十三世界でただ一人   作:来海杏

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ソロモンの日

嫌に冷えた様に感じるこの場所はいつ来ても私を不安にさせる、多分、死体を冷やすための収納スペースから漏れ出た冷気がこの部屋全体に溢れているんだろうけど。大人でもこれだけ寒いのに彼は大丈夫なのだろうか?

 

「ん、ナツメ、メモ」

 

 

切り開かれた頭蓋骨から小さな指を抜きシンプルに要望だけを伝える彼に行きしなに買ったメモ帳を手渡す、白衣で指を拭きどこにでもある様なそれに彼は使いこまれた万年筆でスラスラと何かを書き込む。

 

「なんか見えた?」

 

サイズの合わない白衣、瓶底みたいな伊達眼鏡、小さな身体。懐から煙草を取り出した私を睨みつける瞳は綺麗な空色で、歳に似合わない振る舞いで煙草を指差す彼に私は煙草を懐に戻した。ここは禁煙だ、覚えてはいるがどうにも耐えられないのだ。

 

 

「車のナンバーがいくつか、後はそれっぽい人の顔も幾つか見えたから似顔絵屋も呼んどいて」

 

 

それと毎回言ってるけどここは禁煙だ、そう言って椅子に乗ったままクルクルと回り私の懐から精いっぱい身体を伸ばして煙草を抜く。爪の間にピンク色の何かが挟まっている、細い肩、ちゃんとご飯は食べさせている筈なのにどこも酷く儚げで、私はわざと少しだけ身体を後ろに下げた。

 

 

バランスを崩して倒れ込む様に私にもたれ掛かってくる彼を抱き留める、ほらやっぱり、軽すぎる。

 

「早く終わらせて何か美味しいもの食べに行こっか?」

 

子供らしい暖かさを感じながら彼の背中越しに煙草に火をつける

 

「ソロモンは何食べたい?」

 

小さな手が私を抱きしめ返す。

 

「……煙草臭い」

 

煙から逃げる様に私の胸に顔をうずめて苛立たしげにそう言うけれど、赤らむ頬は全く隠せていなくて、私は彼が寒さに負けない様に強く抱きしめなおした。

 

 

「……ハンバーグ、ハンバーグ食べたい」

 

 

「ん、わかった、お店探しとくから」

 

 

小さな手で私を押し返す、座り直し再度頭蓋骨に手を入れる彼からは小さな鼻歌が聞こえた。

 

死体安置所に無機質なベルが鳴り響く、

 

「ごめん、ちょっと電話出てくるから」

 

小さく「ん」とだけ声が返ってきて私は嫌に狭く長い階段を踏み出した。

 

――――――――

 

「あー、めんどくさっ」

 

死体安置所の中から出る度嫌に日差しが目にクる、寒暖の差で身体にゾワゾワと背中に寒気が走るし妙に気分が悪い。

 

一番最悪なのはここに来るたびにコイツから電話が来ることだ。

 

「調子はどうだ?俺は朝からサイコーだ、星座占いで一位でな」

 

要件だけを話してくれない?出来るだけ不機嫌に聞こえる様にそう言い火種ごと落としてしまった煙草に再度火をつける。

 

「とりあえずこっちとしては車番が三つに関連のありそうな顔が何人か出ましたんで、似顔絵屋を呼んどいてください」

 

出来るだけ早く宜しく、ここ寒いから嫌いなんです。

 

「ひゃっひゃっひゃ、了解だナツメちゃん」

 

電話越しから聞こえて来るダミ声にゾワゾワとまた肌が泡立つ。反吐が出る、悪寒をかき消す様にできるだけ深く煙を吸い込んだ。

 

「んじゃ、ここからが本題だナツメちゃん」

 

ソロモンの調子はどうだ?

 

分かってたよ、だからクソムカつく。

 

「定期報告は毎週提出してる筈ですが」

 

わざと不機嫌に出していたはずの声が意識しても抑揚のないもの切り替わってしまう、怒りのせいだ、理解しているが我慢できない。

 

 

私の役割はソロモンの監視兼整備、整備、整備だ。

 

ソロモンは物じゃない。

 

 

「そう怒るなよナツメちゃぁーん、給料貰ってんだろ?報告書以外の事聞かせて欲しい訳よ?」

 

慣れた調子で脅す声

 

「……この後ハンバーグ食べに行きます、彼はハンバーグが好きみたいで」

 

クソが

 

「……ひゃっひゃっひゃ、了解だナツメちゃん、今日の所はそれでいい、だけどな」

 

【彼】じゃねぇ、【ソロモン】だ、勘違いすんじゃねぇぞ?

 

携帯を地面に叩きつけそうになり耐えきれず通話を切った。

 

 

 

熱すぎるぐらいの彼の体温が酷く恋しい

 

「しょーもな、クッソしょーもなーーーー!!!」

 

新しい煙草に火をつけ改めて地下への階段を歩きだした。

 

 

 

 

あっちゃー、ごめん

 

無人タクシーを呼び出し向かった2メーター程回った距離にある肉料理の専門店、適当に調べた結果ネット上で評判の良いここに来たは良かったが。

 

「……ナツメ、定休日ぐらいちゃんと調べといてよ」

 

ごっめんてー、丁度いい高さにある頭をわさわさと撫でると寒そうに鼻を啜る音が聞こえてきて、寒くないように謝りながらギュッと抱きしめる。

 

「ご飯どうしよっか?」

 

まったく、ナツメは適当だ、そう言って私の手をギュッと握り占める彼を痛いぐらいに強く、冬の全てから遮る様に強く、ギュッとギュッと抱きしめなおす。

 

「ハンバーグ、あたしが作ろうか?」

 

 

「作れたんだ?料理」

 

抱きしめられたまま赤らむ頬で見上げて来るその瞳は寒さのせいなんだろうか、少し潤んでいて。伊達眼鏡を外し白衣も脱いだその姿で真っすぐに見つめられると空色と長いまつ毛が嫌に目についた。

 

 

「作れるんだなこれが、料理」

 

 

もこもことした白のマフラーに冷えた手を入れると冷たさに彼が楽しそうに悲鳴を上げる。

 

 

恐ろしい事に私は今、幸せだった。

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