【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第三十五話~理想にこそ強さは宿る~

 怪獣映画のワンシーンのような光景が広がっていた。

 もはやそこは戦場だった。

 街の守護者たちが数々の兵器を持ち出し、知恵と勇気で怪獣(ドルゴラモン)に立ち向かう。怪獣は街を破壊しながらも、自分に襲いかかってくる愚か者を迎撃する。その中で、隠れる場所のなくなった弱い人々が逃げ惑う。

 ドルゴラモンというデジモンは破壊の権化やら究極の敵やらという物騒な異名を持つが、あながち間違いでもないだろう。

 少なくともこの街の誰もが、総出で街を守ろうとする軍を蹴散らすドルゴラモンを見て、そう思っていた。

 

「おらぁっ、まだまだぁっ!」

 

 ドルゴラモンが拳を振るえば、発生した風圧と共にファンビーモンやワスプモンで混成された軍団が吹き飛ぶ。街は壊れる。

 ドルゴラモンが足で踏みつければ、発生した地震が大地を砕いて軍団に襲いかかる。当然、街は壊れる。

 

「っく、撃て! 撃てぇ!」

 

 焦ったように声を上げるのは、完全体デジモンのキャノンビーモンだ。蜂の巣のような巨大武器コンテナを背負い、大口径のレーザー砲をその尾に持つ、機械蜂デジモンである。

 彼は同じキャノンビーモンたちと共にこの混成軍団の指揮を務めていた。

 

「いいから、撃て! 何としても足止めしろ! もう少しだ――!」

 

 彼らは具体的な解決案もなく、兵を消耗する総攻撃を何度も命じている。

 リーダーとしてあるまじきことだ。だが、彼らも想定を遥かに超えているバケモノ(ドルゴラモン)を相手にして怖れと焦りを感じていたのである。

 まぁ、自分たちの武装の一切が通じないのだから、そうなってしまうのも頷ける話である。

 

「活路を拓く、“スカイロケット∞”!」

 

 キャノンビーモンたち全員のコンテナから放たれたのは、まさに弾幕だ。

 弾丸が、砲弾が、ミサイルが、雨のように降り注ぐ。いや、雨という言葉すら生ぬるい。まるで滝のように、怒涛の如く落ちてくる。

 たった一人のドルゴラモンを殺すためだけに、本来ならば軍に向けられるような攻撃が放たれていた。

 だが。

 

「無駄だぁっ」

 

 だが、無意味だ。

 ドルゴラモンが翼を羽ばたかせる。突風が発生して、風が弾幕をなぎ払った。それだけでは飽き足らず、風は遥か上空に待機するキャノンビーモンたちさえも吹き飛ばす。

 警戒が解けるまで無限に続くはずの攻撃は、ただの羽ばたきで蹴散らされた。

 

「……そ、んな」

 

 軍勢の中の誰かが、そう言った。いや、誰もがそう思っていた。

 唖然とするしかなかったのだ。自分たちの上司たちの攻撃が、自分たちを遥かに超えた実力を持つ上司たちが、為すすべもなく破られるなど。

 もはや敵う術はなし。ファンビーモンもワスプモンも、絶望のうちに負けを認めようとしていた。

 

「やっと参ったか!」

 

 そんな彼らに自身の威光を見せつけるように、ドルゴラモンが勝ち誇る。

 意外と危なかった! と内心では心臓をうるさいくらいに鳴らしていたのだが。

 しかし、こうすれば相手の心を折ることができる。すべては肩に必死でへばりついているボコモンの入れ知恵である。

 ともあれ、これで戦闘は終了だ。

 ドルゴラモンとしても街を壊してしまったことに申し訳ないことを思わないでもないが、人死は出していないのだし、攻撃して来たのは相手からだし、見逃してもらおうと考えていた。

 まぁ、

 

「まさか、過去からの侵入者にこれほどの実力者がいたとは。誤算だった。単純だけな力ならば、伝説に聞くロイヤルナイツにも比肩……いや、凌駕しているやも知れん」

 

 戦闘は終わっていないのだが。

 ドルゴラモンが声の方向を向く。瞬間、閃光。いや、閃光と見間違うほどの刺突。

 

「っ!」

 

 ドルゴラモンは咄嗟に腕を胸の前に出し、防いだ。

 腕に鋭い痛みが走る。見れば、蜂の針のような剣が僅かに突き刺さっていた。

 

「硬いな。しかし、鈍重な相手を解体することなど、造作もない」

 

 その剣を握っていたのは、細く鋭い全体像が特徴の蜂のような人型デジモン――

 

「総指揮、タイガーヴェスパモン。早速だが、この街に無用な混乱をもたらした責任、とってもらうぞ」

 

 ――タイガーヴェスパモンという、究極体デジモンだった。

 瞬間、タイガーヴェスパモンがドルゴラモンの腕に突き刺さった剣を引き抜く。

 

「っ!」

 

 即座、その剣が突き出された。

 咄嗟に、ドルゴラモンが躱す。しかし、遅い。彼の腕に浅いかすり傷がついた。

 

「っく、疾い――!」

「遅い」

 

 いつの間にか、タイガーヴェスパモンは二刀流となっていた。その両腕から繰り出されるのは、苛烈なまでの突きだった。

 しかも、刺突の速さもさることながら、タイガーヴェスパモン当人もかなり速い。

 

「っ、後ろだ!」

 

 後ろに回りこまれて、ドルゴラモンはすぐに振り向く。

 

「正解だが、欠伸が出る遅さだ」

「っく」

 

 だが、次の瞬間にはタイガーヴェスパモンは移動を開始していた。

 ドルゴラモンは何とか対応しようと動くのだが、タイガーヴェスパモンが速過ぎるのだ。目で追うことはできても、ドルゴラモン自身の速度が追いつかず、結果としてタイガーヴェスパモンを追い切れない。

 しかも、タイガーヴェスパモンはドルゴラモンよりもずっと小さい。その小ささがスピードと相まって、ドルゴラモンにとっては見失いやすかった。

 反対に、タイガーヴェスパモンにとっては自分と比較して鈍重で巨大なドルゴラモンなど大きな的である。厄介なパワーは捉えられなければ問題なく、硬さは地道にやって行けばこれも問題ない。

 

「コータがいれば……!」

 

 役割分担でも、作戦でも、何か思いついてくれるのに! ドルゴラモンはそう思ったが、現実がすべてだ。もしを想像したところで意味はない。

 

「遅い! 遅過ぎる!」

 

 縦横無尽にドルゴラモンの周りを飛ぶタイガーヴェスパモンが加速する。

 移動の刹那に攻撃することで、彼は順調にドルゴラモンに傷を増やしていった。

 

「“マッハスティンガーV”!」

 

 連撃が、さらに苛烈になる。

 比例して、ドルゴラモンの傷も増える。

 

「っく、あんまりやりたくなかったけどっ。仕方ない! “ドルディーン”!」

 

 破壊の衝撃波が、世界を壊しながら突き進む。さすがにこれを放たれても攻撃を続けることは何者にもできない。

 衝撃波は戦闘区域を超えて、街を残骸へと変えていく。

 

「なりふり構わず、か……!」

 

 タイガーヴェスパモンは素早く退避に切り替える。

 衝撃波に追いつかれないように、突き進む。

 そして、見渡す限りが街の墓場となった頃、ようやく衝撃波は収まった。

 

「街をこれだけ壊してくれたか。面倒なことをしてくれる」

 

 吐き捨てるように、ドルゴラモンに向けてタイガーヴェスパモンは言う。

 彼は苛立っているようだった。

 

「人的被害はないからいいものの、これだけの物損……――今月の回収はしてしまったというのに!」

「っ、回収だって? お前、命を何だと思っているんだ!」

 

 堪らず、ドルゴラモンが叫んだ。

 彼にとって命は、生きるためのものだ。生きたいと叫び、生きようと行動する、個だ。そう、ドルゴラモンは思っていて、考えている。

 だから、そんなドルゴラモンにとっては目の前のタイガーヴェスパモンは、この社会の仕組みは、あのメイクーモンの特性にも引けを取らない悪として映る。

 だが、しかし、悲しいかな。ドルゴラモンは知らない。強者が故に、生きたいと考えれば生きられる――生存闘争に参加できるほどの強さを持つが故に、彼は知らない。

 

「弱者を切り捨てる、前時代の叫びだな。世の中、生きたいと願って生きられる者ばかりではないというのに」

 

 世の中には生きたくとも生きられない――生存闘争に参加したところで負けが決まっているような、生まれつきの弱者がいることを。

 世界はそんな弱者には甘くはないことを。

 そして、そんな弱者は得てして自分の弱さを良しとできるほど、強くない。

 

「我々のこの世界――このスクルドターミナルこそが理想郷だ。誰もが平等、誰もが公平。生死に強さなんてものは関わらず、弱者だって生きられる」

 

 間違っている。そう思っているのに、ドルゴラモンは何も言えなかった。

 

「世界をこうするまで、この理想が叶えられるまで、どれだけの時間がかかったか! 旧世界時代から続くこの理想が、Xの一件を超えて、世界のリスタートによってようやく叶ったのだ!」

 

 タイガーヴェスパモンは、ドルゴラモンに剣を向ける。その顔には、揺るぎない意志が込められていた。

 ただ生き抜くための覚悟とは違う、理想に生きる者の覚悟がそこにはあった。それはあのトゥエニストと似て、しかし、少し違う。

 ……また、ドルゴラモンの知らない顔だった。だからこそ、ドルゴラモンは圧せられる。もちろん、ドルゴラモンのそれとタイガーヴェスパモンのそれは別の次元のもので、どちらが優れている劣っているということはない。ないが、持っていない上に知らないからこそ、そこにある異様な圧を感じ取ってしまうのだ。

 

「ここが我らの理想の終着点。この理想は永遠でなければならない! この理想郷を汚す者は誰であろうと許しはしないっ!」

 

 改めて更地となった街を見渡し、さらに感情を滾らせて、タイガーヴェスパモンは空を駆ける。

 

「っ――!」

 

 一方で、ドルゴラモンも拳を構えた。どんな理想が壁になって目の前に立ち塞がろうと、どんな素晴らしい世界が現れようと、彼だって()()()()()で死にたくはない。

 

「おらぁっ!」

 

 ドルゴラモンの拳を、タイガーヴェスパモンは華麗に避ける。

 そして、その先にあるのは拳が振り抜かれたことで無防備となった胴体――!

 

「“マッハスティンガーV”ッ!」

 

 刺突の連撃が、ドルゴラモンを襲った。感情が乗せられて力を増した剣が、鋭く深く突き刺さる。

 

「――バカな」

 

 そして、タイガーヴェスパモンが唖然として呟いた。

 その視線の先にあるのは、ドルゴラモンの腕。振り抜いたのとは違うドルゴラモンの拳が、タイガーヴェスパモンの腕を捉えている。

 すべてはタイガーヴェスパモンの失策だった。

 仕方のないことだが、自分の理想郷が廃墟となってしまったことに感情を荒ぶらせてしまったが故の、失敗だった。彼はもっと時間をかけてじっくりとダメージを与えていくべきだった。

 深く切り込んだことで、ほんの僅かに剣を抜くのが遅くなったのだ。だから、その僅かな隙を捉えられてしまったのである。

 

「捕まえたぞっ!」

 

 まさに、肉を切らせて骨を断つ。

 ドルゴラモンはタイガーヴェスパモンを掴んだまま、駆け出した。

 

「っく、この――!」

「遅い! 今度はこっちの番だ! “ブレイブメタル”!」

 

 全身全霊を込めた凄まじい突撃で勢いづいたドルゴラモンは、その手のタイガーヴェスパモンを地面に叩きつける。

 大地が割れて、タイガーヴェスパモンが力なく宙を舞った。

 

「ぐはっ」

 

 そして、タイガーヴェスパモンは地に落ちた。

 もはや彼の身体はボロボロであり、身体の至る所が今にも千切てしまいそうだった。

 だが、それでも――

 

「ま、まだだ……!」

「そ、そんな。あれを食らってまだ立てるのか!?」

 

 ――それでも、タイガーヴェスパモンは立ち上がる。

 

「言った、はずだ。この理想郷を汚す者、は誰であろうと許しはしな……い、と……!」

 

 それは、凄まじい気迫だった。相手は死にかけているというのに、勝ったはずのドルゴラモンが思わず後ずさってしまうほどの圧力がそこにはあった。

 

「この理想郷は――」

 

 ゆっくりと、タイガーヴェスパモンは一歩を歩く。

 自分が震えているのか、世界が震えているのか、彼はもうわからなかったが。

 

「――永遠なのだ!」

 

 それでも、ゆっくりとまた一歩を歩く。

 揺れる視界と身体を必死に堪えて、彼はドルゴラモンの前で弱々しく剣を振り上げて――

 

「ま、っはすて、ぃんがー……びく、と、りー」

 

 ――放たれた刺突は、ドルゴラモンに傷一つ付けなかった。

 そして、タイガーヴェスパモンは倒れ込む。

 

「……」

 

 大地が僅かに揺れる中、ドルゴラモンは何とも言えずにその場に立ち尽くしたのだった。

 

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