【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第五十二話~開戦~

 ものしりブックなんて名前は仮の名前。

 その真の名前こそ、デジモンクロニクル。デジモンの歴史を記した書物。このデジタルワールドは情報(デジタル)の世界であるのだから、故に、この膨大な情報が記録された書物はまさに歴史そのものだ。

 それが解き放たれる。

 その価値を、その輝きを、世界に示さんと開かれる。

 

「っ――」ドルモンは空いた口が塞がらなかった。

 

 そこには、成長期のデジモンたちがいた。成熟期のデジモンたちがいた。完全体のデジモンたちがいた。究極体のデジモンたちがいた。

 イグドラシルの配下である十三の聖騎士たちがいた。

 ドルモンと出会ったデジモンたちもいた。

 山の如き竜がいて、眩いばかりの天使がいて、雄々しい獅子がいて、島のような亀がいて、空の覇者たる鳥がいて、壊すことに特化した兵器がいて、堅牢鋭利な虫がいて……――。

 まさに歴史を築いた者たちが、この場に集っていた。

 その中心にいたのは、クリスタルのような結晶体。

 

「歴史に埋もれた者たちよ。これでもまだ勝ちを確信しとるか?」

 

 イグドラシルだ。もはやアバターには意味がないのか、ボコモンの姿はどこにもない。

 

「確かに、いつだって我々(敗者)貴様(勝者)に倒されてきた。それこそが世界の道理故に、なるほど。この上ない切り札だな。――……ふざけるな」

 

 声を震わせて、アポカリモンが呟く。

 その目は怒りに震え、嫉妬に駆られ、憎しみに染まっていた。

 

「いつだってそうだ。貴様らは酷薄に言い放つ! 負けたのだから消えろと! 歴史は勝者だけのものだ、と! 認められるか。認めてたまるか。我々だって、いたのだ。この世界に生きていたのだ! なのに何故、我々だけが消えなければならない? 何故、我々だけが忘れられなければならない? 何故、我々だけが歴史に参加できない? 何故、何故、何故――!」

 

 アポカリモンが声を発する度に、その身体の至るところからから血のような黒い泥が滴り落ちる。

 

「何故? そんなもの、負けたからに決まっておるだろ」

 

 イグドラシルは残酷にも言い放った。優しさの欠片もなく、また、向ける必要もないとばかりに、目の前の敗者にその当然を突きつけた。

 

「――! イグドラシル、貴様は――!」

 

 滴り落ちる泥の量がさらに増える。

 火に油を注いだかのように、その勢いはどんどんと増して行った。

 

「貴様ら勝者の理屈はもう聞き飽きた! そっちがその気ならば、こちらとてその理屈を押し通す」

 

 アポカリモンの言っていることは、ただの子供の癇癪に近い。敗北の先に対する絶望、勝利の先に対する未練、それらを引っ括めた敗者の声だ。それでも、誰しもが抱く声でもある。

 一方で、イグドラシルはそれを認めない。当然だ。ルールの側であるイグドラシルがルールを曲げてまで敗者に寄り添うのは言語道断の話だ。

 勝者は勝者で敗者は敗者。勝者は勝ちを抱かねばならず、敗者は負けに浸らなければならない。だから、分かり合うことができない。

 しかし、だからこそ。この戦いは当然の帰結でもある。

 勝者が勝利に傲る限り、それを放棄しない限り、勝利という座は存在し続ける。そして、そこに座るものとして、その座を奪い取らんとする者たちと戦わなければならない義務を背負う。勝ち逃げなど出来るはずもない。生存闘争による競争を良しとした生命の、絶対の法則だ。

 ……その戦いが敗者のリベンジか、それとも別の誰かのチャレンジかはともかくとして。

 

「我々が勝者となる可能性だってある。であれば、我々にだって歴史を作ることができる。……もう二度と忘れられて堪るか。今度こそ、我々が歴史となる。今度こそ、我々が勝つ。敗者だから何だというのだ! まだ我々は負けていない!」

 

 もし、アポカリモンと相対するのがイグドラシル(ルールの側)ではない誰かであったのならば、生存闘争を良しとしない(優し)さを持つ誰かであったのならば、あるいは別の道があったかもしれない。

 敗者に勝者()以外の世界を見せる誰かがいたのならば、この世にいるのは勝者と敗者だけではないと教えられる誰かがいたのならば、勝者を称えながらも敗者にも寄り添えるような優しさを持つ誰かがいたのならば、こんな世界の命運を懸けた戦いはなかったかもしれない。

 だが、所詮はもしもの話だ。

 

「あれは?」ドルモンが聞くドルモンの視線の先には、アポカリモンから生まれ出た泥が増殖し、分裂し、形を成していっていた。

「あれはアポカリモンの一部が出てきてるのう。ま、アポカリモンはその性質上、デジモンというよりはもう一つのデジモンクロニクルじゃ。同じようなことはできるじゃろ」とイグドラシルから声が発生する。

「え?」

 

 そこには、成長期のデジモンたちがいた。成熟期のデジモンたちがいた。完全体のデジモンたちがいた。究極体のデジモンたちがいた。

 力を求めた結果で進化したのに間違った進化と断じられ、忌み嫌われた骨竜がいた。

 数々のデジモンのキメラであるが故に、デジモンたちに恐れられた魔獣がいた。

 怒りと憎しみによって優しさを押し込めてしまったがために生まれた、特異の獣人がいた。

 実験成功作が生まれてしまったために、失敗扱いされている青い半機半竜がいた。

 順当かつ正統な進化のはずなのに、特異進化体に踏み躙られることになった魔竜がいた。

 憎しみに囚われた余り力を制御できなくなった、破滅の太陽竜がいた。

 最後の聖騎士と同じ姿でありながらも、オリジナルによって機会を奪われた聖騎士がいた。

 そのどれもがこの世に当然のように生まれながらも、正統なる者たちによって歴史の流れに押し潰されていった者たちだ。

 それが個体、種族、関係なくここに存在していた。

 

「数の有利ないじゃん! さっきの段階でやっとけばよかったんじゃないのか!?」

 

 それを見て、ドルモンが叫ぶ。

 

「いやいや甘すぎじゃろ。アポカリモン(集合体)が相手の時点で、有象無象がいるかいないかの差などあっていないようなもん。大事なのはどうすれば最善の未来に辿り着けるか、その道を外れないことじゃい」

 

 一方で、イグドラシルはあっけからんとしていた。

 そして、改めてアポカリモンに向けて声を発生させる。

 

「世界は、歴史は、勝者のもの。苦労と苦痛の末に勝者となったものだけが得ることができる日常。それが積み上げられて歴史となる。負けたくせに欲しがるものたちにくれてやっていいものではない。故に、潔く消えるが良い」

 

 そうやって、イグドラシルはアポカリモンたちに向かって冷酷にも言い放つ。

 

「ほざいたな、イグドラシル。我々は消えぬ。敗者の未練と後悔、絶望、嘆き! それがある限り我々は消えぬ。敗者がこの世に生まれ続ける限り我々は生まれ続ける。負けたくせにだと? 勝手に勝った気になっているのはそちらだろう!」

 

 アポカリモンはそんなイグドラシルに向かって、怒りと憎しみを滾らせて言い放つ。

 最後に両者が叫んだ言葉は同じだった。

 

「消えろ!」

「消えろ!」

 

 そして、戦争が始まった。世界の行く末、歴史の所有者を決める戦いが。

 

「行くぞ――!」

 

 イグドラシルの部下である十三の聖騎士が先陣を切る。それに伴い、数々のデジモンたちが後に続く。

 

「勝つぞ――!」

 

 オメガモンAlter-Sを始めとした者たちが先陣を切る。それに伴い、数々のデジモンたちが後に続く。

 乱戦となった。事態は混沌を極めていく。

 身体の色だけが違う同じような姿の者たちが潰し合うことなど当たり前、敵味方が入り混じる。技と技が乱れ飛び、味方の技で味方が吹き飛び、敵の技でも味方が吹っ飛ぶ。

 敵と味方の区別もつかないような戦場の中、しかし、デジモンたちは誰が敵なのかを理解していた。本能で相手が勝者側であるか敗者側であるか理解できているようだった。

 

「これは――」

 

 負けたのだから消えろ、世界はオレたちのものなんだ、と叫ばれる。それは慈悲も何もない声だ。その声だけを聞けば、誰だって思うだろう。こちらが悪だと。

 消えたくないんだ、世界はオレたちのものでもあるんだ、と叫ばれる。それは、力に勝てぬ弱者の声だ。その声だけを聞けば、誰だって思うだろう。こちらが正義だと。

 しかし、どちらがどちらも相手を排除するために動いている。自分たち、と区切っている。故に、ここに正しさはない。ここにあるのは、醜さだけだ。

 ……だから、勝てない。正義は必ず勝つのだから。正しさのない戦いに、勝つ者はいない。

 それを知っている者も、知らない者も、誰もが止まらない。止まれない。

 

「――悲惨じゃの」

 

 そんな光景を、イグドラシルはただ見ていた。クリスタルの結晶体であるが故に、その表情を伺い知ることはできない。

 だが、ドルモンにはどこか悲しんでいるような、寂しがっているような、そんな風に見えた。

 

「ドルモン」イグドラシルが未だ戦いに参戦していないドルモンに向けて語りかける。

「何?」

「アポカリモンが挑発に乗ってくれたおかげで隙ができた。ま、あやつらがあやつらである以上、乗らざるを得ない言い方をしたのじゃが。ともあれ、この醜く混沌とした戦場が出来たことで道ができた」

 

 ドルモンはアポカリモンに視線を向ける。かなり遠くに存在する彼らはこの混沌としている戦場にあって、しかし、動かない。

 否、動けないのか。イグドラシルと同じように。

 

「儂とあやつらは互いにクロニクルを展開しつつ、互いが動けない。アポカリモンは自らの成したいことを成すために、儂は世界を保つために」

「……それは、つまり?」ドルモンは訳がわからないと意味を問う。

「ドルモン、この戦いはお前さんにかかっとるということじゃな。コータを助け出して、アポカリモンが成そうとしていることを止められるかどうかという訳じゃ」

「……!」

 

 そういうことか、とドルモンは納得する。

 道は出来た、あとは進むだけ。

 

「なら、問題はないね」

 

 アポカリモンが何を成そうとしているにせよ、この戦いの行く末がどうなるにせよ、ドルモンが相棒(コータ)を助け出すことは決定事項だ。

 アポカリモンに、イグドラシルに、この場に集った者たちに、どれほどの想いがあったとしても。それを押し退けてさえ、ドルモンはそうするのだ。

 だって、あの生存闘争の世界を生き抜いたドルモンはわかっている。

 どれほどの辛く苦しい世界が目の前に広がっていたとしても、どれだけの複雑な思惑が自分に絡みつけられていたとしても……――それでも、共に生きる誰かがいるということは、これ以上ない幸せなのだ。

 その幸せを知る者として、もうドルモンは独りにはなれない。なりたくない。

 

「今行くよ、コータっ!」

 

 だから、ドルモンは駆け出した。

 

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