【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。 作:行方不明
何だかんだ言って、メイクーモンは新世界への行き方を知っていた。
ある場所から新世界へと渡っている者を見たらしい。
ならなんで行っていないかというと、行こうとした直後にあのクワガーモンに襲われたからだ。
というわけで、次の日。
何とか数時間ほど眠って体力回復することができた後、コータたちはその場所へと向かって移動していた。
そこは山の麓、大小さまざまな四角い石を積み上げて作られた、遺跡。水路のような細い溝がいくつも走り、中心の広場に繋がっている。まるで儀式場にも思えるそこは新世界と旧世界を繋ぐ場所――新世界へ渡った誰かしらが後続の者たちのために残した、抜け穴。
「ここにゃ」
「ここか……」
「へぇー」
見れば、確かに何らかの見えないエネルギーが空へと打ち上げられているようにも思える。この流れに乗れば、空の向こうの新世界へと行けるのだろう。
コータたちはそれぞれの顔を見る。全員が頷いた。
そして、意を決してその流れに乗る――!
「君たちには通行許可は出ていないはずだろう」
だが、その瞬間のこと。空から声が、否、声と共に誰かが降ってきた。
高速で落下してきた誰かは、その勢いのままに地を砕く。遺跡が崩壊し、土煙が舞い上がり、肌で感じ取れたエネルギーの流れがなくなった。
その意味は。
「っ、何すんだっ」
壊されたのだ。道の一つを。
その事実に怒りを顕にし、ドルモンは目に入る土埃など知ったことではないとばかりに、そこにいるだろう誰かを睨みつける。
「なるほど、なかなかに威勢がいい。それに良い目をしている」
そして、土煙が晴れる。
そこにいたのは――。
「だが、ダメだ。君たちを向こうに行かせる訳にはいかない」
そこにいたのは、偉大なる白き皇帝だった。白と金の鎧を着込んだ、皇帝竜。その者は、デジモンという存在の最高峰。成熟期の上にある完全体――を、さらに超える
この世界で余りにも有名な存在。偉大なる者の一人。
「っ、インペリアルドラモン――」
「――パラディンモード!」
だから、この場の全員がいろいろな意味で驚愕するしかなかった。
伝説の中の存在が目の前にいることも、自分たちの邪魔をするために現れたことも、その伝説に語られる白き大剣を持っていないことも――そして、その身体が今にも崩れそうなほどに
何もかもが驚く要素しかない。
「余のことは気にしている余裕があるのか?」
「っ、なんでオレたちの邪魔をするんだっ」
「それがイグドラシルからの要請だからだ」
コータの問いに、インペリアルドラモンPMは淡々と答える。
「君たちは何を知っている?」
「……!?」
「何も知らないだろう。この世界は危機に陥っている」
「っ、そんなことは知っている!」
ドルモンが威勢良く答えた。
ああ、そうだ。この世界は危機に陥った。
このデジタルワールドはあらゆる世界に作り出された多様な世界観がそのまま写し取られたかのように、多様性に富んだ世界だった。
そんな世界が、否、そんな世界だからなのだろう。どんなコンピュータにも容量があるように、世界にも容量がある。多様性に富むということは、その分だけ多くのものがあるということだ。だから、容量不足になることだってある。
さて。自分の使っているコンピュータが容量不足になった時、人はどうするか。要らないデータを削除するか、より大容量の新しいものに買い換えるか。
どちらにせよ、そのまま放置ということはありえないだろう。
それが個人や企業のコンピュータならば、まだいい。だが、世界なら? つまりはそういうことだ。
このデジタルワールドは容量不足による世界の危機が訪れ、それを
こんなことは、誰もが知っている。
だというのに。
「……やはり何も知らないのだな」
インペリアルドラモンPMは呆れたように、あるいは当然だと言いたいかのように言い切った。
「イグドラシルの要請により、お前たちを削除する」
インペリアルドラモンPMが構えた。徒手空拳だ。
その場の全員が圧力に押された。ああ、余りにも桁違いの実力、存在。その差を前に、誰もが気圧された。
伝説に名高き、世界最高峰の剣のひと振りを持っていない?
身体は朽ちていて、明らかに弱っている?
それが何だ。そんなことで、目の前の偉大なる者の一人との差が埋まるはずがない!
「っ、コータ!」
だが。
「ドルモン!」
だが。
「いけるな」
「いくぞ」
だが、気圧されながらも勇気を振り絞る者が二人。
そんな彼らの姿を前に、何もできないメイクーモンは震えた。辛くて、苦しくて、震えた。
「行くぞっ」
「おうっ」
ドルモンが駆ける。その背に、コータは飛び乗った。
「……ほう」
インペリアルドラモンPMは動かない。それは余裕からか。
侮られている今のうちに勝利を手繰り寄せなければ。
コータは適当な石を手にとった。ぶん投げた。
形振り構えるはずがない。この状況下では、出来ることは何でもしなければならない。何をしても負けるのだから、何かをすることで奇跡を起こすのだ。
インペリアルドラモンPMに当たった石は、しかし、何の意味もない。
「えいっ」
再び石が投げられる。
「なるほどな」インペリアルドラモンPMが頷いた。直後、彼は自分の鎧にそよ風が当たったような気がした。
石に隠れるようにして放たれたドルモンの渾身の“メタルキャノン”だ。
だが、渾身の一撃も意味はない。
躱されないために石に弾を隠すという狡い手は気づかれて、しかも、インペリアルドラモンPMは気づいた上でわざと何もしなかった。そして、ドルモンの全力は届かなかった。
勝ち目が、ない。ドルモンでは、コータでは、彼に届く武器がない。
「さて」
インペリアルドラモンPMが動き出す。
一撃を喰らえば、そこで終わる。コータとドルモンは慌てて距離をとった。
「逃げる者をいちいち潰すのも面倒だ。……よし」インペリアルドラモンPMの右腕に白い砲筒が現れる。
「まずいっ。ドルモン、逃げろ――!」
ドルモンが背に乗るコータの指示を聞くよりも早く、絶望が放たれる。
「“ギガデス”」
放たれたのは、星さえ砕く一撃。
それが、星の表層を走るように放たれる。威力だけの直線の攻撃だと侮ることなかれ。コータたちに躱せるような柔い攻撃をするほど、インペリアルドラモンPMは落ちぶれていない。
放たれた一撃が、コータたちの視界を白に染める。五感すべてが役に立たない、そんな刹那の瞬間に彼らが感じたのは鈍い痛みだった――。
「まさか折れていた者が立ち上がるとは」
地面に倒れ伏したコータたちは、少し驚いたようなインペリアルドラモンPMの声を聞いた。
そこで、ようやく自分が生きていることを知る。驚きだった。自分たちが生きているのが。痛みを堪えてコータは起き上がる。
見れば、ドルモンの腹には大きな石がめり込んでいて、それがドルモンの腹に当たったから射線から外れることができたのだ、と気づけた。
そして、この場でそれができるのは一匹しかいない。
「に、にゃー……」
そう、メイクーモンだ。
「聞こう。なぜ立ち上がれた?」
「にゃ……ニーは……昨日、助けてもらったから……生まれて初めて優しくしてもらえたから……だから、今度はニーが……!」
「なるほど。本当に良い。君たちのような者が生まれたことは驚きでしかない。そして、それを摘まなければならないというのも……本当に酷い話だ」
インペリアルドラモンPMが右腕の砲筒をメイクーモンに向ける。
先ほどのような幸運は二度は続かないだろう。きっと、今度はそういう不測の事態さえ想定して放つはずだ。
メイクーモンは目を瞑った。
「っ、ドルモン!」
「ああ、わかってるよっ。くっそぅ、いってー……!」
ドルモンが立ち上がり、その腹にめり込んだ石を取り除く。
そして、ドルモンは笑った。その背に、コータは飛び乗る。
「いくぞ」
「おうっ」
ドルモンは駆け出した。
ああ、そうだ。勝ち目など知ったことではないのだ。彼らよりも強い相手などいくらでもいて、それが彼らを全力で獲りに来る。
生きるためには、生き続けるためには、その誰もに勝たなければならない。だから、勝つのだ。
人によっては戯言だと笑うこの道理を押し通し続けなければ、万に一つの奇跡を起こし続けなければ、今のこの世界では生きることすらできない――!
「……これは」
インペリアルドラモンPMが僅かに瞠目する。
ドルモンが変わっていた。否、それは光だ。進化の光。デジモンが次のレベルへと進む際の光。
内に溢れた強さに耐えられるように
「おぉおおお!」
空を飛んでいた。
地に縛られる常識に囚われない、それを表すかのように生えた雄々しく翼。それはドルモンの進化の結果。
ドルガモンという成熟期デジモンの表れ。
「進化、か」
それが出来る彼らを眩しそうに見ながらも、しかし、インペリアルドラモンPMは淡々と右腕の砲筒を頭上の彼らへと向ける。
ああ、そうだ。星さえ砕く威力を地表に向けて全力で放てたはずがない。だから、これが――
「失策だったな。“ギガデス”」
――全力だ。
放たれた一撃がコータたちに迫る。
だが、それでもコータたちは引かない。当たれば即消し炭になる一撃を前に、彼らは引かない。
運命の振り子が揺れる。
「ドルガモンッ」
賽が投げられる。
「おうよっ」
天運が彼らに味方する。いや、彼らが天運を掴んだのか。
星さえ砕く一撃を、ドルガモンは当たる直前に躱した。余波で自分が消し飛ばないギリギリの範囲で、彼らは運良く躱せた。
運によって生きることができた。なら、あとは耐えるだけの話だ。余波による身体が引き裂きさかれそうな苦痛の中を、耐えて耐えて突き進むだけだ。
「オレたちが生きる邪魔をするなぁッ。ドルガモンッ!」
空からドルガモンが強襲する。
純粋なメタルキャノンの進化技を、放つ。メタルキャノンよりも巨大で重い鉄球が放たれる。
「“パワーメタル”ゥッ!」
放たれた一撃がインペリアルドラモンPMの頭を捉える。
甲高く盛大な音がした。その頭の金の装飾が砕け、彼の顔に僅かな傷をもたらしていた。
「まさか、余が一撃を食らうとは。余も鈍った……いや。若者の業績をそう切り捨てるのは無粋であるか。見事、という他ない」
ああ、コータたちのやったことは偉業に等しい。伝説に一矢を報いたのだから。
だが、それでも足りない。望む結果にはほど遠い。
「そんな君たちに敬意を表そう。ここからは、君たちは余の敵だ」
「っ」
インペリアルドラモンPMの放つ圧力が増す。
まるで磔にされたようにコータたちは動けなくなる。あまりにも絶望的なこの状況――それでも、生存を放棄しない。
なにかないか、と思考を巡らせる。
「やぁやぁ。まさかまさかこうなるとはねぇ。ちょうどよかったですよぉ」
何者かの声が聞こえたのは、その瞬間のことだった。
コータたちは目を見開いた。
「し、ま……」
インペリアルドラモンPMの腹に、腕が生えている。
いや、インペリアルドラモンPMが腕に貫かれているのだ。
身体が朽ちているとはいえ、不意打ちとはいえ、姿の見えぬ誰かがあの偉大なる者に致命傷を与えている――!
「っく……ここまでか……」インペリアルドラモンPMはその場に倒れ込んだ。ああ、それは一つの死だ。
その姿をコータは酷く嫌悪しながらも、犯人を見る。そこにいたのは、ローブを着込んだ何者かだった。フードを被っているために、姿は見えない。
だが、その姿は噂に聞くあのデジモンを思わせる。
「まさか、デーモン?」
七大魔王と呼ばれる強大な究極体デジモンの内の一人、デーモン。噂に聞く、普段はローブを着込んだ姿で活動するというそのデジモンと、目の前の存在はよく似ていた。
「はっはっは。面白いですねぇ。まま、確かにぃ! 私は
「お前、一体……!」
ドルガモンが警戒するように、コータの前に立つ。
「っ。怖いにゃー」
メイクーモンが走ってコータの背後に隠れた、のを悪魔は目敏く見つけたらしい。
「おやおやおやおやぁ。まさかまさかねぇ。なるほどなるほどぉ。おもっしろいことになってますなぁ」
「にゃー……」
メイクーモンを意味ありげに見つめた悪魔は、そのまま踵を返した。その様子に、連戦かと身構えていたコータたちは肩透かしをくらった。
「まま、悪魔さんは邪魔者を殺りに来ただけですし。しっかし、さすがは偉大なる者の内の一人。殺ったところで刺さった剣が消えるわけではない、と。死にかけの老害にやっとトドメをさせたと思ったんですがねぇ」
本当に忌々しそうに、悪魔はインペリアルドラモンPMの死体を見る。
そこには憎悪にも似た色が見えて、その強い感情に思わず部外者であるはずのコータたちが身構えてしまう。
「ああ、失礼。それでは悪魔さんは次の仕事で忙しいのでこの辺で失礼しますが」
何かに気づいたように、悪魔が言う。
「ここ、壊れますから。死にかけがいなくなりましたし、私もちょっかいかけますしねぇ」
「は?」
「それでは」
悪魔が消えた。初めからいなかったように、どこかへと消えた。
そして、その次の瞬間のこと。
「なっ」
「はっ?」
「に、にゃーっ!?」
地面が揺れた。大地が砕けた。
まるで世界が終わるかのように、否、世界が終わるのか。
この旧世界が崩れていく。世界の崩壊に巻き込まれるように、あるいは重力に引かれるように、コータたちは空へと舞い上がった――。
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D.C.2018 NEWデジタルワールド――ベルサンディターミナル――
デジモンが、死んでいく。
X抗体を持つデジモンも、持たないデジモンも、等しく死んでいく。殺されていく。
「――」
白い聖騎士が、右腕の剣を振るう。
そして、また一つの命が終わった。
新作なので、序章部分を一気に公開しました。
ここからはまた週一か二でのんびり投稿していきます。
それでは、次回もよろしかったらよろしくお願いします。