【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第四十話~意味なき進化~

 死に突き進む中の僅かな時、言葉も出せぬ閃光の如き一瞬。

 

――死にたくない。

 

 その悲痛な刹那の瞬間、ドルゴラモンに許されたことは僅かに思考することだけだった。

 

――生きていたい。

――死にたくない。

――生きていたい。

――死にたくない。

――生きていたい。

――『死にたくない』

――生きていたい。

――死にたくない。

 

 数々の思いが、繰り返し湧き上がっては消えていく。

 しかし、そのどれもが同じだ。生物の本能に基づいた、生存本能の声だ。

 

――生きていたい。

――『死にたくない』

――『生きていたい』

――死にたくない。

 

 彼の内より湧き上がるその声は、自分のものか、それと別のものか。

 

――死ぬ。

――否。

――「(我々)は生きる。他の何を喰らっても――!」

 

 ドルゴラモンの前に、暗闇が訪れる。

 死というものが闇に向かうことならば、これも死であるのだろう。この時を以て、ドルゴラモンは死んだ。

 だが、しかし、

 

「――!」

 

 心が死に、

 

「――!」

 

 身体が死んでも、

 

「――!」

 

 生命はそれ()を認めない。

 生命にとって重要な身体はとっくに死んでいる。

 生命にとって重要な心もとっくに死んでいる。

 だが、事故で身体を失っても生きようともがくのが生命で、絶望に沈み心をなくそうとも生きようと叫ぶのが生命で――個にとって大事なものが失われても、生きることを強要するのが生命だ。

 

「――!」

 

 だから、これは有り得うること。しかしながら、有り得ないもの。いや、決して有り得てはいけないもの。

 生存を望む生命が、生きていないのにこの世に戻る。

 生存を望むあまり、死してなお生きるために現れる。

 それは、身体も心も生きている事実さえ無くした者が辿り着く果て。

 未来を失くした者が、その形だけ今に残す、当人にとっても世界にとっても大いなる愚行。

 

「……なんだ、あれ」呆然と、コータが呟いた。

 

 そこにいたのは、ドルゴラモンだった。ドルゴラモンの形をした、何かだった。

 身体は腐り果てて失われ、それでも拘束具によってかろうじて元の形だけが残っているだけの、アンデッド。心は死に絶えて失われ、それでも形だけが生命の本能のままに動き回る、バケモノ。

 生命が生存のために命を喰らうことはあるだろう。だが、しかし、“これ”は違う。

 “他者の命を喰らって自己を生かす”という生命の本質を忠実に再現するだけの、モノ。

 生きていないのに、生きるために、この世に存在するためだけに、他の命を喰らい続けるモノ。

 無意味な活動を続ける、災厄。

 

「くくく、はははは! 無様ですねぇ。愚かですねぇ。生命でなくなったのに生命を模倣してる、形だけ取り繕われた嵐! ほんっとうに、忌々しい。使命でなければ見たくもないのですがねぇ」

 

 そう言ったガルフモンは、目の前のバケモノを見る。忌々しそうに見る。

 そのドルゴラモンの動く死体を、汚物を見るような目で見る。

 その気持ちは、この場の全員がわかった。死体が無惨に動き回る、それは否応なしに見たくもない死を見せつけてくるものだからだ。

 

「――!」

 

 そして、ついにバケモノが動き出す。目の前にいる特大の命に向けて、その命を貰い受けんと突き進む。他者の命を貰い受ける権利など、死した者にはとうに失われているのに。

 

「あれは何だ?」

 

 呆然とした様子のコータ、その再度の呟き。

 それに返答したのは、ボコモンだった。

 

「かつて偉大なる千年魔獣は死した後、終末の千年魔獣として蘇ったという。これはそれの劣化版とでも言えるが、それだけに質の悪い現象――」

 

 暗黒進化、というものがある。

 もちろん進化という概念に良いも悪いもないのだが、目指す目的にそぐわない進化をしてしまった時、一般に皮肉と失望を込めてそう呼ばれることがある。

 “これ”は、それに近い。死の淵にあって生きていたいから進化したのに死を覆すことはできず、死んだまま存在するだけになる進化。

 無意味な、進化。

 

「デクスリューション――死の進化。死んだはずの者が動き出す異様な進化じゃ。言うなれば“あれ”は、デクスドルゴラモンとでも言うべきかな」

 

 あくまでも、動き出すだけ。生き返るわけではない。

 その意味を、コータは正確に理解した。

 

「ドル、ゴラモン……!」

 

 コータの声も、もはや届かない。

 デクスドルゴラモンはコータなど知らないと、目の前の命だけに向かっていた。

 

「くくく。さてさて、無事になっていただいたことですし、あとはもうひと手間――」

 

 怪しげに笑ったガルフモンは腕を振り上げる。

 だが、

 

「――!」

 

 それよりもデクスドルゴラモンが殴りかかる方がずっと早い。

 

「ぐはっ」

 

 ガルフモンの巨体を、デクスドルゴラモンが殴り飛ばす。

 自分の数倍はあろうかという巨体を腕力だけで吹き飛ばすその様は圧巻だった。

 

「いやいや、もうひと手間――」ガルフモンがまた腕を上げる。

「――!」構わず、デクスドルゴラモンは殴りかかった。

「――ぐはっ、いや、ちょっ」

「――!」また、デクスドルゴラモンは殴る。

「ぐはぁっ。これ、思ったよりもまずっ」

「――!」

 

 殴って、殴って、殴って、殴り続ける。それしかできないとばかりに、デクスドルゴラモンはガルフモンをボコボコに殴る。

 ()()()いるのだ。

 ガルフモンは絶対に何かをしたいようではあるが、意思も何もなく殴りかかってくるデクスドルゴラモンを前にしてその何かをする余裕がない。

 結果として、為すがままに殴られているのだ。

 

「――!」

 

 デクスドルゴラモンの鉄球の如き尾が振り回された。

 振り回されたことで加速したそれは、圧倒的なまでの威力となる。生まれた遠心力を利用するようにして、回転しながら跳ぶ。

 

「あ」

 

 間抜けなガルフモンの顔に、回転により威力の増したデクスドルゴラモンの尾先が直撃した。

 

「ぬぅうううう!」腕で顔を抑えながら、ガルフモンは苦悶の声を上げる。それは、聞いている方が苦しんでしまうような、亡者の叫びの如き声だった。

 

 事実、コータたちはその声に耳を押さえている。

 だが、そんなものはデクスドルゴラモンには関係ない。その隙に放つは、最大火力。

 

「“メタル――」

「あ、やば」それに気づいたガルフモンが声を上げるが、遅い。

「――インパルス”!」

 

 放たれたそれは、鉄球だった。正確に言えば、その見た目は鉄球だった。

 ドルグレモンの“メタルメテオ”と同等以上の大きさを持つそれは、しかし、“メタルメテオ”のようなただ大きいだけの鉄球というわけではない。

 ただの鉄球であれば、どれだけ良かったことか。

 それは死の塊だった。デジコアと呼ばれるデジモンの核のみを残して、それ以外のすべてを消し飛ばす、特大の捕食という名の暴力の化身だ。

 命を喰らうものとして、これ以上ないほどに効率的に捕食部位を確保する攻撃。

 だが、しかし、それを向けられる方は堪ったものではない。触れたら心臓部分(デジコア)以外のすべてが消滅するという物体が超速で飛んでくるのだから。

 

「おぉおおおおおおお!」

 

 ガルフモンは必死に躱そうとする。

 しかし、無理だ。“メタルインパルス”は巨大であるが故に避け難く、ガルフモンはそれほどスピード自慢なタイプではない。

 さらにダメ押しを言えば、“メタルインパルス”はメタルの名通り相応の重量もある。つまり、それを何とか回避したり、心臓部以外消滅という効果を無効化したりしたところで、重量による余波は当然ある。

 

「はぁ。だから、この役目は嫌だったんですよねぇ。タクティモンやラグエルモンが失敗さえしなければ……いや、そもそもかつてになぞらえてオメガモンAlter-Sがやってくれれば……!」

 

 結局、無理を悟ってガルフモンは()()()

 だって、そうだろう。例え目の前にある攻撃がなくとも、パワーで負けている。総合スペックならわからないが、脳筋ゴリ押し状態のデクスドルゴラモンが相手では同等で片付けられる総合スペックなどもはや意味はない。

 ついでに言えば、必殺技である即死技も相手が既に死んでいるデクスドルゴラモンでは効果を発揮しない。

 相性が悪いのだ。

 無理ゲーとまではいかないが、諦めずに最後までなどという熱血を好まないガルフモンとしてはさっさと諦めるのが吉だった。

 

「やれやれ」

 

 だから、諦める。

 ガルフモンは“メタルインパルス”の攻撃を前に消えた。

 

「……勝った、のか?」

 

 その光景を前にして、呆然とした様子でコータが呟く。

 いや、勝ち負けなど意味があるのだろうか。コータは内心で自嘲した。自分の半身とさえ言えるような相棒が、もう死んだのだから。

 そして、その相棒が――

 

「――」

 

 ――今や、生きてるものすべてを喰らうとばかりに、その視線を自分たちに向けているのだから。

 コータは自嘲する。こんな時でさえ、生き残る方法を模索している自分を嗤う。

 

「潔いやつなら、ここであいつの手にかかって死ぬのかな?」

「おい、コータッ!」

「アウ」

「わかってるよ!」

 

 コータはボコモンとトコモンを抱えた。

 ドルゴラモンを死なせてしまったこと、相棒が死んでも自分だけは生きようとすること――自己嫌悪が止まらない中、それでも生きることを強制してくる本能に従って彼は動く。

 

「――!」

 

 そんな生きている彼らを見て、デクスドルゴラモンも動き出した。

 凄まじい速さで踏み込み、その距離を一足で駆け抜け、コータたちめがけて腕を振り上げる。

 

「っ!」

 

 そして、

 

「やっと隙を見せましたねぇ」

 

 声が聞こえた。デクスドルゴラモンの背中から。

 

「メフィスモン――!」

 

 そこにいたのは、メフィスモンだった。

 咄嗟にガルフモンから退化したことで小型化し難を逃れたのだろう。余波によって身体のところどころが傷だらけではあったが、それでも健在の様子のメフィスモンがいた。

 

「やれやれ。なかったことになったいつかのようにイグドラシルがやってくれれば、私がやる必要もなかったんですがねぇ」

 

 魔法陣が展開される。

 それが、デクスドルゴラモンを包み込んで光る。

 一瞬の後、デクスドルゴラモンの身体から吐き出されるようにして、そこから()()()()が現れる。

 それはデクスドルゴラモンの中に唯一残っていた生命の欠片だったのだろう。

 

「ドルゴラっ、ドルモン!」

 

 それを、コータはキャッチする。

 見れば、気絶しているだけのようで、コータは安堵の息を吐き出した。

 

「コッ、コータ! 逃げい!」

 

 焦ったような、ボコモンの声が聞こえた。

 

「――」

 

 ……デクスドルゴラモンに残っていた生命の欠片、それがドルモンだと言えるのならば――それを持っていることで、デクスドルゴラモンはかろうじて形として存在していたのならば。

 その唯一のドルモン(生命の欠片)が吐き出された後の、デクスドルゴラモンはどうなるか。

 普通ならば、消滅するだろう。

 だが、しかし、ここに例外(ドルモンの特性)が存在する。それを以て、これが生まれる。

 

「――」

 

 元々、ドルモンにはとある特性があった。それが生命の本質と相まって、死んでも生き続けるために他者を喰らうという、無意味な進化(デクスリューション)が発現した。

 そうして誕生したデクスドルゴラモンは、生命として残すものは何もなかった。生命として自己を生かすことなど出来なかった。生きていないのだから当然だ。しかし、デクスドルゴラモンはそれでも活動し(生き)続けようとして、死んでいるのに活動を続けるという矛盾を解消するための莫大なエネルギーを得るだけの、他者の命を喰らい続けるバケモノとなった。

 だが、これはそれとも違う。いや、これはデクスドルゴラモンの特性を受け継いで、しかし、生命データ(ドルモン)が失われたことでそれさえ超越してしまったものだ。

 

「――」

 

 生命(デジモン)ではなく、生命の名残(動く死体)ですらない、死をもたらすだけの法則(プログラム)

 

「――」

 

 他人に死を与えるだけの存在となった、ある意味で、死そのものとさえ言える大災害。

 故に個として生命としての名など意味はない。

 現象であり、災害であり、概念であり、世界の理だからだ。だが、敢えて名をつけるのならば、こう言えるだろう。

 

「――!」

 

 死の化身――デクスモンと。

 




矛盾の状態というか、死んだのに生きていて生きてるのに死んでいて死のゲシュタルト崩壊が……デクスって何だ(哲学)。
やたらと難産でした。ええ。

何はともあれ、次回で急転の第三章も終わり、次章に行きます。
というわけで、よろしければよろしくお願いします。




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