【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。 作:行方不明
荒野のど真ん中。そこは、何かがあったのだろう場所だった。
元は豊かな草原だったのか、はたまた命茂る森だったのか。
狂気デジモンたちによって蹂躙されたのか、それともただの自然災害でか。
誰がやったにせよ、何の結果にせよ、そこはこの数日で荒野へと変わり果ててしまった場所だった。
そんな場所で、メイクラックモンVMは静かに待っていた。誰を? 決まっている。
「メイクーモンッ!」
自分にとっていろいろな意味で大きな意味を持つ、コータたちを。
ドルグレモンとその背に乗ってやって来たコータの姿に、メイクラックモンVMは安堵する。ボコモンたちの姿がないことに喜ぶ。
正真正銘ここにいるのはメイクラックモンVMと、コータとドルグレモンだけだった。
「さぁ、もう逃がさないぞ……!」
コータが決意を込めてそう言う。
「もう止めるんだ。こんなことして、何になるんだよ。これは生きるための戦いじゃない。戦わなくて済む道だってきっとある」
ドルグレモンが悲しそうに言う。
ああ、それがメイクラックモンVMには何とも悲しい。
「ココデ終ワリダ」
メイクラックモンVMは声を出した。女性らしさを持ちながら、獣のような低い声だった。その声は、いつぞやの自分とはかけ離れ過ぎていて、彼女も笑いそうになる。
「モウ、終ワリダ」
そして、メイクラックモンVMは手を挙げた。
「オ前タチノ望ム未来ナド、来ナイ」
その時、コータたちは悪寒を感じた。まるで全身から、それこそ指の先に至るまで、身体中が感じたものが一瞬で身体を駆け巡って頭に到達したかのような、そんな気がした。
コータたちは悟っていた。目には見えない何かが、世界中からここに集まっている、と。それに気づけたのは、あるいは本能か。
「我ガ使命、果タス時――!」
ニヤリと、さまざまな想いを込めてメイクラックモンVMは笑った。
その意味が彼らに届いたのか、コータたちは顔を険しくする。
そして、
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮。
世界中から集まってきたモノが、メイクラックモンVMに収束する。その身体からは、黒い煙のような光が現れた。
まるで卵のようだ。メイクラックモンVMの身体に収束した何かが、別の形となって解き放たれようとしているかのようだった。
「……」
「わかってる!」
「でも、コータ」
「わかってる!」
「……」
「……わかってるんだ。……ドルグレモン。撃て」
絞り出したような、コータの声にドルグレモンは従った。
ドルグレモンは空高くにまで上昇する。
「“メタルメテオ”!」
鉄球を放つ。鉄の隕石が降った。卵を、潰した。
「……わかってるだろ。ドルグレモン」
「うん」
「こんなことしたって、無駄だって」
「そうだね。それでも、もしかしたらに賭けたかったんだ」
鉄の隕石は卵を潰した。それは卵の中にいる何かが、卵から孵るのを防ぐ――つまりは、戦わずにして勝つということをしたかったのだ。
ここだけは、戦いたくなかったから。
「ニャー……」
この場にいた全員が、猫のようなか細い幻聴を聞いた。それを、
そして、鉄の隕石が空を舞った。卵を押し潰していたはずの鉄球が、恐ろしいまでの力で吹き飛ばされたのだ。しかも、明らかに指向性を持たされて。
返ってきた鉄球がどこに飛んでいくかなど、決まっている。全速力で返ってきた自らの技を、ドルグレモンは回避した。
「サァ、モハヤ狂気ナド必要ナイ。タダ死ネ。敗者トナレ」
そして、見る。
そこにいたのは、獣天使。二対の汚らわしい羽根を持ち、金色の鎧を着込む者。禍々しい紫の結晶爪を武器にする、究極体デジモン――ラグエルモンだ。
「コータ」
「ん?」
「逃げる?」
「……逃げたい。でも、逃げない」
「だよね」
言葉短く、ドルグレモンとコータは会話した。軽い口調ではあったが、その顔は険しい。
実際、やはりラグエルモンの方が格上で、ドルグレモンには勝ち目が少ない。それでも、ここだけは戦わなければいけなかった。例え、万が一として逃げられるとしても。
こうして直接の機会を得て、コータたちはわかった。
この戦いは、いつも通り生きるためなどという単純な戦いではない。
「ドルグレモン――」
「おう」
この戦いは、自分の中にある望みを現実のものとするための戦いだ。
「――勝つぞ」
「おうっ!」
言うが早いか、コータたちはラグエルモンに突撃する。
そんな彼らを前にして、ラグエルモンは笑った。
タイミングを合わせて、ラグエルモンは爪を振るう。だが、その爪は空を切った。タイミングを合わせたはずなのに。
見れば、直前でドルグレモンは急上昇していた。そして、ラグエルモンの爪撃直後の技後硬直の瞬間を狙って、技を放つ。
タメのいる大技ではなく、小技。成熟期だった頃の彼の技。
「“パワーメタル”ッ!」
完全体になったことで威力だけは上がっている鉄球が、ラグエルモンに直撃する。
甲高く大きな音が鳴った。見れば、その鎧の腹部分に僅かな傷がついていた。だが、それだけだ。鎧はその本来の在り方を示したとばかりに、ラグエルモン自身はノーダメージだった。
「まだだ!」
「“パワーメタル”ッ!」
もちろん、コータたちもこれくらいで倒せるとは思っていないのだろう。再度の技が放たれる。
だが、技後硬直から解放されたラグエルモンには、その程度の技など敵ではない。軽く腕を振るっただけで、鉄球を細切れにした。
「“パワーメタル”連打ァ!」
上空から、馬鹿の一つ覚えみたいに同じ技をドルグレモンは放ち続ける。それしか選択肢がないから。それ以外、例えば接近戦を挑みでもしたら、その瞬間に負けるのがわかるから。
雨あられと降り注ぐ鉄球。喰らっても大したダメージにはならないだろうに、ラグエルモンはわざわざ迎撃を選択する。あるいはそれは、何らかの思惑があってのことか。
「早ク、ハヤク、シロ。“フォルムタラニス”!」
両爪と尻尾の刺が振り回される。十を超えて降り注ぐ鉄球、そのすべてを切り刻んだ。
そして、ラグエルモンはドルグレモンを見つめる。やろうと思えば反撃ができただろうに、しなかった。それはまるでお前の攻撃など通じないぞ、と嘲っているようだった。あるいは、最大火力を撃ってこいと挑発しているのか。
「コータ……行くよ」
「ああ、やれっ!」
「“メタル――」
溜めの問題で出来なかっただろう、その一撃を放つ。今までにないほど、文字通り最大の一撃を、渾身で放つ。
「――メテオ”!」
ああ、その鉄の隕石は、ラグエルモンにとっては空を覆うほどの巨大さに見えたことだろう。
それでも、ラグエルモンは冷静だった。冷静なままに、その両腕と腹を向ける。
「“パーホルス”!」
放たれたのは、レーザー弾。隕石に比べて遥かに小さいそれが、隕石を押し戻す。
技に全力を出していたドルグレモンに、返ってきたそれを躱す術はなかった。己の必殺を返されて、ついにドルグレモンは撃墜される。
「ど、どるぐれもん……」
「大丈、っぐぅ!」
コータたちは地面の上でうめいていた。
彼らにとって幸いだったのは、当たったのがレーザー弾ではなく押し返された自らの技だったことか。仮にレーザー弾だったら、彼らはもうこの世にはいなかっただろう。
「……終ワリカ」
そして、そんな彼らの下に、ラグエルモンが来る。
彼女はドルグレモンを足蹴にし、動けないようにする。逃げられないようにか、それとも他に理由があるのか。
何にせよ、そこまで近づいてきて、コータたちはその顔をまじまじと見ることになった。複雑な表情だった。だが、どこか、そう、メイクーモンの面影がある表情だった。
「……」
「……」
だから、コータたちはつい黙ってしまった。
悲痛な表情で、黙り込む。そして、一瞬後に彼らはどちらともなく力ない様子で笑った。
「あーぁ……結局、勝てなかったよな」コータが笑う。
「こんなことなら、出会わなければ良かった?」ドルグレモンも笑った。
「わかんないよ、そんなん」
「だよね」
ラグエルモンが冷徹な目を向ける中で、コータたちはまるで辞世の句を唱えるかのように、それでいて余りにも日常的に会話していた。
それは、何とも違和感のある光景だった。
「……メイクーモン」
コータは、ラグエルモンに話しかけた。
「オレたちはお前を殺すよ。オレたちは生きたいんだ。お前に殺されるつもりもお前と一緒に死ぬつもりもない。だから、オレたちはお前を殺すんだ」
そう、コータは宣言した。
それは責任転嫁しないという意思表明で、自分たちの望む未来を諦めるという決意だった。
その決意が、もしくは■■が、あるいは別の何かが、この現実に空想を導く。存在し得ない空想が、道理に雁字搦めの現実を打ち壊すために、解き放たれる。
「……」
ラグエルモンはその決意の篭った言葉を聞き届けた瞬間、彼女は凄まじい力で吹き飛ばされた。
「さようならだねぇ、メイクーモン。俺たちは生きるよ」
そこにいたのはドルグレモンではなかった。
そこにいたのは、ドラゴンだ。その強大なイメージが具現化したとばかりの、威圧的な姿。今までの獣的な姿から、雄々しい剣のような姿となった、破壊の権化。
ドルゴラモンと呼ばれる、究極体デジモン。
「ドルゴラモン……殺せ」
コータが笑ってそう言う。顔を歪めて、笑いながら言う。
「“ブレイブ――」
気持ちは同じだとでも言うのか、ドルゴラモンは何も言わずにラグエルモンに向かう――!
********
――なんでオレたちが!
――嫌だ、いやだぁ!
――助けて! 誰かぁ!
聞こえてくる。
――お前さえいなければ!
――俺だけが生き残るんだ!
――苦しい、苦しいよぉ!
聞こえてくる。
――なんで僕たちがこんな目に遭うんだ。
――なんであいつらは生き残るんだ。
――なんで俺たちだけが死ぬんだ。
聞こえてくる。
――なんで。
――なんで。
――なんで。
――なんで!
ああ、それは怨嗟の声だ。理不尽を嘆く、世界中のあらゆる声だ。メイクラックモンVMが狂気として世界中に撒き散らし、ラグエルモンへと進化するために集めた、理不尽を呪うエネルギーだ。
それが、絶えずラグエルモンの耳を蝕んでいた。
「“ブレイブ――」
「……」
彼女が思い起こすのは、少し前。まだ彼女がメイクーモンと呼ばれる成熟期デジモンだった頃、まだ何も知らなかった最も幸せだった頃。
彼女は、理不尽な死を見た。
数と数のぶつかり合いで、何人もが死んだ。たった二体の力のぶつけ合いで、何人もが吹き飛んだ。
それを前にして、彼女は衝撃を受けた。
命はそんな簡単に消えていいものではないのに。命はもっと純粋なものなのに。
理不尽な死による大きな衝撃を前にして、彼女は思い出してしまったのだ。自らの使命を。自らのことを。だから、彼女はただただ悲しかった。
理不尽を撒き散らす側として覚醒しなければならなかったことも。友達を導かなければならなかったことも。
彼女はそんな役割になってしまった自分が嫌だった。友達を裏切るのが嫌だった。
「……」
追ってこないでくれ、とも思った。それでも追ってきてくれたことが嬉しくて、彼らの苦難を望んでしまった、そんな自分自身に嫌気が差して彼女はまた自分が嫌いになる。
だから、彼女は思うのだ。
生きていては“役割”によって世界を汚してしまうのだから、どうせ自分は生きてはいけない。何より、こんな嫌いな自分など生きていたくない。だから、死ぬべきだ。……ただ。
「ニャー」
ただ許されるのならば、自分を殺してくれる相手は友達だった彼らがいい、と。
彼らはそんな彼女の意思を受け取ってくれた。そこには正しく友情があって、だから、彼らはこの場で進化したのだ。その友情が、友達の
自分の主の思惑などではなく、そうであったらいいと彼女は妄想する。
「――メタル”!」
せめて罪悪感など抱かないようにしたつもりだったが、彼女には演技の才能はなかったらしい。
本当に申し訳ないことをしたと思いつつ、せめてもと彼女の口は軽い弧を描く。
「さよなら、ニャ」
そうして、彼女は笑って
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少年たちが求めたのは、友といる未来だった。友が求めたのは、自らのいない未来だった。
少年たちは友の願いを汲んで、自らの願いを諦めた。
悲しいし、辛い。ただ、そう。初めから変わっていなかった友の笑顔だけを、彼らは胸に刻み込んで――そうして、彼らはまだ生きる。
偶然にもTri最終章が上映されるこの日に、この話が投稿される予定になったこと、ちょっとビックリしております。
まぁ、いろいろと前提が違うために今作とTriのメイクーモン関係についての比較はできませんが。
ともあれ、今作ではここでメイクーモンは退場です。
それでは次回もよろしければよろしくお願いします。