書き直します
「……人間……だよね」
しっかりとした足取りで歩く二足歩行。
それぞれに耳の長さや頭から生えている毛に差違はあれども人特有の体格に背格好、その他どれをとってもあの生物は人間とみて間違いないと思う。
……そういえば人間としての定義ってなんだったっけ……
……今は忘れよう。取り敢えず人間とみて間違いはないのだから。
改めて観察してみる。
こちらに向かってきているのは四人で全員女の人。
透き通るような白色の肌をした金色の髪を腰くらいまで伸ばした綺麗な人。
黒髪を腰まで伸ばした人と同じく黒髪を頭の横で結んでる人は褐色の肌をしている。
見た目からして姉妹なのかもしれない。
最後の一人は他の三人とは違って耳が長くとんがってる。
茶色の長い髪をポニーテールにしていて気の強そうな目をしている。
何だかよく分からないけど、このポニーテールの人……絶対にあの人とは気が合わない気がする……なんでかは言えないけど……
「っ……あれは……」
四人組の後ろから何かが出てくる……あれは……ミノタウロス!?
「まずい……」
あのミノタウロスはいけない。
何度もアイツの脅威を見てきたから分かる。
アイツに見つかったらどのモンスターも殺されていた。
他のどんなモンスターもミノタウロスからは逃げていた程に。
あの巨体に見合った力の強さに、巨体からは想像出来ない速さに身軽さ。
あんなものは人間が対抗出来る相手じゃない。
「ッ……!」
ミノタウロスが……気づいてしまった。
その両足を交互に動かし一直線に目の前の人間に向かって走っている。
その音に気付いたのか四人組は後ろに振り返っている。
けど、もう遅い。
アイツは目の前だ。
今更遅いだろう。
あの人間達はミノタウロスに数秒と持たずに殺されるに違いない……でも、でも……
「逃げっ」
私は二の句を告ぐ事が出来なかった。
何が起きたのかを理解する事も出来なかった。
あの……金髪の人間が腰の剣に手を触れたと思った時にはその手は振り切ったあとだった。
残ったのは静寂と……両断されたミノタウロスだけ。
「……ぅッ」
顔を引っ込める。
確認している時間はない。
私はすぐに影に手を当てて中に入り込む。
私とあの人間達とは距離があった。
しかも見つからないように隠れて。
なのに……確かにあの時……後ろを振り向いた金髪の人間が、こちらを見ていた。
「ん?アイズどうしたの?そっちに何かあった?」
「……何でもないよ」
あの奥の通路の曲がり角。
一瞬だけど、確かに見えた。
頭から角を生やした人型のモンスター。
顔はよく見えなかったけど、15階層にはあんなモンスターはいなかった筈……
「アイズ〜?」
「……皆、この後周りに注意して進んでみて」
「ん〜この辺りは別に注意する必要なんてないと思うけどなぁ」
「ま、アイズがそういうってことは何かあるんでしょ?」
「はい!分かりました!アイズさん!」
「……ありがとう」
あのモンスターが何なのかは分からない。
ただ、アレがイレギュラーのモンスターか何かなのだとしたら……
「私が始末する……」
決意を胸に秘め探索を再開した。
「はぁー、はぁー……っ、はぁ……」
一体……何だったんだろうか……
先程ミノタウロスを切り捨てた人間の事を思い出す。
身体はお世辞にも体格が良いとは言えず、寧ろ細身の身体はミノタウロスに比べれば枝のようであんな身体で戦うという選択肢を取ることすら考えられなかった。
なのにあの人間はあろうことかミノタウロスを真っ二つにした。
力が強いなんて事は考えられないし、まず有り得ないと思う。
だったら、どうやって……
顎に手を当てて考える。
あの様な人間があれ程の力を持つことが出来る方法。
……力じゃなくて、能力だとしたら……?
私が持っているこの能力の様なものをあの人間が持っていてそれが戦闘に特化した力なのだとしたら納得がいく。
こんなデタラメな力だ。
戦闘に特化してさえすればあの化物を殺す事は簡単なのかもしれない。
「今外に出るのは危険かな……」
あの人間はミノタウロスを殺していた。
他の三人はそれを見て止めようともせずに親しげでさえいた。
ならば人間はモンスターと敵対していると見て間違いないし、ならその対象は私も入る筈。
ばったり会ったなんて事になってしまえば私が逃げ切る前に殺されるだろう。
この力は強力だけどこういう時に不便だ。
思わず溜息がこぼれる。
私のこの力は移動は出来るけど観察する事が出来ない。
こちらの世界にいたままあちらの世界を覗くことは出来ないからどうしても様子を探るにはあちら側に目を移動させる必要がある。
偶然そこで会って引き摺り出されでもしたらお終いだ。
きっとずっとあそこにいるなんてことはない筈だから私は暫くの間ここで待って安全になるのを待ち続けるしかない。
「もうそろそろ……大丈夫かな?」
影から顔を半分出し前周囲を確認する。
通路に人影はなし、音も聞こえない。
唯一いるのは右側通路の奥の曲がり角に……
曲がり角から見えるのは黒い体毛に覆われた前足。
その脚に生える爪は凶悪で鋭く伸びている。
耳を澄ませば荒い息遣いが聞こえてくる。
ゆっくりと顔を出して現れたのは私の脚をその口から放出される炎で焼き払ったモンスター。
犬の様な見た目と同じく素早い身のこなしで一瞬で近寄ってくる。
アイツに見つかるのは危険だ。
ここは去るまで中に隠れているのが賢明……
「ふっ……」
あと少し。
曲がり角に隠れてアイツが出てくるのを待つ。
足音で大体の位置は把握出来る。
あとはそれに合わせてこの手で始末するだけ……
開いた手を握りしめてから開く。
本当は隠れるつもりだった。
アイツが去っていくのを待とうと。
でも、それじゃあ駄目なんだ。
このモンスターに負けているようだったらあのミノタウロスには絶対に勝てない。
それだけはハッキリと分かる。
だったら……ここで逃げている訳にはいかない。
高鳴る鼓動を抑え込む。
素早く正確に仕留めるんだ。
狙いは首。
一撃で殺す事が出来るように集中する。
「……三」
指を合わせて爪を立てる。
この黒く染まった部分の硬さは知っている。
貫く様に差し込めば暴れる前に仕留めることは出来る。
「……ニ」
私なら……出来る。
そう、信じるんだ。
「一」
「今っ」
曲がり角から身を乗り出す。
私の動きについてこれなかったモンスターは突然の敵の襲来にこちらを睨みつける。
けど、もう遅い……
私の手はモンスターの首に吸い込まれるように差し込まれ……奴の首は引きちぎれるように切り離された。
「……やった」
完全な不意打ちだった。
もしこのモンスターが嗅覚に優れていたら私の攻撃は当たらなかった筈だ。
けど、それでも私は……このモンスターに勝った。
勝ったんだ……
「……音?」
物陰に隠れる。
数秒後出てきたのは男女合わせて3人組だった。
「おい、見ろよ!この魔石!」
「あ、誰かが倒した後ほっといたのかしら。全く、常識がなっていないわね。ダンジョンで倒したモンスターの魔石は回収しなきゃいけないのに」
男一人に女二人の三人組。
この三人はリラックスしたような雰囲気で落ちた魔石を見つめている。
男と、女の内の片方が剣を持ちもう一人が杖を持っている事から前衛二人に後衛一人のパーティなのだと分かる。
「取り敢えず俺達がもらっておこうぜ。戦わないで魔石貰えるなんてラッキー!」
「……い、いいのかな?倒した人に返した方がいいんじゃ……」
「いいのよ、それに回収義務がある魔石を拾わなかった相手の責任でしょ?ねぇねぇ、魔石もこれ入れたら大分集まったし早く上戻って帰りましょ。もう疲れたわ」
「うーん、そうだな。そうするか」
「う、うん……」
男が手に持っていた魔石を拾い腰に巻き付けた袋に入れる。
先程の会話から探索を切り上げて帰ろうとしているのだろう。
やり切ったような表情を浮かべて振り返るがその表情は喜びの表情から一転。
呆然とした顔から焦りの表情に変わる。
「な、なぁ!ミアはどこいった?」
「ミア?ミアなら私の後ろに……え」
後ろを見ても誰もいない。
確かにあの時ミアは私の後ろに居たはずなのに……
「ミア……?」
その声は暗い洞窟内に静かに広がって行くのだった。
「……ん」
ここは……一体……っ!
痛みが両腕と背中に走る。
その痛みで朦朧としていた意識が覚醒する。
気づけば私は顔を地面に擦り付け俯きに寝て、いや……押さえつけられてる。
背中が大きい何かで押さえつけられていて両腕は恐らく手の様なものに握りしめられている。
感覚でいえば手だけどそれにしては大きすぎる。
一体何があったのか……気づいたらこのような状況になっていた。
訳がわからない……
「起きた?」
「っ、誰!?」
聞こえてきたのは幼い少女の声。
それは私の真上から聞こえてきていて恐らく彼女が私を拘束している犯人なのだろう。
「私を離して!」
「ダメだ」
「どうしてこんな事をするの!いいから離してっ」
「聞きたいことがあるだけだ」
「……?聞きたいこと?」
「そうだ」
幼い少女の声をした人は私に聞きたいことがあると言ってくる。
さっきから抜け出そうとしても力が強く動けない。
私は魔法職。
あの二人ならまだしも今の私にここから抜け出せる方法は無い。
なら……今は言うことを聞くしかない。
「聞きたいことって何?」
「あぁ、それはだな…………地上に出る方法を教えて欲しい」
「……え?」
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