【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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序章:旧デジタルワールドの皇帝
第一話~旧世界~


D.C.2018 旧デジタルワールド

 

「……何があったんだ?」

 

 彼は目を覚まし、第一声を呟く。

 今、彼は病衣で荒野に突っ立っている。ちなみに言うと目を覚ましたという表現通り、気がつけば彼はここにいた状態であった。

 目を覚ました瞬間に草木の一つも生えていないような荒野に突っ立っていたら、誰だって混乱するだろう。その例に漏れず、「ここはどこ?」と彼は混乱状態にあった。

 

「なぜだ……オレは……あれ、オレは?」

 

 つーか、自分に関する記憶さえない。

 ここはどこ以前に、「私は誰?」状態だった。もはや記憶喪失の定番、テンプレビンゴ確定である。

 

「……うーむ」

 

 幸いなことに服はあり、スリッパもある。

 ああ、本当に幸いである。彼はそう思い込むことにした。

 さて、どうするかなぁ、と腕を組んで彼は考え込んだ。なにせ右を見ても荒野、左を見ても荒野、前を見ても荒野だ。どうしようもない。

 さらに、上を見れば昼間だというのに視界を覆うほどの巨大な星が一つだけ見えて、ここが地球ではないことを思い知らされる。

 途方に暮れるしかない。

 

「……」

 

 途方に暮れて、腕を組んで考える。

 

「……」

 

 考える。

 

「……」

 

 考えた。

 そして、その結果。

 

「ぐぅ」

 

 彼はダウンし(眠っ)た。

 いや、決して眠ろうとして眠ったのではなく、気絶するように突然に眠ってしまっただけなのだが。

 もしかしたら、限界を超えた時点に脳みそが強制停止したのかもしれない。

 まぁ、この状況で自発的に眠れたのなら、糞度胸と言うしかないが。

 

「……――」

 

 そして、眠っていた彼は不意に気づいた。

 自分が誰かに声をかけられていることに。

 

「……――」

 

 続いて、彼は感じた。

 自分が誰かに揺すられていることを。

 

「……――」

 

 やがて、彼は感じた。

 自分が誰かに腹を殴られていることを。

 さすがにここまでくれば彼とて、覚醒する。腹に感じる痛みを無視して、ゆっくりと目を開ける。

 

「あれ、真っ暗だ」

 

 そして、彼は目の前が真っ暗だったことに気がつく。

 頭が万力で締められたかのようにギリギリと痛い。身体が金縛りにあったかのように重い。

 そこまで認識して、彼はやっと気づいた。

 

「ふっ」

 

 笑いが堪えられない。

 彼は自分の為すべきことがやっとわかった。己のすべてを賭けて、やるべきことが。

 だから、彼は全身全霊で――。

 

「どらぁっ」

 

 ――目の前をぶん殴った。

 

「ぐへらっ」

 

 鈍い声が彼の耳に届く。

 気がつけば彼の視界は開け、頭にあった痛みは引き、身体に乗っていた重さはなくなった。

 自由になった身体、明るい視界を彼は享受する。まぁ、見える光景は眠る前と何にも変わらないのだが。

 いや、違うものが一つある。

 それは。

 

「……痛い」

 

 それは。

 

「何してんだよっ」

「うるせー、起きなかったんだから仕方ないだろー」

 

 それは、青紫色の獣竜がいるということか。

 おおよそ人間の世界には存在しないだろう生き物がいる。

 

「起きないだけで人の上に乗って噛み付くやつがあるかっ、今度からそれやめろ()()()()!」

 

 それは、ドルモンと呼ばれるデジモンだ。

 

「えー。いちいち文句あるなぁ、()()()

「コータ?」

「ん? どうかしたかー?」

「あ、いや。何でもないぞ?」と言いつつ、コータは首を傾げた。

 

 おかしい。

 コータは首を傾げる。

 目の前の生き物がドルモンということ、自分の名前がコータということ、この世界がデジタルワールドという世界で、ドルモンはデジモンというこの世界の生物であること、彼と自分はパートナー関係になっていること――先ほどまで知らなかったことが、まるでずっと前から知っていたようになっている。

 ああ、おかしい。気持ち悪い。おかしいことをおかしいと思えない気持ち悪さを、コータは感じていた。まるで読んだことのない本の内容を知っているかのような、得体の知れない感情を抱いてしまっていた。

 

「おい、コータ。本当に大丈夫か?」

「大丈夫だ。ちょっと記憶に混乱があるだけで……」

「それ大丈夫じゃないよなぁっ!」

 

 ドルモンにガクガクと肩を揺すられるが、コータは笑って誤魔化すしかない。

 

「何を覚えてるんだっ」

「何を覚えているんだ?」

「それは俺のセリフだぁーっ。おい、コータしっかりしろっ」

 

 ドルモンの揺さぶりが激しさを増す。

 激しかった。あんまりにも激しすぎて、もはやコータは何も考えられなくなっていた。そんな最中で、僅かに思うのは、何か身体の奥底から熱いものが込み上げてくるということだけで。

 

「まさか俺のことまで忘れてないよな? なっ」

「大丈夫大丈夫……」

「おっ?」

「無事に限界が――」

「はっ?」

 

 そして、コータはゲボロブファー。

 とても熱くて臭いものが身体の奥底から解き放たれたのだった。目の前のドルモンに向けて。

 

「うがーっ、目が、鼻が、うわー、目が、鼻が、うわー」

「ゲボッ、ウェッ、ウェエエエエ……」

「まだ出すんかいっ、ちょ、いい加減やめろ。俺に吐くな、地面に吐け、俺はゲロ袋じゃないぃぃぃいいい!」

 

 ああ、そうして事が収まったのはこの十分後のこと。

 ドルモンの毛皮にゲロの匂いが染み付いてからのことだった。

 

 ********

 

 そんなこんなで、コータとドルモンは荒野を歩いていた。

 ちなみに、今現在のコータの服装は先ほどまでのものとは違う。ジャケットとズボンという、どこにでもあるような一般的なものだ。なぜかドルモンが持っていた。

 まぁ、一方のコータは受け取った時に匂いを嗅いだりしたのだが。

 

「なんかやっぱりゲロ臭い気がする」

「そんな訳無いだろうがっ」

「つーか、なんでドルモンが持ってたんだよ」

「知るかっ」

 

 話しながら、歩く。歩くが、徒歩での移動スピードなどたかが知れているもので。

 見渡す限りの荒野に変化が訪れるのは、まだまだ先になりそうだった。

 

「――……ダメだ。これじゃあ時間かかりすぎる。こんな荒野ずっといるなんて嫌だし、そうだ。コータ!」

「……一応聞くけど、なんだ?」

「背中に乗れ。俺が走るっ」

 

 自信満々にドルモンは自分の背中を指差した。

 「ヘイッ、そこの彼女ー乗っていかないっ?」とでも言いたいかのようだ。アクションが古い。

 まぁ、どんな言い方だろうとコータは乗車拒否するのだが。

 

「嫌だよ」

「なんでだっ」

「お前の背中、臭いじゃんか」

「お前のせいだよなぁっ」

 

 わーんっ、と涙ながらにドルモンはコータに噛み付いた。

 どうでもいいが、やはり臭い。口臭か、それとも毛に染み込んだ飛沫の匂いか、それはともかく。

 

「痛い! 重い! 離せーっ」

「お前が背中に乗るって言うまで離すもんかーっ」

「おいばかやめろ歯に力を込めるな顎に力を入れんな、頭が千切れるっ」

「乗るって言えー!」

 

 そんなこんなで、コータはドルモンの背中に乗ることになる。

 

「よっし、掴まってろよ」

「……」

「コータ?」

「ああ、うん。しっかりと掴まってるよ」

 

 やはり、臭い。が、さすがにこれ以上の頭部へのダメージはさすがにシャレにならないので、コータは口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 そして、次の瞬間にドルモンが走り出す。自転車並みのスピードで駆けていく。

 さすがに速い。疲れないし、尻を上に下に叩きつける乗り心地にさえ目を瞑れば最高だった。

 

「ドルモン、もう少し丁寧に頼むわ」

「おっしゃ任せとけ。おりゃあああああ!」

「違う違う、まてまてスピードを上げるなぁっ。尻が死ぬ、あぁああああああああああ!」

 

 日が傾き始めた中で、コータの悲鳴が世界に響き渡る。

 まぁ、誰もいないような荒野だ。その悲鳴を聞いたものなど、ほとんどいない。

 

 ********

 

 そうして、ドルモンが頑張った甲斐があったのだろう。

 

「尻が痛い。おのれ、調子に乗りやがってぇ」

「ははっ。コータ情けねーなっ。痛っ、殴るなよっ」

「覚えてろ……」

 

 日がとっぷりと暮れた頃、彼らは幅三メートルもないような、小さな川の辺で休むことができていた。

 

「うぐ、明日までに治るよなぁ?」

 

 尻が痛んで座ることができないから、コータは寝転がって上を見る。

 空には相変わらず巨大な星が一つだけ輝いていて、幻想的だった。他の星が何一つ見えないという点、ある意味では不気味であったが。

 

「……オレの知る世界とは違うんだよなぁ」と呟いたコータを、ドルモンが上から覗き込む。その目は、どこか遠慮の光があった。

「そういや、コータは……記憶が混乱してるって言ったけど。その、あの、どこまで覚えてるんだ?」

「あぁ、ま、あんまりな。正直に言えばまだいろいろと混乱してる」

「……それは」

「ちゃんとお前のことは思い出してるぞ? 何度もドルモンって呼んだだろ?」

「っ、うるせー。わかってるよっ」

 

 ドルモンが焦ったようにコータの視界から外れた。その声にはどこか羞恥と喜色があって、コータは静かに笑う。

 

「なんでオレがこの世界にいるのかって、それは思い出せないけど」

「あれ、そんなの初めからわかってなかっただろ?」

「……そう、だったか?」

「おう。それを知るためにも、俺たちは旅してたんじゃないか」

「ああ、そう言えばそうだった気もするな」

 

 一つ一つ知識を学んでいくように、言われれば、気づけば、思い出す。思い出すからには知っているはずなのに。

 何とも言えないもどかしさだけがあって、コータは口を結ぶ。

 

「もしかしたらコータも、影響を受けたのかなぁ」ドルモンは不安そうに言う。

「影響?」

「ああ、だって今のデジタルワールドは普通じゃないだろ? コータは本来はここにはいない人間だし、影響が出たっておかしくない」

「影響……」

 

 デジタルワールド。デジタル的な理に支配される、人間の世界とは別次元にある異世界。自分はある日突然、なぜかこの世界に来てしまった――というのを、コータは何となく思い出した。それからあまり日が過ぎていないことも。

 

「そそ、影響。さっきだって、吹っ飛んでったんだし」

「吹っ飛んでった?」

「あっ、やべ」

 

 何か聞き捨てならない言葉があった気がして、コータはドルモンに詰め寄る。

 ドルモンは目を泳がしていた、のだが、逃げ切れないと見るや諦めて話し始める。

 

「ほら、襲われたんだよ。いつものように」

「いつものように。って、そう言えば確かに毎日毎日戦っちゃあ戦ってを繰り返してたな……」

「それで、ほら。コータは敵の技を受けて吹っ飛んでったんだ」

「……それだけか?」

「え?」

 

 何か隠している気がする。コータはさらにドルモンに詰め寄った。

 

「……」

「……」

 

 静かになる。

 

「ま、まぁ、大したことじゃないからぁっ」

 

 そして、ドルモンは誤魔化した。

 コータは「はぁ」と溜息を吐く。まぁ、ドルモンの反応からしてあまり大したことではないのだろう、と無理矢理に自分を納得させた。それくらいの信頼は――やはり何か気持ち悪いが、それでも信頼はあるのだ。

 ちなみに、ドルモンの誤魔化した内容は、ただ単にコータを吹っ飛ばした犯人がドルモンだったというだけの話である。

 いつものように襲撃者に襲われた時、彼は咄嗟に無理な機動で動き、結果として背中に乗っていたコータを弾き飛ばしたのだ。そして、そのまま戦いに明け暮れたというのが事の顛末である。

 

「……そう言えば普通じゃないんだよな。今のここは」誤魔化されてやったついでに、コータはふと呟いた。

「そう。もう終わっちゃった世界だからね……」

 

 ドルモンとコータは空を見上げる。

 巨大な星が見えた。ああ、そここそは新世界。もう終わった世界である“ここ”とは違う、始まったばかりの世界。

 だが、それでも。この世界をもう終わったものだとは、コータは言いたくなくて。

 

「まだ終わってないさ。終わるもんか。そうだろ?」コータは言い聞かせるように呟く。

「……そうだね。そうかもね」ドルモンも同意した。

 

 辺りがしんと静かになる。

 どちらも声を発しなくて、静かな時間だけが過ぎていった。

 

「そろそろ休むか」

「おー」

 

 やがて、どちらからということもなく二人は同時に休む体勢に入った。

 明日に、否、いつかに備えるように二人は身体を休めて眠りにつく――はずだった。

 

「……気づいてるよな?」

「おう、どうするコータ?」

 

 そんな二人に何かが迫る。

 まだ今日は終わらない。

 

 ********

 

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