【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。 作:行方不明
目の前に現れた悪魔を前に、コータたちは警戒で動けなくなっていた。
「いやぁ、本当にありがとうございました。私の仕事を手伝ってくださって!」
「手伝った覚えなんか、ないんだけどな」
「いえいえご謙遜を! あなた方がいなければ、こんなに早くこの社会を崩すことはできなかったでしょう!」
仕事とやらが終わったことで、よほど気分が良いらしい。悪魔は混乱するコータたちにを前にペラペラと話す。
「この社会、実に鬱陶しかったんですよ? 我が主としましてもね。いかにオリジナルより劣化しているとはいえ、X抗体をばらまくなど!」
「我が主……?」
「そこについてはおいおい!」
まぁ、何もわかっていない者に我が物顔で種明かしをするのが面白いという心境もあるのかもしれないが、それにしてはテンションが高い。鬱陶しいくらいに高い。
「で、まぁ、本当に愉快なんですよねぇ。個としてしか生きられない生命が答えを間違え、結果として種族全体が自己崩壊の道へと進んでく様は! ですが……」
悪魔はタイガーヴェスパモンを見た。コータと悪魔の間にある、タイガーヴェスパモンの死骸を見た。
「この管理者を気取る連中が素晴らしいこと素晴らしいこと! 彼らは次善の策でもって社会を作り、世界を存続させ、守っていた。我が主のことなど知らないのに、イグドラシルの真意も知らないのに、そこにたどり着いていた。本当に無能な有能さですよ」
忌々しそうにそう吐き捨てた。悪魔の言葉の節々からは突き刺すトゲのようなものを感じられて、彼はタイガーヴェスパモンたち管理者を本心ではどう思っていたのかがわかる。
「ま、我が主のためにも邪魔な彼らを消したかったのですが、だからといって、私一人では骨も折れそうですしね」
しかし、もう終わったことだ。そう言いたいかのように、再び声のトーンが上がる。
「……まさか」
「そうですよ! 都合よく、社会に不満がある連中がいたのでねぇ。利用させていただきましたー!」
実に嬉しそうで楽しそうだ。もし顔が見えるのならば、確実に笑っている姿が見えるだろう。それほどのテンションの高さだった。
「あなた方もそこに加わって、実にありがたい! おかげでこうして侵入して、システムを破壊できたのですし。本当に何度礼を言っても物足りませんよ。ありがとうございます」
礼を言われている気がしない。コータたちは厳しい目で悪魔を見ていた。
彼らは自分たちが利用され、思惑通りに動かされていたという点が気に食わなかった。
「あはは。何をおっしゃいますかひつじさん! 毎度毎度巻き込まれで動いているのがあなた方。生きられれば良いなんていうただの本能で、信念も理想もなくその日暮らしをしていたのがあなた方。流れで、受身で、バカみたいに生きている時点で、そうなるのは必然でしょう?」
「……!」
コータたちは何も言えなかった。
生存闘争を戦っていたのが、コータたちだ。言うなれば、生存闘争という生き残りを賭けたゲームの参加者がコータたちだ。
プレーヤーが与えられた危機的状況から脱しようとゲームに夢中になっているだけでは、ゲームマスターに好き勝手動かされるのも当然である。
「くくく。さぁ、あなた方のおかげで私も本来の使命を果たせるというものです」
自分たちの短慮と悪魔を呪うコータたちを前に、軽い口調で悪魔はそう言う。
使命――それに、コータたちは聞き覚えがあった。あのオメガモンAlter-Sが、ラグエルモンが、タクティモンが、口にしていた言葉だ。
我が主、使命。この悪魔も、やはり一連の彼らの仲間なのだろう。
「それでは、これで終わりです」
勢いよく、悪魔はその魔法使いのようなローブを脱ぎ去った。
その下から現れた姿は、まさに羊のような頭を持つ悪魔だった。
「っ、デーモンじゃない?」
「私は悪魔だと言っただけで、かの七大魔王と名乗った記憶はないのですがねぇ。さてさて! これこそが私ですよぉ! 私、メフィスモンと申します。以後、はないかもしれませんがお見知りおきを」
メフィスモン――完全体のデジモンだ。
それ自体は知らないものの、コータたちは直感として察していた。すなわち、自分たちよりも格下であると。油断なく戦えば、以前までの強敵ほどの絶望はないと。
だが、まぁ、それはコータたちの勘違いだったのだが。
「手に取るようにわかりますよぉ。あなた方の考えが。いいですねぇ。傲慢ですねぇ。あなた方、私など相手ではないと思ったでしょう?」
「……。事実だろ」
「ええ、ええ! 事実ですとも!」
本当に楽しそうに、面白そうに、メフィスモンは言う。その様子を前に、コータたちは強く警戒した。だって、そうだろう。この様子では何かがあると言っているようなものだ。
警戒する。だが、その警戒を嘲笑うように、メフィスモンは――
「それでは、私も真の姿を見せましょうかねぇ」
――
「っ、ドルゴラモン!」
「おう!」
てっきり脳筋に対する何かしらの技があると思っていたコータたちは、そのラグエルモンの時のような前フリさえない予想外の進化に焦る。
焦ったコータの言葉に反応したドルゴラモンが駆ける。が、遅い。
「ックックィーッヒッヒ!」
腹立たしい笑い声と共に、それは姿を現した。ドルゴラモンを遥かに超える巨体。まさに山だ。
全長的な意味ではギガシードラモンと同じくらいだろうが、あちらは東洋龍のように細長いシルエットだったのに比べ、こちらはケンタウロスのようなシルエットで全体的にどっしりとしている。そのせいで、体積的にこちらの方が大きく見える。
ドルゴラモンが破壊の竜ならば、このデジモンは悪魔の獣、まさに魔獣だ。
「メフィスモン改め、ガルフモンでございます」
言うや否や、その巨体の腕が振り下ろされる。
基地を破壊し、凄まじい余波を撒き散らしながら、迫り来る腕。その腕を、ドルゴラモンは殴り飛ばした。殴り飛ばせた。
「あ、いたっ」
「そんだけデカくても、パワーはこっちが上みたいだね!」
まぁ、パワーが上回っているとはいえ、巨体故かそこまでダメージを負っている気配は見えない。
全力か、あるいはそれに近い一撃を喰らわせるくらいしなければ倒せないだろう。
「痛いですねぇ。痛い痛い」
というか、ガルフモンは痛いとか言っているが、どこか白々しい。
それが、不気味だった。まるで道化師がわざとふざけているような、そんな感覚さえしたのだ。
だから、
「ドルゴラモン! オレたちのことを気にするな! やれぇっ!」
コータはそう言い放った。このままではまずい、そう本能が危険を叫んでいたのだ。
「“ドル――」
「おやおや。まさになりふり構わずといった感じですねぇ。ひっひっひ。いいですよぉ」
「――ディーン”ッ!」
破壊の衝撃波が放たれる。部屋の中央にある柱や基地の壁も構わず破壊し突き進むそれは、ガルフモンを飲み込む。
「ぐ、これは……!」ガルフモンが厳しい声を出した、その瞬間のことだ。彼は見た。自らの頭上に、ドルゴラモンが飛んでいたことを。
「“ドルディーン”ッ!」
再度、放たれた破壊の衝撃波がガルフモンを押し潰す。ガルフモンはともかくとして、基地の床はそれに耐えられなかった。
「なぁっ!」
ガルフモンは自分の自重によって落ちていく。
同時に、このローヤルベースそのものが崩壊を始めた。多くの壁や柱が壊された上に、床まで壊されたのだ。当然の帰結である。
基地全体が揺れ始め、天井も崩れ出した。
そんな中、
「おぉおおおおおおおお!」
天井から落下してくる瓦礫を必死に躱しながら、コータは走る。
「もっと早く走らんか! 生き埋めだけは勘弁じゃぞ!」
「アウアウ!」
「うるさい、置いてくぞっ」
その両脇にボコモンとトコモンを抱えて、必死に走る。
「コータ――!」
ドルゴラモンがコータたちを抱え、背中で庇いながら飛翔する。
上から来る瓦礫を羽ばたきで吹き飛ばし、行く。あと少し。
「出るぞっ」
もう少し。
「出た!」
そして、出た彼らが見たのは、空中秘蜜基地の最期。地上に落下していくローヤルベースの姿だった。
轟音を轟かせ、土煙を舞い上がらせ、衝撃を撒き散らしながら落下し、瓦礫の山となったローヤルベース。
何とかギリギリで脱出したのだろう、ギガシードラモンがコータたちの下へとやって来た。
「一体何があったんだ!」
「……レジスタンスは?」
「無事な者と負傷者は全員格納した」
犠牲者は? とはさすがに聞かなかった。
ただ短く「そうか」と言って、コータは切り替える。短く簡単に自分たちの状況を言い、ガルフモンのことを言う。
「……! 吾輩たちの命を、感情を、思想を! 利用したのかッ!」
ギガシードラモンの目は怒りに震えていた。
利害の一致による協力関係はわかる。しかし、わかるだけし、そもそも協力関係どころの話ではない。何も知らず、知らされず、手のひらの上で動かされていた。命を弄ばれていた。
それが、ギガシードラモンは許せない。
「いやぁ、やはり痛いですねぇ」
「“ギガシーデストロイヤー”ァ!」
「なんとぉっ!」
だから、瓦礫から這い出たガルフモンめがけて、ギガシードラモンは全力で必殺技をぶち当てる。撃ち出された閃光がガルフモンに突き刺さった。
だが、
「痛い痛い。こんな社会にこれほどの実力者が生まれたのがびっくりですよ」
だが、
「貴方たちの役目はもう終わったんですよ。私も忙しいんですから、さっさと退場してくれませんかねぇ?」
だが、ガルフモンは無事だった。
ドルゴラモンの二度の攻撃、ギガシードラモンの全力攻撃、それを受けてなお無事だった。さすがに無傷ではないようだが、その程度だ。
「っ。貴様、許さん! “ギガシーデストロイヤー”ァ!」
再度、ギガシードラモンの口から閃光が放たれる。
それを前にして、ガルフモンは――
「全く……」
――口を開けた。より正確に言えば、その下半身にある巨大な口を開けた。いや、それを口と言っていいものか。口と形容できるそれの中は、穴だった。暗い闇だった。
その穴の中に、“ギガシーデストロイヤー”は飲み込まれて消える。その余波がガルフモンを僅かに傷つけただけに終わった。
「今のは、そうか、今ので……!」
コータは、いや、この場の誰もが、ガルフモンの無事な理由を察した。
となれば、あの大口を避けて攻撃を当てなければならない。あの巨体だ。的はデカイが、その分、避けなければならない部分もデカイ。
「はぁ。忙しいと言ってるんですがねぇ。仕方ありません」
そして、ついにガルフモンが動く。
何かまずいことが起こる。この場の誰もがそれを察知した。
何が起こるか、正確に理解していたのはこの中でただ二人――ボコモンとトコモンだけだ。
「っ、いかん! 耳を塞げ――!」
だからこそ、ボコモンは即座に対応する。その叫びに、コータたちは耳を塞ぐ。だが、腕がないギガシードラモンは耳を塞ぐことは叶わない。
「“デッドスクリーム”」
そして、放たれたのは声だった。下の
「……! っく、ぅ?」
それを聞いた瞬間、ギガシードラモンは自らが
もはや自分の運命は決まったものだと、彼はわかってしまった。だから、
「お、のれ……!」
最期の力を振り絞って、体内に格納していたデジモンたちを口から放つ。音が聞こえないほど遠くに吹き飛ばす。
その行動を最後に、彼は死んだ。
「な――!」
「ギガシードラモンが――!」
耳を塞いでいるコータたちは、何が聞こえているかわからない。だが、ギガシードラモンの様子から、それを聞くことが死を意味するという、どうしようもない技の効果を正確に理解した。
聞くことをトリガーに発動する即死技など、厄介などというものではない。それこそ音よりも速く動ける者が、音の伝達波を正確に理解した上で行動すればようやくどうにかできるかというレベルだ。
どのみち、パワー全振りのドルゴラモンにはどうしようもない。
だから、この声が収まるまで耳を塞いで耐えるしかない、のだが。
「いけませんねぇ。ちゃんと聞いてもらわないと。……力尽くは好きじゃないんですがねぇ」
自由な上半身を動かしたガルフモンは嗤って、瓦礫を投擲する。ドルゴラモンほどではなくとも、凄まじい威力で投げられたそれは、ドルゴラモンの頭を正確に捉えていた。
もちろん、普段のドルゴラモンはその程度、どうとでもできる。
「がぁっ!」
だから、
投げられた瓦礫を、一番の武器である
尾や翼を使って迎撃したのならば、また別だったろうに。
威力も何もない音を聞かせる、という中々想像しづらい攻撃だったが故に、咄嗟の時の彼の頭から抜け落ちてしまったのだろう。
「……!」
瞬間、ドルゴラモンは呼び声を聞いてしまう。
「どっ、ドルゴラモン――!」
そして、ドルゴラモンは死んだ。
というわけで、第三章のラスボス戦が始まりました。
そして、ドルゴラモンの死亡。いよいよ、逃れられないアレが来ます。
というわけで、第三章もいよいよ佳境ですね。
ここからは次章、最終章、最終話まで怒涛の展開となりますので、よろしければ最後までお付き合いお願いします。
それでは、次回もよろしければよろしくお願いします。