【完結】デジモンクロニクル――旧世界へ、シンセカイより。   作:行方不明

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第六十二話~それが世の道理~

 その時、コータは自分のために伸ばされた手をはっきりと感じ取った。何もない世界で、見る限りでは誰もいないのに、しかし、それでも何処からか自分のために発せられた声を聞き取った。

 どれだけ時が越えていようと、どれだけ場所が離れていようと、確かに繋がっているモノがある。確かに繋がっているモノが形を作って実を作る。

 きっとそれこそが未来であるのだろう、とコータは笑う。

 彼はこの時、“未来”を見た(感じた)のだ。

 自分がいても、相棒がいても、自分がいなくても、相棒もいなくても、自分の知る誰もがいなくても――どんな形でも、どんな時でも、世界は変わらないのだろう。自分たちの道が誰かの道へとつながっていく、自分たちと同じような誰かが生きていく、そんな世界だった。

 そんな世界こそが良いものだと、見たのだ。

 そんな世界こそが未来だと、感じたのだ。

 それはあんまりにも眩しくて、美しくて、希望に溢れた快いものだった。

 だから、コータは手を伸ばし返す。自分もその中にいたいと、自分もそれを作る側に行きたいと――多くの歴史の作成者たちと同じように、何も残さず死んでいくのを良しとしなかったから。

 そうして、しっかりとその未来の気配を掴み取って、彼は目を覚ました。

 

 ********

 

 ドルモンがここにいる。コータがここに立っている。

 アポカリモンはその光景を焦りと共に見ていた。内部分裂によるN.E.O崩壊の危険がいよいよ現実的なものとなってきたからだ。

 

「貴様ら……!」

 

 アポカリモンの触手が動いた。

 焦りからか、先ほどにも増して苛烈な猛攻をコータを背に乗せたドルモンは華麗に躱した。

 

「次右、左、その後ろから横薙ぎで、上だ!」

「もっとわかりやすく言って!」

 

 このイメージを視覚的感覚的に捉えているこの場所において、外での低スペックなど意味を持たないというのか。

 それとも、プロトタイプ独自の情報の書き換え能力によるものか。

 はたまた、ただの奇跡か。

 あるいは、アポカリモン自身に原因があるのか。

 コータの力を得て、ドルモンは圧倒的なまでに差があるはずのアポカリモンの猛攻を躱せていた。

 

「っく――!」

 

 当たれば殺せるのに。目の前でうろちょろして潰せない羽虫を鬱陶しく思うように、アポカリモンは苛立っていた。

 とはいえ、だ。

 

「このままじゃ――!」ドルモンが焦ったような声を上げる。

 

 そうだ、このままではダメだ。

 ドルモンたちはアポカリモンの猛攻を躱せているだけだ。ドルモンたちにはアポカリモンに届く武器がない。力がない。

 躱せているだけで、敗北を先延ばしにしているだけで、勝ち目がない。

 

「本当にそう思うか?」

 

 だが、それは有り得ないと。勝ち目はある、とコータは不敵に笑った。

 

「えっ」

「あ、上。左右から同時に来るぞ」

「いや、それよりもどういうこと!?」

 

 触手を躱しながら、ドルモンは必死にコータに聞く。

 

「いいから躱すのに集中してろ。ってか、躱しつつ突っ込め」

「えぇぇぇっ」

 

 すぐに回避指示が来て、慌ててドルモンは回避に専念する。

 力強くコータは「大丈夫。信じろ」とそう言った。何かを確信しているような、そんな言葉だった。この防戦一方の絶望的状況にしては、随分と勝気の篭った言葉だった。

 

「わかったよっ!」

 

 もとより、疑ってなどいない。ただビックリしていただけだ。

 ドルモンは駆け出した。ただひたすら回避する動きから、回避しつつ前進する動きにシフトする。

 

「上だ」

「あいよっ!」

 

 上から来る触手を前方に駆けて躱す。

 

「右だ!」

「おう!」

 

 右から来る触手を、前方に跳んで躱す。

 

「下だ!」

「うぉっ」

 

 下から来る触手を、前方に転がって躱す。

 

「後ろだ!」

「ぬがっ」

 

 背後から迫る触手を、前方に走ったままで躱す。

 そして、

 

「前から来るぞ!」

「ぬぉおおおおおおおおおお!」

 

 壁のように目の前に突き出された触手、その上に飛び乗って駆け上っていく。

 ありとあらゆる方向から来る触手を置き去りに、振り返ることはせず、ただひたすら前へと、彼らはアポカリモンの本体の下へと駆け抜けていく。

 

「悪いけどオレは、オレたちは――」

 

 アポカリモンの下まであと少し。

 現実逃避を続ける子供に事実を突きつける大人のように、コータは声を出す。

 

「――()()敗者じゃない!」

 

 そうだ。アポカリモンは過去の敗者の集合体で、故に、敗けたことが決まっている。彼らがどれだけ何かをしようと、過去は変えられない。彼らには敗北という結末しかなかった。

 一方で、コータたちはまだ生きていて、故に、勝敗はまだ決まっていない。彼らがどれだけ何かをするかによって、未来は変えられる。無論、敗北の可能性もあるが、当然、勝利の可能性もある。

 それは決定的な差だ。その差を些細と見るか、それとも重大と見るか、それは人に依るだろうが、多くの者たちは前者と見るだろう。

 その差が、希望や期待といった良き可能性を押し潰し、優劣を付け、勝敗を決めるのだから。残酷なまでの線引きがなされるのだから。

 これは、初めから決まっていたことだった。残酷なまでに確定された勝敗だった。わかりきったことだった。

 だが、それでも、

 

「我々は」

 

 アポカリモンはそんな世界の道理を覆し、勝ちたかった(生きたかった)のだ。

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 アポカリモンの目の前で、駆け抜け切ったドルモンが飛び上がる。

 そして、

 

「俺たちの勝ちだぁああああああ!」

 

 ドルモンがアポカリモンに激突する。

 その姿は破壊の竜だった。いや、黒き聖騎士だった。いやいや、それらとも全く違う誰かだった。きっとそれこそは、彼の未来の姿だったのだろう。

 どんな姿だったのか、この場の誰にもはっきりとはわからなかった。

 ただ一つ言えるのは、それはアポカリモンにはもうないものだということで。

 

「――羨ましいな」

 

 結局、道理は覆らなかった。

 当たり前のように、大いなる過去は小さな未来に敗けたのだ。

 

 ********

 

 アポカリモンは敗北者であることを、つまり、この敗北を認めていた。

 敗者や弱者には救いなどないというこの残酷なまでの結果を、いつものように嘆きながら、彼らはこのN.E.Oの内部から消え始めていた。

 もう何も言えないと、彼らは静かに消えていっていた。

 

「おい」

 

 だがしかし、そんな何も言わずに消えていく彼らに、コータはまだ用があった。

 まぁ、用と言うほど大層なものではないか。それが敗者を死体蹴りする勝利宣言になっても、もう二度と会わないだろう者に投げかける別れの儀式になっても構わない。

 ただ、彼は言いたかったのだ。

 

「オレは生きていく。お前のおかげでな」

 

 コータはその言葉を言いたかったのだ。だって、ここにいるコータはそもそもアポカリモンがいなければ生まれていなかったのだから。

 

「……そうか。お前は生き、残るのか」

 

 僅かに目を見開いて、アポカリモンが小さく息を吐いた。それは歓喜のものか、はたまた悲嘆のものか。

 ただ一つわかることは、アポカリモンはやっと気づけたのだろう。誰かたちの集合体ではなく、ただのアポカリモンとして、コータの言葉によって気づくことがあったのだ。

 

「ああ、本当に――」

 

 すべての命は生きるためにある。

 だけど、生きるということは苛まれる苦しみと立ちはだかる壁の連続で、その頂点にあるのが死という終わりだ。いつか死を迎えることは確定されたことで生き続けることなどできはしないし、苦しみと壁のない望み通り思い通りの楽な生を生きられる者などもいない。

 結果、生まれるのは生の敗北者。志半ば、生を望むのに死を迎えてしまうということ。

 でも、だからこそ、こうも言える。生きていられるというのは幸せないことで、死という絶対の終わりに対して寛容になれるほどに良き結末を迎えられることはとても難しい。しかし、もしそんな結末に至れたのなら、それはきっと幸せなことなのだと。

 

「――生きる(死ぬ)ことは難しい」

 

 自分が消えても、残るものはある。否、残せるものはある。

 自分(アポカリモン)が消えても、子供(コータ)は残る。

 その意味を、どう受け取ったのか。アポカリモンは静かに消えていった。

 その姿を、どう見ていたのか。コータは静かに佇んでいた。

 

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