【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第二話~未知との遭遇~

 慌ただしい音が近づいてくる。明らかな足音。それも、一つではない。

 何者かが、近づいてきている――!

 

「ドルモンっ!」

「おうっ」

 

 コータとドルモンはすぐに立ち上がって、警戒するように音の方向に目を向けた。

 夜の闇の中、うっすらと何かが見えた。だんだんと近づいてきている何かが見えた。だが、まだよく見えない。

 とはいえ、生き物が外を認識する方法は視界だけに収まらない。例えば、聴覚。コータとドルモンの耳は、確かに音を捉えていた。足音と共に聞こえる、虫のような羽音。

 ああ、ここまで来ればコータもドルモンも何が近づいてきているか、わかっていた。

 

「っ、クワガーモンだっ」

 

 クワガーモン。成熟期と呼ばれるレベルの、巨大な赤いクワガタのようなデジモンだ。

 ちなみに、ドルモンは成熟期の前の成長期と呼ばれるレベルで、言ってしまえば格下である。戦うのは分が悪い。だが。

 

「どうする――!」

「仕方ない、やるぞっ」

 

 だが、ここは荒野で、付近にある川は浅い。隠れる場所はない。逃げる時間もない。

 自分たちを狙わないということも、あ・り・え・な・い・。だって、ドルモンは抗体持ちなのだから。

 だから、戦うしかない。現実逃避する時間はない。生き残りたいのなら、ありえない可能性を妄想するよりも、僅かな可能性に全力で賭けるしかない。

 それを、コータもドルモンも知ってわかっている。

 

「初撃、こっちから行くぞ。甲殻は硬い。同じ場所に全力で叩き込んで貫く」

「おう。“メタルキャノン”ッ」

 

 瞬間、ドルモンの口から吐き出されたのは、鉄球。生物的にはありえない現象だが、デジモンは地球の生物の範疇で語れる存在ではない。

 それぞれの種に特徴があって、特殊な能力を備えているものもいて、その特徴や能力を武器とするのがデジモンだからこそ。

 

「おらぁっ、おらぁっ、おらぁっ、おらぁっ」

 

 絶えず吐き出され続ける鉄球。

 そのどれもが、寸分違わずに一直線に飛んでいく。

 

「――!」

 

 それは、まるで意図していなかったとばかりに、クワガーモンの腹に吸い込まれるように入っていった。鉄球はクワガーモンの腹に当たる度、砕ける。

 それでも、続ける。

 これが最初にして最後の好奇。逃す馬鹿はいない。

 

「おらぁっ、おらぁっ、おらぁっ、おらぁっ」

 

 ドルモンは体力の続く限り、クワガーモンの腹に鉄球を吐き出し続けた。

 

「――!」

 

 クワガーモンがいい加減にしろとばかりに動き出す。

 

「っ、ドルモン! 引くなっ」

「おうよぅっ」

 

 だが、ここで引いては勝ち目がなくなってしまう。

 だから、ドルモンは引きたい気持ちを抑えて、鉄球を吐き出すことに専念する。

 そして、数分後。

 

「……――」

 

 地に伏したのはクワガーモンの方だった。

 コータとドルモンは何とか生き残ることができたのだ。

 ああ、何とか、本当に何とか生き残れたとしか言えない。

 なにせ、クワガーモンはまだ死んでいない。ドルモンの全力をもってしても、気絶させることしかできなかったのだ。トドメを刺すだけの能力と体力もない。

 なので、彼らのやるべきことはクワガーモンが起き上がる前に逃げ出すことなのだが。

 

「こ、こーたぁ……」

「っく、おまえ、重いんだよ……!」

「ひでぇよぉー」

 

 さすがに人一人を背負って走れるほどの獣竜だから、かなり重い。どちらも疲れているので、なおさら重い。

 コータはドルモンを背負って歩くが、はっきり言って遅い。その足は生まれたての小鹿のように震えていて、息は興奮した変質者のように荒く、その速度はナメクジに例えても良いほどに遅い。

 

「っくぅううううう!」力を込めて、一歩一歩着実にコータは歩く。

 

 そんな彼の目の前を、とても腹立つことに、二足歩行の猫が呑気そうに横切った。

 

「……は?」

「痛っ。ひどい、落とすなよっ。おい、コータ? 聞いてんのか? おいっ」

 

 ドルモンの抗議の声も届かない。

 コータは目の前にいる猫――正確には、猫のようなデジモンに驚いていた。まぁ、二足歩行で歩く猫がいたら、人間ならば誰だって目を奪われるだろうが。

 

「……あの」

 

 猫が声を発する。

 そこでようやく、ドルモンも目の前の猫に気づいたらしい。コータもドルモンも、猫の一挙一動を注視する。

 

「助けてくれて、ありがとう……にゃ」そして聞こえてきた言葉は、意味不明だった。

「は?」

 

 いや、もちろん言葉の意味はわかる。

 だが、コータもドルモンも目の前の猫を助けた記憶などない。二人は首を傾げた。

 

「えっと、クワガーモンから助けてくれたからにゃ」

「……あぁっ!」

「もしかして」

 

 聞けば、クワガーモンに襲われていたのはこの猫だったらしい。ということは、何もしなくてもコータたちが襲われた可能性は低かったということだ。

 無駄に疲れてしまった、とコータたちは肩が重くなった気がした。

 いや、まぁ、このご時世では貴重である友好的な相手を助けられたのだから、全くの無駄ではなかったのだが。

 

「ニーはメイクーモンっていうにゃ!」

「メイクーモン……?」

 

 聞きなれない名前に、コータはドルモンを見る。

 ドルモンは首を横に振った。どうやら、知らないらしい。

 

「おっと、オレはコータ。よろしく」

「俺はドルモンだ。よろしくなっ」

「っ。よろしくにゃ!」

 

 コータたちから差し出された手を、メイクーモンは本当に嬉しそうに握った。というか、ちょっと泣きそうになっている。

 

「ど、どうかしたのか?」

「うっ、ニーはずっと……みんなから襲われてたから……こんなに優しくしてくれるのが……初めてでっ。すっごく暖かいのにゃー……」

 

 得がたい宝物のように、メイクーモンはコータたちの手を掴んで離そうとしない。

 何となく気恥ずかしくなって、コータたちは空いている手で自分の頬を掻いた。

 

「ま、まぁ、それはいいけどさ。とりあえず移動しないか?」

「にゃ?」

「後ろのが起きると困るし……」

 

 コータが後ろで倒れているクワガーモンを指差す。

 メイクーモンの毛が逆立った。今の今まで忘れていたとばかりに。

 

「わかったにゃ」

「じゃあ、行こうか。そろそろ休んだだろ。ドルモン」

「えー。おんぶしてくれよー」

 

 ドルモンが情けない声を上げる。だが、それが不可能なのは先ほどのことでわかりきっている。

 どうしたものかとコータが悩んだその瞬間に、意外なところから声が上がった。メイクーモンだ。

 

「じゃあ、お礼にニーが運ぶにゃ」

「え、持てるの?」

「運べるにゃ?」

 

 言うが早いか、メイクーモンはドルモンを軽々と持ち上げた。ちなみに言うと、メイクーモンはドルモンよりもずっと小さい。人を背負って走れるドルモンと比べて、メイクーモンは人に抱かれる程度の大きさだ。

 そんなメイクーモンが、ドルモンを軽々と持ち上げている。違和感しかない。

 

「な、なぁ、一応聞くけど、成長期だよな?」驚きを隠さず、コータが聞く。

「成熟期にゃ」

「……」

 

 まさかの格上だった。というか、クワガーモンと同格だ。

 じゃあ、なんでさっきは逃げていたんだ。ドルモンとコータは内心に湧き上がる疑問を抑えられなかった。

 曰く「怖いからにゃ」とのことだが。まぁ、力があるからといって戦いに向く性格をしているかというとまた別の問題なのだろう。コータたちは無理矢理にそう納得することにした。

 

「じゃあ、行こうか」

「にゃっ」

 

 何はともあれ、コータたちは歩き出す。夜中の移動は避けたかったのだが、仕方ない。少なくともあのクワガーモンに感知されない場所まで行かなければならなかった。

 

「そういや、なんで襲われてたんだ?」

 

 移動しながら、コータたちは話す。

 

「わからない、にゃ」

「わからない?」

「にゃ。いつもいつもなんでか襲われるにゃ」

「……それは変だな」担がれているだけのドルモンが声を上げた。

「変?」

 

 コータもメイクーモンも彼が何を言いたいかがわからなくて、首を傾げる。

 自分以外の誰もがわかっていないことにドルモンは呆れながらも、語れる優越感を若干覚えて口を開いた。

 

「だって、お前はX抗体を持っていないだろ」

「えっ」

 

 X抗体――それは、文字通りにXウィルスに対する抗体。ドルモンも持っているモノ。それを持っているか持っていないかで、今のデジモンは何もかもが違う。

 持っていないものはXウィルスに対する恐怖を、そして一刻も早く手に入れなければならないという焦燥を。

 持っているものはそれを奪・わ・れ・る・恐怖と、奪いに来るものとの終わらない戦いを。

 持っていなければならないが、持っていれば持っていたで厄介事が舞い込む。それがX抗体。

 今のご時世、それを持っているだけで襲われる。持っていないものは基本、襲うことはあっても襲われることはない。

 で、あるのに。

 

「ニーはそのX抗体は持っていないにゃ」

 

 メイクーモンは持っていないという。

 

「えっ、大丈夫なのか?」

「にゃ。デジモンを削除ころすするXウィルス――。世界中に蔓延するそれも、なぜかニーは関係ないみたいにゃ」

「えぇ……そんなことあんのかぁ?」ドルモンが不思議そうに首を傾げる。一方で、やはりメイクーモン自身もわからないようで、首を振った。

「わからないにゃ。初めは、関係ないから抗体持ちと間違われて襲われると思ったにゃ」

 

 その言い方はつまり、そういうこととは関係なく襲われているということだ。

 

「しっかし、メイクーモンも運がないよなぁ」ドルモンが呆れたように呟いた。

「にゃ?」

「今時、この旧世界じゃX抗体を持っていないデジモンは希少種だぜ?」

 

 世界に蔓延するXウィルスで、全デジモンの九十八パーセントが死滅している。残りの約二パーセントがX抗体に進化したわけで、この旧世界に置・い・て・い・か・れ・た・デジモンの中で抗体を持たない通常デジモンのまま生きていられたものは、それこそ数えられるくらいだろう。

 そんな希少なデジモンに何度も襲われているというのだから、運がないというよりもいっそ作為的なものさえ感じる。

 

「うーん。メイクーモンには何か、あるのかもしれないな。なっ、コータ?」

「ああ。もしそれを広められたら、世界ももう少しマシになるのかもしれないけど……」

「力になれそうになくてごめんにゃ」

「いやいや」

 

 結局、スッキリとしないモヤモヤだけが残ることになった。

 メイクーモンは空を見上げる。そこには、相変わらず光り輝いた巨星だけがあって。

 

「ニーはあそこに行きたいにゃ。あの新世界に」

 

 会話の中で今までの苦労を思い出したのか、疲れたようにメイクーモンは呟いた。

 

「新世界に?」

「ニーは気づいたにゃ。なぜか、X抗体持ちには襲われないことに」

「……それは」

 

 今、X抗体を獲得したデジモンは新世界に次々と移動している。

 まぁ、当然だ。誰だって、ウィルスが蔓延する世界にはいたくない。今、この世界に残っているのは運良く未だウィルスに罹っていない者や、訳あって新世界へ行きたくないという偏屈な者だけだ。

 

「でも、新世界は抗体持ちじゃないデジモンだっているぜ? それに――」

「ドルモン!」

「うっ、だってそうだろ……」

 

 ドルモンの茶々に、メイクーモンは泣きそうになりながらも言った。それでもいいから、と。メイクーモンだって、本当はわかっているのだ。

 デジモンという存在そのものが少ない旧世界よりも、新世界の方がずっと過酷なことは。なにせX抗体の奪い合い、Xウィルスに対する生存闘争は新世界の方に場所を移したのだから。

 

「……じゃ、一緒に行くか?」それでも決意を鈍らせないメイクーモンに、ドルモンは笑って言った。

「にゃ?」

「なぁ、いいだろ。コータ?」

 

 ドルモンの言葉に、コータは苦笑って頷く。

 彼らの厚意に、メイクーモンはまた泣きそうになった。それでも、涙は流さない。代わりに笑う。

 

「うんっ、よろしくにゃっ!」

 

 涙ながらの笑顔だった。

 思わず、コータは笑う。担がれているドルモンも、笑う。

 

「ところで、行き方は知っているのか?」

「……」

 

 先行きが不安だった。

 

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