【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。 作:行方不明
第十六話~過去世界~
D.C.2018 NEWデジタルワールド――ウルドターミナル――
新世界における過去世界――そこは大陸に巨大な恐竜系デジモンたちが闊歩する、まさに楽園。現在のベルサンディターミナルとは別の意味で生命の溢れる場所、
ああ、そうだ。過去形だ。
今やこの過去世界は地獄に等しい場所となっていた。それはX抗体デジモンが持ち込んでしまったXプログラムのせい――では、もちろんない。
過去の世界は元々、闘争心溢れる恐竜系デジモンたちがしのぎを削る世界。だから、他の二つの世界と比べて、Xプログラムに侵されるよりもずっと前から生存競争の激しい世界だった。
だから、過去世界に生きる者たちは新世界におけるXプログラムの蔓延の一件についても、「だから何? どうせやることは変わらないでしょ」と他の二つの世界の慌てようを呆れながら見ていたのだ。
そんな、ある意味では強くてある意味では鈍い者たちが生きる過去世界が、Xプログラムの侵食にも負けなかった場所が、地獄となったのは数日前の話。
数日前、大陸中に響き渡った一つの轟音が始まりだった。
「ニャガァアアアアアアアアアアアアアアア!」
それは咆哮だった。
苦しむような、悲しむような、喜ぶような、憎むような、さまざまな感情が込められた、どうとでも捉えられるような叫び。
誰もがその声を聞いた。けれど、その声こそが始まりであったとは、誰も予期しなかっただろう。
そこから、地獄は始まった。
X抗体を持たないデジモンたちが、狂ったように暴れ始めたのだ。理性を失い、目的もなく、目の前のすべてを壊さんと暴れ始めたのだ。
X抗体を持っていようと持っていまいと、顔見知りであろうとなかろうと、格上であろうとなかろうと、関係ない。誰が相手だろうと襲う。
優しき者も、暴力的な者も、強き者も、弱き者も、そうなってしまえば関係なく狂いし者となる。
「急げえええええええええ!」
「海を渡れ! この大陸を捨てるんだ!」
「走れ走れ走れッ」
そんな中で、未だ正気を保つ者たちが逃げ出すのも無理はない話であった。
大陸の片隅から端を発した狂気は、確実に大陸全土へと広まりつつあった。だから、一縷の望みを賭けて他の大陸まで逃げるのだ。それによって、狂気が他の大陸にまで届くことになろうとも。
敵だったのなら、戦えばいい。Xプログラムだったのなら、X抗体を調達すればいい。だが、何かよくわからない内に狂わされるなど、どうしようもない!
「お、お前は正気を保ってるよな?」
「もちろんだっ、だって、言葉を交わせるだろう」
「こ、こいつ今咳したぞ。もしかして……――」
「ち、ちがっ。僕は疲れたから!」
すぐに狂うのではなく、少しずつ狂っていく者や、狂気と正気を繰り返した末に狂う者がいるのが確認されたのが悲劇だった。
隣にいる者が既に狂い始めているのか、見当がつかないのだ。些細な動作が、疑いを生む。そして、それは愚かな結論を生む。すなわち、襲われる前に、自分が狂わされる前に、殺せと。
「てめぇええっ、てめぇが犯人かっ」
「それはそっちだろうがっ」
「ガァアアアアアアアアア!」
「うわ、狂ったやつがいたぞっ。殺せ――!」
「させるかぁっ、貴様がそいつを連れてきたんだろうが!」
狂気に囚われ自分を失った者が殺し、正気な者が狂気に耐えられず自分で殺す――まさに、どうしようもない。
ああ、まさに地獄だ。そこには何もない。それは生存のための闘争ではなく、快楽のための暴走でもない、ただの暴力が蔓延する。
大陸中に暴力が蔓延すれば、もはや狂うことのないX抗体デジモンたちも他人事ではない。
「X抗体持ち! てめぇ、それをよこせ! それさえあればオレは狂わない――!」
「誰がくれてやるか!」
「どけ、そのX抗体は俺様のもんだ!」
「お前の方がどけ! そのX抗体は我がもらう!」
狂った者には見境なく襲われ、狂ってない者には今まで以上の必死さでX抗体を狙われる。
「……っ、抗体持ちじゃない。死ねッ」
「えっ、が――」
そんな中で、X抗体デジモンたちも自衛のために率先して普通のデジモンたちを殺すようになる。見敵必殺とばかりの事態が数多く起こる。
暴力的な殺しが横行するのが、今のここで。
Xプログラムによる唐突な死に怯える以前の方がマシだと、誰もが呟く。他者と自己の狂気、敵に怯える今、感覚を麻痺させられた者たちは誰もがそう呟く。
そんな世界で――
「これが今の世界か」
――異世界の英雄が、嘆く。
「暗く深き場所からの呼び声一つでこうなるのか」
黄金の槍を携えた“到達者”が、世界を見定める。
「もはや最短の解決は望めず。黒の到達者は率先して動き、白の到達者は静観し、その他の到達者は我関せず、偉大なる者は……いや、彼らを考えるだけ無駄か? さて、我はどう動くべきか」
有名な聖騎士の一人に名を受け継がせる彼は、思考を巡らせる。
やがて、彼は風と共に歩き出した。
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地獄が繰り広げられる大陸の片隅にある背の高い木々が生い茂る森、そこにメイクラックモンVMはいた。
「……」
メイクラックモンVMの目の前にあるのは、狂ったティラノモンとモノクロモンの死体だ。凶爪に切り裂かれたのだろう。その身体には禍々しい三本の傷が付けられている。
彼らは狂い、目の前にいたメイクラックモンVMに襲いかかった結果、無残に殺されたのだ。
「……相手ガ違ウ」
吐き捨てるように、メイクラックモンVMは言った。当然だが、死体は答えない。
メイクラックモンVMは歩き出した。こんな使えない駒ではなく、もっと
そして――。
「見ィツケタ」
――そして、見つけた。
力強く歩く、小さな黄金の騎士を。
「ガァアアアアアアアアア!」
汚い息を吐きかけるように、メイクラックモンVMは咆哮する。
唐突な咆哮だった。誰だって、突然の爆音には驚く。それと同じで、黄金の小騎士は驚いたように飛び跳ねた。
「なっ、なんだ!?」
だが、小さくとも騎士の見た目をしているだけはあるのか、彼はメイクラックモンVMを視界に収めるとすぐに戦闘態勢を取る。
メイクラックモンVMは嘲笑うように、その前に立った。
「あ、アンタが元凶か?」
「……ヘェ。何故ソウ思ウ?」
「だって、オレはトゥエニストだから、わかるっ! アンタは臭い!」
「……」
その手を突きつけて、小さな黄金の騎士は吠えた。
一方で、メイクラックモンVMは不快な気分になるのを抑えられなかった。相手が生意気だからではない。相手が真実を見抜いているからでもない。ただ
だから、その不快さを発散すべく、メイクラックモンVMは爪を構え――
「死ネ」
――そして、駆ける。
まるで曲芸師のように頭上を回転しながら飛び越え、背後に回る。そして、着地と同時に力の限り振り回された凶爪。
「うぉっ」
だが、それをトゥエニストは躱した。
……偶然だろう。地面に倒れ込むようにした躱し方に、メイクラックモンVMはそう結論づける。ならば、連撃だ。
上から、右から、下から、上から、両手を使って幾度となく繰り出される凶爪。だが、その爪撃をトゥエニストは辛うじて躱し続けていた。
「ニニニニ……!」
「うぉおおおおお!」
おかしい。どう考えても、トゥエニストは成長期くらいの実力で、完全体のメイクラックモンVMに敵うはずはないのに。
「……何故! 何故何故ナゼナゼ――!」
「そんなの、決まってるだろ」
トゥエニストが、笑う。
「オレが、トゥエニストだからだぁああああああああああ!」
そして、一発。トゥエニストの拳がメイクラックモンVMを捉えた――!
「グ、ニ、……」
そこで、メイクラックモンVMはニヤリと嗤った。
ああ、トゥエニストは捉えたのではない。捉えられたのだ。その拳がメイクラックモンVMに掴まれる。
そうだ。躱されるなら、捕まえるまで。
「死、死ネ――!」
今度は、メイクラックモンVMの爪がトゥエニストを捉える。
身体に大きな傷を付け、トゥエニストは吹き飛ばされる。
「ぐがっ」
致命傷だった。
今にも死にそうな彼は、気力だけで死に抗っている。だが、時間の問題であるのは明らかだ。
「まだだ……」堪えてなおも立ち上がろうとする彼を、さらなる苦が襲う。
死にそうになったことで抗う力が失せたのだろう。
「が、あ、こ、れは……はァ? アガアアアアアア……!」
今まで何ともなかった彼を、狂気が襲う。
メイクラックモンVMはそんな彼を唾を吐き捨てるような目で最後に見た後、背を向けた。
「っく、ガァッァアアア……トゥエニストの、おレ、が……ァ……!」
そして、ついに。
「ガァアアアアアアアアアア! チガウ、チガウ、ちがう、ちがう、違うぅうう! オレは――」
ついに?
「――オレはトゥエニストなんだぁあ! 狂気なんかで立ち止まってたまるかぁっ!」
有り得ない事態が起こった。
驚愕のままにメイクラックモンVMが振り返る。
それは、進化だった。突き進む凶気にも似た正気が、本物の狂気を振り払ったとでも言うのか。
「まだまだ終わらねぇぞ!」
そこにいたのは、四足歩行の黄金の獣だった。
驚いて、メイクラックモンVMはその獣を見る。
「駆け抜けるっ。“Road T(w)o Decade”! トゥエニストォォォッ」
負けぬとばかりに、トゥエニストが叫びながら駆け出した。
「――!」一瞬で懐まで潜り込まれ、メイクラックモンVMは慌てて飛び跳ねるようにして躱した。あと一瞬でも反応が遅かったら、というところだった。
X抗体持ちでもないのに狂気に囚われないこと、その相手に傷つけられそうになったこと、そしてそれがトゥエニストであること、すべてが苛立つ要因でメイクラックモンVMは表情を歪める。
メイクラックモンVMは決めた。この不快な相手を駒にしようなどとは考えない。ここで殺す、と。
「フッ――!」
周りの木々に飛び移り、トゥエニストの視界から外れる。木々の枝の
「ニャガァア!」
そうだ。不意を突かれなければ、そして冷静に対処すれば、地力の差もあって勝てない相手ではない。確実に殺せる相手なのだ。
冷静に、冷徹に、メイクラックモンVMはその爪を振るう――!
その直前、彼らは枝が折れるように鳴り響いた音を聞いた。
「……ニャー」
悲しげな、メイクラックモンVMの声。
その視線の先にはもう、トゥエニストは存在しなくて。
「やっと見つけたぞ――」
「――メイクーモン!」
数日ぶりに再会したコータたちの姿があった。
業務連絡
思うところあったので、伏線込だったあらすじ部分をシンプルなものに変更しました。
また細々と手をいれる可能性がありますが、本編の内容には変更ありません。