【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第三十二話~レジスタンス~

 何とか危機を脱せられたコータたち。

 彼らは今、情報収集のためにもワームモンに連れられてレジスタンスのアジトに向かっていた、のだが。

 

「臭い」

「アウ」

 

 とても、臭い。

 レジスタンスのアジトというだけあって、隠されているらしい。それはまぁいい。隠されている場所に行くにあたって、普通は通らない場所を通っている。それもまぁいい。

 だが、それが地下排水路で、あらゆる生活排水の詰め合わせみたいなものが流れている側を通るなんて、それはさすがに良くはない。

 コータとトコモンは今にも鼻が曲がりそうだった。

 

「僕は慣れてるけど、確かに酷い臭いだよね」とワームモンが笑いながら言う。

「慣れるんだこれ……」

 

 慣れたくはない。コータとトコモンは同じように思った。

 

「しっかし、すごいよな」嫌なものを見る目で、時折汚物さえ流れることさえある排水路を眺めたコータは、感心した風に言う。

「……? 何が?」

「だって、大して地下を流れているわけでもないだろ?」

 

 コータたちはマンホールからここに降りてきた。だが、その距離は二十数メートルあるかないかというくらいで、つまりここは地下二十数メートルの場所である。

 地上から遠いというほどでもないのに、これほどの異臭が地上まで届いていないのだ。

 

「普通、こんだけ臭ければ地上まで臭いが届きそうなもんだけどな」

「ああ、それ。地上までの地面には臭いが吸収されるプログラムがセットされてるからね。届くはずもないよ」

「へー」

「ま、これくらいは出来なきゃ未来を司る世界とは言えないってことだろうね。反吐が出るけど」

 

 何を思ったのか、そう言ったワームモンの顔はどこか厳しいものだった。

 

 ********

 

 そうして、地下排水路を行くこと数時間。

 地下の代わり映えしない、まぁ、この世界では地上でも代わり映えはしないだろうが、とにかく閉鎖空間の中を歩き続けてしばらく経った頃。

 時間間隔が薄くなったためにどれだけ歩いたかはわからないが、コータたちは目的地に到着した。

 地下排水が流れ込む、滝のようになっている場所があって、そこの隅に扉があったのだ。

 

「汚い滝だな」

「アウ~」

「あ、あんまり近づかない方がいいよ。飛沫とか、たまにいろいろと飛んでくるから」

 

 ワームモンの注意が聞こえた瞬間に、コータとトコモンは素早い動きで排水滝から距離をとった。まぁ、汚い飛沫はもうかかってしまったのだろうが。

 何はともあれ、ワームモンが開けた扉に入る。

 

「……またかよ!」

「アウアウ」

 

 その先にあったのは、扉だった。

 

「ああ、これ含めてあと四つあるよ」

「なんでっ!?」

 

 釈然としないものを感じながらも、コータたちは次から次へと扉を潜っていく。

 そして、最後の扉の前、そこには――

 

「はっ! お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

 

 ――そこには、門番なのだろう二匹の黄色い汚物。

 スカモンと呼ばれる、ウンコに手足が生えた成熟期デジモンである。

 

「……」

「……」

 

 コータとトコモンは顔を見合わせて溜息を吐きたくなった。吐かなかったが。

 

「む、そちらの方は――」

「あ、仲間候補だよ」

「なるほど! よろしくお願いします!」

 

 スカモンたちに手を差し出されて、コータたちは握手をした。

 その際、咄嗟に頬を引き攣らせないように努力をしたのはコータだった。

 まぁ、多少は顔に出ていたのだが、もう一方のトコモンが思いっきり嫌を顔に出していたことに比べれば、些細なことだろう。

 

「ふむふむ、良い匂いを漂わせている方たちですな。是非仲良くしたいです!」

「……え」

「……アウ?」

 

 何を言われているのかわからなくて、コータとトコモンは呆然とした。

 

「この熟成した糞尿の香り……なかなかのオブチストですね!」

「オブチスト?」

「またまたぁ、隠さなくてもわかっておりますよ。汚物や排水の匂いをこよなく愛する者たち! 仲間が出来て嬉しいです!」

 

 もしや、レジスタンスとはそのオブチストとやらの集まりなのだろうか。もしや、清潔さに対するレジスタンスなのだろうか。

 コータとトコモンは早くもワームモンについて来たことを後悔し始めていた。

 

「っていうか、もしかしてオレ臭い?」

「アウ――」

 

 散々と排水路を臭い臭いと言っていたが、まさか自分たちも訳のわからん汚物に好かれる臭いを放っていたとは。

 コータとトコモンは愕然とするしかなかった。

 場所が場所であれば、そのまま崩れ落ちそうだった。

 

「いや、排水路の臭いが移っただけだから。あと、レジスタンスはそんな臭いフェチ集団の集まりじゃないからね!」

 

 そんなコータたちに、ワームモンが焦ったように弁解した。

 まぁ、レジスタンスの尊厳のために、そして自分が汚物好きの一員と思われないためにも、必死だったのだろう。

 

「えー?」

「アウー?」

 

 何はともあれ、誤解も一応は解けて、コータたちはようやくアジトの中に入る。

 アジトはそこそこ小さかった。

 

「アウーアウアウ」

 

 こんなのがアジトかよと言いたげなトコモンが嘲笑を浮かべるくらいには、狭かった。

 

「ごめんね、狭くて。元々は排水路のシステム管理室でね。オートメーション化されてもう使われなくなってたから、レジスタンスが再利用させてもらってるんだ」

「へぇー」

「機械は弄らないでね。未だ生きている部分あるから。それ以外ならどこでもいいから、座ってゆっくりしてよ」

 

 辺りを見渡せば、確かにスクリーンや操作パネルなどのさまざまな機械が置いてあった。

 しかし、そのどれもがそこそこ大きい。空中投影スクリーンなんてものがあった地上と比べて、一昔前感を抱かされる。

 

「それで、レジスタンスって言ってたけど?」

「ああ、うん。そうだよ。今はみんな出払ってるけどね」

「何のレジスタンスなんだ? まさか本当に清潔な世界に対するレジスタンスとは、言わないよな?」

 

 先ほどのウンコ共(スカモンたち)のこともあって、冗談混じりにコータは聞いた。

 すると、ワームモンも笑いながら、冗談混じりに「まぁ、それでも間違ってはいないかな」と言う。

 

「今のオレたちはこの未来世界がわからないんだ。教えて欲しい。デジモンの世界は生存闘争の世界だと思ってた。でも、ここは――」

「そうだね。順を追って話そうか。XプログラムやX抗体のことは知ってるよね?」

「もちろん」

 

 何を当たり前のことを、とコータが頷けば、ワームモンは「それはよかった。そこを知らないなんて言われると面倒だからね」と笑う。

 どうやら、前提条件を確認しておきたかっただけらしい。

 

「ベルサンディやウルドではXプログラムの蔓延とX抗体の獲得について、同じ回答を出した。すなわち奪い合い、過酷なまでの生存闘争だ」

 

 X抗体を得なければ生きられない。それを得るために得た者から奪う。それを奪われそうになるから、奪おうとしたものを倒す。

 そんなことの繰り返しが、過酷な弱肉強食の世界を作り出した。

 その流れを良しとしたのは、仕方ないとはいえ生きる為に必死だったデジモンたちだ。

 その弱肉強食の世界をこのXの事態の回答としたのは、現在や過去の世界に生きるデジモンたちだ。

 自分が生きるのに必死だった彼らでは、それ以外の答えを見つけられなかったのだ。

 だが、しかし。

 

「だけどね、このスクルドでは別の回答を出した」

 

 この未来の世界では、Xの事態に対して過去や現在とは別の答えを見つけ出した。

 それはある意味ではとても利口な、別の意味ではとても愚かな答えであるにも関わらず、この世界に生きる者たちはそれを良しとした。

 

「ここの住人はね、捨てたんだよ。デジモンとしての在り方――生命の誇りを」

 

 デジモンは、種によって向き不向きはあるとはいえ、戦う生命体だ。世界がこうなる前、Xプログラムが蔓延する前からでさえ、少なからず生存闘争の風潮はあった。

 デジモンの生には、少なからず戦いというものが組み込まれているのだ。戦い、というものはデジモンにとって重要なものであったのだ。

 だが、ここに生きる彼らは生き延びるために、それを放棄した。デジモンは戦う生命体であると定義づけるのならば、彼らはデジモンであることを捨てたとさえ言えるかもしれない。

 

「Xプログラムの蔓延に対して、徹底的な管理社会を築いた。X抗体を獲得した者たちの中で反社会的な考えのデジモンを存在を社会ぐるみで討伐し、そのX抗体を捕獲、培養し、社会全体に配布する」

「培養? 配布? ……X抗体を?」

「そう。本物には及ばなくとも、少なくとも当面の命の危機は避けられる」

 

 未来の住人たちは戦うことを、抗うことを止めた。管理システムの下、公正と公平を求めたのだ。

 その結果が、先ほどの放送である。ランダムで選ばれた住人を削除し、その個体が持っていた培養X抗体や素材(データ)を再び社会に還元する。そうすることで、社会全体の秩序と安寧を維持するのだ。

 誰もが与えられた役割を全うし、社会の歯車となる、ここはそれだけの世界。

 自由はないが、平等はある、世界。

 

「職業から日々の食事、友人や仲間まで全部決められる」

「それで生きているって言えるのか?」

「言えないよ。ここの未来世界は死に直面した時、死にたくないと願う余りに生きることを止めたんだ。生きられないが、死なない。そんな世界を作ったんだ」

 

 この未来世界にもX抗体を自然に獲得できるような、いわゆる我の強いデジモンもいたのだろう。だが、そんなデジモンはこの社会が作られた時点で、この社会には必要ないと淘汰されている。

 だから、今の未来世界はこの社会構造を何とも思わないデジモンで溢れている。

 

「皮肉な話だよね。過酷な世界に適応するために生まれた強い者(X抗体持ち)は、その世界に適応した社会では生き残れない。生きようと望む強い者が生きられない、弱い者がみんな生きられる社会になったんだ」

「だから、ここでもレジスタンスが出来たんだな」

「そうだよ。僕たちレジスタンスは、そんな社会に反旗を翻したデジモンたちの集まりさ」

 

 そう言ったワームモンは、しかし、どこか力なく笑う。

 アジトと呼ばれるこの場所の広さを見れば、何となくだがその理由はコータにもわかった。

 

「僕たちはこの社会を壊す。ウルドやベルサンディのようにデジモンが生きる世界を、作り出す。だからこそ、君たちにはレジスタンスに入って欲しい。君たちみたいな者はもうこの世界にはいないから。君たちみたいな者にこそ、力を貸して欲しいんだ!」

 

 ワームモンは懇願する。

 一方で、コータは迷った。トコモンはどうでも良さげに欠伸をしているが。

 確かに、この社会はコータとしてはごめんこうむる社会だ。だが、しかし、それを壊したいと肩入れするほどにこの社会には思い入れがないわけで。

 だからこそ、数瞬迷ったコータが再び口を開いて――

 

「た、大変です!」

 

 ――その瞬間のことだった。

 扉を蹴破るようにやって来たのは、緑色のナメクジのようなデジモン(ヌメモン)だ。また汚物系である。

 一体、レジスタンスの人員はどうなっているのか。少ししか話を聞いていないコータたちには未だ理解しきれない真面目な思想や理想があるのだろうが、本人たちは真面目であってもビジュアルが全力でふざけている。

 コータは微妙な気分になった。

 しかし、

 

「現在、Z-地区で戦闘発生! 未確認の獣竜型X抗体デジモンが奴らと戦ってる模様!」

 

 ヌメモンの報告は、彼のそんな気分を跡形もなく吹き飛ばしたのだった。

 




汚物が反逆する世界に生きるということ、それが未来に生きるということ。
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