十三世界でただ一人   作:来海杏

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夜に溶けたい①

まだ学生だった頃の話だ、必死になって皆に好かれようとしてお調子者や優等生を器用に演じていた僕は、その日、進路指導のプリントを生活指導室に運び込んで置くように言われ(断れる筈も無い、誰かから嫌われたり、優等生を辞めると言う事はその当時僕の中で父と同じになると言う事と同義だった)、普段は絶対に入ることの無い生活指導室に入った。

 

 

 

 

 

そうすると、黒猫が居た

 

 

 

机に座り酷く退屈そうに筆記用具を弄びながら窓の外の部活動を眺めている。彼女だ 、これが彼女との初めての出逢いだった。

 

 

 

 

 

「アンタさー、苦しく無いの?」

 

 

 

遠慮の無い視線を此方に向け、、彼女から掛けられた最初の言葉。

 

 

 

一瞬何の事かと思ったが、何時も笑顔で居る様にと、腹立たしい事があっても決して怒りに身を任せてはいけないと養父母に言い聞かせられていた僕は困った時は取り敢えず曖昧に笑うようにしていて。

 

 

 

「……ぁ、あぁ、大丈夫、そんなに重くないよ」

 

 

 

無い頭を捻って考え、プリントを持ったまま突っ立ってる事を言っているのだと思い、彼女に見とれていた事がバレない様にそう言い返した。

 

 

 

これが僕から掛けた最初の言葉、 今思い出すと酷く恥ずかしい。

 

 

 

 

 

彼女は、ん?と言う表情をした後に急に吹き出して、僕は訳がわからずに困惑してしまって。笑う姿も綺麗だった事をよく覚えて居る。

 

 

 

 

 

クビだよ、首の話、何時も一番上のボタンまで留めてんじゃん、苦しく無いの?ゲラゲラと笑いながらそう言う、艶やかな黒毛に夕陽が反射して眩しくて、彼女の毛並みは僕の沈み込む様な黒とは違って酷く魅力的な光を持って居て。

 

 

 

僕は、訳もなく彼女から顔を背けた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「じゃあ今日の授業はこれまで、さっき言った所テストに出るからな??ちゃんと予習しろよー?」

 

 

 

教職に就いて今年で2年目、学園を出て大学に進学し、大型猫科肉食獣の生理学を専門に学んでいた僕は片手間で取得していた教員免許で中学校の理科の先生になった。

 

 

 

 

 

理想や夢や何かしら格好良い事を言えれば良いのだが、実際は就職活動に失敗し学生時代のコネで滑り込んだだけで、肩書きも臨時教諭、しかも産休に入った元の先生の代打だから期間限定だ(育児休暇のお陰で2年目に入ることが出来た)。

 

 

 

ほんじゃねーセンセ! 分かりやすかったよー!落ち込まないで! クラネコ先生宿題多すぎ! 先生! センセ! セーンセ!

 

 

 

「……いや、落ち込んではいないんだけどなぁ」

 

 

 

声を掛けて来る生徒達に愛想よく返事をしながら教室を出ていくのを見送り終わると、自然とそんな独り言が溢れた。

 

 

 

昔捕った杵柄と言うかなんと言うか、有り難いことにそれなりに(働き易い程度)生徒達には好かれていて、今の所大きな問題も起こさずに過ごせている。ただ紆余曲折経た結果ある程度落ち着いた性格は活発な時期の生徒達の目には暗く写るようで

 

 

 

「クラネコ先生」

 

 

 

暗い猫だからクラネコ(ジャガーなんだが猫科だしまぁいいかなと思っている、後ろに付いた 先生 の二文字が僕の中での最後の砦だ)そんな子供らしい渾名を、空気に溶かす様に呼ぶ声に振り向く。

 

 

 

 

 

先生、嘘ついてるでしょまた。

 

 

 

 

 

子供らしい根拠の無い確信を持って僕にそう言うこの子は、僕の苦手な黒猫で、他とは違う対応をしない様に気を付けないといけない。

 

 

 

「ん?何の事だい?僕は先生で、さっきのは授業なんだから嘘何かつかないさ」

 

 

 

彼女は1年生の時に副担任の中年オス教諭とソウイウ関係(そう説明されたからこの表現はおかしくない筈だ、どういう関係か大体は分かる)になり、学校は問題にしない代わりにとオス教諭を遠くに転勤させた。

 

 

 

問題は彼女の親だ、自分達の娘が30間近のオスとそう言う関係になったと言うのに、電話越しに学校にお任せしますと怒鳴り付けるばかりで学校に直接来ようともせず転校もさせて居ない。

 

 

 

余り考え込むような事でも無い、所詮期間限定の身分だ。そう自分に言い聞かせ暗い気持ちを心の奥の方に押し込んで彼女に頬笑み掛ける。

 

 

 

 

 

やっぱり嘘ついてる。

 

 

 

「嘘って?何がだい?」

 

 

 

 

 

先生、楽しくも無いのに笑ってる。

 

 

 

 

 

知った口をといい掛けて、慌てて顔をを揉む様にして笑顔を張り付け直した。ホントに、ホントにホントにホントに、絶対口には出さないが。

 

 

 

変に感のいいメスも、黒猫も、面倒くさいガキも大嫌いだ。

 

 

 

厄介な事に目の前のこいつは黒猫で、変に感のいいメスで、おまけに面倒くさいガキだ。

 

 

 

とっとと出てって来れと、そんな思いを込めて僕は曖昧に笑った。

 

 

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