【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。 作:行方不明
時は少し前に遡る。
偉大なる皇帝が顕現して少し経った頃のことだ。
「星砕の光――……偉大なる皇帝の一撃じゃの。聖剣じゃないようじゃが。ということは、もうそんなに経っとったか」
その時、イグドラシルは誰に言うでもなく、ポツリと声を発生させた。
静かな場所だった。遠くから聞こえてくる争いの喧騒が耳に届くだけの、この煩い戦場にあって珍しい静寂の場所だった。
まぁ、それも当然だろう。
イグドラシルや世界に味方する者たちがまだ誰もアポカリモンの下へと到達していないように、アポカリモンの味方もまた、誰もイグドラシルの下へと到達してはいないのだから。
そんな、ある意味では安全地帯な場所でイグドラシルは静かに佇んでいた。
「見たじゃろ? 事態は次のステップに進みつつある。傾きつつある。決定打を、詰みを突きつける段階へとな。しかし、それが未だ難しい」
だが、ここにいるのはイグドラシルだけではない。
「力が要て、絆が要て……在るもの、在ったもの、得たもの、得られるもの、積み重ねられたすべてを動員していかなければ結末には届かん。だから、皆すべてを以て戦っておる」
不敬にもイグドラシルの陰に隠れ、戦場にも参加していない者がいた。
「それで、そんな中でお前さんはいつまでそうしてるつもりじゃい。わしがわざわざお前さんの支配権をあやつらから奪い取り、率先して再生・召喚させたのはかくれんぼをさせるためではないぞ」
「……」
イグドラシルは自分の身体に僅かな振動が走ったのを感じた。
その身体の影に隠れている何者かが震えているのだ。この場において動かないとは、イグドラシルも呆れて溜息を吐いてしまう。
まぁ、イグドラシルに溜息を吐き出す口はないのだが。
「今、ドルモンは戦っている。直接戦闘することはなくとも、自分のパートナーを取り戻すための戦いを戦っている」
「……」
「お前さんはどうする? 迷惑をかけっぱなしでそれでいいのか? まぁ、気まずいのはわかる。わかるが、あんな
「……」
そう言うと、その隠れている者は僅かに恐る恐るイグドラシルの陰から離れた。
まるで幼子が落とし穴を確認して歩くように、ちまちまとゆっくりと歩いていく。いや、本当に確認しているのだろう。恐怖や不安という落とし穴に嵌まって出られなくなることのないように、自分の中の勇気を以て道を確認して歩いているのだ。
恐怖や不安に打ち克とうとする姿勢、それはとても尊いことだ。
だが、しかし、この状況においては焦れったくもある。
だから、イグドラシルは次の行動に出た。
「お前さん、これを持っていけ。離すなよ」
イグドラシルが“それ”をその者に渡した。
“それ”は人形のように動かなくなっているが、確かに
「ま、せっかくじゃ。必要じゃろ。短い間じゃったが、そこに確かにあった。冗談のような仲間で行く、奇跡の旅路は。賑やかで、楽しくて、みんなそう思っとるじゃろうよ。わしも、コータも、ドルモンも、トコモンもな」
「……!」
「だから、お前さんもただの仲間として行くといい」
イグドラシルの想いがわかったのだろう。その者はボコモンをしっかりと抱きしめて、小さく頷いた。
そして、
「では行けい!」
イグドラシルがその者を吹き飛ばす。
突発的に発生した風に押されて、
「……! に、ニャァァァァァァー!」まさかこんな行かされ方をするとは思わなかった、とメイクーモンは驚愕と恐怖で涙を流す。
戦場の中を弧を描くように飛んでいき、時にはデジモンたちの攻撃の余波によりさらに吹き飛ばされて、彼女はほぼほぼ他力で突き進む。
そして、失速。その目の前にあったのは、ラグエルモンがドルモンを襲おうとしているところで。
「させないニャー!」
咄嗟にメイクーモンは足を突き出して飛び蹴りをする。
ドルモンを襲おうとしていたラグエルモンの腕に当たった。軌道が逸れた。
ドルモンは無事だ。
「っ、メイクーモン!」驚いたようなドルモンの言葉。
咄嗟にメイクーモンは隠れたくなったが――
「ニャー……久しぶり、ニャ」
――それを何とか堪える。
頭を掻きながら、恥ずかしそうにメイクーモンはドルモンと再会した。
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いろいろと言いたいことはあった。
いろいろと思うところもあった。
それでも、実際に再会すればそのどれもがドルモンの頭の中から吹っ飛んで消えていた。この状況ではゆっくりと話し合うことも出来るはずもない。
だから、たった一言だけ。
「あとで思いっきり叩きつけるからね!」
それだけ、ドルモンは言う。
いつかには叶わなかった未来の約束を、ここでする。
「ニャ!」
あとで。たった一言のそれが、そこに込められたものが、よほど嬉しかったのだろう。
笑ってメイクーモンは鳴いた。
そして、その一方で――
「オ前ハ、オ前ハ――!」
――ラグエルモンは、そんなメイクーモンを睨みつける。
自分だったはずなのに、
「何ガ違ウ。私ト貴様、何ガ! 何デ貴様ダケガ其方側ニ付ケル。何デ、貴様ダケガ解キ放タレテイル! 貴様ハァアアアアアアアア!」
その尾がメイクーモンとドルモンを狙う。
咄嗟、ドルモンとメイクーモンはみっともなく転がって躱した。
「うわ、なんかすごい怒ってるんだけど!」とドルモンが叫ぶ。
「に、ニャー」メイクーモンはラグエルモンのことがわかるのか、猫のように鳴いて誤魔化した。
それが、なおのことラグエルモンには腹立たしく見える。
腹立たしくて、苛立って、ムカついて、だから、壊したくなる。
「死ネ! 消エロ! 今スグニ!」
ラグエルモンの振り上げた拳が、再度ドルモンたちを狙って――
「オレたちを忘れるなんて良い度胸だな! “ガイアフォース”!」
――直後、巨大な火球に背後から押し潰される。
「ック……!」
「まだだ! “コキュートスブレス”!」
そして、メタルガルルモンX抗体に凍らされる。
いかに再生するとはいえ、それは死んだ時だ。氷像として凍りつかされれば、すなわち、死んでない状態で固めてしまえば関係ない。
氷像と化したラグエルモンは、もう甦えれない。
「ウォーグレイモン!」
「メタルガルルモンもいるニャ!」
ラグエルモンを倒してくれたことに諸手を挙げて喜びながら、ドルモンたちはウォーグレイモンX抗体たちと合流する。
「助かったよ。これで一体、仕留められた」とウォーグレイモンX抗体。
「何度殺しても甦るからね。こうやって凍らせる隙もなかなかないし、困ってたんだ」とメタルガルルモンX抗体。
彼らは逆にドルモンたちに礼を言っていた。
礼を言うのは自分たちの方なのに、とお礼合戦が始まろうとしたところで、はたとドルモンは思い出した。こんなことしている場合ではなかった、と。
「そうだ、俺行かなきゃ……! コータを助けに!」
「コータを?」
簡単にドルモンは説明する。コータを助け出せるかどうかがこの戦いの鍵である、とイグドラシルに聞いたことを。
「イグドラシルに?」
「イグドラシルに!」
一時期は黒幕としてイグドラシルを疑っていたウォーグレイモンX抗体たちだ。その名前に半信半疑になりながらも、しかし、コータが捕まっているとあれば無視出来るはずもない。どのみち、
だから、
「よし、オレたちも一緒に行こう」
ウォーグレイモンX抗体たちが同行を申し出るのも当然の帰結であった。
「本当か!?」ドルモンが喜ぶ。
「ああ。君たちには助けられたしな」頷いて、ウォーグレイモンX抗体はアポカリモンがいるだろう方向を見る。
場所的に、あと少し。
ならば、一気に駆け抜けるのが良い。
「“ガイア――」
だから、道を作るためにも、ウォーグレイモンX抗体は技を繰り出そうとした。
……初めにそれに気づいたのは、やはりメイクーモンだった。
「っ、危ない!」
気づけば、メイクーモンは声を上げていた。
だが、遅い。
「ガァッ、アアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮。氷が飛散する。
咄嗟にドルモンたちを庇うようにメタルガルルモンX抗体が動いて、しかし、技を放とうとした直後のウォーグレイモンX抗体は対応できない。
だからだろう。それを放てるか、放てないか、という微妙なラインとなったから、
「死ネ!」
繰り出された拳がウォーグレイモンX抗体に突き刺さる。
「ぐッ――!」
そして、吹っ飛んでいったウォーグレイモンX抗体のことなど気にすることなく、ラグエルモンはメタルガルルモンX抗体へと向かって――
「っ、舐めるな!」
――当然、メタルガルルモンX抗体も抵抗する。
繰り出されていくいくつもの弾丸がラグエルモンに突き刺さって行った。だが、ラグエルモンは蜂の巣になるのも気にしていない。再生する、甦るという特性をフルに活用した強引な押切戦法だった。
「我々ハ負ケン!」
身体の半分以上を銃弾に食い破られながらも、ラグエルモンはメタルガルルモンX抗体の下に到達した。
「っ、“コキュートスブレス”!」咄嗟に、ラグエルモンに向かって放たれた凍結の息。
しかし、ラグエルモンは身体を凍りつかせながらも、なおも動く。
「ァアッ!」
そして、ラグエルモンはメタルガルルモンX抗体を殴り飛ばした。
殴り飛ばして、息絶える。
だが、当然、すぐに復活して――
「ヨウヤク邪魔者ヲ消セタ。次ハ、オ前ラダ……!」
――ラグエルモンはその視線をドルモンとメイクーモンに向けた。
「ニャニャ。ウォーグレイモンたちが……!」
「彼らならきっと大丈夫! 逃げるよ!」動揺はあった。それでも何とか自分を納得させて、ドルモンは叫んだ。
そして、彼らは逃走を開始する。
とはいえ、逃げ場などない。相手は究極体だ。ドルモンはおろか成熟期のメイクーモンでさえ身体スペックに大きな差がある。
故に。
「ドルモン、行くニャ」
メイクーモンはそれを選択する。
「え?」ドルモンは愕然として聞き返した。
「行くニャ。何とかしてみせるニャ」
「メイクーモン!」
「大丈夫だニャ。ニーはクロニクルで召喚されたデジモンだから」
言外に死んでも生き返る、と言う。だから大丈夫だ、と言う。
理屈はわかる。わかるが、ラグエルモンをメイクーモンに任せるというのが、そもそも無茶だ。
「それでも、ニーがやるニャ」
上から来るラグエルモンを何とか躱しつつ、メイクーモンは思いを確かめる。
だって、そうだ。かつて、メイクーモンは自分のワガママでコータたちを傷つけた。自分は、自分の身勝手な願いを、彼らに叶えてもらった。
友情の結果などと誤魔化して、無理矢理に、けれど、確かに自分は救ってもらったのだ。
「トモダチ、ニャ。今度はニーが助けるニャ」
だから、今度は自分の番なのだ、と。
やっと、他人に不幸を振りまく以外のことが出来るようになったのだから。やっと、恩返しが出来るようになったのだから。やっと、友達を助けられるようになったのだから。
だから、絶対に成し遂げる。
「絶対に助けるニャ!」
その想いで、彼女は進化しようとする。
進化できる。元々、
「それでこそじゃ!」
その意気に、応える者がいた。
「さぁ、わしが力を貸してやる!」
進化が、変わる。
それは異なるデジモン同士が融合する進化ながら、
本来の段階を飛び越えて、本来在るべき姿を変えて、メイクーモンが進化する。
「行くニャ!」
そうして現れたデジモンこそ、究極体の
それは、メイクーモンの新しい未来の可能性だ。