レアメタルの鉱脈、油田、戦争と貧困、飢餓
それが、俺達の生まれた国だった。
ISが生まれてから世の中はおかしくなった、簡単に多くの男達がそんなことを口にするが実際被害を被った身としてはそう手短に済ませられる話じゃない。
6才で両親を亡くした俺は叔父に育てられた、車の整備士だったが実状は何でも屋で、口癖は「戦争なんて馬鹿者どもにさせておけ」父親と弟は戦死し、義理の妹は武装勢力に拐われ行方知れずで、母親は風邪で死んだ、そんな叔父。
叔父さんの母親、要するに俺の祖母は、ちょっとした薬が有れば助かったらしい。一番近いまともな機能を残した病院で100キロ向こうで 、その間の地域で3つの武装勢力が衝突を繰り広げていて。そう言う事を抜きにすれば簡単な病気、ちょっとした薬。
叔父は祖母を助けようとした、助けようとしたんだ。
だから俺は結果が全て何て平気な顔で言えるやつが好きじゃない。
俺は叔父から多くの事を教わった、家族らしい会話は殆ど無かったが街中の人から何でも屋として頼られて居た叔父の仕事を手伝う内に覚えた、教わった、教えてくれた、言葉は俺と叔父の間には不要だった。
車や発電機、自衛用の銃やガンポッドの整備、工業用パワーアーマーの整備。
何時も叔父と向き合うのは機械越しだった。
機械油にまみれた真っ黒な手が俺の目指すべき姿で、汚れたツナギの背中が俺のヒーローで。だから俺が軍に入ると言った時、叔父が酷く落胆した表情をしたことを覚えている。
俺はまだ16だ、軍人なんて馬鹿げたモノになる気は無かった、だが軍人になればその家族は優先的に軍病院で治療を受ける事が出来る。
叔父は癌だった。
「死なないでくれよ」
人は死ぬもんだ、誰だってな
それっきり、何も言われないまま俺は軍に入った。
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俺は25になった、戦車の整備に戦闘機の整備、何でもやったしやらされたがその分腕も鍛えられた。叔父に教わった何でも屋としての技術、お陰で俺の呼び名は「ボウズ」から「整備隊隊長」に変わっていた。
叔父は、叔父はよく戦った。見舞いに行こうとする俺に対して
「男なら選んだ仕事に責任を持て、俺の見舞いなんか何時だって出来る」
電話越しに静かにそう言い、一人前になるまでは会いに来るなと俺を押し留めた叔父。
俺のヒーローからの言葉だ、俺は死に物狂いで勉強した。
結果俺は軍を抜けるタイミングを見失い。
叔父は祖母の隣で眠りにつき。
ISがこの国に来た。
世界一の超大国が提示した、紛争への介入と軍備増強案の受け入れを前提としたISコアの供与
この国で取れるレアメタルの一部がISを作る上で必ず必要となるものであり。また紛争介入と言う言い訳を使えば他の国より比較的交渉しやすいこの国が連中の目に止まったらしい。
言葉にすれば簡単に聞こえるが、深海1000メートル以上の深さでしか本来採掘されないはずのそれが向こう100年分は地上で見付かったのだ、新たな鉱脈を深海から探しだすよりは紛争を止める方が軍産複合体には簡単に見えたのだろう。
初めてソレの整備を任された時、俺は震えた。既存の兵器の全てを越える超兵器、コイツを落とそうと思ったら戦術レベルの話じゃほぼ無理だろう、軍全体を動かす様な戦略レベルの話が必要になる。
説明書は不親切な日本語で、プログラムや細かい機械に関してもまたゼロから勉強のし直しだ。
何でも屋の腕の見せ所だった。