【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第三十三話~個か全か~

 数時間前まで遡る。コータたちが不法侵入で通報されていた頃のことだ。

 その時、街を歩くのは一匹の犬。地獄の猛犬のような姿のそのデジモンは、ケルベロモンX抗体だ。デジモンたちが行き交う中、彼が目指すのは自分の住処。

 企業ビルとは別の、居住ビルの一階の部分だ。まぁ、企業のあるビルも居住用のビルも外観自体は変わらないのだが、住んでいる者たちにとっては見分けがついているらしい。彼は迷うことなく自分の部屋があるビルに入っていった。

 

「噂になってたぜ」

 

 部屋に入るや否や、彼は独り言のように呟く。

 この部屋は一人用の部屋であるため、普段のこの時間帯では家主の彼以外がいるはずがない――

 

「なるほどのう。やっぱりあやつらもここにおったか」

 

 ――はずなのだが。

 ケルベロモンX抗体の声に応じる声があった。

 

「無事だといいけど……」

「無事じゃろ。そう簡単にくたばるものか。それにいざという時には……まぁ、アテにはならんがトコモンもおるからの」

 

 しかも、二つも。

 

「ずいぶんと信頼してんだな」ケルベロモンX抗体がそう聞くと、

「当然だ!」と自信満々な声が飛んできた。

 

 だからだろう。声の主を羨ましそうに見ながらも、ケルベロモンX抗体はそんな内心を認めるのが癪で、ジト目で言うのだ。

 

「ところで、デカブツもっと気を遣え。狭いんだよ。部屋壊すな。縮め」

 

 そう言った彼の視線の先には、部屋の隅に押しやられているドルゴラモンの姿があった。

 というか、巨体のドルゴラモンが、ケルベロモンX抗体用の部屋に無理矢理に入っているため、部屋の密度が凄いことになっている。

 ドルゴラモンは体育座りだった。その状態で丸まって、それでようやく天井に翼がぶち当たる程度の広さしかないのが、この部屋だ。一体どうやって部屋に入ったというのか。

 

「無茶言うな! 俺だって好きで窮屈な思いをしてない!」

「テメェの身体、ただでさえ剣みてぇに尖ってる部分が多いんだから細心の注意を払え。賃貸なんだぞここ」

「ちょうど見えなくなっとるが、あやつの翼で天井に傷が入っとるのは言わない方がいいかのう……?」

 

 ポツリと呟いたのは、ボコモンだ。

 このケルベロモンX抗体の部屋に、ドルゴラモンたち二人は招かれていた。いや、招かれていたというよりは、匿われていたと言うべきか。

 数時間前、この未来世界で目が覚めた彼らは近くにコータたちがいないことに気づいた。気づいて、探すためにも行動し始めたところで、彼らもまたあの宇宙人っぽいデジモンに追われたのである。まぁ、返り討ちにしたのだが。

 その際、彼ら――というかドルゴラモン――が壊した建物の中にいたのが、ケルベロモンX抗体だ。どうやら食事中だったらしい彼は、天地がひっくり返ったかのように驚いていた。

 で、外出禁止令を破った扱いにされてしまった彼を巻き込む感じで逃走を始めたドルゴラモンたちは、彼の部屋にお邪魔したのである。

 

「今更だけど、大丈夫か?」

「大丈夫じゃねぇよ! テメェらさえいなきゃぁよぉ。はぁ」

 

 ケルベロモンX抗体はさめざめと泣いていた。

 まぁ、それも仕方のない話だろう。彼としては、外出できないからとレストランで優雅に食事をしていたらテロリストが入ってきた上、その仲間と間違われて一緒に指名手配されたようなものだ。

 誰だってそんな事態になったのなら、どうしてこうなったと頭を抱えたくなるだろう。

 

「というかお前さん、自分の部屋に戻って来て大丈夫じゃったんか?」

「大丈夫じゃねぇな。テメェらが追っ手を全員のしちまったとはいえ、バッチリ監視カメラに見られてるだろうしな」

「え。監視!? じゃあ、こんな部屋で隠れている暇はないじゃ――!」

 

 ドルゴラモンが慌てたように動く。メキメキと音が鳴って、天井と床が僅かに破れた。

 ケルベロモンX抗体は悟った顔で泣いた。

 

「隠れたいって言ってテメェらが勝手に来たんだろうが!」

 

 ケルベロモンX抗体はヤケクソ気味に叫ぶ。

 ちなみに言うと、「とりあえず隠れて情報収集した方がいいのう。ドルゴラモンは身体が多いから目立つし」と言ったボコモンが諸悪の根源である。

 

「ま、しばらくは来ねぇだろうよ」

「なんで?」

「今月の時間だ」

「……?」

 

 何を言っているのかわからない、とばかりにドルゴラモンが首を傾げる。ミシミシと部屋の壁から変な音がした。

 ケルベロモンX抗体がドルゴラモンを睨む。ドルゴラモンは縮こまった。あまり意味はないが。

 

「毎月あるんだよ。栄誉受賞地区ってのがね」

「へー。栄誉受賞者かぁ。なんか良いもんもらえんの? そういうのがあるのはさすがスクルドターミナルって感じなんだなぁ」

「へぇ、ウルドやベルサンディにはないのか。変わってんなぁ」

 

 ドルゴラモンの反応に対して心底不思議そうにしながら、ケルベロモンX抗体は空中投影スクリーンを展開する。

 

「いやいやこっちが変わってるんだって!」

 

 一方で、その発言が信じられないドルゴラモンは感情の勢いのままに腕を動かした。大きな音がして、砂埃が天井からバラバラと落ちてくる。

 もはや何も気にしないとばかりに、ケルベロモンX抗体はスクリーンを見つめた。

 

――『では、次に今回の栄誉賞受賞地区を発表します』

 

 そして、スクリーンから聞こえてくる音声。

 

――『ランダム当選の結果、今回の受賞地区はZ-100地区に決まりました!』

 

 それが聞こえてきた瞬間、ケルベロモンX抗体の表情が消えた。信じられないものを見たような、無表情。やがてその無にとって変わって、諦めの表情が彼の顔を満たしていった。

 

「そっか。いよいよ俺達の番ってことか」静かに目を閉じて、言った。

 

 受賞地区とは一体何なのか、未だそれを知らないドルゴラモンとボコモンは首を傾げる。だが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。

 一番初めにそれに気づいたのは、ドルゴラモンだった。さすがの経験というべきか、相変わらずの本能というべきか。

 

「っ、ボコモン! ケルベロモン!」

 

 ともかく、それに気づいたドルゴラモンはすぐに行動を開始したのだ。

 部屋が壊れることにも気にせず、ボコモンとケルベロモンを掴んで自分の腹下に投げ入れる。すぐさま腕を振り回す。年月を重ねた大樹のような太い腕が勢いよく振り回され、外へと繋がる大穴が部屋に開けられる。

 だが、遅かった。 

 出口はあっても、自分だけならともかくとして、部屋の全員がその一瞬で脱出することは不可能だ。それに気づいたドルゴラモンは蹲るようにしてボコモンたちを庇う。

 

「静かに!」

 

 そしてその瞬間、世界が揺れた。

 雷が落ちたと錯覚するかのような、大音量。地震が起きたとばかりの、衝撃。

 建物がそれに耐えられなかったのか、崩壊する。狭い部屋の中にいたドルゴラモンたちは、その崩落に巻き込まれた。

 だが、ドルゴラモンはこの程度で死ぬほど柔くはない。

 

「おらぁっ!」

 

 気合と共に、ドルゴラモンは瓦礫を吹き飛ばす。幸いにして、雑な庇われ方だったボコモンたちも無事だった。

 そして、彼らはそれを見る。

 

「――!」

「これは……」

 

 ワスプモンたちがデジモンたちを殺して回っている。

 ファンビーモンたちが殺されたデジモンたちを上手いこと解体して、素材(データ)をどこかに運んでいる。

 そんな光景を、彼らは見た。

 

「なんで……!」

 

 だからこそ、ドルゴラモンは信じられない。

 無抵抗で殺されているデジモンたちが。

 

「別におかしなことじゃねぇだろ」

 

 そんなドルゴラモンに言うのは、ケルベロモンX抗体だ。

 

「これがスクルドターミナルの社会だ。これが、俺達だ。何もおかしいことはねぇ。誰かの栄誉ある献身のおかげで俺達は生きている。今度は俺達の番になった。それだけの話だろ」

「っ、お前たちはそれでいいのか!」

「良くはねぇ。けど、仕方ねぇ。今更俺達だけ嫌だと言えねぇよ。皆そう思ってんだ」

 

 ケルベロモンX抗体は笑って、ドルゴラモンの腹下から這い出た。

 そして、歩いていく。今目の前にある世界を刻み込むように、目をしっかりと開いて歩いていく。最後に、ドルゴラモンとボコモンに振り返った。

 

「そっちは俺達をわかってるみたいじゃねぇか」

「……」

 

 言われて、ドルゴラモンがボコモンを見れば、苦悶の表情ながらも何も言わないボコモンがいた。ああ、ボコモンはわかっているのだ。

 誰かが生きるために誰かが犠牲になる――そんな世界の道理を公平かつ公正に敷いたこの社会の在り方は、限りなく正解の一つに近いものであることに。

 だから、ボコモンは何も言えない。感情はともかく、理性ではこの在り方を認めているから。

 

「だから、俺達はここまでだ。だから、俺もここまでだ」

 

 その時、そう言ったケルベロモンX抗体を光が貫いた。

 太いレーザー光線。それは“ベアバスター”と呼ばれる、ワスプモンの技だ。

 

「っ!」

 

 ドルゴラモンが見れば、そこには一匹のワスプモンがいた。おそらく、格上(完全体)のケルベロモンX抗体を殺すために、エネルギーを極限まで貯めていたのだろう。極限まで貯めたエネルギーを一気に放出したせいか、少し蛇行飛行していた。

 即座に、ドルゴラモンはその一匹を叩き潰す。だが、そのせいで他にも気づかれた。

 

「っく、一気に来るぞい!」

 

 ボコモンの焦った声。

 咄嗟にドルゴラモンはケルベロモンX抗体を引っ掴んで、ボコモンを肩に乗せ、逃走を開始する。

 ケルベロモンX抗体はぐったりとしていた。今にも死にそうだ。傷の深さも大概だが、

 

「ほら、さっさと捨てろよ。下ろせよ。ファンビーモン部隊に解体されなくなっちまうだろ。何のために死ぬと思ってんだ」

 

 しかし、彼に生きる意志がないことが問題だった。

 生きる意志のない者は弱っていく。それは当然のことだ。現に、ケルベロモンX抗体はどんどん弱っていっていた。ドルゴラモンが同じくらいの傷を受けても、ここまで弱らないだろうに。

 

「お前はこんなところで死んでいいのか! 生きたいだろ。生きていたいだろ。生きたいって言え!」

 

 言うなれば、価値観が違うのだ。

 だが、ドルゴラモンは、自分の生の価値観を信じている。だからこそ、ケルベロモンX抗体のそれを否定したくて、必死になって彼を助けようとしていた。

 だが、無駄だ。価値観はそう簡単には変わらない。

 

「言わねぇ。死んでいいに決まってる。死が社会を生かす。個を捨て全に殉じる。それを良しとする。それが俺達だ」

 

 だからこそ、そんなドルゴラモンを嘲笑うように、ケルベロモンX抗体はニヤリと笑う。

 

「でも、テメェらは違うんだろ? そっちは俺達とは違って……あれ、何て言うのかなぁ……いや、ま、どうでもいいか」

 

 そうして、ケルベロモンX抗体は死んでいく。

 結局、彼はドルゴラモンたちと出会ってから、ずっとその表情のどこかに羨ましさを含めていたことに、最後まで気付かなかった。

 

「……」

 

 完全に死んだケルベロモンX抗体の死体を、ドルゴラモンはゆっくりと下ろす。

 彼のその姿に、その言葉に、ドルゴラモンはあのトゥエニストの姿を見た気がした。が、すぐに振り払う。例え同じでも、これとあれは違う。

 自分にやられに向かってくる者たちを目にしながら、何となくドルゴラモンはそう思った。

 




種族としての未来を考えるのなら、程度にも依りますがディストピアって正解に限りなく近いですよね。
数十年後の日本は人口や経済がヤバくなるというニュースを見る度、そう思います。
あれって個人の幸せがどうだとか、いろいろな生き方があるとか、そんなワガママを言った(言えるようになった)結果だと思いますし。いや、関係や状況を除いたそれそのもの対して、悪いとも良いとも言いませんし言えないと思いますが。
まぁ、自分を始めとして人間は集団に尽くすという最善ができないから、その正解に限りなく近い回答が実を結ぶことはないってことですよね。

この辺は本当、難しい話だと思います。
個人と社会のバランスというか。
そんな何となく思ったことを書き込んだ世界観が、この未来世界です。
初めてチャレンジした世界観なので、わかりづらい&持て余した部分があったら申し訳ございません。
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