷しなかったことと、吐き出さなかったことだ。もし仮に吐き出していたら相談を持ちかけた木曾に向かって吐くところだったからだ。

 

「落ち着いたか?」

 

「ケホ。多少は」

 

「じゃあ落ち着いたついでにこいつを飲んでおけ。また取りに行くのは面倒だろ」

 

 そういって木曾は自分が飲んでいたマグカップを差し出してくる。まだお湯は残っているため新しく淹れたら良いのだから断ろうかとも思うも、折角の行為を無下にしたくないため、大人しく受け取った。

 

 やっと本当に心身ともに沈静化したのを把握し、細い息を吐き出してからいざ言おうと思ったところで、またも木曾から先制される。

 

「相談したいことの内容、当ててやろうか」

 

 余興だろうか?

 

 それが武蔵の正直な感想だった。木曾にはまだ相談事があるとしか言っていないだけに、当たるとは微塵も思っておらず、どうぞと先を促した。すると、

 

「装甲のこと。正確には武蔵。自分が本当に成長できているか不安で、といった所か」

 

 ニアピンどころか完璧なまでの答えに思わず立ち上がってしまう。

 

「何で知ってるんだ。まさか北上さんに」

 

「北上がどうかしたのか?」

 

「あ、いや何でもない……」

 

 どうやら昨夜の北上との一件は木曾には伝わっていないようで、平静を心がけながら腰を下ろす。

 

「だがどうして」

 

 率直な疑問を通す。

 

 かすっている程度ならばまだわかるが、文句のつけようがないほどの完璧な内容に、興味が湧いたためだ。

 

 すると意外な言葉が帰ってきた。

 

「簡単だ。俺も昔そうだったからだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「どうもこうもない。オレもお前と同じようなこと考えていたんだ。だからこそわかる」

 

「いや、でも、木曾さん……が?」

 

 こちらには触れさせず、自分は一方的に相手を攻撃する。疲れた素振りなどただの一度も見たことがなく、日によってはシガリロを吸いながらこなす程の余裕のある状態でいる。

 

 あれだけの強者の風格を出しておきながら同じだったと言われても、少したりとも想像ができなかった。

 

「当たり前だ。最初からこんなに色々できるほど器用じゃないっての。言っちゃ何だが武蔵。オレはお前が一月かけてできていることが三ヶ月近くかかったんだぞ」

 

「そんな馬鹿な」

 

「嘘じゃない。何だったら鳳翔に聞いてみるか? あいつはオレの半月後に建造されたが、先に装甲を使えるようになったの鳳翔の方だぞ。あぁ、明石さんの方が早いかもな」

 

 そう言いながら通信を繋げたのだろう。武蔵の方にも通信が飛ばされているのに気付く。

 

『木曾どうかした?』

 

「明石さん、ちょっと時間貰ってもいいか」

 

『今は糸垂らしてるだけだから大丈夫だよ』

 

 木曾がちゃんと聞いとけよ目で訴えかけてくるため、姿勢を正して音の意味を逃さないとばかりに傾ける。

 

「今武蔵と話しているんだが、どうもオレが昔弱かったことが信じられないようで、明石さんから教えてやってもらえないか」

 

『あーそういうことか。だから武蔵とも。それで武蔵、どこまで知りたい』

 

「どこまでってそんな幾つもあるのか?」

 

『そりゃああるよ~。もう何十度ドッグに運んだから覚えてないくらいボッコボコにしちゃってるし。今じゃ完全に立場が逆だけど、昔は私の方が断然強かったんだから』

 

「信じられん……」

 

 今目の前にいる人物と話が全くシンクロせず、違和感しかない。別の次元の話なんじゃと疑いたくなる程度には現実味がなかった。それほどには木曾の力を信じていると言ってもいい。

 

 だが、過去は本当にそうだったようで、明石の思い出話は止まらない。

 

『それでね、縮地を初めて教えたときなんてまーったく上達しなくてさ』

 

「あれは明石さんが自分で教え方悪かったって言っていただろ」

 

『木曾は私の弟子でもあったんだからそこは察しないと。それでね、縮地をやっと覚えたかと思うと私に向かって水かけてきちゃってさ』

 

「あれだって教えてないほうが悪い。後装甲で十分防げたろ」

 

『むー最近の木曾可愛くない。昔はあんなに明石さん明石さんって、後ろ着いてくるくらいだったのに』

 

「いつの話だそれは」

 

『私にとっては昨日のことですー』

 

 思い出話なためか中々止まる気配はなく疎外感を覚えるが、それでも二人の間に信頼関係があり、そして嘘がないのがわかるだけに受け入れるには十分だった。

 

「二人共仲良いんだな」

 

 自然とこぼれ落ちた言葉だった。

 

 混ざりっ気のない純粋なまでの言葉が二人に溶け込み、返ってくる。

 

「あれでもオレの師匠だからな」『これでも私の弟子だもの』

 

 息の合った掛け合いに可笑しくて、思わず笑ってしまう。

 

『ほら木曾のせいで笑われた』

 

「何でオレのせいなんだ」

 

『私師匠だし?』

 

「意味がわからん……」

 

『そこはっとごめん糸引き始めたから一旦切るね。また何かあれば言って。武蔵も遠慮せずにね。それじゃ』

 

 謝辞を述べるより先に通信が切られてしまい、かといって再度繋げるには憚られ、口端を緩めながら木曾と視線を交わす。

 

「とまぁこんな感じだが信じられたか?」

 

「それなりに。少なくとも木曾さんにも似たような時期があって、努力を重ねて今に至ったんだということは」

 

「それだけわかれば十分だ」

 

 そう、十分だった。伸び悩んでいるのが自分だけだと思っていたのが若干恥ずかしい気持ちにはなるが、同じなのだと。同じだったのだと教えられただけに、心は清々しさに満ちていた。

 

 我ながら単純だとは思うが、それでも心が軽くできたのなら寧ろ褒めるべきだと前向きに捉えられるようになる。

 

「昨日も言ったが武蔵、お前は強くなる。これに嘘はない。お前はオレにそっくりだからな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。明石さんも言っていたから多分間違いない。そしてオレがこの域まで成長したんだ。お前にだって可能性は十分にある」

 

 まだ推測の域を出ない、空想の産物にすぎない自分の成長した姿だが、それでもそんな子供じみた物を笑って受け入れられる余裕があった。

 

 今なら昨日より確実に強くなっていると、自信を持って言えるくらいには絶対的な違いが出来上がった。

 

 そんな心も顔もほくそ笑ませていると、木曾から新たな指示が出される。

 

「今まで通りの訓練を続けてもいいが、どうせなら違うやり方をするぞ。そうだな、一週間後には行えるよう調整しておくから楽しみにしておけ」

 

 なんだろうと首を傾げるが、今直ぐ教えてくれる雰囲気ではないため、その場は諦めることに。

 

 まだ木曾も時間の余裕があることから間宮にコーヒーを淹れてもらうよう依頼し、折角このような機会が持てたのだからと木曾や臼杵鎮守府の過去話を色々尋ねるのだった。

 

 

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